2011年09月

「結婚十訓」

85   太平洋戦争の直前の1939年9月30日、厚生省が『結婚十訓』なるものを発表した。

今日の感覚では信じられないことであるし、その内容も今からすると「余計なお世話!」と言われそうな内容。
「生めよ殖やせよ(国のため)」のフレーズが有名になった。

1,一生の伴侶に信頼できる人を選べ
2,心身ともに健康な人を選べ
3,悪い遺伝のない人を選べ

4,盲目的な結婚を避けよ
5,近親結婚を避けよ
6,晩婚を避けよ

7,迷信や因習にとらわれるな
8,父母長上の指導を受けて熟慮断行せよ
9,式は質素に届け出は当日に
10,産めよ殖やせよ国のため

 一時期、”結婚しない症候群”なる言葉が巷にささやかれたが、
結婚しない人、晩婚化や子どもも二人程度しか産まなくなり、少子化により国力も低下しているともいわれているので、

女性のみなさん、国のためとは言わないが、子どもは活力の源、独身時代を謳歌するのもイイですが、結婚生活はそれほど悪いものではないですよ・・。

デ・レーケ

imagesCAAPXQ2M ヨハネス・デ・レーケ(1842-1913)は、明治6年(1873)に明治政府の招聘で来日し、淀川、木曽川、筑後川などの河川改修や大阪港、長崎港の港湾計画に多大な足跡を残した。

明治36年まで訳0年間滞在し、近代的河川、港湾事業を指導した。

  明治17年6月12日徳島を訪れ約週間滞在し吉野川改修工事に先立つ調査を行い、「吉野川検査復命書」としてとりまとめ内務省に提出している。
滞在中の6月28日には洪水にも遭遇している。

第十より下流の別宮川を吉野川の本流とすることを骨子とした考え方は。のちの工事の基本となった。

  ((財)とくしま地域政策研究所「吉野川事典」より)続きを読む

阿佐家と平家屋敷

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  阿佐家の先祖は平 国盛で、清盛の弟・教盛(1126-85)の次男・教経(1160-85)の別名である。
国盛は屋島の戦いに敗れ祖谷に逃れてきたと・・。

 国盛から八代目の子は紀伊守を名乗り、天文年間(1532-54)には三加茂町の金丸城主として三好之長に従った。
(※之長は1520年に死亡)
三好氏の隆盛につれて、祖谷の盟主となって半田町や三加茂町の土地を拝領した。('53年細川持隆を滅ぼした功)
初代から三代目までは平氏を名乗っていたが、四代目以降は土佐と阿波の境に住んでいることから阿佐氏を名乗ったという。

祖谷の他の豪族とともに三好氏に従い、境や京都まで転戦した。祖谷の軍団は、阿波の軍勢の中でも強かったそうである。

 阿佐家は、阿佐部落の裾のほう、うっそうと茂った森を背にして開けた平坦部に建っているが、南は阿佐谷の急斜面、北と東は険しい山、西は小川谷が自然の堀にとなり、天然の要塞となっている。
このような地形なので祖谷街道からは全く見えない。
  (湯浅安夫著「三好の伝説」「四国路の伝説」より)

ヒップホップとラップ

imagesCAJHTT32 松山市の高校1年生の「ラッパー」が「閃光ライオット2011」というロックフェスティバルでグランプリをとったとの記事が目に入った。

地元の私立高校に通う目立たない人見知りをする彼をかえたのがラップであった。
今では、大手レコード会社からのオファーもあるとのこと。

 オジサンには何を言ってるのか、歌なのか語りなのかよく分からない音楽であるラップ。
新聞記事では「韻を踏みながらしゃべるように歌う黒人音楽」とある。

 何でもラップとは、ヒップホップという様式における音楽が、「自由に言う」という意味の「ラップ」で??、
コンピューターを用いたサンプリング(曲)に乗せて「ライム」と呼ばれる韻を踏んだ歌詞を歌うのが特徴とか。

「ラップ」と「ヒップホップ」は、しばしば混乱されるが、1970年代半ばにニューヨークのクラブで姿を現したのに対して、ヒップホップは同時期にニューヨークに住む黒人の小グループが、舞踏、服装、落書き、態度などで特有の表現方法を見出し、1980年代に確立されたそれらの生活様式全般を称しているとのことです。

  (森 真人著「大衆音楽史」参照)

会話無用社会

Iphone_4G-2 今はもう、自由人となった身であるが、
ここ何年間の間に職場でも全ての事務がパソコンで処理するようになり、何処の職場に行っても静かで、
皆ひたすらPCの画面とにらめっこで、物音ひとつしない・・、と言った状況はどこの職場でも同じでないだろうか。

休暇願いを出すのも、キーを叩くだけで、伺いを立てる必要もない。
決済をもらうのもPC。 上司に頭を下げる必要もない。

言わば「会話無用」の時代なのだ。
周知広報もホームページで閲覧を、申請書もPCからダウンロードを。と何もかもPCを介して行い「Face  to  face」によることが少なくなった。

 勿論、ペンを持つこともなくなりキレイな字を書くことは特に価値を持たなくなったように、会話することさえも苦手な人間となりはしないかと余計な心配をしているのである。
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