2011年08月

種野山の由来

植穂山









 四国山地・高越山山麓、吉野川支流の川田川上流に位置する地域で、忌部氏が当地に入植して麻や楮のを植えたためと云われている。

種野山は、鎌倉時代から見える地名で、天皇践祚の大嘗会に荒妙衣等を献上する忌部氏が居住していたところで、三木氏が代々その長者を務めている。(三木は「貢ぐ」が転じた名:筆者付記)

 このようなことからして、忌部氏の血統を受け継いだ子孫「子・たね」が住む所、「胤野山・たねのやま」と思われるが、それが献上する麻や楮の種に重なったものであろう。(写真は種穂山)

  (荻澤 明雄「続・徳島県地名考」)

川俣用水

川俣用水石碑 川俣用水は、明治32(1899)年に3年間を要して完成し、100haの水田がうるおされることとなった。


写真は、大正5(1916)年に先覚者をしのび段丘の中央部・麦原に建立された「万世永頼」と刻まれた石碑で、蜂須賀茂昭公の筆によるもの。

川田川上流、旧美郷村川俣を水源として、8㎞もの水路を要する大工事だった。


 この石碑のある麦原地区は、麦しか作れないことから「麦原」と呼ばれたと云う。
そして、この石碑のある場所は吉野川の渡し船乗り場から青木城を通り、高越山や美郷へ通ずる街道だったので、辻には立派な三社灯篭などが残っている。
また、別記事にもした「智光法師」という修験道にかかわると考えられる天保7年(1836)の石碑もある。

川田八幡神社秋祭り


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 昨日は、旧暦9月1日『八朔』で、10月22日に行われる川田八幡神社秋祭り・屋台の鳴り物の練習開始日だった。

写真は、わが地区・古堂組の屋台が、乗り子たちのお祓いを終えて神社境内から階段を降りてくる場面。 もっとも注意を要する危ないところだ。

境内では、車輪は取り外し、担いで上り下りするので、大勢の若い担ぎ手が必要。
3台の屋台の中には、人手、力不足で自力で担ぎ上げられない地区もあり、そんな場合には他の地区のものが手助けをすることも。

 今年は、祭り当日は土曜日なので、例年以上の見物客が押し寄せると思う。
多くの出店とアマチュア・カメラマンも来て、山川町でもっとも賑やかな一日となる。

”鳴門うどん”

imagesCAT155VH 徳島といえば「徳島ラーメン」というご当地ラーメンが知られていますが、うどんも名物。

大きなたらいにゆでた釜揚げうどんを入れて、数人で食べる「たらいうどん」に、鳴門市には「鳴門うどん」があります。

「鳴門うどん」は、隣の讃岐うどんが、コシのあるエッジのきいたタイプとすれば、こちらは細めえ、ちゅるりとした口当たり、しなやかさと優しさが全面に出た仕上がりで、口の中でとろけそうなほど優しいタイプが特徴です。

だしいりこ抜群というよりも、適度なはんなり具合も兼ね備え、全体的にたおやかなしょうゆ風味にまとまっています。具には刻んだ長ネギ、ちくわ、油揚げなどを乗せるのが定番です。

 (「うまいうどんを打つ」NHKテレビテキスト)

「ホワイト・アルバム」

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1969.1.21に発売された「ザ・ビートルズ」は、通称「ホワイト・アルバム」と呼ばれている。

彼らの設立したアップル・レーベルの初のアルバムで、メンバーのポートレートが付いていた。今も、それぞれ額に入れて飾っている。
それと、通し番号がふってあり、改めてみてみると「A-63227」だった。

 「バック・イン・ザ・USSR」で始まる30曲、メンバーが好き勝手に自分の曲を寄せ集めた、そんなアルバムである。 

レコーディング中、リンゴはあれこれ指示するポールに腹を立て、怒ってセッションを放棄して行方をくらませたとか。

 このアルバムが発売される2日前には、安田講堂に立てこもった全共闘の学生を機動隊が武力排除した東大安田講堂事件が起こっている。
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