1964年から編纂が始まり、1967年に初版印刷されたバリ・ヒンドゥー教の教えを綴った教書『UPADESA』。7人の編者が作った『先生(Rsi Dharmakirti)』と『生徒(Suyasa)』の2人による質疑応答からなる会話形式のこの本を紹介していく9回目。
第1回目に、バリ・ヒンドゥー教にPanca Sraddhaと呼ばれる5つの基本信仰があり、それぞれ、
『神の存在を信じること』、
『魂の存在を信じること』、
『因果応報(善悪を含むすべての行為の結果は自分に跳ね返ってくるということ)を信じること』、
『人生に苦しみがあるということを信じること』、
『悟りや(苦しみからの)解脱の存在を信じること』
という内容だと紹介した。
この5つの信仰のうちの一つ目である『神の存在』(Widhi Tattwa)を説明してきたのが、第2回目から7回目までとなる。二つ目である『魂の存在』(Atma Tattwa)は前回にあたる8回目で綴った。そして今回はその3つ目にあたる『因果応報』(Hukum Karma Phala)についての説明となる。
人間にあるJIWATMANは、Punarbhawaしていく。Punarbhawaとは、Lahir Kembali(生まれ変わる)ことだ。そして、Punarbhawaしていく際の基準となるのが、Karma Phala、つまり因果応報である。さらに人間世界からの悟りを開くことを、Moksaと呼ぶ。
今回はPunarbhawa(=Lahir Kembali=生まれ変わり)の基準にあたるKarma Phala(因果応報)について綴るが、
(Hukumは『法』という意味)
Karmaは『行ない』を意味し、
Phalaは『結果』を意味する。
そして、当然のようにSubha-karma = Perbuatan Baik(善い行ない)とA-Subha-Karma = Perbuatan Buruk(悪い行ない)があり、ここで生徒SUYASAがとても現実的な質問をする。
「(上述のような理論は現実にはやや違っている。現実世界では、善い行ないをした者が辛い目に遭い、悪い行ないをした者が幸福に浸っている。これがどういうことでしょうか?」と。
すると先生は、以下のように答える。
Karma Phala(因果応報)には3種類あり、それぞれ、
Sancita、
Prarabdha、
Kriyamanaと呼ばれる。
Sancitaは、前世でのKarma『行ない』によるPhala『結果』を前世ですべて享受することがなく残っているものがあり、その残りのPhala『結果』を現世でも享受するというもの。
Prarabdhaは、現世でのKarma『行ない』によるPhala『結果』をすべて現世で享受するというもの。
最後のKriyamanaは、現世でのKarma『行ない』によるPhala『結果』をすべて現世で享受することができずに、来世にそのPhala『結果』を引き続き享受するというもの。
この3つのうちにSancitaによれば、生徒SUYASAからの質問に対する答えが、自動的に得られてしまう。
このような教えを信じるとすると、『今』という瞬間への執着に対する見方を再考させられる。善い行ないは『今』という瞬間の継続の流れの中で常に努力して追求されるものであるけど、そこから来る結果 / 褒美は常にその『今』の瞬間に味わえるものではない(急いじゃいけないということか!?)。
努力がすぐ報われないと思うか、努力はいつか必ず報われると思うか、その捉え方はまた人それぞれであるが、この教えを信じてさらに輪廻転生を信じた場合、Hukum Karma Phalaは、僕ら人間にとてつもなく広大で深遠な安心感を与えてくれるものになるのではないかと、僕は強く考える。
今年という年に、大いなる感謝の念を捧げる!!
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第1回目に、バリ・ヒンドゥー教にPanca Sraddhaと呼ばれる5つの基本信仰があり、それぞれ、
『神の存在を信じること』、
『魂の存在を信じること』、
『因果応報(善悪を含むすべての行為の結果は自分に跳ね返ってくるということ)を信じること』、
『人生に苦しみがあるということを信じること』、
『悟りや(苦しみからの)解脱の存在を信じること』
という内容だと紹介した。
この5つの信仰のうちの一つ目である『神の存在』(Widhi Tattwa)を説明してきたのが、第2回目から7回目までとなる。二つ目である『魂の存在』(Atma Tattwa)は前回にあたる8回目で綴った。そして今回はその3つ目にあたる『因果応報』(Hukum Karma Phala)についての説明となる。
人間にあるJIWATMANは、Punarbhawaしていく。Punarbhawaとは、Lahir Kembali(生まれ変わる)ことだ。そして、Punarbhawaしていく際の基準となるのが、Karma Phala、つまり因果応報である。さらに人間世界からの悟りを開くことを、Moksaと呼ぶ。
今回はPunarbhawa(=Lahir Kembali=生まれ変わり)の基準にあたるKarma Phala(因果応報)について綴るが、
(Hukumは『法』という意味)
Karmaは『行ない』を意味し、
Phalaは『結果』を意味する。
そして、当然のようにSubha-karma = Perbuatan Baik(善い行ない)とA-Subha-Karma = Perbuatan Buruk(悪い行ない)があり、ここで生徒SUYASAがとても現実的な質問をする。
「(上述のような理論は現実にはやや違っている。現実世界では、善い行ないをした者が辛い目に遭い、悪い行ないをした者が幸福に浸っている。これがどういうことでしょうか?」と。
すると先生は、以下のように答える。
Karma Phala(因果応報)には3種類あり、それぞれ、
Sancita、
Prarabdha、
Kriyamanaと呼ばれる。
Sancitaは、前世でのKarma『行ない』によるPhala『結果』を前世ですべて享受することがなく残っているものがあり、その残りのPhala『結果』を現世でも享受するというもの。
Prarabdhaは、現世でのKarma『行ない』によるPhala『結果』をすべて現世で享受するというもの。
最後のKriyamanaは、現世でのKarma『行ない』によるPhala『結果』をすべて現世で享受することができずに、来世にそのPhala『結果』を引き続き享受するというもの。
この3つのうちにSancitaによれば、生徒SUYASAからの質問に対する答えが、自動的に得られてしまう。
このような教えを信じるとすると、『今』という瞬間への執着に対する見方を再考させられる。善い行ないは『今』という瞬間の継続の流れの中で常に努力して追求されるものであるけど、そこから来る結果 / 褒美は常にその『今』の瞬間に味わえるものではない(急いじゃいけないということか!?)。
努力がすぐ報われないと思うか、努力はいつか必ず報われると思うか、その捉え方はまた人それぞれであるが、この教えを信じてさらに輪廻転生を信じた場合、Hukum Karma Phalaは、僕ら人間にとてつもなく広大で深遠な安心感を与えてくれるものになるのではないかと、僕は強く考える。
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