ふらっと

ふらっと山へ出かけるのが趣味です。 低山の山登りを中心に身近な自然(野草、花、鳥等)や 気にとめた事を書き散らしています。

黍生山と足助

 先日、友人と豊田市足助にある黍生山へ行ってきました。

8185駐車場所
 駐車場はR153から追分の交差点を左(北側)へすぐの小さな道を上がると地道が出てきて何台か車の停める事の出来る場所があります。

5492アベマキ
 アベマキの木を多く見かけました。

5483黍生山頂1
 黍生山山頂(374m)
 眺望が良い。左に名古屋の高層ビル群が見えています。

8175城跡
 山頂にはかつてお城がありました。

5474黍生城跡
 説明文

8176眺望1
 展望 左に白い御岳山が見えます。

5484御嶽山
 御嶽山

5485恵那山
 恵那山

5519足助
 山を下りた後、麓の足助の街を歩いてみました。

5567中馬のおひなさん2
 今の期間は「中馬のおひなさん」が開催されています。

5507竹雛
 竹雛

5501ワイン
 ワイン

5565喫茶店
 喫茶店

8199土人形
 土人形作製実演

8205江戸時代の雛
 江戸時代の雛

5540花餅
 花餅

シェルマンホール
 シェルの名前は昔はライジングサン石油だったようです。

8209スタンド
 大正か昭和初期のタンクローリー
 中馬街道は伊那(飯田)街道の事で、ここ足助は江戸時代からの物流の拠点でした。
 この頃には馬から車に変わっていたようです。

8220本屋
 本屋

8237猪
 ここは猪が良く獲れ、ジビエ料理の店があります。
 皮はこの後、どうするのでしょうか?

5579足助川の散歩道
 足助川沿いの道
 地元の人が犬の散歩などにも使っています。

5564まねき猫
 土猫形(人形?)
 今日は2月22日
 にゃんにゃんにゃんで猫の日になります。

 

福寿草

 寒い日が続きます。そろそろ春の花をという事で咲きかけの福寿草をお届けましす。
 元日草とも言われていますが、本来は2月の半ばちょうど今頃咲く花です。

5405福寿草

 昨日、結婚が近い息子と栄のラシックにとろろを食べに行きましたが、自然薯本来の風味を感じませんでした。自分には上品すぎ、多少のえぐみがないとうま味を感じませんでした。
芋が地のものでないからでしょうか。自分には三河の自然薯の味が染みついているからかもしれません。
生き物は自生地でたくましく育っているのが一番と思います。

そうそう、この福寿草は毒があります。フキノトウやヨモギと間違って食べないようにしてください。但し、毒針で刺すことはありません。北のお兄様安らかに.....。 

桜島、蒲生の大楠、御崎馬を見る

 もちろん桜島へも行きました。

垂水より桜島
  桜島 垂水道の駅より
 鹿児島から見た姿とは違い如何にも火山島といった雰囲気がある。

桜島誕生説明
 写真の字が小さく恐縮です。鹿児島のシラス台地は桜島の噴出物ではなく、その前の時代、姶良(あいら)カルデラからの噴出物です。

カルデラ位置
 鹿児島のカルデラ
 県内にはたくさんのカルデラがあります。前に紹介した池田湖も図には載っていませんがカルデラになります。指宿温泉は阿多カルデラの恵みになります。

鹿児島湾南側
 鹿児島湾南部 左側が大隅半島、右側は薩摩半島

溶岩
 溶岩と桜島(有村溶岩展望所)

溶岩の分布
 桜島の溶岩ですが、ほぼ流出場所が2か所あります。
 マグマが板状に上昇し、両方の角から溶岩が噴出したとの事。
   *写真をクリックすると大きく表示されます。

桜島4
 山頂部は火山ガスで植物は生育できず、麓に行くに従いイタドリやススキが生えます。次にサカキ、ヤシャブシ、さらに離れるとクロマツやタブノキとなります。

桜島より鹿児島湾
 錦江湾南部 薩摩半島側に開聞岳(薩摩富士)が見えます。

桜島二つの火山
 桜島が二つの火山とは、こちらに来るまで知りませんでした。
 標高は1117m(北岳)

桜島5
 確かに二つの火山が見えます。(桜島病院付近より)

0510溶岩
 火山島です。北西に桜島小みかん、北側が桜島ダイコンの産地になります。

桜島ダイコン
 名物の桜島ダイコン
 今が旬でふろふきでいただきました。小みかんも冬が旬、良い時に行ったようです。

溶岩ローソン
 コンビニも溶岩カラーでした。(ファミマも同様)

対岸は鹿児島市街
 桜島港より鹿児島市街を望む。
 フェリーで鹿児島より片道160円、15分です。かなり近い。

 垂水市を北上し、森伊蔵酒造を過ぎ、霧島市で黒酢のレストランに入りました。
0542黒酢の瓶
 黒酢の瓶が2万本以上はあるようです。
 海は風が強く、白波が立っています。薩摩白波でしょうか?

前菜
 黒酢のレストランはもちろん酢がふんだんに使ってありますが、自家製の有機野菜も美味しい。酢と黒酢の違いは酢が白米を使うのに対して、黒酢は玄米を使う。栄養は黒酢の方が多いのかもしれない。(妻が買い込んでいました。)

霧島温泉
 霧島でも泊まりました。坂本竜馬が新婚旅行で使ったといわれる温泉です。
 深い所は140センチもあり、プールのような巨大なお風呂でした。
 硫黄谷の名の通り、硫黄の香りでこれぞ温泉にという気分に浸れます。

温泉
 至る所に湯けむりが上がっています。

蒲生の大クス
 蒲生の大クス(姶良市蒲生八幡神社)
 日本で一番大きなクスノキです。根回り33.5m、胸高周り24.22m、樹齢1500年以上という巨木です。
 熱海の阿豆佐和気(あずさわけ)神社の大楠が第二位で胸高周り23.9m
 三位が佐賀県武雄市の川古神社の大楠。以下第7位までが九州にあります。

圧倒的
 圧倒的な大きさで、幹の中には空洞があり、その大きさは八畳にもなるようです。

蒲生の大クス2
 クスノキは大木が多いのですが、樹神といってよいほどの存在感でした。

佐田岬
 宮崎県都井岬より佐田岬側を望む。

御埼馬1
 ここ都井岬には御岬馬といわれる野生馬がいます。全部で85頭程。
 車で馬を探そうと思ったら突然出てきました。
 ここでは馬に当てられても、蹴られても自己責任となっています。

御埼馬2
 日本で野生がいるなんでうれしいですね。
 元は高鍋藩の御用牧場の馬が野生かしたもの。国の天然記念物。

海際に自生のソテツ
 ここ都井岬はソテツの自生地の北限になっています。
 海岸際にソテツが有るのがわかりますでしょうか。
 また、3月下旬〜4月にオキナグサが8月にはヒオウギ、11月下旬にはムラサキセンブリが咲きます。その時期になればソテツを含め3種の生き物が楽しめます。
 鹿児島からは片道3時間余りかかります。少し遠い。宮崎から鹿児島の旅なら立ち寄る価値のある場所と思います。(鹿児島の旅の案内はこれにて終了です。)


指宿より池田湖経由で鹿児島へ

指宿の宿は大きな旅館でした。

旅館

金柑コゴミ鰆
 金柑とこごみに昆布、鰆の塩麹味噌柚庵焼き
 金柑もけっこう乙なものでした。

 0330焼酎
 お酒はもちろん焼酎、森伊蔵を頂きました。馴れると怖い気がします。
 地元の赤利右衛門も美味しい。
 ここは風呂も大きく良い。サービスも良い宿でした。
 但し、建物が大きすぎて風呂までの道のりが長かった。

0346薩摩焼
 旅館にあった薩摩焼(京薩摩)
 九州の焼き物は輸出も考えられているので、芸術性が高い。

0368朝
 翌朝
 この日も天気が悪く、時折雨が降った。

0375カツオ焼き
 こちらは山川港道の駅 「活お街道」の名物 かつお焼き。(指宿の南方)
 山川の本枯れ節(高級鰹節)は全国の7割の生産量を誇ります。
 かつお焼きはおいしかった。但し、ほぼたいやきか。
 それと何気なく買った「かつお味噌」がご飯に合いました。パックに入った安価な山川の食材は自身への良い土産になりました。
 そうそう、お手洗いのマークも男性が「かつお」、女性は「鯛」でした。

0382池田湖1
 こちらは池田湖(カルデラ湖)
 面積は10キロ平方メートルほどです。大ウナギが生息しています。

5287菜の花
 池田湖湖畔の菜の花畑
 この後、頴娃(えい)町の広大な茶畑を見て鹿児島へ向かいました。

桜島冠雪
 雪を纏った桜島
 島津のお殿様が離宮として建てた「仙巌園」より

150ポンド砲
 仙巌園に入ると150ポンド砲が目に付きます。
 かつては鹿児島沿岸に配備され68キロの弾を3キロ飛ばす威力があります。

0403お庭2
 左は正門

仙巌園
 こちらは御殿(磯御殿)です。
磯御殿
 仙巌園は浜離宮とも言われます。道路の辺りが昔は海だったようです。

お庭
 桜島が築山、錦江湾を池に見立てた雄大な庭園

中庭
 中庭

茶の飾り金具
 建物の装飾金具の一部に茶の実の意匠がありました。

クロガネモチ
 こちらはクロガネモチ
 園内には梅が咲いていたり、柑橘類や屋久種子五葉(やくたねごよう)といった変わった植物もありました。

5306猫神
 猫神
 猫の目を時計代わりし、時の神として猫を祭っている社もあった。

0420名物
 鹿児島名物 ぢゃんぼ餅
 園内は食事や買い物の場所が充実しており時間の経つのも早い。

尚古集成館
 集成舘 幕末に島津斉彬がこの浜離宮横に作った東洋最大に工場群。
 製鉄、大砲、造船、紡績、ガラス、薩摩焼などの研究、製造を行った。
 中は産業歴史博物館となっています。

ホテルからの眺め
 ホテルから見た鹿児島の街。桜島も良く見える。

街
 ホテルから無料巡回バスに乗って街へ
 山の上にホテルが写っています。(照国町)

路面電車
 鹿児島には路面電車が走っていました。

吾愛人(わかな)
 夕食はホテルでは取らず、繁華街 天文館通界隈で探していたら
人の出入りがよく良さそうな店がありました。
 吾愛人と書いて「わかな」と読みます。何でも奄美では愛人のとこを「かな」と呼ぶそうです。客人を迎えるに愛人に対する如くと真心と誠意を持って接することから来ているらしい。ぎびなごの刺身や黒豚、おでん、さつま汁が美味しかった。

ホテルのイルミネーション
 ホテルのイルミネーション

鹿児島の朝
 鹿児島の朝 奥の山は高隈山地
 大箆柄岳(おおのがらだけ)1236mが知られています。(多分左の山)

 ホテルの露天風呂からもほぼ同様の眺めが楽しめました。
 次回は桜島等の紹介をするつもりです。(最終回の予定?)


知覧を訪ねて

 鹿児島旅行では武家屋敷で有名な知覧を訪れました。

武家屋敷5
 知覧武家屋敷

知覧武家屋敷4
 佐多家は島津氏の分家

 武家屋敷の生垣に白い花をみつけました。
チャノキ01
 近づいてみるとチャノキでした。
 ここ知覧は茶の産地としても有名です。

マキの生垣
 大半の生垣はマキでした。
 子供の頃、手裏剣を作って遊んだのはマキの木の葉です。

123915マキ
 生垣以外にも、マキの木が多い。

竹の樋
 こちらの樋は竹で作られています。

庭園
 庭園のマキは綺麗に刈り込まれています。

石仏



マキの街路樹
 知覧の街 街路樹はマキです。

 武家屋敷でいただいたお茶がおいしかったので知覧茶を求めました。
知覧茶
 静岡の川根茶が好きですが、知覧のお茶もおいしい。
 *鹿児島は静岡に次いで二番目のお茶の生産地です。

 武家屋敷の近くのお茶屋さんで買い求めたのですが、入店と同時にネコが寄り付き少し離れた橋の袂まで見送りに来てくれました。お茶屋さんのネコではなく、野良猫との事。
 お茶屋さんにとっては「まねき猫」。多分餌をあげているので恩義を感じているのでしょうね。
そういえば昨年の12月9日が漱石の没後100年、今年の2月9日は生誕150年になります。面構えに「吾輩は猫である。」の主人公(猫)を感じさせます。
お見送り
 *橋の袂の袋は塩カリ(凍結防止剤)

 知覧と言えばもう一つ、特攻隊の基地があった所で有名です。
その跡に平和会館が建っています。
知覧特攻平和会館
 中は写真禁止でご案内は出来ません。
館内は特攻隊の方々の遺書、遺品が展示されており、入館者はたくさんいるのですが、死を覚悟し、最後の家族に向けられた言葉が重く、静まり返っています。

 館内にはピアノの置いてありました。(以下案内文より引用)特攻隊の方が鳥栖国民学校(佐賀)で「私たちは音楽学校の出身です。明日特攻出撃します。ぜひピアノを弾かせて下さい。お願いします。」と。
そして「月光の曲」懸命に弾き終えた。学校の先生と生徒は「海ゆかば」の歌を合唱し、名残惜しそうに基地に帰る二人のパイロット将校を見送りました。それは人生最後の演奏でありました。それは日本に2台しかないドイツ製のフッペルのピアノです。(引用終り)
月光の旋律が頭に響きます。辛い気持ちだったのでしょうね。気分が落ち込みますが、戦争を経験した国の人として訪れなくてはならない場所と思います。再び、悲しみを味わうことのないようにするために。 参考:映画「月光の夏」、「フッペル鳥栖ピアノコンクール」

碑

 この日は指宿の温泉に泊まりました。
 

菜の花と開聞岳

開聞岳01
 かみさんと鹿児島へ旅行に行ってきました。
 鹿児島でも雪が少しだけちらつきましたが、山間部以外は積もることもなく本州に比べれば多少は暖かく感じます。それでも結構寒かった。
 こんな季節には砂むし風呂が最適と思いました。実際は10分を過ぎると汗が出てきて15分で暑さに耐えられなくなりました。

 写真は開聞岳(922m)。池田湖が少し写っています。
 *砂むし温泉で有名な指宿は開聞岳すぐ近く。
 

マンサク

 雪の後、好天が続いています。
 公園でマンサクの木を見ていたら、花が開き始めているのを見つけました。

0300マンサク
 茶色の蕾から、黄色の花びらが青空に映えます。
 もこもこした様が可愛いい。

 そうそう、先日の雪を桑名の人に聞いたら、庭の灯篭に雪が40センチあまり積もった写真を見せてくれました。
 先日、藤原岳に登ったときはまったく雪はなかったのですが、今は雪が多すぎて麓の駐車場に入るのも大変でしょう。
 

小正月

 今日は小正月、久々の雪が名古屋でも降り今年初めての降雪となりました。

降雪
 降り始め 1/14

市内の樹氷
  1/15の朝
 積雪は5センチくらいでしょうか。
 久々に市内で樹氷を見ることが出来ました。
 
 小正月が過ぎると次は節分。
 まだ寒いですが、陽は少し長くなりました。
 ちょっぴり春の気配を感じます。
 
 

藤原岳

今年初めての山は藤原岳にしました。(1月7日)

0224神武神社
 登山口にある神武神社
 お参りをして登り始めました。

5002道
 例年なら2合目か3合目から出てくる雪が、暖冬でまったくありません。

九合目
 9合目でもご覧の通りです。
 但し、暖冬とはいえ、さすがに花はありませんでした。
 
白山
 北北東に白山が名の通り、白く際立って見えました。

山頂部
 藤原岳山頂部
 数年前まで残っていたササは全くありません。
 どこでも歩くことのできる原野が広がっています。

展望丘
 こちらは藤原岳山頂(展望丘)
 濃緑の木はアセビです。北側斜面のみ雪が残っています。

北ア
 北アルプス
 右端から御嶽、乗鞍、穂高ですが、左端は黒部五郎辺りまで見えているのでしょうか?

中ア
 真ん中に中央アルプス 右端は恵那山、横の白い山は南ア北部の山です。

南ア
 こちらは南アルプス。奥の黒い大きな山は恵那山です。
 手前の山は養老山地。
 薄くはっきりしないが、右端に少し見える白い山は富士山かもしれません。

御池岳と天狗岩
 左に御池岳、右は藤原岳最高点の天狗岩
 南側はまったく雪がありません。

伊吹山から能郷白山
 奥左に伊吹山、奥右端に能郷白山。
 この時期に黒い伊吹を見るとは思いませんでした。


山歩
 文字通り山歩です。
 10才の柴犬は孫太尾根から来ていました。
 他にも犬を連れた山歩の人をみかけました。

コショウノキ
 コショウノキ(ジンチョウゲ科)
 実が辛いからこの名がついていますが、実際のコショウはインド原産のコショウ科の多年草です。
 

ススキ
 ススキと藤原岳(麓より)

 昨年も暖冬でしたが、今冬は更に雪が少ない。
 今年、鈴鹿で綺麗な樹氷を見ることが出来るのでしょうか?


寒中お見舞い

 寒中見舞い申し上げます。

 今年は新春を祝えなく季節の花
 椿をご案内します。

4802ツバキ
 
4796近江衣
 近江衣

480覆輪詫助
 覆輪侘助

4767乙女椿
 乙女椿

 
  • 去年今年 貫く棒の 如きもの
 椿が好きだった高浜虚子の新年の句より。

    追伸:高浜虚子の句は固く自分にはとっつき難く感じていましたが、今の時代、信念を持って貫くことが求められているのではないかと感じます。

 昨年、PPAP(ピコ太郎のペン パイナップル アップル ペン)が流行りましたが、鳩と虹の旗、オリーブの枝を併せるとPEACE。
 Pigeon(鳩)Pace(イタリアの平和の象徴の虹の旗)、Olive、Peace でPPOPはどうでしょうか?  


糊空木

 いろいろな事がありました。本年の最後はしめやかにさせていただきます。 

4872ノリウツギ2
  ノリウツギの花後の姿が年末の空に目立っていました。(アジサイ科)

 「ノリ」とは和紙の材料の糊に使うと漉いた紙同士がくっつかず具合が良いようです。
 ウツギは茎の中が空洞で空木とされるが、自分には空に映える木から空木(ソラキ)と呼んでも良いように思えました。
 夏の花の時期も綺麗な花であるが、 最後まで粘って花の姿を留め、冬空に映えて存在を際立てます。

 本年もありがとうございました。
 

冬の花見

 年末も押し迫り、残り僅かとなってきました。
 四季桜を見に植物園へ行ってきました。
 
4945十月桜
 十月桜

4753子福桜
 子福桜

4939花見
 十月桜

4929ホザキヒガンヤエザクラ
 ホザキヒガンヤエザクラ
 今年は寒波が来た後、少し暖かくなった為でしょうか?
 早咲きの桜も咲いていました。

 こんな花も見ることができました。
4883マンサク
 数輪ですがマンサクを見ることができました。

 今年の冬の気候は穏やとの予報がでています。切れ目なく花を楽しむ事が出来るかもしれません。



 

近江八幡 再訪

 以前友人と行った近江八幡の八幡山に登っていないのが気になり家族(親族)で再度訪ねてみました。11月の記事になります。

0112近江八幡3
 奥の山が八幡山です。山頂には昔、豊臣秀次が安土から移した八幡城がありました。

0160近江八幡
 山頂の眺めは「三方良し」どころか、四方すべて良い眺めです。
 *「三方良し」は近江商人の心得で「売手良し」、「買手良し」、「世間良し」の三つの良しです。

0149琵琶湖01
 こちらは琵琶湖

0132八幡堀
 八幡堀

0134八幡堀2
 八幡堀2

0120商店
 近江麻の店 麻の事をいろいろ聞くことが出来ました。

0128瓦
 瓦は近江八幡の地場産業で八幡瓦と呼ばれるようです。
 愛知県人としては高浜の三州瓦にはなじみが深いのですが、調べてみると全国に沢山の産地があることが判りました。
個人的には石州瓦の赤い街並みに惹かれます。


0137洋菓子店
  Club Harie バームクーヘンで有名なお店が八幡山の麓にありました。
 焼きたてを併設された喫茶店でいただくのが一番と思います。
 

 

残りの秋

 暫く中断していましたが、再開させていただきます。
 父が亡くなった時に、始めようとしたリフォームを暫し延期していたのですが、大凡完了し手直しやら、クロス張りが一部残っています。工事中、PCが使えませんでした。

 この間に随分お経の節回しに馴れてきました。
また、仏壇の値段も無きが如しで定価は何に?というくらいの値段になるということも判りました。
亡くなる方も多いのに、あの業界も低価格化で大変なようです。

 実生活でも年金が下がることが決まったり、米軍のヘリが墜落(不時着といってはいますが??)したり、寒さも増して厳しさが募ります。
(*さらに暖房用のガス栓が動かない事が判り、エアコンで暖房中で、おまけに財布も厳しい。)

4714残りの秋
 中断している間に紅葉の時期も終わり、街に残っている秋を写してみました。
 

海王丸


海王丸01
  先日、名古屋港に海の貴婦人といわれる海王丸が停泊していました。
 たまには海も良いですね。

 私事につき、しばらく更新を停止させていただきます。
 コメントの返事も書けなくなるのでご了承下さい。
 


 

雨乞岳

 11月13日 友人と鈴鹿の雨乞岳(1238m)に登ってきました。

0026郡界尾根
 郡界尾根

0027郡界尾根03
 登山道の下部はまだ紅葉が残っていました。
 
0029頭上
 カエデの紅葉が綺麗でした。
 
4590紅葉

4596道5

0041樹林01
 上がるにつれて葉を落とした樹木が多くなります。

4600三人山手前

4603冬支度
 冬支度をした木々

0042三人山
 三人山

4614釈迦ヶ岳
 釈迦ヶ岳

0055東雨乞
 東雨乞岳山頂(右端にイブネ、クラシ 右最奥に御池岳)
 
0061御在所山
 左より国見岳、御在所山

0068東雨乞岳03
 雨乞岳より東雨乞岳

0064雨乞岳
 雨乞岳山頂

0065大峠の沢
 大峠の沢(雨乞岳山頂部の池)
 かつては雨乞神事が行われてた。
 山頂のすぐ北にあるのですが、訪れる人もなく静かです。

4619中腹の紅葉
 中腹の紅葉

4669紅葉3
 ドライブウェイ付近の紅葉

151056ケーブルカー
 帰路に立ち寄った温泉(希望荘)のケーブルカー
 ケーブルカーが出来てから3年程ですが、3年前に訪れた時よりも格段にお客が増えていました。観光客や登山客(高校の山岳部の団体もいました。)で広い駐車場もほぼ満車でした。紅葉の時期ということもあったのかもしれません。

 風はやや強いものの、天候に恵まれ東雨乞岳より鈴鹿の大半が一望できました。
 


 

新城の花

 久々に野草鑑賞にでかけました。

4388ムラサキセンブリ03
 ムラサキセンブリの蕾
 今回の目的はセンブリの花です。
 ご覧の通り綺麗に咲いていました。

4369ムラサキセンブリ03
 蕾や開きかけの花に惹かれます。

4356ムラサキセンブリ06
 ムラサキセンブリにしてはやや色が白いですね。
敢えて名を付けるならシロムラサキセンブリになるのでしょうか?
*イヌセンブリにしては毛が少なかった。

4354ムラサキセンブリ8
 ムラサキセンブリ

4451ムラサキセンブリ02
 土壌の養分の少ない場所ではムラサキセンブリも小型になります。

4492ムラサキセンブリ01
 ムラサキセンブリ
 シベも綺麗です。

4480センブリ01
 こちらはセンブリです。
 ムラサキセンブリに比べシャープです。

4473センブリ03
 センブリには花びらに緑の蜜腺があります。

4500ヤナギノギク
 ヤナギノギク
 葉が貧相で蛇紋岩地に咲く、絶滅危惧種の野菊です。

4435ミカワマツムシソウ
 ミカワマツムシソウ
 舌状花がないので、一見マツムシソウではないように見えます。
 小粒で可憐な花です。

4393ツリガネニンジン01
 ツリガネニンジン

4400ヤマラッキョウ01
 ヤマラッキョウ

4419オケラ
 オケラ

4366リンドウ02
 リンドウ

4322エンシュウハグマ
 ほとんど終わりのエンシュウハグマが一輪残っていました。

4546マアザミ
 マアザミ

4336ツルアリドウシ
 季節外れのツルアリドウシ(本来は6〜7月の花)
 近づいて見るとビロードで作られたような花びらであることが判ります。

本宮山
 新城南部

 今回は東三河のに眠る祖父に父の葬儀の報告をし、そのついでになります。
四十九日はまだ先ですが、墓前で少しすれば父に逢えると伝えました。

 今年は全体に秋が遅く他にもいくつかの花を見ることが出来ました。
まだ、暇が取れず山のペースは緩慢になります。暫くご容赦ください。

 

キクの花(ツワブキ)

長く寝たきりの父が亡くなり、今日葬儀が終わりました。

4265ツワブキ
 ツワブキ(キク科)
 
 数日前までは反応もあったのですが、寒くなったからでしょうか。
 眠るように逝きました。
 故人の遺言もあり、葬儀は静かにということで最低限のお知らせで済まさせていただきました。縁の有った方には、十分にはお知らせず済ました事を お詫びします。

 父から教わったことは「経験が大事で、失敗をしても糧にしろ。」という事です。
 他には行動力があったことでしょうか。
 病弱でしたが、山は好きでした。それと花も。
 今はまだ亡くなった実感がわきませんが、やがてどこかでしみじみと思い出すでしょう。
 
 もし、父に縁の有った方が見ていただいたのなら伝えることの出来ない父に代わり、お礼申し上げます。
 ありがとうございました。



 
 

名古屋の大木戸

 今日、10月26日は尾張7代藩主の徳川宗春が生まれた日です。また、きしめんの日でもあります。(26を麺をすするつる(つる)にかけています。10月なのは食欲の秋だかららしい。)

 そんな訳で、今回は郷土関連の内容です。数年前に名古屋の中心を走る伏見通りと熱田と名古屋城を結ぶ本町通りが合流する場所のバス停が橘町大木戸と変わりました。(旧名は古渡北)*大須の南、仏壇街の南端になります。

9138大木戸バス停
 バス停側は本町通り、奥は伏見通り(R19)

9984井戸跡
 かつて交番のあった場所には、昔の井戸の跡(たぶん)があります。
 江戸時代の話では橘大木戸の近くの茶店で孔雀はじめさまざまな鳥を飼っていて人気だったと記されています。
 名古屋には大木戸が三つあり、東の赤塚、西の押切、南の橘となります。
 大木戸の外は名古屋の城下外で、木戸は夜10時から朝6時まで締められ、出入りは横の小さな扉で番太郎の確認がいったようです。地元の人は顔でフリーパスだったようです。

0048本堂
 大木戸東隣の東別院(古渡城跡で1万坪あまりの広大な敷地を誇る。古渡城は織田信長が元服した場所)
 実はこのお寺は1690年、二代藩主光友公が建てた寺です。6つの寺が建てるのを願い出たが、反対が強く難航したそうです。

160929_134324崇覚寺02
 6つの寺の中心的役割を果たしたのが今は東別院の西隣にある崇覚寺(そうがくじ)です。
 参道のたたずまいが良いお寺です。

182340崇覚寺02
 崇覚寺は江戸時代の本堂が残り、欄間やふすまなども立派です。
ただし、一般には内部は公開されていないようです。
この時は大木戸フーラムということで入らさせていただきました。

8405古地図
 古地図

9141橘の店1
 橘町の店
 橘町は江戸時代の初期は古着屋や古鉄商の街だったようで、中が見えないようにのれんではなく、幕がかかっていました。軍事拠点の一つであったのかもしれないそうです。
 また橘町の名は光友公が古今集より「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の香りぞする(詠み人知らず)」から付けたといいます。夫、または彼の使っていた着物の香りを偲んだ歌です。花橘ですから柑橘系の香だったのでしょうか。

9145古渡の店
 こちらは大木戸外の古渡の店
うだつが見えます。

 二代藩主光友公の孫が宗春公。光友公は社寺を市内に作り、その影響で財政が苦しくなったが、支配する木曽檜(尾州檜とも言う)を売って立て直した。宗春公はマニュフェストである「温知政要」を発表、規制緩和による経済の活性化を図るものの藩政が悪化し、庶民には喜ばれるも、重役達には不評であったようです。
ただし、下記の政策を見る限り、斬新で時代に先行しすぎた英君主であったのでしょう。
宗春公の後、反動でより倹約に走り地味な土地柄になったように思う。

ウキペディアより
宗春公の政策
・形式よりも中身を大切にした(例:仁・「まこと」を重視する 温知政要・條々二十一箇条 等)
・意味のある祭りを盛んにし、奨励した(例:東照宮祭・名古屋祇園祭(天王)・盆踊り 等)
・人道に反する祭りは禁止した(例:梁川の正月の水掛け、国府宮の裸祭厄男 等)
・奪い合うことや義に合わぬことを禁止した(例:條々二十一箇条 等)
・自分の身にあった遊びは大切であるとした(例:遊廓・芝居・見世物 等)
・法律や規制は少ないほうが良いとした(例:規制緩和 温知政要・條々二十一箇条 等)
・簡単なミスの訴状等の書類を差し戻さず受け入れるように指示した(例:條々二十一箇条 等)
・衣服・家・持ち物等は禁制のある物以外は自由にした(例:條々二十一箇条 等)
・ファッションリーダーを自ら担った(例:申楽(能・狂言)・歌舞伎・朝鮮通信使等の衣装 等)
・心を込めた贈答・饗応を大切にした(例:條々二十一箇条 等)
・庶民と上級藩士が出会う場を提供した(例:御下屋敷や市谷邸のお披露目 等)
・商人との対話を積極的にした(例:岐阜巡行・乾御殿や御下屋敷滞在時)
・六斎市の奨励(歴代藩主の中で、許可した例が突出して多い)
・庶民が喜ぶことをした(例:奴振り・白牛・漆黒の馬と衣装・派手な衣装)
・社会的な弱者を大切にした(例:女性・子ども・身分の低い者の保護)
・死刑をしなかった
 
 

チャノキ

  先日、訪れた陣馬形山の麓にある藁ぶき民家の庭先にチャノキの花が咲いていました。

4163チャノキ
 チャノキ(ツバキ科)
 チャノキはご存知の通り、お茶の木の事です。
 ツバキの仲間ですが、葉の縁はキザギザで葉脈が凹んでいます。

 禅語で喫茶去(きっさこ)という言葉があります。
 「お茶を召し上がれ」という意味ですが、禅語では親疎を差別せず、すべての人を平等に見て接することの大事なことを諭す言葉になっています。
静岡茶、八女茶、宇治茶、狭山茶、伊勢茶、知覧茶、西尾茶等々どれも美味しそうです。

 茶ではありませんが、毎年10月は寒くなり、缶コーヒーの新製品が出揃います。自分も銘柄を差別せず「喫茶去」といきたいものです。そうそう、かつてJTで出ていたルーツがサントリーで出ていました。



 
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