Hiroshige 秋月と云えば、歌川広重の『近江八景』の中に「石山秋月」がある。

そして、紫式部が『源氏物語』の着想したは石山寺に参籠したときで、琵琶湖に映る中秋の名月の美しさに感動して「須磨明石」の両巻を書きはじめ『源氏物語』が出来上がったという説がある。

Murasaki_Shikibu しかし、実際は石山寺から琵琶湖を望むことはできない。

これは14世紀に書かれた注釈書『河海抄』の「・・折しも八月十五日夜の月湖水にうつりて心の澄み渡るままに物語の風情空に浮かびたるを、忘れぬさきにとて仏前の大般若の料紙を本尊に申し受けて、まづ須磨明石の両巻を書き留めけり。」との記述に基づくものだと。

 「おはすべき所
(光源氏がお住まいになる宿)は、行平の中納言の、藻塩垂れつつわびける家居近きわたりなりけり。」(第十二帖「須磨」第一段)

「わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ わぶと答へよ」(在原行平)

この行平の侘び住まいは、現在でも「松風村雨堂」として祀られている。
そしてその東に月見山があり、行平が月を愛でたと・・。

 「明石」では、明石入道は八月十三日の月の美しい夜に源氏を明石女君のいる岡辺の家に招き入れる。

三味堂の鐘と松風が響きあい、岩には松が根を張り、品の良い木戸からは十三夜の月がのぞいている・・。

源氏は悲劇の中にありながら、明石の君との間に唯一の女子
(後の明石の中宮)をもうけ、後に入内して五人の皇子・皇女が宮中に君臨する栄耀の基礎となる。

 また、明石は源氏流謫のモデルのひとり菅原道真の故地でもある。
道真が大宰府に下向のさいに立ち寄った駅跡には「菅公旅次遺跡」石碑や、駅長が祀ったという「菅公腰掛石」がある。 「一栄一落 是レ春秋」  (小山利彦著「源氏物語と風土」参照)