教室から世界へ!教師が夢を語らずに誰が語る!!


2014年はセミナーで模擬授業を2回!実践を加速させるぞーー!!

    生きる

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     私(朝岡)の好きな『ONE PIECE』にはこんなシーンがあります。絶望の縁に追いやられたルフィ。「自分は無力だ」「なにが海賊王だ」「おれには誰も救えない」と嘆き、自分自身を傷つけます。あのルフィだってネガティブになるんだと驚きました。

     ポジティブとネガティブという言葉を聞いたことがあると思います。ポジティブは積極的であることを、ネガティブは消極的や否定的であることを表します。例えば、コップに半分水が入っているのを見てある人は「半分もある」と思いますが、別の人は「半分しかない」と思います。あなたはこの2人を比べてどちらの考え方がいいと考えますか?
     もう一例あげてみます。アメリカの高校生の話です。チアリーディング部に所属している女の子がいました。アメリカでチアリーディング部というと女の子の憧れの部活動でどこの高校でも部員数は多く、この子は母親の熱烈なすすめもあり、チアリーディングの名門高校で部員数300人の学校に入学しました。母親は「あなたはNo.1になれるわ!」と小さな頃から声をかけていました。自分自身でも「必ずNo.1になってみせる!」と言い聞かせていました。名門ですから、選りすぐりの300人です。競争の激しい中、彼女はチアリーディングのコンテストで活躍し、めきめき実力をのばしていきました。
     彼女の夢に手が届きそうな時、絶好のチャンスが訪れました。高校の文化祭でチアリーディング部の人気投票が行われたのです。この投票には全校生徒が参加する大変注目度の高いイベントです。「この人気投票で本当にNo.1になれるかもしれない、いや絶対になれる。」投票結果を待ちました…結果は5位。名門高校で300人中の5位ですから、レギュラーメンバーの中でもトップです。全校生徒が彼女を賞賛しました。しかし、彼女はこの夜自ら命を絶ってしまいました。だれもがうらやむ名門高校のチアリーディング5位になれたのにです。

     ネガティブはだめなのでしょうか。コップ水を見て「半分しかない」と思うようなことは私たちにはたくさんあります。「テストが50点」「あと10分で帰らなきゃ」「1点差で負けてる」あげれば切りがありません。確かにこれをポジティブに「50点も成績を上げる可能性がある!」「まだ10分ある」「2点取れば勝てる」と考えることもいいですが、そればっかりで自分に満足できない状態が続いてしまいます。ネガティブでもいいんです。もしこの考えをチアリーダーの子が知っていたら、同じような結末になることはなかったでしょう。無理にすべてをポジティブにする必要はないのです。それでもポジティブに考えた方が人生たのしいのは確かです。(ポジティブ心理学では幸せになれる考え方の比率を【ポジティブ:ネガティブ=3:1】と表しています。)
     ポジティブになりたい人、その第一歩は「ネガティブな自分を認める」です。ネガティブでもオッケーなんですよ。
     

    最近youtubeで見つけたタモリさんの名言です。

    4月。やる気に満ちあふれている人が多いです。
    タモリさんの話すことを是非聞いてみてほしいと思います。
    うまく記事にはれなかったので、
    youtubeで「やる気のあるものは去れ」で
    検索すればすぐにわかるはずです。

    と、同時に松岡修造さんのyoutube動画からも元気もらいますよね。
    数秒の動画なのに勇気づけられます。


    やる気があるのもいいと思います。

    それと同じぐらい、

    やる気がないのもいいと思います。 


    どっちかに偏らなくていいんです。
    やる気がある時もあれば、ない時もあっていい。

    4月。そろそろ周りも疲れ始めてます。そして、あなたも。
    できない時があっていい。
    やらなくっていい。

    大丈夫。だいじょぶ。 
    あなたは大丈夫。

     

    笑うということについていくつか。



    笑いヨガを知っているだろうか?

    いろんな方法で笑うことによって、
    だんだん本当に笑えてきてしまうというもの。

    ある学校の先生で毎日が憂鬱で、
    学校のことを考えるだけで、吐き気がする
    といった症状の方がいらっしゃった。

    その人は毎朝、ある笑いヨガをつづけた。

    「はっ、はっ、ほ、ほ、ほ、
     はっ、はっ、ほ、ほ、ほ、
     はっ、はっ、ほ、ほ、ほ、イェーイ!
     やったーやったーイェーイ!」

    声を出すタイミングで、手を胸の前で叩き、
    イェーイでは最高の笑顔で手を天たかくのばす。

    これを繰り替えてしていくうちにほんとうにたのしくなって、
    顔も血色がよくなり、笑顔で学校にいけるようになったとのこと。




    次は僕の話、

    パチンコのバイトをしていたときの話

    体調があまりにもすぐれない日、

    朝ロッカールルームで制服に着替えているときから、

    一日が終わったときぐらい体と気持ちがおもかった。

    いま、ふりかえってもあの日がいちばんつらかった。

    だからかもしれないが、いまでもはっきり8時間なにがあったか覚えてる。


    お客様にイベントの告知をするときである。

    おおくのお客様は、

    うなづいたり、「うぃ」と軽くこたえるだけだ。


    50歳ぐらいの女性に告知したとき、

    「ありがとう」

    という唇を動かしてくれた、

    演歌歌手が歌い終わりにやる感じにだ。


    これが疲労困憊、精も根も尽きたぼくには、

    それはそれは、効いた。

    体が一気に軽くなったのだ。

    ほんとうに頭の上から、背骨の随を引っ張られるような、

    脇を両手でもちあげられるような、

    たぶん、周りで僕をみているひとは

    「あれ?あいつ宙に浮いてね?」

    と、おもったはずだ、

    まぁ、パチンコ中は自分のことで精一杯になるので、

    いちいち宙に浮いたくらいでだれも声をかける人はいなかったが。。。。


    そのときに、

    「笑顔のまわりに、笑顔の花は咲く」

    ということばがおりてきた。


    その女性の笑顔で、

    ぼくはその日ずっと笑顔を他のお客様にも振りまくことが出来た。

    すると、いろんな方から声をかけたあとに、

    「ありがとう」

    「にこっ」

    「そのイベントでるんだろうなっ!?」

    といううれしい笑顔の花が広がっていったことは言うまでもない。。。


    このことは僕の財産。

    いまでも大切にしていることのひとつだ。



    人生の成功といって頭に浮かぶことが、

    大きな目標や夢を達成したいということもあるだろうが、



    日常を楽しく過ごしたい。

    仕事をノリノリでこなしたい。

    ちょっと早く帰れて、

    ゆっくりごはんが食べれて、

    好きな人に会ったり、

    本屋によったり、

    DVDを借りにいって友達にあったり、

    カフェで物思いにふけったり、

    銭湯にいくのもいい、


    自分の好きなことができて、

    あったかいふとんでねむれる。


    みんな、こんな心の余裕が持つことが
    人生で成功すると考える人だっていていいんだ。


    もしくは、

    仕事や趣味ではどんどん挑戦し、

    少しくらいつらいことや悲しいことがあってもいい。

    達成したいことがあるから!


    目指すものがあって、憧れの先輩がいて、

    「なんであんなふうに、いつも笑顔なんだろ」

    自分もそんなふうになりたい。


    そんな毎日をすこし、

    前向きに

    自分の望みを

    かなえる力を自分につける

    そのための自己啓発

    ぼくのまわりで哲学の話になったので、学生時代に温めておいたやつを出します。


    16、17世紀ヨーロッパ
    キリスト教とイスラム教の戦争、カトリックとプロテスタントの戦争があった。
    考え方の違いがある、どちらも自分たちの方が正しいと考えている。

    もう100以上もつづく戦争に人々は嫌気がさしていた。

    哲学者はこう考えた。
    「だれもが認める絶対的に正しいものを見つけられれば、戦争は終わる」

    そして、カントはある答えにたどり着いた。
    「絶対的真理はない」
    絶対的に正しいものを見つけようとしたのだが、絶対はないという結論に至ってしまった。

    人間が考える究極命題は、
    1、世界の始まりはどのようなものか?
    2、世界の果てはどのようなものか?
    3、世界の最小単位はなにか?
    4、神はいるか?

    カントは「理性を持っている以上分からない」←これまでは理性があるからすべて解決できると考えられていた。

    絶対に正しいは絶対に分からない。

    だから、絶対と言うことは考えないようにした。(エポケー 判断中止)
    フッサールは先入観などにとらわれず、存在者に接近する方法を求めた。(現象学)

    「欲望相関性の原理」
    ペットボトルに入って水は喉が渇いている人には喉を潤すものとして、暴動を起こすものには武器として、人の前に現れる。

    関係は欲望に応じて現れる。

    ①対立をなくす方向へ導いていく
    (対立はそれぞれの欲望が生む。互いの欲望まで考えればナイーブに考えられる)
    ②自分の考えは自分の欲望にある。
    (欲望に耳を傾ける、「自己了解」をすることで自分の欲望と向き合う)

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