TS3H0336 我が家近くの庚申塚です。

庚申信仰とは、十干と十二支を組み合わせた60日ごとの庚申の夜に、三戸という虫が睡眠中に身体から抜け出し天帝にその罪過を報告するという道教の教えに由来している。 
そこで、夜は眠らずに慎むというのが”庚申待ち”だ。
室町時代には庚申講ができ、夜を徹して語り明かす風習が広まった。

現在地元では、”お日待ち”と称して集まり神主のお祓いを受けている。庚申さんは道祖神のひとつであるが、その後仏教や神道が取り入れ庚申信仰が流布していったので、両者が合体した姿なのだろう。
 
 庚申の申から猿の信仰に結びつき、猿を神の使いとする山王信仰にもつながっている。 また、庚申は、風邪、せきなどの治病神、あるいは作神、福神ともみなされた。(地元町史によると、眼病、”イボ”とりの神様とされている) (「民族探訪辞典」(山川出版社)参照) 

 ついでながら、子どもの頃はここが遊び場で、よく木の上で追いかけっこをした。
不思議なことに、地元の子どもは誰もケガをしないのだが、よその地区から来た子が落ちてケガをするのだ。 これも神様が守ってくれていたのではと子供ながらに思った。
写っているのが、今はもう古木となったムクの木だ。

(追伸)
『山川町史』によると、「(青木城の城構えは)西は宮地の庚申(神)塔に『麻植郡西青木村 寛文十二年(1672)建立』とあるところからすると、ここから境であったと考えられる」とあって、歴史的価値もあるようだ。