この国では、倒れている老人を見ても、絶対に助けてはいけないと言われます。
下手に手助けして、病院に連れて行ったりすれば最後、お前がぶつかったということにされてしまいます。
えっ?と思っても手遅れです。
ぶつかってもいないのに、どうして病院に連れてきたの?と言われてしまいます。
嫌味でも何でもありません。
実際に各地で起こっていることです。
安徽(an1 hui1/アンフイ)省は淮南(huai2 nan2/フアイナン)市での話です。
淮南師範学院(淮南师范学院)(huai2 nan2 shi1 fan4 xue2 yuan4/フアイナンシーファンシュエユェン)の外語系(外语系)(wai4 yu3 xi4/ワイユーシー)の袁さん「小袁」(xiao3 yuan2/シャオユェン)は、大学三年生です。
「外語系」とは、外国語学部という感じです。
中国の大学の「系」(xi4/シー)は、ほぼ日本の学部に相当します。
袁さんが自転車に乗って、お婆さんの横を通り過ぎた際、5mほどしてから、お婆さんの「ギャー」という声を聞きました。
振り返るとお婆さんが倒れています。
そこで自転車を下りて、お婆さんを助けに行きました。
しばらくすると、そこへお婆さんの息子の嫁「児媳婦(儿媳妇)」(er2 xi2 fu4/アーシーフー)もやってきます。
そして、袁さんに120に連絡し、病院へ連れて行くよう依頼しました。
日本の119にあたるのが、120で、救急車を呼ぶ場合に使います。
病院へ行くと、今度は、医療費の一部を負担するよう要求され、学生証も置いていくよう言われたと言います。
困った袁さんは、学校に相談、また、自分の「微博」(wei1 bo2/ウェイボー)で、誰か目撃者がいないか募りました。
この「微博(ウェイボー)」が話題となり、それこそ中央テレビまで取材に来るほどの注目を浴びることになりました。
袁さん曰く、ぶつかっていない、お婆さんがいたので、敢えて少し離れたところを通ったと言っています。
お婆さんは、間違いなく袁さんにぶつけられたと言い張ります。
息子の嫁は、ぶつかっていないのに、どうして病院まで連れて来たの?と例の決まり文句を言います。
お婆さん、実際に骨折しているそうで、外からの衝撃を受けたものであることは間違いないが、ただ、袁さんの自転車がぶつかったためかはわからないそうです。
中国では、至るところに監視カメラがありますが、それでもさすがに死角はあり、そして、ぶつかった場所はまさにその死角で、肝心の場面は映されていません。
この状況で、ネットではやはりお婆さんを疑う声が多数を占め、多くの人が当たり屋「碰甆(碰瓷)」(peng4 ci2/ポンツー)だと言っています。
最近よく言われるのが「不是老人変壊了,而是壊人変老了(不是老人变坏了,而是坏人变老了)」(bu4 shi4 lao3 ren2 bian4 huai4 le,er4 shi4 huai4 ren2 bian4 lao3 le)です。
老人が悪くなったのではなく、悪人が年取っただけだ、という意味です。
文革の頃、若者中心の「紅衛兵(红卫兵)」(hong2 wei4 bing1/ホンウェイビン)は、それはそれは、悪かったそうです。
こうした昔悪かった連中が、年を取って今でも悪さをしている、という主張です。
袁さんが本当にぶつかったのであればお婆さんが気の毒ではありますが、私が見た感じ、お婆さんも息子の嫁も、第一印象はよろしくありません。
事実がわからない段階で疑ってはいけないのでしょうが、第一印象はやっぱり大切です。
そして、多くの人が、恐らく私と同じ感覚を抱いたようです。
コメント欄では、絶対「碰甆(ポンツー)」だの声が大半を占めています。
いずれにしても間違いないのは、今後、倒れている老人を助ける人が、今よりももっと減ることです。
冷たいなどと言っても仕方ありません。
この国では、自分の身は自分で守る必要があります。
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13
9月
Comment
それで社会が成り立つのでしょうか。
もう、単なる個別的な話ではなく、どこにでもある普通の現象になってしまっています。
社会問題として認識はしているようです。
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