我が家では突然に電力の供給が途絶える。

いきなり電気が全部消える。前触れもなしにだ。

電気の供給が突然途絶えるとどうなるか?

簡単なことである。

家電が使用不可になるだけである。

ただそれだけのことであり、日常生活に大した影響を及ぼさない、はずであった。。。。。

でも、我が家では井戸水をポンプでくみ上げて日用水を得ている。

だから、電気が流れなくなると水が使用できない。

水が使用できなくなって一番頭が痛くなるのが、いわゆるお風呂場まわりである。

水が出ないからお風呂に入れない(正確にはシャワーを使うだけだが)。

水が出ないからトイレも使いこなせない。。。。

我が家の失敗は、シャワーなんか使用して、水浴び用の水溜めをなくしてしまったこと。

我が家の失敗は、水洗のトイレを使っていることだ。

ポンプなんか使わず、いつも水を貯めて備えておけば、電力の供給が途絶えてもヘッチャラなのである、本当は。

ホント、進歩は後退である。

進歩とは犠牲を多く募る儀式の連続である。



日本では、原発の問題が盛んに討論されているようである。

今の日本の状況を把握しているわけではないので、自分が日本の原発について何か言及できるような位置にいないと思っているのだが、1つだけ、客観的に確実なことがある。

電力って有資源であるってこと。

何を持って有とするのかも定義論に発生すると思うけど、限りがあると思うんだ。

もっとも、ひたすらに電気を作っていければ無限な資源なんだろうけど、実際には無限に作っていけるものなのだろうか? 

その辺の専門的なことは分からない。

ただ、きっと、有限な状態が自然なのに、それを無限にしなければいけないという資本主義的経済的政治的圧力が掛かって、何かの大きな犠牲の上に無限な電力供給が可能になっても本末転倒だと思う。

ありのままでいいじゃん、自然のままで。

それに、必死になって電気作るのも疲れるじゃん。そんな疲れるし面倒くさいこと、しなけりゃいいのに。

こんなことを思う人間は進歩のできない駄目な人間なんだろうな。。。。。。。。



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