2014年05月

若狭武田氏

Honnoj 「三好政長と武田信虎」の記事に若狭武田氏が登場した。ふるさとの歴史からは脱線するがなかなか興味深い。

甲斐武田7代・信武が足利尊氏に属して戦功を上げ甲斐と安芸国の守護に任命され、安芸守護4代・武田信繁の子・信栄は永享2年(1440)一色義貫を倒して若狭守護に任じられた。

武田一門の中でも最も高い官職に就き、丹後守護も兼ねていたことから武田本流との見方もあると。

 応仁の乱では東軍につき細川京兆家や幕府の信頼も厚かったが、8代義統の頃には家督争いなどで弱体化していた。
義統の妻は将軍足利義晴の娘で、13代将軍・義昭と義兄弟で、最初義昭は義統を頼ったが混乱の最中でやむなく朝倉氏・信長の元に身を寄せたようだ。

信長が上洛した永禄11年(1568)8月、その朝倉氏の侵攻を受け領国を失った。
信長義統の子・元明は、「本能寺の変」では、明智光秀に加担して信長に若狭を任された丹羽長秀の居城佐和山城を攻め落城させたが、光秀を破った秀吉に自害させられ若狭武田氏は滅亡した。

ヒート・アップ

LeBron_James 日本人が活躍しないせいかNBAやNFLは話題になることが少ないが、

先頃、某NBAオーナーが差別発言により2億5000万円の罰金に加え終身追放された出来事はニュースでも伝えられた。

そのNBAもカンファレンス・ファイナルの終盤を迎えヒート・アップしている。
その中で注目されているがマイアミ・ヒートのレブロン・ジェームス。
203㎝、113㎏の巨漢で重戦車のように相手をはねのけ得点を重ね、1試合の平均得点は27.6と歴代3位(1位はマイケル・ジョーダンの30.1。コービー・ブライアントは10位)とチームの中心。’12,’13に続く3連覇の最有力候補で、マイケル・ジョーダンとも比較される”スーパー・スター”である。

銀幕スターを連想する「花形役者・人気役者」である”スター”というよりも、父親不在で16才だった母親に育てられ、感情をむき出しにプレーするレブロンは庶民の英雄、勇士である”ヒーロー”と呼ぶべきだろう。

 一方、マイケル・ジョーダン(シカゴ・ブルズ)も7年目の’91年から3連覇し、「人生の頂点に到達し、これ以上何も残されていない」と突然引退を表明して大リーグに挑戦した。
この夢はストライキもあり叶わなかったが、再起した’95-’96年シーズンには史上最多の72勝を記録する圧倒的な強さでチャンピョンに返り咲き、まるで「おとぎ話」のようだと評された。

なにより日本でも”エアー・ジョーダン”(ナイキ)が爆発的な人気となり、NBAファンでなくともマイケルの名は知れ渡った。

「雨がしたしる・・」

Nobunaga_strikes_Mitsuhide 6月の声を聞くと「本能寺の変」(1582.6.2)の話題がまた囁かれることだろう。

明智光秀いえば、先に取り上げた細川幽斎の中間だったようだ。
光秀の父・光綱が亡くなってのちは弟・光安に後見されていたが、斎藤道三が嫡子・義龍と争った際、道三の妻が光秀の叔母にあたることもあり道三に与(くみ)し、道三が没後は義龍に明智城を攻め落とされて諸国を放浪していた。

 片や幽斎は将軍の御供衆で、俗名「藤孝」は12代足利将軍・義輝(旧名・義藤)より偏諱を受けたもの。(「本能寺の変」後に剃髪して家督を忠興に譲り幽斎玄旨と号した)

幽斎の父は三淵晴員で、幽斎は細川元常の養子となり家督を継いでいた。
義輝が松永久秀・三好三人衆に暗殺されると、異母弟・三淵藤英とともに義昭(当時一条院門跡・覚慶。後の13代将軍)を救出し信長を頼った。
しかし、後に義昭と信長が対立すると、信長についた幽斎と対立し藤英親子は天正2年(1574)信長の命により自害させられている。 

ところで、光秀はその後天正8年(1580)頃には坂本城を有して丹波国も統治するなど、織田家随一の身代持ちとなっており、身分的には幽斎の同等以上となっていた。
しかし、翌年8月には信長の側室となっていた光秀の妹が死去、信長一族に準ずる扱いも期待できなくなっていた。 
そして刻々と”その時”が近づいて来た・・。

「ほとゝぎす いくたびもりの 木の間哉」(光秀)
 
(「歴史読本 明智光秀の謎」KADOKAWA参照)

J・ブラバム氏逝く

ジャック・ブラバム 昨日のモナコGPは今季圧倒的な強さを示すメルセデスに最終盤レッドブルのリカルド(豪)が追いつき、デッドヒートを演じてみせた。

狭い市街地コース・モナコでのつばぜり合いといえば’92年第6戦でのセナ(マクラーレン・ホンダ)とマンセル(ウイリアムズ・ルノー)の伝説的な猛追シーンが思い出される。

この年、絶好調のマンセルは開幕5連勝で、このモナコ(78周)でもポールをとり先頭を切っていたが、70週目にタイヤ・トラブルでピットインを強いられ2位で復帰。

そこからセナとの死闘が繰り広げられた・・。(写真)
76週目に追いついたマンセルは頭を左右に振りながら必死に追い抜こうとするが、そこはモナコで6勝の”モナコ・マイスター”セナも譲らずチェッカー・フラッグを受けた。
モナコGP
 ところで、5月19日ジャック・ブラバム(豪)が死亡したとの報。
’66年のF2ではホンダ・エンジンで12戦11勝を上げ、国産初のプロトタイプ・レーシング・カー「日産R380-1」はBT8Aのシャーシーを流用した。(Bはブラバム、Tはデザイナーのロン・トーラナックの頭文字。 余談ながら日産は来年”ル・マン”に再挑戦すると)
また’92年にはヤマハV12エンジンを搭載するなど、日本とも何かと縁があった
「ブラバム」は、氏が’55年に渡英してクーパー社に入社後創立、’59年開幕戦のモナコで初勝利を上げている。

ヘリ空母

新型ヘリ空母22DDH、24DDH:19500ト 集団的自衛権問題、無人偵察機「グローバルホーク」の三沢基地配備、と軍備防衛に関する話題が引きも切らずだ。

 先日22日には陸海空自合同の離島上陸・奪回訓練が奄美大島沖の無人島で行われた。

そこには参加していないが、昨年進水したヘリコプター搭載護衛艦(DDH)「いずも」(19,500t)は、中国から「空母だ」と批難されるほどの巨大艦だ。

全長248m、112,000psは、あの戦艦「大和」の全長263m、153,500psと比べても見劣りしない。 第二次大戦中の米空母「ヨークタウン」と同規模だと。(写真下)
ヨークタウン
全通甲板を持つ護衛艦で、最大14機のヘリ運用能力を持つという。
この他にも、13,950tで11機のヘリを搭載できる「ひゅうが」(2007年)「いせ」(2011年)が竣工している。
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