教室から世界へ!教師が夢を語らずに誰が語る!!


2014年はセミナーで模擬授業を2回!実践を加速させるぞーー!!

    March 2012

    虹色のパンというものを見つけました。

    そのことから思ったことを書きます。
    「人にみせるためもの」を日常的にするべきか?と言うことについてです。

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    このパンは結婚式の引き出物などでよく売れるそうです。

    見ていてきれいだし、虹ということで幸せな気持ちになります。

    しかし、虹のパンが毎朝家庭で並ぶとは思えません。



    もうひとつ、

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    ネイルコンテストの作品です。ネットから素敵なのを引っ張ってきました。
    (よくよく見ると、肩もつけまもヘアもすごい!)

    すごいですよね!
    テンションあがりますね!
    きっとこのおねいさんもさぞ嬉しいことでしょう!

    でも、このままでは幼稚園児の頭をなでることはできません。
    パーティーでシャンパンをもつこともできません。
    ピアノを弾くことも難しく、鼻をほじることもできません。

    コンテストのための作品。ということです。



    教師にも人にみせる授業があります。
    研究授業といいます。
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    このように普段は使わないものをたくさん使います。
    黒板の掲示にぺたぺたはっているものは普段はつかいません。


    「人にみせるためもの」を日常的にするべきか?

    確かに、これらのレベルのことを毎回行うのはすごいことです。
    でも、そのすべては本当に必要なものでしょうか?

    同時にむずかしいことです、ひとつの作品をつくるのに数ヶ月もかける訳にはいきません。

    「人にみせるためのもの」は大切です。
    しかし、最終の目的が「みせるため」であってはいけないと考えます。
    それが目的になって、それだけのため、そのときだけではだめ。

    日常の力に還元させてこそ意味があるのです。




    地の民。風の民。

    おれは風の民になりたい。

    そっちのほうが向いているとおもうから、おれは長くおなじことができないだろう。

    ゔぃじょん、意志、目指す根本的なもの変わらない。

    しかし、

    その方法は自分の気分で変えたい。。

    書きながら笑けてきたw

    自分勝手な考えかだと分かって書き続ける。

    自分の本筋は変わらないが、方法はどんどん変えてやろうと思う。

    そんな生き方をする。

    シンプルに、シンブルに、シンプルに、

    おれは案外、人にどう思われるかを気にしすぎているように思える。


    楽しもう。その為に用意させた世界と人生だ。



    大学を卒業して、3年が経つ

    初恋を卒業して、12年が経つ

    そろそろ何かに入学しよう!

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