気まぐれ介護職員のダラダラ日記

日記、音楽、本、映画、カップ麺の感想を書いていきます。

徒然にBABYMETALについて書かせて下さい。

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今さら、このアイドルの魅力をブログに書くなど、なんら新鮮ではない。けど、書きたい。ここ最近、音楽を聴いてもワクワクする事なかった、36才のオヤジが久々に痛快な気分になったのだ。

女性がメタルをやると(これは俺の偏見かもしれないが)、SHO-YAの寺田恵子とか相川七瀬的なヤンキーテイストが混じってたのに、BABYMETALにはそういったテイストを全く感じられない。いかにもアイドル歌謡なポップなメロディ、コーラス、掛け声にザクザクとしたスラッシュメタルのギター、曲によってはプログレみたいな構成なのに難解にならない。メタル愛でメタルやってる感じではなく、メタル成分を確信犯的にスマートに楽曲にまぶしてる。

ジャンルの崩壊もここまで来たか。

俺みたいに90年代半ばから2000年代前半の音楽リスナーには、色々とジャンル壁があった(今思えば馬鹿馬鹿しいが)。

わかりやすい壁は、小室とかビーイングなどの流行り物VSロッキンオン系の音楽、パンクVSメタル、ハードロック(もっと言えば音楽雑誌だと「ロッキンオン」系VS「BURRRN」)とか。

が、その頃から崩壊は始まっていた。大雑把に言っちゃえば、ニューヨークハードコアなんて、パンクとスラッシュメタルのミックスだし、2000年代に登場したマーズヴォルタはメタリックなギターとプログレッシブな構成でありながら、実験的でアバンギャルド、新たなオルタナティブのあり方を提示したとように思う。

でJポップだと、アイドル歌謡のポップなメロディを隠れ蓑に、アイドル歌謡から脱線した音楽的な事をやるってのは、モーニング娘。の「LOVEマシーン」以降、つんくがやっていた(「ここにいるぜぇ」はスカコアだし、「通学列車」は音響系で好きだなぁ。まあモーニング娘。の「ベスト!モーニング娘。2」は結構音楽的だと思う)。

アニソンもそうだろう。「らき☆すた」、「けいおん」の主題歌も萌えキャラを隠れ蓑にアバンギャルドな曲をカマしていた(友人にアニメ好きがいるので知っているだけです。俺個人はアニヲタではありません)。

けど、それらのリスナー層は交流してない感じ、一方通行な感じを覚えた。

上記のハードコア、マーズヴォルタといったミュージシャンは、コアなリスナーのファンがついていただろうし、モー娘。はアイドルとして大衆を騒がせても、音楽面での評価をあまり聞いた事がないし、アニソンもまた、アニソン故にかなりファン層も限定されている様に思う。

で、このBABYMETALに期待したいのだ。大衆に愛されながらアバンギャルドな音楽をやり、コアなリスナーにも愛されるみたいなあり方を。

俺がこのアルバムで好きなのは、3曲目の「ギミチョコ」。作曲は、元THE MAD MARKETS、現AA=の上田剛士。曲調もマッドの後期から見られていたAメロ、Bメロはいかついハードコア、サビで突き抜けるポップなメロコア。マッドだったら、ハードコアな部分は雄々しいデス声、シャウトになる所をちょっと足らない感じで「あたたたたた ずっきゅん! わたたたた どっきゅん!」と、素っ頓狂でマヌケでヌルい感じで済ませてしまうのだ。しかし、そこが良い。で、サビは甘~いアイドル歌謡。で、歌メロに反して、間奏のギターはこれでもか、とメタルメタルしてる奇妙な同居っぷりがおもろい。

12曲目の「ヘドバンギャー!!」はCOALTAR OF THE DEEPERSのNARASAKIが作曲。嬉しいではないか!で、メロディー、歌詞はXの「紅」をモロに想紀させる。これまた嬉しいではないか!
13曲目の「イジメ、ダメ、ゼッタイ」も素晴らしい。タイトルからもわかるが社会的に正しいメッセージの歌詞、こんなメッセージを持った曲って下手すりゃクサくて聞けない、白々しい空想的平和主義者みたいになり兼ねないんだが、合間の間抜けな掛け声が良い意味で馬鹿馬鹿しく、サビメロは戦闘物のアニメの主題歌みたいな感じで巨悪に立ち向かうみたいな感じで、こういった社会的に正しいメッセージのある物に対してどこか嫌悪感を覚えてしまう俺でもかっちょいいとすら思えてしまうのだ。

上記の曲以外にもかっこいい曲があるし、メタルファンは勿論だが、ラウドミュージックが好きな人はハマると思う。


とりとめのない文章ですいません。文中、熱心なBABYMETALファンにとって不快な言い回しがあったらごめんなさい。



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広告 長崎カステラ切れ端詰め合わせ 食べモール さんより

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ある日、かなり久しぶりにブログをパソコンで見た(俺はパソコンが立ち上がる時間が面倒に感じる人間なので、ブログほとんど携帯で見てる)。と、メッセが入っとるではないか。なんと、「食べモール」という食品の通販のサイトの方から。内容は、食べモールさんで扱っている食品のサンプルを食べて感想をブログに書いてください、みたいな感じ。

ちょっと迷ったけど、メールでやり取りするうちに、人に勧める気になれないのはブログで扱わなくて良いと言ってくださるし、これまで記したような経緯もブログで書いてよい、との事。なんて懐が深いんだ。しかも、ただで喰い物が手に入るなんて、お得ではないか。いっちょやってみっか。てなわけで、今回は食べモールさんの商品、長崎切おとしカステラです。

まず手に取ってみると、ズシッと重い。で、一口食べると、ザラメがジャリジャリ。で、中は詰まってながらもしっとりしてて濃ゆく、優しい甘さです。

原材料を見ると、鶏卵、砂糖、小麦粉、水飴、ザラメ、蜂蜜 とナチュラルな体に優しそうな感じです。

今回の長崎カステラ切れ端詰め合わせ、購入される方はこちら

写真をリンクしても食べモールさんに行きます
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一応リンクが上手く貼れてなかった場合に備えて、URL:http://www.tabemall.com/

それにしても今回、サンプルで1.5Kgのカステラを頂きまして、食べモールさんたら、太っ腹。またお願いします。

「いやな感じ」 高見順

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「いやな感じ」
 著 高見順
 中央公論社 「日本の文学57 高見順」収録

 読もう、読もうと思いながらも、後回しにしていた高見順の「いやな感じ」をようやく読み終えた。高見順という作家は俺にはあまり馴染みがなく、石原慎太郎の回顧録的なエッセーでちょろっと名前を聞いた事があるなぁぐらいの感じであった(因みにどーでもいい事ですが、昔テレビで活躍していた高見恭子は、高見順とその愛人との間に生まれた子、との事です)。特に興味は持っていなかったが、数年前に読んだ中森明夫の「アナーキー・イン・ザ・JP」で「いやな感じ」について触れられており、興味を持った。が、今となってはどんな文章だったか覚えていない。確か昔の左翼を知るのにわかりやすいんではなかろうか、とか思って興味を覚えた様に思う。曖昧な記憶でごめんなさい。この小説の存在を知ってから、読み出すまで随分と時間が経ってしまったもんで。刊行されたのが昭和38年と古く、中央公論社「日本の文学57」に収録分は350ページある(因みに角川文庫版では600ページある)。この分量と文学全集のならではの素っ気ない装丁が俺にはなんだか重く感じら
れ、手に取るのが大分遅くなってしまったのだ。

 が、いざ読んでみると、文章が凄く読み易い。大正後期から昭和の初めの話なので、時代の違いでわかりにくい部分や時折出てくるアナ派がとうした、ボル派がどうしたとか左翼内事情に通じていないとわからない部分もあるが、それらがわからない位で、この作品の魅力を理解する妨げにはならないと思う。

 この小説、主人公の加柴四郎の回想で展開していくのだが、この主人公の背景とキャラクターが素晴らしい。
 背景を説明すると、加柴は大杉栄を心酔していた。その大杉栄は関東大震災の混乱に乗じて、軍人に殺されてしまう。その復習をすべく仲間4名と、ある大将の殺害計画を企てる。計画を実行に移すべく奔走するも、加柴ともう1名は、アナーキズムの思想の火を絶やさないために除外される。計画は失敗し、仲間2名は死刑となる。
 仲間と共に死ねなかった事を悔やみ、引き摺る加柴のやるせなさ、ヤケクソ感がいい。確かに軍人の暗殺だのアナーキズムだのは物騒に感じるが、それはあくまで表層で、青春を扱った作品によくある若者の挫折がほろ苦くて良い。
 で、この小説のナビゲーターは加柴の語りなのだが、それが小気味よい。江戸っ子調で、テキヤ、ヤクザ、泥棒の隠語が混じった語り。連合赤軍、全共闘などを扱ったルポや映画などから受ける左翼の人間の言葉、会話、(こういってはなんだが)中身が大したことのない話を、やけに難解な言葉とわけのわからない理屈でグダグダ喋るのとは全然違う。気取らない、男らしい痛快な語り口なのだ。俺は読んでいて、夏目漱石の「坊ちゃん」を思い出した。
 そいでこの加柴、淫灰窟の女性に入れ揚げたり、淋病に罹ったりと、おバカな所がこれまた左翼離れしててイイ。
 
 で、セツルメント(貧民救済の診療所)、庶民が一杯やったどじょう屋、淫灰窟がひしめく色街の様子などが活写されていたり、根室の缶詰工場の女工、女中奉公にいった若い女性の境遇、暮らしぶりなど、当時の人々の生活の一旦を伺える。
 
 物語は革命を起こす、なにかでかい事をやろうとする加柴が、東京、朝鮮、』根室、上海と舞台を移しつつ、三月事件、十月事件、血盟団事件、二・二六事件という時代の激流に時に揉まれながらすすむ。
 加柴と関わった人々も、思想を全うすべく刑死した者、思想を捨て上海で阿片売りに精を出し金儲けに走る者やそういった世界にかかわったばかりに殺された者、思想を捨て日本軍を賞美する小説を書く者、吉原のおいらんから慰安所の女将となった者、と時代に翻弄され生きてていく。
それらの人物の悲喜こもごも読んでいてしんみりする。最初は加柴と敵対していた人物であっても途中から加柴も認めたのか、それらの人物に注ぐ目線が暖かい。なんだか車寅次郎を思い出した。「男はつらいよ」よりは、悲しい話なんだけど。

他の左翼小説と比べると大江健三郎の作品は歪な感じ、野坂昭如の作品はドタバタな感じで、まあそれはそれでおもしろいけど、それらが面白さとしてはスパイスで楽しませる感じであるのに対し、今回のは素材の美味しさで楽しませる作品の様に感じた。

 この文学集に収められているもう一編、「如何なる星の下に」も何年先になるかわからないが読もう。後、昔の作品だからとかに囚われず、気軽に手に取る読者にならねば。

あと、すいません。写真は文藝春秋より刊行された分です。表紙がいかにもな感じがしたんで、載せちゃいました。



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チャーハン放浪記 その2 中華・餃子の元帥 平和通り店

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しかし、それにしても凄かったっスねぇ。錦織圭フィーバー。外国のテニスの大会で日本人で初めてイイ所までいった、てな事で日本中が大騒ぎ。俺が気づいた時には、ぼうぼうと燃え盛っておった。俺の職場のおばちゃん職員は炎の周りでグルグルと踊り出す。いつ着火したのか、種火の段階に気づかなかった、などブツブツつぶやく、俺みたいな人間は野暮の極み。しかし、おばちゃん達がワイドショーの芸能ニュースに一喜一憂したり、「新婚さんいらっしゃい」とかを手を叩いて腹を抱えて喜んでいるのは、知っていたが、テニスが好きとは、おばさんもスポーツが好きだなんて、エエことですな。
こんな盛り上がりに無邪気にノりたい自分も確かに存在してるんですが、しかし、そんな自分をもう一人の天の邪鬼な自分がこてんぱに叩き潰してしまうんですわ。おかげさまでありふれた世間話ができない人間が一丁あがりですわ。


それはともかく、今回のチャーハンは、中華・餃子の王将 平和通り店のやつだよ。

平和通り、俺は妙にこの平和通りが気に入っている。学生街の安っぽい飯屋、古本屋、チャリンコで行き交う学生達、それらを眺めていると、しみじみといいなぁ、と思う。ノスタルジーとかもあるんでしょうが、それよりは、金がかかってない感じがしっくりくるんだろうなあ、と、どーでもいい自己分析は置いときます。

で、元帥へ。いかにもオラが町の中華屋的な外装。店に入ると色んなのが混じった漠然と美味しい匂い、カシャカシャ、ジュージューと鍋で炒めてる音、ジャッジャッジャッとセミの鳴き声みたいな揚げ物の音、カウンターの向こう側の厨房には、オヤジが5人、せわしく調理しとる。散らかった厨房と年季が入った調理器具。カウンターと小上がりにいる客は、ガツガツと喰ってる大学生ぽい青年達と作業着のあんちゃんとかスーツのおっさんと男ばかり。確信はないけど信頼しちゃう。

焼き飯(480円)を大盛り(100円増し)で頼み、メニューを見る。生ビールがなんと380円ではないか。ますます信頼。で、セットメニュー、定食が安い。学生街の店はこうじゃないと。

で、焼き飯 大盛りが到着。アレっ、思ったよりは少ないな。決して、ケチってるとかそんな事を言いたいわけではない。こういう店の大盛りは、出てきた瞬間、その量にうひょーっと嬉しい驚き→一口喰って、たまんねぇ→だんだんと飽き、オェッとなりありがたみがなくなるも、ただひたすら黙々と内職のごとく皿の物を胃袋に移す→涙目で完食、達成感と気持ち悪さで金を払い、いつもよりノロノロ歩く、そうあるべきだという俺の頑なな固定観念である。まあ、いいや。

目に鮮やかな白と黄色の焼き飯を一口。米がきゅっとしてて、卵が軽く、あっさりというわけではないけど、脂っこくない。薄味ではないけど、くどくない程良い味。レンゲで山を崩していくも、米と卵ばっかり、たまにネギ、肉、ほっそーいニンジンが見えるが、存在感なし。けどね、この味付けだけで、十分イケちゃう。美味い。
で、この焼き飯の大盛り、その量にちょっと難癖つけちゃいましたが、喰い終えてみると、ほどよく満腹になれる量でした。そこにはガサツそうでいかつい風貌の厨房のオヤジの経験に裏付けられた緻密な計算が働いてるに違いありません。

金を払うと、今月中が有効期限の餃子の無料券をなんと2枚もくれました。嬉しいねぇ。そうやって、たくさんの男の心を鷲掴みにするんでしょうな。また来ます。


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チャーハン放浪記 その1 大阪王将 エミフルMASAKI店

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チャーハンって、なんか不思議。そう思いませんか? って、唐突にすいません。しかしね、チャーハンに入れる具って、どこの店も変わらないのに、味に違いが大きく現れる喰い物・・・、と自分で書きながら、振り返る。俺って、そこまでチャーハン喰ってたっけなぁ? まあまあ頼む喰い物ではある。しかし、俺にとってチャーハンは、ラーメンを頼んだ際にラーメンだけでは満たされぬお腹を埋めるために存在する白ご飯よりはちよっとゴージャスな味のついたご飯、全盛期のチャゲアスにおけるチャゲの存在的な、主役を補完する物でしかない。

 ならば、本当に美味しいチャーハンとはなんなのか、自分の中での美味しいチャーハンの定義を作ろう、そう思った次第。

 で、一発目は、俺が良く行く大阪王将 エミフルMASAKI店です。一発目からチェーン店というのがどーなの、と思われる方もおられるとは思う。けど、逆に言えば、チェーン店の味だからこそ、普遍的、王道ではなかろうか、と。
 で店内へ。店中は綺麗だ。俺が福岡の大学生の頃にちょくちょく行った吉塚駅の近くの王将は、こんなに綺麗ではなかった。床が油ギッシュで、靴が軽くベトつくそんなお店、早い話が汚い店だった。けど、そんな汚さが妙に落ち着いたりもしたものである。こんなにきれいなのはやっぱり時代なのかな?女・子供にもウケないといけない時代なのかなと、思いつつ、しかし、王将って餃子の王将と大阪王将ってあるけど、両者の違いってあるんだろうか? 俺が学生時代に行ってた王将って、餃子の王将だろうか、それとも大阪王将だろうか?どーでもいいことを考えながら、五目炒飯(530円)を頼み、メニュー表を見る。定食類が790円。なんだかなぁ。王将たるもの、もっと安くあって欲しい。俺が学生時代の王将ってそんなだったっけ?正確には思い出せない。けど、俺には、女・子供、時代に媚びたばかりに表面的な綺麗さを手に入れたものの、それと引き換えに王将は何か大切なものを失った、そんな気がしてならない。と、はっきりしない記憶の中でどこかで聞いた様などーでもいい事を
考ええている間に五目炒飯が到着。

 皿に乗った半球体、まあどこの店でもありがちだけど、いかにも外食の炒飯って感じでうれしいね。
 レンゲですくってパクリ。米がキュッとしてる。確かにベチョッとはしていない。けど、パラパラなのか、と問われると、世間的にはどういった状態をパラパラと言っているのだろうか?わからない。けど、この五目炒飯の米具合はがっちりと肯定したい。
 で、綺麗に細かく切られたチャーシューが良い。チャーシューを意識して喰うとよく存在感は気づかない。けど良く見たらよく切り揃えられた中にちょっとデカいやつが混じっていて、それを噛むとチャーシュー感覚を掴み、やがておもむろにすくい、ほおばり込みクチャクチャやってもチャーシューの存在を感じられるようになる。そしてチャーシューの偉大さ、目立たないながらも実は堅実な仕事をしている、そんな全盛期のチャゲアスのチャゲのコーラス的な役割をしっかり担っている事に気づく。
 で、あと薄い黄色の卵とこれまた薄いネギ、味は勿論ですが、この薄さが良いです。家では卵なんてこんな鮮やかな薄い色になりません。
 それとおまけについてる卵スープ。最初見たときは、そのスープに浮かんだ溶き卵のやさしい色、薄さに感動しました。が、一口啜ると、なんか、ちょっと生姜みたいな味が濃すぎねいか、と思いましたが、何回か頼んでいるうちに、だんだんと馴染んでいくようになりました。最初はいらねぇんじゃねえかと思いましたが、まあこれはこれで存在してもいいのかなぁって、全盛期のチャゲアスのチャゲ的にだんだんとその存在を認めてあげられる様になりました。

 今回のチャーハン、良い意味でのチェーン店の手堅いチャーハンって、感じでした。今回の大阪王将の五目炒飯を基準に、次回からチャーハンを喰いつつ、色々考えてみたいと思います。しかし、チャーハンの味を文章にするのが下手ですいません。


ちなみに、餃子の王将、大阪王将は大本は一緒だったのが、途中で喧嘩して、餃子の王将、大阪王将に分かれたとの事です。

 更にちなみに、俺が大学時代に行っていた王将は、調べてみたら餃子の王将でした。

どーでもいい事だらだらとすいません。よくわかりませんが、これで終わります。




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