宗教・神話・民話・伝説

円仁と円珍

立石寺 「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」(芭蕉)

6月2日は「本能寺の変」(1582)のあった日。

元亀2年('71)9月、比叡山が浅井朝倉軍をかくまったとして織田信長により焼き討ちされたとき、立石寺に分火されていた聖火によって守られたというが、これは立石寺が貞観2年(860)円仁が清和天皇の勅命を受け開山し、根本中堂に灯る法灯は延暦寺から分火されたことによるものだった。

 円仁(794-864)は、最澄の開いた天台宗を発展させて「台密」(天台密教)の母胎をつくり、それを発展させた円珍(814-891)は、ともに入唐求法僧。

円珍は空海の甥とも、母が空海の姪とも云われ、善通寺市の金倉寺が生誕地とされる。

摂関家藤原良房・良相の支援を受けて入唐し、天台山や長安で天台・密教の大法を授かり、853年から約5年間の在唐後多くの経典類を持ち帰った。
(853年は前記事に引用した白居易が没した7年後のこと)

比叡山には浄土教や鎌倉仏教などの祖師が修学し、日本の仏教のかたちがつくられた。

 貞観元年(859)、円珍が園城寺(三井寺)に拠点を移した背景には、天台座主を巡る義真(第一世座主)~円仁派と最澄~円珍派の争いがあったようだ。

円珍は山を下り、山門仏教に対して寺門仏教を立てたが、思想的には円仁の後継者であったと。

「三井」の名は、天智・天武・持統天皇が産湯をつかった霊泉(御井)があることに由来する。

また、円珍の門流からは修験道本山派が生まれた。
 (「仏教を歩く 円仁・円珍」朝日新聞出版参照)

「かちかち山」

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 陰暦四月(現行暦5月)
「卯月」の由来は、卯の花月、ウツギ月とも、十二支の四番目・卯の月だからとも云われる。

「卯の花」には呪力があり、十二支の「卯」ウサギの赤い目にも呪力があると。

御伽草子『十二類合戦絵』では、十二支に入れてもらえないタヌキが同じように十二支に選ばれなかったキツネ・クマ・トビなどとともに十二支の動物たちと戦う話。

結果は十二支側が勝つのだが、ウサギがタヌキを卯杖で打ち伏せる。
卯の樹は中が空洞で別名「空木
(うつぎ)」とも云われ、「打つ木」で、上賀茂神社では正月には卯杖が厄除けのお守りとされている。

 民話「かちかち山」でもイタヅラをするタヌキをウサギが懲らしめる話。
全国各地にさまざまなバリエーションが見られるようだ。
タヌキがムジナだったり、石川県ではヒキガエル、愛媛県では猿だったりもする。

山口県ではウサギではなく狐が仇討ちするのだが、「かちかち山」のテーマは「仇討ち」だとされ、このようなスタイルは室町から江戸時代にかけて出来上がったと。

 ちなみに、「カチカチ」とはウサギがタヌキの背負う柴、もしくは中にタヌキが入っているカヤの小屋に火をつける際の火打ち石の音だ。
 (「別冊太陽 日本を楽しむ暮らしの歳時記 夏」、「日本昔話を旅する」洋泉社MOOK、坪田譲治著「日本むかしばなし」参照)

細君

ラファエロのコピー 最近はあまり耳にすることが少なくなったが、「細君」とは実際にいた人物だと。

漢の江都王の娘で、武帝のとき西域の鳥孫国に嫁がされたので「江都公主」とも「鳥孫公主」とも呼ばれた。

だが、他人の妻を称する「細君」の出処は、『漢書』の「東方朔伝」に由来する。

 武帝にかわいがられていた側近に、東方朔という舌先三寸で名を残した人物がいた。

当時、夏の盛りといわれる「三伏の日」
(7月中旬から8月上旬の庚(かのえ)の日)には、帝から臣下に肉を賜る習慣があった。

その役人がなかなか来ないものだから、東方朔は勝手に肉を切って持ち帰ったということがあった。
官吏はそのことを帝に奏上したので、東方朔は呼び出されてその理由を問い質されると、

「詔を待たず、勝手に肉を頂戴するとは何たる無礼。剣を抜いて肉を切るとは何たる壮烈。切った肉はほんのちょっぴり、何たる廉直。帰って
細君に与えたとは、何たる仁愛。」

すると帝は笑い出し、
「自らを責めさせようと思ったら、かえって自らを褒めるとは」と、さらに酒一石、肉百斤を賜ったと。

この東方朔の奥方は太っていたとも云われ、戯れに「細君」と呼んで笑わせたからとも、また奥方の名が細君だったからとも・・。 (飯塚朗著「中国故事」参照)


ごじゅんけい道路の夜行さん

IMG_0320 川島町学の三ツ島渡しから南の山の方に真っすぐ通ずる道路を「ごじゅんけい道路」という。

昔、この道路に戦死した武士の幽霊といわれる夜行さんがよくでたと。
大の月の晦
(こもり)と小の月の朔(ついたち)の夜更けに、白い着物を着て白い首きれ馬に乗った一隊が、ジャンゴジャンゴと鈴を鳴らしながら、南の山から吉野川を一気に駆け抜けて北の山へ消えていく。
それで夜行さんを「ジャンゴハン」ともいう。

もし、夜行さんに出会っ者は、たちどころに取り殺されてしまうという恐ろしい化け物で、夜などにこどもがぐずぐずいうと、「そらジャンゴハンが来るぞ」というと、どんな子どももおとなしくなった。

 何時の頃か、「順慶坊」という山伏がこの三ツ島に来て、この話を聞いて村人が安心して通行できるようにと、吉野川の南岸に地蔵さんを建てて夜行さんを封じ込めたので、それからは夜行さんも通らなくなって村人もほっと安心した。
人々は、順慶坊の徳を慕ってこの道路を「ごじゅんけい道路」と名付けた。
吉野川の堤防の下に順慶坊が建てたと云われる地蔵さんが今も残っている。
(写真)

 また、この道路については次のような話も伝えられている。
昔、大名の政治の良しあしを調べるために時々回って来る幕府の役人を「御巡見使」といって、御巡見使が来るというと藩の役人は腫物に触るように恐れていた。

ある年に、御巡見使が吉野川をさかのぼって三ツ島渡しで船を下り、南の山すその山田の長者の家で泊まることになった。
藩の役人は大急ぎで田の畦をけずったりして田んぼの中を突き抜ける立派な道路を造らせた。

この道路を見て、「これはお前達がつくったのか」と尋ねると、村人は役人からいいふくめられていたとおり、「はい、私たちがお役に立つようにと思って、進んでつくらしてもらいました。」と答えた。

それでこの道路を「御巡見道路」というのだとも。 (「川島の昔話」より)

「夏の夜の女王」

200px-Orfeu_Negro,_1959 「盆」が終わった。

「総踊り」を巡るゴタゴタ騒ぎは、全国の阿波踊りファンをガッカリさせたのでは・・。

 ボサ・ノヴァの名曲としてジャズでも演奏される「黒いオルフェ」は、ルイス・ボンファの作曲した同名映画(1959)の主題歌。

オルフェとはオルフェウス、ギリシャ神話に登場する吟遊詩人オルペウスのこと。

竪琴の名手で、彼の死を偲んだアポロン
(ゼウスとも)によって星座「こと座」になったと。
夏の大三角を形づくっている織女星ベガは、こと座の一等星で「夏の夜の女王」とも例えられる。

 
オルペウスは、妻エウリュディケーが毒蛇に噛まれて死んだとき、妻を生き返らせようと冥界に入り、冥王ハーデースと妻ペルセポネーの前で竪琴を弾き、妻の返還を求めた。

琴の音に涙したペルセポネーに説得されたハーデースは、「冥界から抜け出すまでは決して後ろを振り返ってはならない」との条件でエウリュディケーをオルフェウスの後ろに従わせ、冥界から送った。

しかし、あと少しで冥界から抜け出るというところで、本当にエウリュディケーが付いてきているか心配になったオルフェウスは後ろを振り返ってしまい、エウリュディケーは再び冥界に連れ戻されてしまった・・。

 この話って、聞いたことのある「見るなの禁
(タブー)」ですよね。
『古事記』の中にも、イザナミとイザナギの国産みの段で、亡くなったイザナミを追って黄泉の国に行ったイザナギが、「黄泉の国の神と相談するので、その間は中を見ないで待ってて」とイザナミがいうのに、しびれを切らして髪にさした櫛に火を点け中を覗いた。

そこにはウジ虫がはい回る腐乱死体のイザナミが横たわっており、驚いたイザナギは逃げ出す・・。
 
遠いギリシャ神話と同様の話が日本神話にあるばかりでなく、多くの神話に見られるというのも不思議なことだ・・。

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