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「いやな感じ」
 著 高見順
 中央公論社 「日本の文学57 高見順」収録

 読もう、読もうと思いながらも、後回しにしていた高見順の「いやな感じ」をようやく読み終えた。高見順という作家は俺にはあまり馴染みがなく、石原慎太郎の回顧録的なエッセーでちょろっと名前を聞いた事があるなぁぐらいの感じであった(因みにどーでもいい事ですが、昔テレビで活躍していた高見恭子は、高見順とその愛人との間に生まれた子、との事です)。特に興味は持っていなかったが、数年前に読んだ中森明夫の「アナーキー・イン・ザ・JP」で「いやな感じ」について触れられており、興味を持った。が、今となってはどんな文章だったか覚えていない。確か昔の左翼を知るのにわかりやすいんではなかろうか、とか思って興味を覚えた様に思う。曖昧な記憶でごめんなさい。この小説の存在を知ってから、読み出すまで随分と時間が経ってしまったもんで。刊行されたのが昭和38年と古く、中央公論社「日本の文学57」に収録分は350ページある(因みに角川文庫版では600ページある)。この分量と文学全集のならではの素っ気ない装丁が俺にはなんだか重く感じら
れ、手に取るのが大分遅くなってしまったのだ。

 が、いざ読んでみると、文章が凄く読み易い。大正後期から昭和の初めの話なので、時代の違いでわかりにくい部分や時折出てくるアナ派がとうした、ボル派がどうしたとか左翼内事情に通じていないとわからない部分もあるが、それらがわからない位で、この作品の魅力を理解する妨げにはならないと思う。

 この小説、主人公の加柴四郎の回想で展開していくのだが、この主人公の背景とキャラクターが素晴らしい。
 背景を説明すると、加柴は大杉栄を心酔していた。その大杉栄は関東大震災の混乱に乗じて、軍人に殺されてしまう。その復習をすべく仲間4名と、ある大将の殺害計画を企てる。計画を実行に移すべく奔走するも、加柴ともう1名は、アナーキズムの思想の火を絶やさないために除外される。計画は失敗し、仲間2名は死刑となる。
 仲間と共に死ねなかった事を悔やみ、引き摺る加柴のやるせなさ、ヤケクソ感がいい。確かに軍人の暗殺だのアナーキズムだのは物騒に感じるが、それはあくまで表層で、青春を扱った作品によくある若者の挫折がほろ苦くて良い。
 で、この小説のナビゲーターは加柴の語りなのだが、それが小気味よい。江戸っ子調で、テキヤ、ヤクザ、泥棒の隠語が混じった語り。連合赤軍、全共闘などを扱ったルポや映画などから受ける左翼の人間の言葉、会話、(こういってはなんだが)中身が大したことのない話を、やけに難解な言葉とわけのわからない理屈でグダグダ喋るのとは全然違う。気取らない、男らしい痛快な語り口なのだ。俺は読んでいて、夏目漱石の「坊ちゃん」を思い出した。
 そいでこの加柴、淫灰窟の女性に入れ揚げたり、淋病に罹ったりと、おバカな所がこれまた左翼離れしててイイ。
 
 で、セツルメント(貧民救済の診療所)、庶民が一杯やったどじょう屋、淫灰窟がひしめく色街の様子などが活写されていたり、根室の缶詰工場の女工、女中奉公にいった若い女性の境遇、暮らしぶりなど、当時の人々の生活の一旦を伺える。
 
 物語は革命を起こす、なにかでかい事をやろうとする加柴が、東京、朝鮮、』根室、上海と舞台を移しつつ、三月事件、十月事件、血盟団事件、二・二六事件という時代の激流に時に揉まれながらすすむ。
 加柴と関わった人々も、思想を全うすべく刑死した者、思想を捨て上海で阿片売りに精を出し金儲けに走る者やそういった世界にかかわったばかりに殺された者、思想を捨て日本軍を賞美する小説を書く者、吉原のおいらんから慰安所の女将となった者、と時代に翻弄され生きてていく。
それらの人物の悲喜こもごも読んでいてしんみりする。最初は加柴と敵対していた人物であっても途中から加柴も認めたのか、それらの人物に注ぐ目線が暖かい。なんだか車寅次郎を思い出した。「男はつらいよ」よりは、悲しい話なんだけど。

他の左翼小説と比べると大江健三郎の作品は歪な感じ、野坂昭如の作品はドタバタな感じで、まあそれはそれでおもしろいけど、それらが面白さとしてはスパイスで楽しませる感じであるのに対し、今回のは素材の美味しさで楽しませる作品の様に感じた。

 この文学集に収められているもう一編、「如何なる星の下に」も何年先になるかわからないが読もう。後、昔の作品だからとかに囚われず、気軽に手に取る読者にならねば。

あと、すいません。写真は文藝春秋より刊行された分です。表紙がいかにもな感じがしたんで、載せちゃいました。



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