ワイルドワ〜ルドのビアンカさんの『言語習得に関するメモ』にTBさせてもらいます。このテーマ、幾多考えても僕自身頭の整理がつかないので、整理できる保証はないままで今回また綴ることにした。

まず、最近僕が偶然にも考えていたこと。それは、『(国外に住む)子供が小さいうちに日本語を教えたほうがいい。早ければ早いほど吸収も早い。』という、海外に住む子供に対する日本語教育についてのおまじないとも言えるフレーズって、実は大した意味を持たないのではないだろうかということ。

日本語を幼少の時代に教えることに意味がないのではなくて、フレーズの意図していることがピント外れなような気がしてきたのだ。

どこがずれてるかと言うと、このフレーズって、日本国籍で日本国外に住む日本語を勉強するべきである子供たちだけを対象としているのではなく、ただ単に至極一般的なことしか指し示せていないのではないだろうかということ。

日本で生まれた日本国籍の子供たちって、日本語を幼少のうちに吸収するでしょ。このことも、そのフレーズが意図することに含まれてしまうような……、広い意味では。

その逆に、このフレーズは僕の子供が小さい頃からインドネシア語が上手なことも立証してくれている。だって、小さい頃からインドネシア語、耳にしてるんだもの……。

ちょっと天邪鬼ですが、僕もこのフレーズの意図すること、一応本当のところは分かっているつもり。日本国外で生まれた日本国籍の子供たちも、現地語とは別に小さい頃から日本語を教えていけば簡単に日本語が吸収できるというものだろう。それを分かった上で、やっぱり変なフレーズだと思っちゃうわけだ。

この天邪鬼な変な気持ち、ビアンカさんが分かりやすく僕に説明してくれているように思う(僕の勝手な思い込みですが……)。

そう、子供が特別にスーパーなんじゃなくて、大人と比較した際に初めてスーパーになるだけであり、別に語学学習だけに長けているわけでもなく、子供は万事にたいして吸収力が高いわけで、まさにビアンカさんのおっしゃられている「だとしたら、抽象的思考能力が発達していない幼児に英語のフレーズを叩き込むより、別のいろんな体験をさせて『内面化の感度を高める』ほうが効果的」というところに強く僕は賛同してしまう。

きっと、子供の頃の経験は、モンテッソーリの本にあるように、子供が『内面化』していくのだろう。これは、別に語学に限られることではなく、どんなことにも当てはまるのだろう。それで、大人になってからは、『内面化』できずに『記憶』させるに留まってしまうのだろう。

で、どうせだったら、『記憶』じゃなくて『内面化』させたい言語学習、幼児の頃にさせなければと言ったところか。

それで、例としての僕の子供の日本語教育。僕の勝手なこだわりでは、環境が一番大事になる。彼らが日本語を学ぶのに適した環境が整えられなければ、結局は押し付けであり、いい効果もしくは最大限な効果が得られないのではないだろうか!?

僕が、僕自身をも含めた子供たちの国籍にこだわらない(これと、僕が日本人であると強く意識することは別次元の問題です)ことも手伝ってか、彼らにとっての母国語はインドネシア語であり、第二外国語は偶然バリ語と英語になっているだけの話で、英語達者にしたいからと欧米の子供たちが通うインターナショナル・スクールに入れる気はない、お金があっても。

彼らのアイデンティティーは当然のごとく環境に左右されるので、この土地で生まれ育ったインドネシア人母と日本人父の子供としては、インターナショナル・スクールは、自然じゃないのだ。

彼らには外国語として日本語や英語を勉強してもらいたい。これは、上手にならなくてもいいということではなく、外国語として流暢になればそれに越したことはない。

さらに、育った環境との関係性において語学は習得されるものだと言う僕の意識は、かなり強情で、そこから先は、まさにkiasuさんがコメントされているように、当の本人が必要だと思ったら必至に勉強すればいいだけの話。ちゃんと飯が食えるようにと。

僕もそりゃ必至でした、インドネシア語の習得。飯食いたかったですから……。

最後に、強引で一時的結びとして、
『言語学習には環境が大きな影響を及ぼしていて、子供の頃のいろいろな経験・体験がその子の将来を大きく左右する。子供の頃の子供の自己と外界の関係性は内面化され、それが性格の形成にも関わっていく。こういう前提のもとに、国外に住む日系子女の日本語教育とは、幼少の頃に開始されることが好ましいと喧伝されるが、日本への帰国予定の有無や、育っていく海外での環境も考慮に入れて、その子供自身のアイデンティティーをないがしろにしない範囲で開始されることが望ましい。また、その子供が人間力を強くしていくような貴重な体験を子供時代にしていくことも非常に大事なことであり、そういった人間力を伸ばしていくための貴重で豊富な体験に裏づけされた考える力を備えた子供たちは、何歳になってから言語学習を始めても、決して遅かったということにはならない(のではないか)。』と、偉そうなことを今日は綴ってみた。

(発音の問題は、顎の筋肉の動かし方と耳の音をキャッチする能力に左右されると思います。)






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