ふくむし雑記帳

「お前は何を書きたいんだ!」と言われるようになりたい。
それくらい、いろいろなことについて書いてみたいと思います。
なお読書系の記事は未読者への配慮はいたしませんのであしからず!!

電王戦FINALを見た

 ニコニコ動画でやっていたコンピューター対人間の将棋対決、電王戦FINALを見たが、最終戦が意外な形で終わったことに、いろいろと考えさせられると共に、非常に残念であった。

 電王戦FINALは5対5の団体戦で今回は3対2で人間が勝ったのだが、結局人間が勝った3戦のうち2戦が物議をかもす終わり方だった。

 第2戦は、通常の人間相手ではやらない「角ならず」をプロ棋士が指し、それを認識できない将棋ソフトがそのまま投了した。
 最終戦は、ある一定の状況にすれば角を捨てるような場所に打ってくれて角をほぼただ取りできるというソフトの特性を利用して、プロ棋士が通常の人間相手ではやらないような手を指し、角を打たせた段階で開発者が投了して、21手という早さで終了した。

 この2戦は共にソフトの問題点をプロ棋士が認識し、そこをつく形で終了したという点では同じだが、本質的には大きく違った。

 第2戦の棋士の時には、他のソフトが盤面の評価値を出してどちらが勝っているのか数字にして表示していた。これが試合が中断した際には500点ほどコンピューターが勝っていた。しかし、関係者が対策を検討しはじめ、数十分くらいだろうか放置していたある瞬間、1000点近く人間が有利と数字が変わった。あれを見たときには、ようやくコンピューターが人間の読みに追いついたのかと驚かされ、まだ負けていないんだなと、人間の可能性を感じさせてくれた。
 「角ならず」という選択について、その後に攻めきれないと評価し、まだ勝てるか分からないのに勝利を確実にするためにソフトの弱点をついたプロ意識の強さという評価をしていた解説者たちが、その言葉を口にしなくなった瞬間であった。

 これに対し最終戦は、人間が劣っているという前提に立っていた。事前のソフト貸し出しルールにより開発者は問題点を修正できず、プロ棋士には問題点をつく勝ち方を検討する余地を与えたことについて質問があったときもドワンゴの会長は、人間は面白くしようとする手などを打ってしまうがコンピューターはそんなことを考えないから、一般的な意味での対等な条件というのは対等とは言えず、むしろ3対2とせりあったことは成功みたいなことを言っていた。要するに、弱い人間に多少のハンデを与えないとコンピューターが勝ってしまうから、これで良かったということである。

 またプロ棋士本人も、通常の将棋における自分の勝ちを確信してではなく、この問題点を利用して勝つために序盤からこのスキをついた。これは最終戦というこの対決の勝敗を分ける戦いであり、また八段という将棋界でも最高ランクの棋士ということで、負けられないという強い思いから出た行動ではあるのだろうが、逆に第2戦の棋士のようにプライドを持って、自分の勝ちを確信した段階でその問題点をつくということもできたのではないかと思わされた。

 最終戦については賛否両論で、ネット上ではプロ棋士を擁護し、開発者をせめる人も多いようである。

 勝つための戦略として正しい選択をしたことは否定しない。しかし、かつてオリンピックには足を怪我した対戦相手に対して、その足を攻撃せずに負け、銀メダルに終わった柔道家がいた。
 しかし、今回の八段という将棋界でも最高ランクのプロ棋士は、プロとして、その大ケガをした足を徹底的に蹴りつけて相手を立てなくすることで勝利をもぎ取ろうとした。同じようにケガをした足を蹴ったのでも、第2戦の棋士は完璧にポイントをとって優勢勝ちが確実な段階で、それ以上の試合をさせないために足を蹴っていたのであり、そこが第2戦のプロ棋士との根本的な大きな違いである。

 最終戦の棋士はプロとして勝負に徹したということで評価する人もいる。しかし、私は第2戦の棋士と比べると、どうも自分の棋力に自信がなかったのではないかと思えてしまうし、そもそも人間の可能性を否定しているように見える。そういう意味で、僕には小さい男だなと思えてしまうのであり、将棋界という小さな世界でいくら上位になっていても、人間としてはこの程度なのかと失望してしまうのである。

白ゆき姫殺人事件@湊かなえを読んだ

ずっと気になっていたけど、買わずにいた本。
それが、ふと貸してくれる人が現れたため、一気に読んでしまった。

久しぶりに良い本だったので、いつものごとくネタバレを恐れずに感想を書く。


まず、この本はとてもよくできている。
後に資料編が付いているが、ぼくは指示通りに該当する資料編のページを読んでいった。
通常は読み飛ばして、最後に資料編を読むのが正しいのだろうが、私のような読み方をしてもかなり楽しめる。
ちゃんとそういう風にできている。
そこがとてもうまい。

そして、うまくだましてくれたのもにくい。
実は第一章を読み終えた時、私の頭にあったストーリーは、「こいつ、やたらと情報を流しているけど、これって全部ウソだったりして情報操作をしてるんじゃねぇの?犯人をミスリードしようとしてない?」というものだった。

結果から見るとその直感が正しかった訳だが、見事にその後の章で違う方向に推理が流れていった。

題名の『白ゆき姫殺人事件』の「白ゆき姫」は「お城の美しいお姫さま」という意味では城野美姫の方が似つかわしいから、殺人の本筋は城野美姫殺人事件で、三木殺しはその副産物だったのではないかとか、遺体が入れ替わっていないかとか、そんなことを考えたりしていた。
でも、違ったのね。
まさかマンマローネームがシラユキヒメだったとは、あと出しにしてもニクい設定だ。

ある意味で正しかったのは、二人のミキがそれぞれ殺されたということかな。
肉体的に殺された三木と、精神的・心理的に殺された美姫。
僕は美姫が肉体的に殺されていたと推理したけど、犯人によって精神的に殺されていたのね。
つまり、二人のミキがそれぞれ違う形で同じ犯人によって殺されたというところが、この話の面白いところかもしれない。

また誰が悪いのかという点については諸説あると思われるが、私は誰も悪くないような気がしている。

例えば、城野美姫。
彼女はただのいじめられっ子的な立場にいた人で、おとなしい人だから友達が少ない。
そのために味方になってくれる人が少ないだけのような気がする。
周りの人は自分の立場を彼女に反映させて、彼女の性格などについていろいろと言っているが、結局はただのおとなしい女性なのではないかと思う。
最後の三木を眠らせてチケットを奪うところは問題があるが、その後のバイオリニストを怪我させたことは事故のようだし、ホテルに隠れていたら出て行きにくくなったところも注目を集めることが苦手なおとなしい女性のイメージと一致する。

三木典子も仕事ができて上昇志向が強いタイプの女性にあっては、ある意味でありがちなタイプに思える。
美人が美人と言われ慣れていて、特別扱いにも慣れているのはよくあることだと思うし、前の人の発言を否定するというのも、自分のアピールをする際にはやりやすいことだろう。
他人の発言に対する批判というのは思いつきやすいから、それを使って改善した回答を提示するというのはよくあることではないだろうか。

洋服の件も、他人のコーディネートを見て、「あそこを変えればもっと良くなるのに」と思ったことを実践しただけにも思える。
田舎の小さな町だったようだから、お店の選択肢がそもそも少なかっただろうと思うし、フランス製の服を扱うセレクトショップなんて一つしか無かったのではないだろうか。
きっと普通の人は「しまむら」の服を普通に着ていて、たまにちょっと大きなイオンで洋服を買ったり、ユニクロで服を買う程度のイメージだったのではないだろうか。
そういう意味では、先輩を否定するとかいうような悪気はなかったのかもしれない。

係長と付き合ったのも、田舎の狭い社内では、そこそこ顔が良くて、地位もあるという意味ではステップアップの一環だったのではないかと思うし、そのままその会社にいるなら妥当な選択肢だったのだろう。
美姫から奪ったようにも見えるが、会社内で独身男性を探すとなるとそれほどたくさんいるものでもない。
その中でくっついたり、離れたりすることを考えると、美姫にとっては初めて付き合った人だから慣れていないだけで、単なる元カノと今カノの関係に過ぎないようにも思える。

また三木が芹沢ブラザーズの一人と付き合っていたことがウソのようにも書かれているが、実際には付き合っていたのではないかと思う。
だからこそグッズが手に入ったり、チケットが取れたりしていたのだろう。
最終的には黒崎ユリとの関係が明らかになっているが、そのなれそめは怪我から始まったとされている。
言い換えれば、三木典子の事件後である。
つまり、自分の事故と同時に三木典子を失った彼は、大変ショックを受けてバイオリンを弾けなくなり、彼女とよく似た女性を無意識に求めた。それが黒崎ユリだったのだろう。
黒崎ユリのダミーが三木典子だったのではなく、三木典子の代わりが黒崎ユリだったということである。

それと夕子のマンマローネームについて、あそこまで分かりやすくヒントを書いてくれていたのは助かった。
これって誰だろうと思った訳であるが、赤星に最初が「ハ」で始まることだけを言いかけて教えないことにしている。
この瞬間に「ハ」で始まる人を探して、簡単に分かった。
作者も余計な議論を避けたかったのかもしれない。

赤星は軽薄なようにも見えるが、それに輪をかけて軽薄なのが週刊誌であり、ネット社会である。
赤星は最終的な責任をとらされ、全てを失う。
あっさりと切られる。
この展開がすばらしい。
週刊誌からは契約を解除されて全ての法的責任を負わされ、ネット社会からは個人情報を公開されて社会的責任を負わされる。
でも、彼がやったことはネット社会や週刊誌が求めていたものを提示しただけであり、そのときには拍手喝采を受けたに違いない。
みんなが知りたいと思っていることを文章にしただけであって、いろいろ情報を取捨選択したり、再構成したり、ちょっと盛っちゃったりしたことは事実であるが、基本的にはそれぞれの証言に基づいている訳だし、そういった行動のおおもとにあるのはフリーライターとして成功したい、話題を集めたいという、ちょっとした功名心でしかない。
実際に城野美姫が犯人だったら、彼は一躍有名になれたであろう。
しかし、最終的には犯人が違ったということにより、一気にしっぺ返しをくらうのである。
そこが面白い。

この作品の醍醐味の一つは、最後に資料編としてSNSや記事を載せたことにより、時系列が作れることである。
それぞれに時間や日にちが入っているから、そこからいろいろと考えることができる。
例えば、赤星の件についても彼は4月1日付で契約無効となっている。
これは契約”切れ”ではなく、契約期間は残っていたところを切ったと見るべきだろう。
そして、新聞記事を見ると4月2日の朝刊には逮捕状請求の話が載っている。
つまり、4月1日の夜あたりに真犯人に関する情報が流れたということである。
そして、遺体の発見は3月7日でSNSでの里沙子との会話は翌日からすぐに始まっている。
そんな風に事件を再構成しながら資料編を見ているとなかなか面白い。
そういう意味では、全てが分かってから資料編を読むというのも楽しいものがある。

いつものごとく長文になってしまったが、要するにこの本はよくできているということである。
構成が面白く、完成度が高いし、それぞれの登場人物が浮き足立っている感じが良く出ている。
なんていうか、「第一村人発見!」っていうときの、あの田舎の人がサービス精神を出しちゃう感じ。
あの感じとかもよく出ている。

実は本棚に「告白」も入ったままになっているのだけど、そろそろ取り出してみようか。
なんだか久しぶりに本を読んで興奮した。
このところ小説は読んでいなかったが、しばらくは読書モードになっても良いかもしれないと思った。

アイドリング、解散するのか

とうとうアイドリングが解散するらしい。

別にファンではなかったが、たまにネットの動画で見たりはしていた。

解散するということ自体には、正直ぼく自身はそこまで思い入れはない。

ただ気になったのが、日刊スポーツがスクープにしたということ。

どうやら記者は、予定調和が嫌いだから壊してやった、とか偉そうにしているらしい。

でも、ぼくから見ると、そんなことをする記者は本当に無粋なやつだと思う。

友達とかいないんだろうな。

2chやネットで、変な正義感みたいなものを植え付けられて、育ったんだろうな。

恵まれた環境におかれながら、最後まであまり芽が出なかったアイドルグループ。

その最後の花道を、こういう形にしてぶっ壊すことが正義だと思っているのだとしたら、それはあまりに思いやりに欠ける行為であるし、人の気持ちを理解できない人のやることだと思う。

実際こんなニュース、関係ない人にはどうでもいいことだし、本人たちやファンたちにとっても、劇的に発表された方が良かっただろう。

それをこんな風にテロ的にぶっ壊して喜んでいるのだとしたら、本当に情けない人だなと思う。

最近はあまり他人を思いやってあげられない人が増えた。

周りでも、他人の批判をする人ばかりで、その批判がそのまま自分にも返ってくることに気付いていない人が多い。

みんな、もうちょっと優しく生きることができたらいいのに。

なんだかどんどんと世知辛い世の中になっていくな。

注文の多いラーメン店

せっかく博多に行ったのだから本場の博多ラーメンを食べたいと思い、ホテルの近くで探したところ見つかったのがこのお店。
ネットでは強制的に退店させられたというネタで盛り上がっていたので、ちょっと緊張しつつ行ってみた。

店には看板が無く、青いバケツが出ていれば開店中というやり方は、同じく看板が無く、牛骨がぶら下がっていれば開店中という、がんこラーメンを思い起こさせる。

店内はシンプルな内装で、壁には赤まるに斜線の禁止マークが3つ。それぞれ携帯電話禁止、撮影禁止、禁煙を示している。

注文をして待っていると、やがてラーメンがやってきて、女性店員からスープから飲むように促される。

ということで、きっと店からの注文はこの4つ。
ネット情報によれば、店の注文を守らないと追い出されるらしいが、とりあえず上記の4つを守っていれば文句は言われないと思われる。

当然のごとく、まずはスープを飲む。
こってり感があり、思ったよりくさくはない。
むしろ、うまい。

博多ラーメンは麺が極細なので、麺での差はつきにくい。
その分スープが重要になると思うのだが、なかなかいい味を出している。
これで微妙な緊張感を感じずに、気兼ねなく食べられたらもっといい。

ただ、この店を訪ねて、ふと思い出した話がある。
以前にテレビで博多華丸・大吉さんだったと思うが、博多から東京に来て驚いたことの一つが、東京の人はラーメンのスープを全部飲むことだと言っていた。
彼らにとって、ラーメンは麺を食べるものであって、スープは飲まないものだというのだ。
足りなければ替え玉をすればいいのであって、スープで腹をみたすものではないらしい。

しかしこの店は麺から食べることを否定し、スープが重要だと訴える。
つまり、まさにこの店は博多ッ子のラーメン感に対するアンチテーゼとして存在しているのだ。
そういう意味では、東京のラーメン好きである私にはそれほど抵抗のない店であった。

ただそれでも店の評判をネットで読んでしまうとルールを守らなければという緊張感があり、くつろいで食事をすることができないので、再訪する気はしない。

東京のがんこラーメンも一時の勢いはなくなってしまった。
できれば、もうちょっと肩の力を抜き、おもてなしの気持ちを持って、普通にラーメンを出してくれたら、おいしく食べられるのになぁと残念に思う。


元気一杯

昼総合点★★★☆☆ 3.5



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ひとりで迷っている方にオススメ

ひとりで食事をしたい時、お店選びは悩ましいもの。
特に、出張やひとり旅で行った先でビジネスホテルなどに泊まったときの夕飯は、どうしたらいいか困ることも多い。
実際に私も博多で何を食べようか困りました。

そんなときにオススメなのがこのお店。
カウンターのみの狭いお店ながら、コンロが一席ずつ設置され、一人でもつ鍋が食べられます。
お店はきれいなので、女性でも入りやすいですし、実際に女性のお一人様のお客もいました。
カウンターのみなので大人数で来るのは迷惑ですが、2人くらいならそれぞれお好みの鍋を気がねなく食べられるという点で良いかもしれません。

メニューはシンプルで、モツのランクが2種類。これで値段が決まり、あとは醤油か味噌かを選びます。
そして、このお店のうれしいところが、お酒を強要しないこと。
最初に「お飲み物は?」なんてことはきいてきません。
普通に注文をきいて、以上でよろしいですか、ときかれたので、はいと言って終わり。
他の人はこの段階でビールとか、焼酎などを頼んでいる人もいますが、私のようにお水ですませる人もいたりして、飲めない人や、食事だけしたい人には非常に良いシステムです。

今回は高い方のモツにして、味噌味を選びました。
店主によれば、高い方が柔らかくて、安い方は少しコリコリしてる、という説明でしたが、私はせっかく来たのだからとレベルの高い方にしてみました。

そして出てきたのが一人用の鍋と既に麺の入ったもつ鍋。

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作るのは全てお店の人がやってくれるので、ひたすら座ってできるのを待ちます。

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できあがりは、もつ味噌ラーメンといった印象ではありますが、具もたっぷり入っていて、一人用にしてはボリュームも満点。
本当はハーフのおじやセットでも頼もうかと思ったのですが、意外とお腹がいっぱいで食べられませんでした。

味噌味は少しキャベツやモツの甘みが出ているようで、それに味噌のコクが合わさり、かなり完成度は高いです。
ただし、最後にご飯を入れるには完成されすぎているので、ご飯を入れておじやを作りたい人には醤油味の方が良いかもしれません。
結局、私はスープだけで飲んでしまいました。

これで1400円程度ですから、出張先でちょっと食事をしたい人などは重宝するでしょう。
また安く済ませたければ、モツのレベルを下げれば千円でお釣りがきますし、飲みたいのであまり食べない人や女性客にはハーフサイズもあるので、そこらへんはお好みで選択ができます。

次の機会にはぜひ醤油味でおじやを食べたい。
そんな風に思わせてくれる、良いお店でした。

元祖博多麺もつ屋

夜総合点★★★★ 4.5



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三ちゃんがプロレスラー?

 めちゃイケの三ちゃんがみちのくプロレスでプロレスラーを目指して修行中らしい。しかし、先日明らかになったところによると、道場での稽古の厳しさに耐えかねて逃げ出したということだ。当然だと思う。

 三ちゃんはもともとただの素人であり、芸人でさえない。だから、気のきいたコメントなんてできないし、面白いことも言えない。
 彼が悪い人でないことはわかる。いいやつなんだろうと思う。しかし、明らかに芸能界で生き残っていくタイプではない。なんとなく昔の斉藤静六さんを思いおこさせるが、芸能界やバラエティー番組に、キャラクターといい人というだけで何もできない彼のいるポジションはない。

 だから、本当はめちゃイケは早く彼を解放してあげるべきなのだ。早く普通の一般人に戻してあげるべきなのだ。なのに、足柄SAにおいてみたり、みちのくプロレスに追いやってみたり、微妙な距離をとりながら、飼い殺しの状態においている。なんだかかわいそうだ。

 足柄でも、みちのくでも、テレビに出ていることで人々がよってくるから、三ちゃんは何の芸もないのに芸能人気取りになってしまい、岡村さんを目指すなんて大それたことさえ言ってしまっている。他の芸人さんみたいにテレビに出るために一生懸命に努力した経験もなければ、実際に舞台に立って観客を笑わせることも、テレビのバラエティ番組で気のきいたコメントを言うこともできないのに。

 本人は芸人になりたいのかもしれないが、現状を見る限り、今のままではハッキリ言って無理だ。バンジージャンプを飛ぶ企画が来たとして、芸人が飛ばないなんてあり得ないのと同じように、プロレスに入門する企画が来ていて、しかもお台場でのイベントの日にちも決まっているのに逃げ出して、全ての企画をつぶそうとするなんて普通の芸人ではありえない。彼のあこがれる岡村さんがテニスに取り組んだり、プロと一緒にダンスをしたり、歌舞伎にまで挑戦していていることは知っていても、きっとその裏での努力や苦労は考えたことがないのだろう。他の仕事もきちんとこなしながら練習をすることの大変さはわかっていないのだろう。もうプロレスラーに挑戦するというこの企画を成立させることが無理ならば、早めに普通の一般人に戻り、普通の就職をして、普通の生活に戻った方がいい。

 もしかしたら、めちゃイケのスタッフも、彼をもてあましているのだろうか。うっかりフリーハンドで解放してしまうと、例えば三ちゃんの彼女がAVデビューとか、グラビアアイドルが三ちゃんの彼女とか言い出す可能性があるし、あやしげな会社の広告などに出てしまう可能性もある。だから、この知名度だけが先行してしまった一般人を、とりあえず社会に出られるよう教育しなおしてあげる。それが今回の企画の本当の趣旨なのかもしれない。

 正直な話、私は彼は早く一般人に戻る方が良いと思っている。だから、つらいかもしれないが、めちゃイケのスタッフは岡村さんを動員して、早めに引導を渡してあげた方が良いと思う。それが一時の笑いのために彼の人生を狂わせてしまった者の最も良い責任の取り方の一つではないかと思うのである。

ぼったくり居酒屋とグルメサイト

 ネットで新宿の風物語という居酒屋が話題になっている。ぼったくりの証拠がレシートという形でツイッターにアップされ、それが様々な人にネタとして取り上げられたことで、一気に有名になってしまったものだ。

 私はかつて食べログに投稿していたことがある。それは当時ネットのポイントサイトにハマっていて、食べログは投稿するとポイントをくれていたからだ。しかし、メジャーなサイトになったことで、だんだんとポイントがつくのは一部の店に限定されていき、そのうちにプレミアム会員制度が始まってiPhoneアプリからの検索がしにくくなった。また、会員制度が始まったときには投稿数が多いので永年会員の資格をプレゼントしますとかいう通知が来たにもかかわらず、数年後には会員制度を見直すというメールと共にあっさりと会員資格を剥奪された。

 ビジネスだから仕方がないのであるが、永年会員と言いながら急に資格を剥奪されたことで私はあまり食べログを信用していない。まじめな会社ではないというイメージを持っている。

 そんな私だから思ってしまうのかもしれないが、今回の話でもやっぱり食べログは信用できないな、と思わされた。

 実はこのぼったくり居酒屋には食べログでの口コミがない。なぜならば公式情報となっているからであり、店が食べログにお金を払っているからである。だから、根拠のない悪口という名目で、口コミをいくらでも削除できる。そうやってぼったくりの現状を隠し、普通の居酒屋のように振る舞っていたのである。
 これはぐるなびでも同じであった。普通の居酒屋のように掲載されていて、今は情報が削除されているが、実際にはぐるなびよりも高い値段を取っていたという話もある。

 結局、グルメサイトは口コミの脅威をネタにして飲食店からお金を取り、利益を得ている。だから、悪いことをしようという店は当然にお金を支払う。だから、ぼったくり店でもそれが口コミサイトでは広まることはないし、悪い評判がたちやすいような店ほど食べログにお金を支払うことになる。

 そう考えると、食べログの公式情報マークがついている店は怪しいと言えるかもしれない。

 お金を払ってでも情報を操作しなければならないような店なのだから、行く前にちょっと考える必要があるかもしれない。

 ちなみに、昔の口コミが残っていたのはYahoo!ロコだそうで、注目度が低すぎて削除申請されなかった可能性がある。ただ、そういう生の声の方が参考になる訳で、メジャーなグルメサイトが金儲けにはしってお店側の味方になってしまい、我々の利益を害する可能性も出始めている現状では、こういうサイトも参考にし、情報をうまく取捨選択する能力が我々に求められていると言えよう。

ヨドバシのポイント

 木曜日から旅行に行くので、ヨドバシカメラでいろいろと買い物をしてしまった。事前に値段を調べたところ、だいたいポイント還元まで考慮すればアマゾンと同じくらいか、場合によっては少し安い。しかも、Suicaで買えばクレジットのポイントが1.5%分つくから、アマゾンで買って1%のクレジットポイントをもらうより、まあお得だろう。そんな考えからヨドバシで買った。

 ただ、ふと思った。ポイントって本当に得なんだろうか。

 そこで物事を単純化して考える。

 ポイント還元まで考慮すればアマゾンと同額だとする。この場合、ヨドバシで100円の物はアマゾンなら90円で買えることになる。

 これをヨドバシで買って10円分のポイントをもらい、このポイントで10円分の買い物をしたとする。このとき、その10円の品物はアマゾンでは9円で買える。

 さて、これを整理すると、アマゾンで買えば99円の品物に対して、ヨドバシに100円払って買ったことになる。

 そう、そういうことなのだ。しかも、ヨドバシのポイントは10%だから、1円単位の端数が出る。厳密に言ったら、アマゾンよりも安くならないと損になる可能性が高い。ところが実際にはモノによるが、ポイントを考えてもほぼ同額かちょっと高いことが多いように思う。

 まったくポイント還元のお得感って、なんなんだろう。ポイント還元って仕組みを考えた人って本当に頭が良いな。

iPhone6か、Plusか

今日、出かけたついでにヨドバシアキバでiPhone6を触ってきた。

実物を見る前はPlusに機種変をする気まんまんだったのだが、今はかなりゆらいでいる。

新しいもの好きの私としては、Plusの方が電池の持ちが2倍近く良い上に、カメラも手ぶれ補正がついているということで、機能的にこちらだろうと思っていた。

しかし、実際に持って使ってみると、やはりしっくりくるのはiPhone6だった。

iPhone6とPlusとどちらが良いかと決めかねた場合、私は片手で操作することが多いかどうかがポイントになると思う。

片手でメールを打つ人は多いはずだ。それはiPhone6ならギリギリ可能だ。しかし、Plusはまず不可能だ。Plusは基本的に片手で持ち、もう片方の手で操作するものであって、私はどちらかというとタブレットの域に入ると思う。だから、iPhoneの大きいものというよりは、iPadの小さいやつと考えた方が良いだろう。

ただ、そう考えるとここに一つ問題がある。iPadの小さいやつとしてみると画面が縦に長すぎるので、横幅を増やしてもっと大きく表示させたくなる。特にpdfや電子書籍のように、ワイド画面の16:9という画面サイズでは端が黒くなってしまうようなサイズのものを見る場合にはそう感じるのではないだろうか。
だから、大きすぎてポケットに入れにくくなることも合わせて考えると、カバンに入れて持ち歩くなら、iPad miniの方がいいんじゃね?という気がする。
それにiOS8では連係機能が強化されて、iPhoneが近くにあれば、MacのPCやiPadからiPhoneを通じて電話やメールができるという話もある。これはPlusを一つ持って全てをまかなうというよりは、必要に応じてiPhoneとiPadを使い分けるという選択肢を強力にプッシュしてくれる材料と言えよう。

また、ホームボタンを2回タッチすることで画面が下にずれるという機能は本当にずれるだけで、下が途切れたyoutubeの画面を少し上にずらして全て表示させるということさえできなかった。なんか思ったような機能ではなかった。

結局、触ってみた感触としては、今の携帯電話としての使い方を続けたいのならばiPhone6の一択である。ただ、iPadやiPad miniを持ち歩くのは面倒だが、タブレット的な大きな画面での作業を軽くやってみたいという人ならばPlusもアリだろう。
これは、両手で使うか、片手で使うかというまさに瀬戸際の問題であって、私は携帯電話とタブレットの境目ではないかと思っている。だから、携帯電話として使い続けようとするのであれば、やはりPlusはやめておいた方が良いのではないだろうか。

ドコモってダメねぇ

iPhone6が出たから買おうかと思っている。

今使っているのはiPhone5だから、ちょうど2年がたとうとしている。

本当はドコモに戻ろうと思っていたのだが、今になって心がゆらいでいる。iPhone6がCAという新技術を使えることでauのままでいた方が速度が速い可能性があるからだ。

そんな中、ドコモのMNP流出が止まらないという記事を読んだ。

さもありなんと思う。

私はかつて学生として就活をしたときにNTTという企業を受けて、一次で落とされたことがある。あとから思えばLモードというサービスを指していたと思われるソフト事業への進出についてどう思うかを聞かれたときに、あっさりと否定したことが面接官の気にさわったことは明らかであったが、正しいと思うことは曲げないタイプなので、そんなものはうまくいくはずがないと否定し、撤回しなかった。その後実際にやってはみたもののうまくいかなかったのだから自分は間違っていなかったと思う訳であるが、やはりNTTドコモでiモードが成功したから、固定電話でも同じようにやればうまくいくんじゃないかというような単純な発想は、それぞれの企業の環境の違いなどを考慮していない点で愚かな選択に過ぎなかったと言えるのではないだろうか。

そこで、今のドコモについて見ると、auやソフトバンクと全く同じことをしている。これは間違いだと思う。しかも、アップルとの交渉も下手だと見えて、自分の通信環境下でiPhoneが早くなるように商品開発をしてもらえておらず、むしろ自分が力を入れている電波が使えないなど、ドコモではiPhoneが使いにくくなってしまっている。

だいたい、ドコモは流出される方なのだから、それを止めるのが最優先事項であって、機種変更の際のiPhoneの価格を他社のMNPと同等にするぐらいのことはやっても良いはずなのだ。そして、自分のユーザーをしっかりと囲い込んだ上でMNPで奪いに行くくらいの気持ちでなくてはいけないのだ。なぜならば、今のようにMNPだけ優先で各社が取り組んでいる現状では、2年ごとに渡り歩くのが絶対に得になるからだ。そして、だからこそ一人で何回線も持って端末は転売し、回線は最低価格で維持するなどして儲けるというビジネスモデルが成り立ってしまうのだ。

他がMNPに力を入れているから、うちもやれば良いという横並び精神ではドコモの復活はないだろう。他と違ったことを考えるくらいの気概が欲しい。でも、NTTに入るような人は、あの面接に勝ち残っていった人たちなのだから、私のように人と違ったことをやるべきなんてことを言う人はいないだろうし、思っても言わないような人が出世するのだろう。そして、そういう社風はドコモもあまり変わらないのではないだろうか。

私は長年ドコモを使っていたので、どちらかというとドコモに愛着があるのだが、iPhone3でソフトバンクへうつり、iPhone5でauへうつって、今ドコモに戻るか、このままauで機種変をするか、考えている。戻るとすればMNPになるからドコモの方が得ではあるのだが、このあまりのふがいなさを見ていると、CAによるau回線の将来性の方にひかれる自分がいるのである。

ランチパスポートを使って

 今、一部で話題になっているランチパスポート。地方から始まったらしいが、この4月から東京にも上陸し、新橋・虎ノ門エリア版として販売された。通常は750円くらいから上は1200円くらいまでのランチが全て1店舗あたり3回まで500円のワンコインで食べられるとあって、テレビのニュースなどでも取り上げられていた。

 実はこのランチパスポートを私もゲットして、この2ヶ月くらいであろうか、使ってみたのでちょっと感想を書いてみたい。

 まずお得感であるが、ランチパスポートは千円弱の本なので750円のランチでも4回食べればもとが取れるし、千円以上のお店であれば2回も行けばもとが取れる。そういう意味では絶対にお得なので、自分がランチを食べるエリアのバージョンが出たら、とりあえず一冊は持っておくべきだろう。有効期間はおよそ3ヶ月間なのだが、その期間内に少なくとも4回ぐらいはこれを使ってランチに行く機会があるはずだ。だったら、少なくとも買っておいても損はしない。だから、私も7月1日発売の第2弾はとりあえず買おうと思っている。

 しかし、残念ながらこのランチパスポートは、もうすでに弱点が見え始めている。

 まず第一に、お店の人が既にパスポートの客を嫌い始めているということだ。パスポートを見せたとたんにうんざりした顔をされるくらいはよくあることで、新橋エリアなどでは本に書いてない限定数を勝手にもうけ、売り切れたと言って客を追い返している店も多い。確かに、売り切れることがありますとは書いてはあるが、本を見せたとたんに売り切れですと言われても、12時ちょっとでもう売り切れでは本当に売り切ったのかさえ分からない。
 また勝手に時間を1時からなどと変更し、オフィス街のランチタイムとは思えない対応をしている店もあるし、定食のはずがなぜかカレーの食べ放題になっている店もあった。

 そんな風に一部のお店の人たちは、本と500円を持って行列する人々にうんざりしているのである。きっとガイドブックに載るような気持ちでOKしたところ、今まではランチタイムに通常の値段で食べてくれてた常連を押しのけて、本を持った人が行列してしまうため、大幅に収入がダウンしたに違いない。だから、自主的に「売り切れ」などと言って掲載ストップと同様の処置をしたり、食事の内容をレベルダウンさせたりしているのである。

 ユーザー側からしてみても、実は問題がある。1店舗あたり3回まで行って良いのであるが、一通り行ってみると1回でもういいやと思わせてくれる店がたくさんある。そうなると、リピートする店は限られてきて、それがみんな同じになってくるのである。だから、混んでいる店と空いている店が二極化する。本を持って行列している店の横に、同じ本で500円になるにもかかわらずガラガラの店がある。そうなってくると、休み時間との関係で行列に並ぶことをあきらめざるを得なくなってしまうのだ。

 また、お店の種類も実は偏っている。担々麺や麻婆豆腐が多く、中華料理屋の比率が高い。お店に行くと、常連さんは誰も食べていないにもかかわらず、担々麺が売りだとか言って、パスポート用のメニューは担々麺になっている。これが正直な話、飽きるのである。

 そんなことを思っていたところに、近くの書店にランチパスポート第2弾の予約受付のポスターが出た。

 今までは新橋・虎ノ門で100店舗だったのが、今度は浜松町や芝大門まで含まれるようになって100店舗らしい。これはもう新橋と虎ノ門で100店舗を用意することができなかったということだろう。もしもカバーするエリアを広げたいというのなら、店舗数を増やせば良いのだ。そうでないということは、隣で見ていてやはり同じ目に遭いたくないという店主が多かったということではないだろうか。

 また新店舗が43店舗もあるらしい。どこが消えて、どこが残っているのかは分からないが、「売り切れ」と言っていた店はいなくなっているだろう。またガラガラだった店は残っているのではないだろうか。そうなってくると、行きたい店は遠くて行けず、近くの店は行く気がしない店ばかりということにもなりかねない。そうなると、もう魅力がないから、買ってもあまり使わないということになるかもしれない。

 私は第一弾のパスポートを毎日のように使わせてもらったし、今も使っている。ランチパスポートのおかげでかなり食費がういて、経済的に楽になった。でも、一番良かったのは第一弾だった、なんて展開が今の段階では見えてきている。ぜひ、この悪い予感をランチパスポートの中の人たちには裏切って欲しいと期待している。

 

懐かしきドラリーX

 かつて、ドラゴンリーグXというiPhoneアプリにはまったことがあった。

 アプリ内課金もあるゲームなのだが、ガチャをまわすためのルビーという課金用ゲーム内通貨が課金しなくてもしばしば得られるので無課金でも十分に楽しめるところが良かった。
 また、一日に4回あるグループ対抗戦がオンタイムで行われるため、誰がいつどのような攻撃をするかでチームの勝敗が分かれることがあり、攻撃ボタンを押すタイミングなどをチーム内で打ち合わせをしてから押さなければならなかった。チーム内で戦略を共有しつつ、予想外の敵の動きに対してはそれぞれが最善と思う戦術をとって攻撃する。そういうチーム戦としての楽しみもあって、とても面白かった。

 しかし、このゲームを運営するアソビズムという会社には大きな問題点があった。社員を夜間に残業させたくないのか、メンテナンス作業を昼間にやっていたのだ。
 チーム戦であるドラゴンリーグは2週間での戦績でランキングが出て、その順位によって賞品がもらえるというシステムだった。ただそのリーグ最終日、金曜日の午後2時から週末のイベントをやるためにメンテナンスをするというのが基本スケジュールとなっており、しかもそのメンテナンスがうまくいかず、延長されることがしばしばあったのだ。これにより、最終日の戦闘が中止になったりして、場合によっては昼の戦いまでの戦績でランキングが出されたりした。

 これは本当にやる気をそがれた。

 イメージとしては、一生懸命受験勉強をしたにもかかわらず、突然「最後の英語の試験はできなくなったので、全員に60点あげます。そして、それに残りの4教科の点数を足して合否を決めます」と言われたような感じといえば良いだろうか。

 そんなメンテナンス延長が繰り返され、イベントをやっても調子が悪くて突然メンテナンスに突入し、しばらくゲームができないなどということが繰り返されることで、だんだんとゲームへの興味はそがれていった。
 また一回3000円相当のルビーが必要なガチャでSSレア級の装備がほとんど出ないなど、課金してたら絶対に怒るようなガチャの確率の低さもあって、不満を持つ人が増えていった。しかも、チームの戦力に差がついてくると、一番強い人の戦力を比較した瞬間にチーム戦の勝敗がほぼ見えてしまい、しかも弱い人が下手に攻撃すると不利になるので強い人だけが攻撃するという風潮ができあがり、これもこのゲームを一部の人のものにしていってしまった。

 そんなこんなでやる人が減っていき、遅れに遅れていたアンドロイド版の完成によってもう一度盛り上がるかと思いきや、まさかの別アプリ。しかも、このアプリが待たせまくりの落ちまくりでまともにゲームができないという状態で、こちらも盛り上がらず。
 そんな訳で私も離れていって、気が付けばiPhoneからアプリを削除していた。

 ただ、ふと思い出してこの連休に再びログインしてみたところ、ちょうどゴールデンウィークのイベント中。でも、思ったよりも面倒なイベントでやる気しないなぁと思っていたら、突然のメンテナンス。そして、イベントの中止とお詫びのルビー配布。

 せっかくのイベントが数時間で中止とは、あいかわらずだなぁ。

 でも、ゲームの仕組みとしてはなかなか面白いと思うし、もったいない。

 今のシステムをうまく活用しつつ、運営のやり方の失敗を反省して、キャラだけ変えて始めたら、またうまくいく可能性もあると思うのだが、うまいことやってくれないかなぁ。

sakusakuが終わった

 今日は分かる人には分かるが、分からない人には全く分からない話を書く。

 TVKのsakusakuが終わった。残念に思うところもありつつ、そろそろ潮時だったようにも思っている。

 sakusakuって、最近はほとんど見てなかった。古株のサクサカーにありがちなことを言ってしまうのは自分でもイヤなのだが、個人的にはあかぎあい時代が一番面白かったと思っている。そして、カエラちゃんの時代にピークを迎え、そのあとはよく分からなくなっていった。

 私は最初、中村優ちゃんがつまらなかったことが見なくなっていった原因だと思っていた。彼女はつまらかなったというよりかは、まじめすぎて、バラエティな部分をつぶしていくタイプだった。そういう意味で、番組からバラエティとしてのおもしろさを奪っていった。最初の頃は惰性で見ていたが、だんだんと「早くMCが変わらないかな」と思うようになり、それが次第に私のsakusakuへの興味を奪っていき、気が付けば代替わりの時だけ見る程度になっていった。そういう意味で、中村優という人は、ある意味で戦犯だった。

 でも、最終回を見て、その考えは違っていたのだと気が付いた。

 最後の最後、黒幕が声を詰まらせて語ったのは、金田氏の話だった。その名前にピンと来た人がどれほどいたのか知らないが、別名ご意見番である。私も彼の訃報に触れたときにはガッカリした。ネットを調べまくり、情報を仕入れまくった。黒幕の歌った「海老名のうた」を聞いたときには、涙が出そうになった。MCが代替わりをするたびに、彼の名前がディレクターの欄に残っているのを見て、「いつまで残すのだろう」と勝手に考えたりしていた。
 中村優ちゃんの時代以降、いろいろなキャラクターや芸人らしき人たちがメンバーとして加入していった。しかし、それは今となっては全てご意見番の穴を埋めるためのものだったのではなかったか、と思われてならない。sakusakuの変質は中村優ちゃんに変わったから起こったのではなく、ご意見番がいなくなったあの日から始まっていたような気がしている。そういう意味で、ご意見番のいた時代というものを知り、それを楽しんでいた人間には、ご意見番のいない新しいsakusakuは受け入れがたかったのかもしれない。

 新しいsakusakuが多くのファンを集めていたことは、黒幕の努力や出演者たちの努力が実を結んでいたということだろう。その面白さを理解していなかった私は、とてももったいないことをしたのかもしれない。でも、もうsakusakuは終わってしまった。来週からは黒幕のいない、番組タイトルだけが同じな別のsakusakuが始まるらしい。先の反省を活かせば、新しいsakusakuを楽しむというのもアリなのだろうが、今さらもうできそうにない。今はただ黒幕さんに感謝とねぎらいの言葉をかけたいだけだ。

 13年間お疲れ様。そして、ありがとう。

STAP細胞だめぽ…

 ネットニュースの情報などを中心にSTAP細胞はどうなったのか、軽く調べてみたが、どうやらダメっぽいことが分かってきた。ただ、それがねつ造なのかがまだ必ずしも明確ではない訳で、画像の切り貼りにしても、きれいなやつを組み合わせたという感覚に過ぎないらしい、という話もあるようだ。

 彼女に好意的に解釈すれば、まだSTAP細胞の存在自体は否定された訳ではなく、今の段階では科学者としての論文を書くときの作法やルールが分かっていなかった、ということが明らかになったに過ぎない。そういう意味ではルール違反はあったにしても発見した事実の価値はまだ未確定の段階と言えるのではないだろうか。

 ただ、一部で報道されているように、論文の書き方についての基本的なルールであったり、やり方というようなものを知らなかったのだとしたら、これは彼女だけを責められる話ではないと思う。むしろ、それをきちんと教えずに今まできた周りの先生であったり先輩だったりにも問題があるのではないかと思う。

 「知らない」ということは悪いことではない。誰もが最初は何も「知らない」ところから出発しているのであり、どこかでそれを「知る」タイミングがあったから「知っている」。しかし、「知らない」というのは自分で「知る」ことは難しく、誰かが指摘してやることが必要な場合が多い。勉強でいえば、それがテストだと思う。テストで間違えることによって、人は「知らない」ということを外部から指摘され、それを「知る」ことによって、次からは間違えなくなるのである。

 彼女がもしも本当に今指摘されているような論文を書く際のルールを知らずにきたのだとしたら、それはやはり大学での教育のあり方を考え直す必要があるのではないかと思う。教えるべき基本的なことを教えずに、最先端の科学とやらを熱心に教えているとしたら、それは教育機関としては誤った方向性である。大学は、ただの高校生を研究者の卵に変えていく機関であるのだとすれば、まさにそういう基本的なことをきちんと教えることこそが大切なのであり、最先端の知識は卒業後でも身につけられる可能性はあるのではないだろうか。

 こうした大学批判は結論が逆の場合でも言われかねず、ルールを知りつつ破っていた場合、これもまた大学での教育が問題視される可能性はあるのだが、私はこちらはそこまで問題視すべきではないように思う。なぜならば、それは個人の問題だと思うからだ。大学は知識をつけるところであって、そんな道徳の部分というのは自ら身につけておくべきところであろう。

 大学でも盗難が発生することがある。これは外部の者の犯行かもしれないが、内部かもしれない。このとき、刑法という社会的ルールを守らせるように学生を指導することが大学に求められるとは思わない。そんなものは大学に入る以前に身につけておくべきものであって、むしろ家庭での教育に求められるべきものであって、大学に求めるべきものではないと思うのだ。

 だから、ルールを知りながら破ったのだとすれば、それはまさに彼女に対してきちんとした責任追及をすべきであって、それ相応の処罰をすべきである。

 ルールを知っていたのか、それとも知らなかったのか。

 処罰の軽重はその点にかかってくると思うのだが、場合によっては周りの人間こそ責任をとるべきなのだということは、忘れるべきではないように思う。

STAP細胞って、やっぱないのかな?

 あれだけ持ち上げられていたリケジョの星が、今や半ば詐欺師扱いになっている。本当に他人の評価というのは移ろいやすいものである。

 私は理科の中でも生物と物理は全く苦手で、高校の早い段階で見切ったくらいなので、彼女の評価を正当にすることはできない。しかし、例えば博士論文のコピーが問題となっているが、テレビのニュースを見ている限りでは論文の中でも冒頭にある今までに分かっている知識などを説明する部分がコピーだったように聞こえる。
 基本的に論文は自分の言葉で書くべきだとは思うし、コピペが2割を占める論文などあり得ないというのは分かるし、そこが批判されるのは当然だろう。しかし、そのあとの独自の研究の部分に見るべきものがあったのだとしたら、そこはそことして少しは評価しても良いのかなと思ったりする。つまり、その後の独自の研究の部分の価値まで全否定する必要性まではないかなと思うのである。

 これは今回の論文についても同様で、彼女は結構いい加減でがさつな女性だったのかもしれない。だから、データの管理とかもいい加減で、たくさんある写真の中でどれが今回のデータか分からなくなり、自分の一番のお気に入りの写真を選んだら、実はそれは博士課程の論文でも使った写真だった、なんてことが、あるの”かも”しれない。
 ただ問題なのは、その中身であり、新しい部分である。本当にSTAP細胞なるものは存在し、作られたのか。そして、今のところ再現性はないものの、何らかの条件下においては、彼女の言う方法により作れたのか。重要なのは、その点ではないかと思っている。

 今のところ、この点についてはねつ造説が有力であるように見える。彼女が嘘をついていたということである。しかし、明日には理研の記者会見があるという話ではあるが、現段階では嘘をついていたということまでは言えない。若さ故に何かを間違いまたは勘違いした可能性や、彼女の気が付いていない特殊条件が存在し、その下で生じた話だった可能性もあると思う。

 この話は、このまま論文の取り下げにより社会からは消えていき、忘れられていくのだろう。しかし、実際はどうだったのだろうか。小さな嘘から始まった大きな嘘にみんなが振り回されただけだったのか、それとも彼女はSTAP細胞の本質を理解していなかったが故に嘘つき呼ばわりをされているだけなのか。

 真実を知りたいと思うのだが、それを知るためには最低でも数年は待つ覚悟をしなくてはならないのかもしれない。そのころにはもうどこかのマニアックな科学ニュースサイトとかがひっそりと知らせる程度の扱いになっているのかもしれない。ただ、そんな真実に光を当てる人が出てくるのだとしたら、私はぜひそのニュースを忘れずに読んでみたいと思う。

旅行のスタイル

 先日行った旅行についてまとめた記事を、あらためて読み返してみた。

 何が楽しかったのだろうと思い返してみると、見知らぬ土地で、どこに何があるのか分からず、次がどうなるかもわからない中を手探りで次の一歩を模索し、新たな場所やものと出会っていく。そんな体験に僕はワクワクしていたのではないかと思う。

 旅をしようとするとき、大きく分けると2パターンの人がいる。細かく決める人と、あまり決めない人だ。

 細かく決める人は、やりたいことが決まっていて、それを貪欲に全てこなそうとする人だろう。
 細かく決めない人は、そこまで決まってなくて、決められなくて、とりあえず行っちゃう人だろう。

 僕の場合は、後者でありながら、実は前者でもある。たくさんのものを貪欲にこなしたいと思いつつ、旅には想定外のことが起こることも分かっている。しかも、むしろ事前に決めたことだけでは満足できない。もっと何かあるんじゃないかと思ってしまう。だから、事前にすべてを決めてしまうのがいやなのだ。当然リスク管理として、大枠とギリギリのラインに関する情報は仕入れておくし、途中の部分に関しても様々な選択肢の情報は事前に入手しておく。しかし、実際にどれを選択し、そのように旅を構成するかはその場で決める。そういうスタイルなのである。

 そんな風に自由度を持たせたことによる今回の大きな収穫は、出雲大社に行った際に立ち寄った文化プレイスだろう。丘の中に埋もれるようなデザインの建物は、いかにもデザインコンペで決まりましたという風でおもしろかった。
 あれは、参道をまっすぐに鳥居に向かって歩いてきたため、折り返すのに同じ道を通るのでは面白くないと思って脇道を入っていったからこそ出会えたものである。実際、そんなところに観光客の姿などなく、いたのは地元の人ばかりだった。

 また伊勢神宮の滞在時間を大幅短縮できたのも、逆の意味でこの性格のおかげである。というのも、今回は二度目の訪問だったため、新たな発見が少なく、むしろどこに何があるかというのもだいたい分かってしまっていて、思ったほど楽しめなかったのである。だから、あっさりと切り上げて、名古屋に向かうという決断ができたのであった。

 ただ今回は一人で行った分、ブレーキをかける人がいなかったので非常に疲れた。誰か相棒がいれば、もうちょっとゆっくり行こうとか、ここを見るのはあきらめようとかなったところでも、一人なら無理をすれば見ることができる。旧大社駅などはその典型で、出雲大社から出雲市駅までバスで行くか、電車で行くかは悩ましいところだった。
 バスに乗れれば、昼飯は出雲そばを食べて、1時35分の大阪行きの高速バスに乗れる可能性がある。しかし、電車に乗ると、そばをあきらめてバスに乗るか、少なくともバスを一本遅らせなくてはいけない。ただ、そうなると大阪到着が7時過ぎまたは9時過ぎになって、そこでは何もできず、ただ寝るだけで終わってしまう。そんな状況下で私は猛ダッシュで旧大社駅に向かい、早歩きで見ながらポイントを写真におさめ、そして駅に向かうバスに飛び乗るという決断をしたのだった。
 結局その後の展開としては、そばは食べたものの高速バスに乗れず、発車3分前に方針転換をして切符を買い、ギリギリで特急に飛び乗るという、もっと慌ただしい話になってしまった。そしてそのおかげで5時半頃に大阪に着き、最終的にはマッサージに行っていてホテルに帰るのが終電という怒濤の大阪観光をすることになってしまう訳だが……

 でも、こういう経験はやはりたまには必要な気がする。毎朝いつもの道を通り、いつもの電車に乗って、いつもの机に座って、いつもの人たちといつものように仕事をし、いつものように帰ってきて、そして寝る。こんなことの繰り返しでは、やはりストレスもたまってしまう。やはり新しいものに出会うということは必要なのだ。

 だから僕は再び旅に出ることを企画している。まだどこに行くかはハッキリとは決めていないが、1つの候補としては今屋久島に行きたいと思っている。
 日程としては5月の終わりか、6月のはじめが候補なのだが、梅雨と重なってくるのでもうちょっと違う場所になるかもしれない。ただ、せっかくなので今回は少しじっくりと計画を練ってから行こうと思う。

 今度の旅行はもう少しゆったりとした日程にしたいな。

 そんなことを思っているのだが、きっと実際に行ってみると、また過密スケジュールになってしまうのだろう。なぜならば、それが私の旅行のスタイルなのだから。

久しぶりのコストコ

 今日は久しぶりにコストコに行った。

 コストコのチーズおかきがおいしいという話を聞いて、ぜひ一度買いたいと思ったのが発端だった。実際には「チーズのり巻き」という商品で、俵型のチーズの周りをおかきが帯状に包んでいて、それをまた海苔で巻くというものだったのだが、帰ってきて食べてみると実際にうまかった。基本的にはチーズおかきのイメージなのだが、そこに海苔が加わることによって、また味が変わり、おいしさが加わる。お値段はちょっとするが、これは確かにハマりそうだ。

 結局行ってみると、チーズおかきにとどまらず、家族へのお土産に買った夕飯のためのにぎり寿司なども含めて1万円も使ってしまった。

 使いすぎだよな〜

 でも、衝動買いしたブルートゥースのステレオヘッドセットなどは、前々から欲しいとは思っていたのだが、なんとなく買い損ねていたもの。商品に書かれたメーカー名を見てもよくわからないが、イヤホンを変えることのできるクリップ型で、しかも使ってみると思った以上に音がいい。これは満員電車でiPhoneを使うには有効だろう。これからぜひ活用したい。

 それにしてもこのところ予定外の出費が続いている。痛いわ〜

 明日からはしばらく食費を削って生きていかなくてはいけないかもしれない。

2014年 出雲&大阪&伊勢&名古屋旅行(備忘録)

 今日は時間がある。そこで、少しブログにいろいろなことを書き留めておこうと思う。

 出雲と伊勢に行く。これは一昨年から考えており、周りの人にも言っていたことだった。遷宮が重なるのは60年に一度。このタイミングでぜひ一度行ってみたい!
 しかし、仕事に追われている中ではなかなか行くことはできなかった。ただ、1月の末に1日休みを取れるとなったとき、すぐに思い立ったのは出雲と伊勢に行くことだった。

 誰かを誘うことも考えたが、貧乏旅行で強行日程になることが予想された上、あまりに急な話だったので一人旅にした。翌週の月曜日に休むことを火曜日に決めて上司に了解を取り、その夜にネットで情報収集をしながらプランを練った。水曜日に休暇届を出して休みを確定させ、その夜に初日の深夜バスと宿の申し込みをした。そして、木曜日の夜にバックを取り出して旅行の準備をし、金曜日には早めに職場を飛び出して、気が付けば深夜バスに乗っていた。

 そんな旅行の日程を思い出しつつ、書き残す。

【1月31日】
19時10分
東京駅からスサノオ号で出発。夕飯に東京駅で駅弁「ホタテだべ〜」を買って乗り込む。ホタテはうまかったが、ホタテグラタンみたいなのはあまりうまくなかった。
21時20分
途中足柄SAでトイレ休憩。めちゃイケSAとしてコラボメニューを販売しているらしいが、お店はすべて閉まっていた。飲み物だけ購入。

【2月1日】
5時頃
蒜山高原SAでトイレ休憩。こんな早朝では何もやってない。
7時半
出雲大社に到着。スサノオ号は元々ガラガラだったが、松江駅でほとんどの人が降り、それ以外の人も出雲市駅で降りたため、出雲大社まで行った人はほとんどいなかった。
着いても車も人もいない。店もやってないので朝食はおあずけ。写真を撮りながらお参りをする。
8時20分
おみくじで1番を引く。大吉とかは書いてないが、内容はいいことしか書いてない。
せっかくなので御朱印をもらおうと思ったら、朱印帳が売ってない。きいたら土産物屋で買うしかないらしい。作ればいいのに……
8時50分
出雲大社前駅に到着。日本最古級の電車を見学する。誰もいないから見放題。
9時
鳥居に到着。ここから折り返す。
9時10分
大社文化プレイスを訪問。地元の保育園のお遊戯会のようなものをやっていた。新しくてきれいですばらしい建物だった。
9時50分
出雲そばかねやに到着。割子そばと釜揚げそばを食べる。
10時40分
土産物屋で朱印帳を買い、再度お参り。朱印帳はいろいろあったが、島根っぽいものということで、あえてユルキャラ「しまねっこ」のかわいいやつにしてみた。出雲大社、神楽殿、出雲教の3種類の朱印をいただいた。
11時55分
旧大社駅に到着。軽く写真を撮りながら、駅舎やSLなどを見て回る。
12時04分
駅通りバス停から出雲市駅行きのバスに飛び乗る。
12時35分
バスを降り、そのまま昼食の店、羽根屋へ。三色割子そばの定食を食べる。具の違う三段の割子そばにかやくご飯とお味噌汁がついて、とてもお得。
13時10分
出雲市駅に戻り、大阪へ向かう13時35分発の高速バスのチケットを買おうとするが、駅前のローソンのロッピーでは発車1時間前までしか発売されず、駅のチケット売り場は13時から14時まで昼休み。それではと直接交渉したところ、空きが少しあるから乗せてもいいが、途中のバス停のチケット売り場で既に発券されていた場合にはそこで降りてもらうとのこと。この段階で13時30分。2倍弱の費用はかかるが、1時間半も早く到着できることを考慮し、急いで駅の窓口で切符を買ってダッシュで階段を駆け上がり、13時33分発の特急やくもに飛び乗って、岡山から新幹線で大阪を目指す。
17時35分
新大阪に到着。車中では爆睡だったが、あらためて移動はバスより電車だと痛感する。地下鉄の一日乗車券を購入し、とりあえず御堂筋線で動物園前駅へ。
18時10分
本日の宿、ホテル中央セレーネへ到着。ビジネスホテルというよりはワンルームマンションといった雰囲気だったがきれいだし、居心地は良かった。チェックインだけして、再び出発。
新世界から通天閣を経て、日本橋を経由して、なんばに抜ける。一日乗車券を買ったものの全て徒歩で移動した。途中、ロケみつのロケに遭遇した。まだ放送されていないようだが、うつりこんでたりしないかな?
19時10分
自由軒で名物カレーを食べる。久しぶりに食べたが、思ったよりもうまかった。自分の中で評価が上がった。
ついでにビックカメラで小さな目覚まし時計を買った。
また、なんば駅で明日の近鉄特急のチケットを買った。なんば始発の列車があるらしく、ほとんどノンストップで伊勢まで行くらしい。
19時40分
たこ焼きを食べようかと思い、かに道楽の前を通り過ぎた先の細い橋のたもとでやっていた屋台のタコ焼き屋が立ち退きの後で開いた店を探すがよくわからず。そのまま新たに川の縁にできたデッキ部分を歩いて、グリコの看板の前では半沢直樹で壇蜜がいたなぁなどと思いながら、御堂筋に抜け、心斎橋駅へ向かう。
20時
淀屋橋駅で、予定外の途中下車。京阪ジューサーバーでミックスジュースを飲む。ここは僕をミックスジュース好きにしてくれたお店で、かつては朝食代わりになっていたこともあったところ。なんか東京のジューサーバーよりもおいしい気がする。
そのまま適塾やかつての職場を見ると共に、モーニングをよく食べていた店を探すが見つからず。かろうじてそれらしい店が見つかったが、店名が変わっているようないないような、ハッキリしなかった。
20時40分
再び御堂筋線で梅田に移動。阪神百貨店でイカ焼きを購入し、同じフードコートのお店でミックスジュースを買って、食べる。思ったよりもイカの味が強く、おいしいと感じられなかった。今回、評価が下がった一品。
20時55分
それほど腹は減ってないのだが、どうしても食べたいものがある。新梅田食堂街の中にある潮屋のきつねうどん。JR梅田駅の地下鉄に降りるところにあった立ち食いそば屋と並んで、私の夕飯になることが多かった。揚げ玉入れ放題は東京人の私にとってはカルチャーショックであったし、この2つの店が私をきつねうどん好きにさせた。梅田駅の中の店はなくなってしまったが、こちらは見事に現存していた。やっぱ、うまかったわ〜
21時30分
かつてのように暗く人通りの少ない道を梅田から歩き、昔の我が家に到着。入居者募集のかんばんと共に、あのマンションはあった。なつかしい。ここから今度はかつては毎朝通った中津駅までの道をたどる。
21時50分
中津駅から御堂筋線に乗り、梅田駅に帰ってきた。大阪駅前ビルをふらつきつつ、北新地の通りを抜けて、お初天神にお参りした。そこからお初天神通りをぬけて、お腹はいっぱいだけど頭が食べたい!ということで、懐かしの揚子江のラーメンを食べた。お湯っぽいけど、さらっと入る。そうそうこんな味だった気がする。昔ほどおいしいとは思わなくなっていたが、まあこんなもんだろう。食べ終わったら閉店間際の22時50分。なんか疲れた。
23時
梅田から御堂筋線に乗り、なんばで下車し、地下鉄車内で検索して見つけたマッサージ店に電話をかける。60分3000円系のお店だったが、あっさりと予約が取れ、そのまま店に向かう。
24時15分
マッサージ店はとても混んでいた。ただ、やってくれたお兄さんは思ったほど上手ではない。
たしか予約を取ったのは23時15分からだったはず。でも、24時10分にはお店を出ていた。明らかな時短。でも、終電は24時16分。普通は時短だろ!と怒るところだが、グッジョブ!!
24時30分
終電に乗り、コンビニで飲み物などを購入して、やっとホテルに帰り着く。前日は深夜バスだったので、風呂に入れるのもうれしいし、ベッドで寝れるのもうれしい。翌日の朝が早いこともあって、さっさと寝ることにした。

【2月2日】
8時30分
ホテルをチェックアウト。場所は西成区と良くないが、思ったよりも良いホテルだった。また大阪に来ることがあれば使ってもいい。
8時50分
近鉄の難波駅に到着。乗るのは9時20分発の伊勢志摩ライナーだ。朝ご飯として駅弁を買おうといろいろ探し、悩みに悩んだあげく、ビリケン弁当を購入した。こんな時でなきゃ、買わないでしょう。味は思ったよりもうまかった。
11時
伊勢市駅に到着。コインロッカーに荷物を預けたら、まずは外宮にお参りだ。
11時50分
遷宮したての外宮で、千原兄弟の兄の方が知り合いらしき人たちを引き連れてお参りをしていた。東京の人にはジュニアの方が有名だろうから、あまりピンとこないかな?
12時40分
神路通りを通って月夜見宮へ。外宮で新たに購入した朱印帳に、外宮に引き続き御朱印をもらう。しまねっこの朱印帳があるんだけど、伊勢神宮のもやっぱり欲しいでしょ。
13時
伊勢うどんの山口屋に到着。店内はガラガラで、店のおばちゃんは近所のおばちゃんと話し込んでいた。地元のうどん屋って感じ。伊勢うどんは、めちゃくちゃ太くて、ふわふわベロベロな食感は刀削麺を思い出させた。つゆの味は濃いめだが、うどんと共にすすっていたらなくなった。完食!
13時35分
外宮の参道にある、山村みるくがっこうでパンプディングソフトを食べる。温かいパンプディングの上にソフトをのせた一品。想像通りの味ではあるが、うまかった。
14時
外宮からバスに乗り、内宮に到着。人の数が半端ない。外宮に来ないで内宮に来る人も多いんだろう。
14時半
遷宮したてのきれいな内宮でお参り。
15時15分
再び橋を渡り、出発地点に戻ってきた。さあ、何を食べようか。
15時30分。
蒸しアワビ串を食べる。2つで700円。良いお値段だが、それなりにうまかった。
15時35分
伊勢しょう油の焼きせんべいを食べる。焼きたて、あつあつのせんべいはうまい。
15時40分
やっぱり赤福は食べるでしょう。と本店に行ってみたが、とても混んでいた。一人だったので、ちょっと空いているスペースに上がり込んで食べた。川を見ながら茶をすすりつつ食べる赤福は、なかなか風情があっていい。江戸時代の人とかも、こんな時間を過ごしたのだろうか。
16時30分
いろいろと食べたいものはあったが、別にここでなくても食べられるものも多い。そこで早めに切り上げてバスに乗り、伊勢市駅に戻った。
16時46分
iPhoneの乗換案内というアプリに従って普通電車に乗ったものの、車内ではこの後の急行の方が先に乗換駅の松阪へ到着し、この電車は途中で通過待ちをするとのアナウンス。おいおい、そりゃないぜ。
18時50分
名古屋へ到着。実は初めて名古屋へ来たので全く土地勘がなく、ピンとこない。
19時20分
本日の宿、三交イン名古屋錦に到着。新しいホテルなので、Googleマップで検索しても出てこないため、なかなか見つからずに苦労をした。部屋はとてもきれいで、前日のワンルームマンションとは異なり、まさにホテルに泊まるという気分だ。しかも、ここの売りは最上階の温泉大浴場。最終日にはぴったりの宿だ。
20時
名古屋名物のひつまぶしを食べるべく、松坂屋の中にある、あつた蓬莱軒へ。遅くまでやっているひつまぶしを食べさせる店はここしかないらしい。ちょっと待たされたが、名古屋のうなぎは東京のとも大阪のとも違ってうまかった。個人的には、何もつけないのが一番うまい気がする。
21時
テレビ塔を目指して公園のようなところを歩く。イルミネーションがとてもきれいだった。
21時40分
知り合いから勧められていた、今池の味仙に行く。台湾ラーメンだけを食べるつもりが、水餃子もついでに食べてしまった。でも、本当は手羽先も食べたかったな〜
23時
ホテルへ到着。ホテルの周りは歓楽街で、飲み屋もあれば風俗もある。同じビルに風俗の看板と居酒屋チェーンの看板が並んでいるのは、僕にはちょっと違和感があった。しかも、広い通りの反対側にはSKE劇場。同じところに詰め込みすぎでしょ。
ちなみに、大浴場は独り占めだったが、どうやら入浴剤を入れた温泉というイメージらしい。でも、それでも十分。疲れを癒やしてくれたし、気持ちが良かった。名古屋に来ることがあったら、またここに泊まりたい。

【2月3日】
10時
朝食がついていないプランだったのだが、同じビルの1階にコメダ珈琲がある。ここでモーニングを食べても良かったのだが、コメダはうちの近くにもあるので、ネットを検索しまくった結果、地下街にあるコンパルでモーニングを食べることにした。噂通りにパンがおいしく、コーヒーもうまい。しかも、なんだかくつろげる。コーヒーはおかわり分は安く飲めるというので、おかわりをして店を出る。
11時
1日乗車券を買って名古屋駅に移動。乗れるのが地下鉄のみの券にしたが、後からどうやら名古屋はバスが発達しているらしいことを知る。
前日の夜から気になっていたのだが、靴がボロボロになってしまい、しかも臭い!ということで、名古屋駅の地下街にあったABCマートで靴を買う。すぐに履きますからと古い靴の方をビニール袋に入れてもらう。そして、そのまま荷物をコインロッカーへ。
12時
愛知県庁に到着。庁舎の立派さに驚く。そのまま市庁舎なども見て、目的地の木屋へ。
ここは食べログでも評価の高いうなぎのお店なのだが、日曜祝日がお休み。平日に名古屋にいる可能性などほとんどない私からすれば、「いつ行くの?」「今でしょ」という話である。ひつまぶしはとてもおいしく、ここはあつた蓬莱軒の時とは違って、お茶漬けがうまいかなと思った。
13時
名古屋城に到着。復元中の本丸を見ると共に、天守閣に上る。
14時15分
城内放送で流れていた、節分の豆まきイベントに遭遇する。あいち戦国姫隊という、ご当地アイドルのような人たちが歌を歌っていた。その後、節分イベントが始まり、豆に群がる大人たちを撮影する。このときの様子はYouTubeにアップされており、のちのなにげに映り込んでいる自分を見つけてしまうことになる。
ちなみに、私は吉乃様の投げた豆を1つゲットした。
15時
栄に戻ってきて、SKE劇場などをのぞく。しかし、大行列ができていて、あまり入り込む余地はなかった。
17時
まだ時間が早く、飲み屋があいていないこともあって、客引きの少ない時間の栄や錦などを堪能してから松坂屋へ。デパ地下へ行き、天むすで有名な千寿のイートインコーナーで天むすを食べる。揚げたて、握りたての天むすは想像以上のうまさで、ぜひ名古屋へ行ったら食べたい味。
18時
名古屋駅や地下街でお土産を買いあさる。味仙の台湾ラーメンを買ってきて欲しいと頼まれたのだが見つからず、ネットで検索したところ、地下街エスカのなごみゃという土産物屋で売っているという情報をゲットして無事に購入した。
また手羽先を食べ損なったので風来坊の手羽先を購入。加えて自宅用にきしめんなどを買った。
そのまま新幹線で帰ろうと思ったのだが、懐かしのすがきやに心がひかれる。一度はやめようと思ったものの、やはりどうしても食べたくなり、引き返してラーメンを食べる。
なんで東京ではこの味が受けないんだろうね。おいしいと思うんだけど。
こうして名古屋から無事に新幹線に乗り、21時頃自宅に到着。
慌ただしいながらも、密度の濃い、思い出深い旅行となった。

思い出のとき修理しますを読んだ

 最近、電車の中で本を読むようにしている。今の時代、スマホをいじっている人ばかりでかつてのように文庫本を片手に満員電車に乗り込む人はいなくなった。しかし、そんな旧人類なことをやってみようと、ふと思い立ちやってみた。

 面白い。

 本というのはとても面白い。

 出費はかさみ、財布の中身は軽くなる一方だが、以前と比べると通勤時間が楽しく、短く感じられるようになっている。これはとても良い効果であると思っている。

 そして、そんな中でふと読んだのがこの本である。

 作者は女性向けのラノベのようなもので有名らしく、そういう意味ではマンガの世界で少女マンガから青年コミックに進出してきたりするのと似ているのかもしれない。しかし、読んでみると違和感はなく、死なないミステリーとしてはかなりレベルが高い。謎解きの要素を求めるミステリーファンには合わないだろうが、そのちょっとほんわかしたストーリーは、ストーリーを楽しめるタイプの読者なら十分に楽しめる内容となっている。

 ただちょっと意外だったのは、やはりミステリーの作家さんじゃないからなのだろう、あっさりと主人公の男女をくっつけてしまったことだ。男性が多いミステリー作家さんは、二人がお互いを気にしているような、でも男性の探偵役は恋愛感情にはいたっていないような、そんな中途半端な状態でシリーズを重ねていくことが多い。しかし、この人はあっさりと二人をくっつけてしまった。最初はシリーズ化をそこまで考えていなかったのかもしれないが、そこはさすが「ミステリーの皮を被ったコバルト文庫」といった感があった。

 もう既に2作目が出ていて、そちらも読んでしまった。普通の世界の話かと思いきや、2作目からは急にファンタジー臭が強くなったような気がするが、僕個人はSFやファンタジー系も読んだりするため、それはそれで楽しく読めた。

 まだ2作目が出たばかりだが、3作目が待ち遠しい。久しぶりに次作が気になるシリーズができて、また本を読む楽しみが増えた気がする。

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 最近、新聞をよく読むようになった。おかげで少し頭が良くなったような気がしている。ただ、そのおかげで一つ疑問に思うことが出てきた。

 新聞を読んでいると、大学の教授やシンクタンクのアナリストなど、いわゆる有識者的な人がコメントを寄せていることがある。それを読んでいると、やたらと「これからは良くならない」、「今までのようにはいかない」といった考えから始まって、もっと条件が悪い人はいるから、みんなで我慢をしよう的な論調が見られる。また恵まれている人は、条件が悪くなっても当たり前だから、それを受け入れるべきだといった考えが語られる。

 でも、本当にそれでいいんだろうか?

 世の中にはもっと待遇の悪い人がいるから我慢しよう、というのは、士農工商の下にえた非人という階層を置いたような時代から、人々の不満をそらす考え方の一つであると思う。しかし、それではみんなが幸せになることはできないのではないかと、僕は思っている。みんなでもっと上を目指そう。みんなでもっと良くなっていこう。という方策を探るのが一番大事なのであって、もっと悪い人がいるからいい人の条件を下げようとか、悪くても我慢しようでは、全体の条件が改善することはないような気がするのだ。まさに誰得な状態になりつつあるような気がするのだ。

 でも、世の中の動きは次第にそちらに向かっているように思う。企業という器を守るために中にいる社員を切り捨て、国という器を守るために国民に我慢をしいる。

 なんか、違うんじゃないかなぁ。大事なのは器じゃなくて、中身なんじゃないのかなぁ。

 国の景気が良くなるために、企業の業績が良くなるために、というのは大事なことなんだけど、それらすべてはみんなが幸せに安心して生活ができるためのものであって、目的と手段が混同されているように思える。

 じゃあ、どうしたらいいのか。それはまだわからないけど、とりあえず下を見て歩くんじゃなくて、上を見て歩いた方がいいように思う。

 今日がダメなら明日にしましょ。明日がダメならあさってにしましょ。あさってがダメならしあさってにしましょ。どこまでいっても明日がある。
 これは本来は先送りの歌に過ぎないのかもしれないけど、少なくとも下を見てはいない。明日はヒノキになろうと思いつつ、一生なれないアスナロであってもかまわない。こういう時代だからこそ、とにかくひたすら上を見続け、一人一人が少しでも良くなることが重要であるように思うのだ。
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