もうじきこの土地で満17年が過ぎようとしている。

義理の父が亡くなった。
いろいろと失うものがあった。
歳をとって、人として完成度が高まるわけではなく、どんどん堕ちていっている気がする。
疲れも感じる。。。。。。

そんな気持ちの中で、この土地の人たちから間接的に励まされることが、今までどおりにある。



僕ら人間という生き物も、所詮完璧ではないこと。
僕らの人生は宇宙の流れから鑑みればわずかな一瞬でしかないこと。
そんな短い生の中で成功も不成功もない、勝ちも負けもない、ましてや裕福も貧富もないっていうこと。
精神的な裕福さってなんなのだろう?
精神的な幸福ってなんなのだろう?

いろいろな模範解答に合わせようとして”頑張る”ことにどれほど意味があるのか?

一般的な正解にたどり着こうとして”自分を押し殺す”ことにどれほど意義があるのか?

そんなことを相変わらず考えている。

いろいろなことが面倒くさくなることが多くなった。

日本でいうところの夏が終わった頃、また大きく堕ちていく予定である。

その心の準備というか、第2か第3か分からないけど、新しく始まる僕の新しい生き方のプロローグとして、綴りを再開させなきゃ。



ただ、以前と大きくと変わったことがある。

この土地の人たちから、今更何も感じなくなったということ。

そう、別に何も感じなくなった。

目に入るものも、耳に入るものも、すべてまるで空気のようである。

驚きもなにもないよ、もう。すべてが自然に空気のように水のように流れていっているだけ。

どういう綴り方がいいのかまだ考えているところだけど、何しろ、再び綴り出そうと思う。



そうそう、この土地のある国は、その昔、マジャパイト王国(1293年−1527年)という王国が栄えた地域にある国である。

この王国は、宗教区分で言えばヒンドゥー・ブッダの王国である。

僕は実はこの王国の騎馬隊の一員であったらしいと、ある友人に言われた。その友人は、その騎馬隊での僕の上司だったらしい。

485年以上も前の話である。こんなことを、僕は信じてしまうほど堕ちているのである。



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