誇りはどこにある

ノイジーマイノリティを叩き潰し、誇り高き日本を再建しよう。

民主主義に多数決が必要な理由

民主主義は国民全体の意志を多数決で決めるシステムです。

「だから多数者が少数者から収奪する仕組みになっている」と批判する人がいます。さらには、「多数決を押し通すのは民主的ではない」と言う人まで出てきます。

しかし、民主主義は多数決を基本としているし、この制度は近現代で最も成功した政治システムでした。

なぜ多数決によって少数者を数の力で従わせることが必要なのか。その1つの答えは、少数派が政府の財政をほうぼうから蝕んでいく危険があるからです。

これはフリードマンが『民主主義と自由』の中で述べていることなので、詳しくはそちらを読んでみてください。以下に簡単な考察を書いておきます。

日本に10個の業界団体があって、それぞれの構成員は10万人、国から毎年100億円の補助金をもらってると仮定します。

年間の補助金総額は1000億円ですが1億人の国民で負担すると一人あたり年間千円ほどです。

それに対して、この補助金をもらってる人は100万人に過ぎませんが、一人あたりの受取額は年間10万円になります。

このうち1つの補助金をある議員が「無駄な支出だ」といって廃止の提案をしたとします。

これが国民的な話題になって、「どうしても必要だ」と主張する10万人と「いや、なくてもいい」という9990万人で多数決を取った場合、これは廃止にできます。

しかし、この補助金の必要性を専門的に議論しようということになればどうでしょうか。

補助金を受け取っている業界団体はその業界の専門家ばかりです。一方で、残りの国民はその業界について専門性を持っていません。いろいろな理由をつけてその補助金の正当性を主張されたら、反論するのは難しいでしょう。

この補助金を打ち切ったところで、国民負担は一人あたり100円しか手元に残りません。一方で、業界団体の人は10万円がかかっているのだから補助金を死守しに来ます。

「補助金がなくなると国民の安全が脅かされる」などともっともらしく言われた場合、多くの国民は「そのために100円を払うのは高くないからいいや」となるのではないでしょうか。

さらに言えば、残りの9の業界団体も「持ちつ持たれつ」でこの補助金の打ち切りに反対するでしょう。彼らにとってもやはり「100円損するか10万円得するか」の判断が働くからです。

こうして少数派である専門家の集団が各方面から政府に働きかけて多数の国民から間接的に収奪していくのです。

しかも日本では(そしておそらく多くの国で)マスコミも政府から特権的な地位を得ているので、こうした業界団体と同じ穴の狢です。だから、補助金打ち切りの提案がそもそも国民的話題になりにくい。

同じ理屈で、11個めの業界団体が10万人の規模で結成され、新たに100億円の補助金を獲得するべく運動をすれば、簡単に通ってしまうでしょう。

国家予算獲得のための最も手っ取り早い手段は「かわいそうな人を助けろ」とか「危険が危ない」といってその回避策を「私達がしてあげます」と言うことです。

みんなはたったの100円で人助けをしたり社会の安全を守った気分になれるので、多くの人が賛成するでしょう。たったの100円を問題にして反対する人は非国民にされます。

これで、11×100億円。こうしてみると、11の団体が毎年1億円の予算増額を実現するのも簡単そうですね。ひとり1円ですから。

こうした団体に支援された国会議員は何らかの業界や地域の団体の代表として、少数派の主張を代弁することになります。これが自民党の「族議員」とか「政策通」と言われる人たちです。彼らは予算打ち切りを議論しようとすると、先程の専門家の議論や「持ちつ持たれつ」の関係を利用して議論を潰しにかかる。

日本人は満場一致を美徳とする文化がある(なんと自民党の政策調査会が満場一致を基本としてるらしい)ので、全体の利益よりも少数の「政策通」の拒否権が通用しやすい。リーダーがトップダウンで議題にし多数決に持ち込まないと、予算はどんどん膨らむばかりになります。

こうした少数派による「たかり」は、一般の国民にとって負担が少ないために批判を受けにくい。どこかで歯止めをかけないと民間の利益が全て国家に吸い上げられてしまいます。

これを防ぐには、多数決とトップダウンが必要になります。多数決より満場一致のほうが民主的だというのは、幻想なのです。

TBSが破壊する民主主義

フェイクニュース あなたが選挙で投票したと思っていた候補が、実は全然違う人だったら…

そんなオカルトのような事件を、お昼のワイドショーが犯してしまいました。TBSひるおびは7月3日の放送の中で小池都知事初登庁の場面を映像で流しながら「都議会議長が知事との握手を拒否した」と解説しましたが、これが握手している部分を編集で削除したものであったことが発覚し、その後訂正と謝罪に追い込まれました。

ネットでこの話題が盛り上がらなければ訂正もなかったかもしれません。それより問題なのは、多くの人が昨年夏の当時から「議長は握手拒否をしていた」と認識していることです(私もそうでした)。この場面は繰り返し放送されたので誰もが強烈な印象を持っていたにもかかわらず、間違えて記憶してる人が非常に多い。意図的な誘導と印象操作がなされたものと思われます。

当の議長も今回の都議会選で落選し、自民党は他の候補も軒並み敗れて史上最悪の結果となりました。

握手1つで投票先を変えるのか…それは誰にもわかりません。しかし1千万人の有権者の多くはテレビや新聞から情報を得るしかない中、このような印象操作で投票先を変えてしまった人が少なからずいることは容易に想像できます。

ことは議長や他の議員の人生を変えてしまっただけではありません。

私達の大事な一票の行使が、間違った情報を元になされてしまうわけです。

これは取りも直さず民主主義の破壊行為です。TBSのひるおびでは政治のコーナーを毎日のように設けていますが、あの番組は視聴者に向けて民主主義の価値を語る資格はまったくないと断ぜざるを得ません。

私はテレビは嫌いだけれどもひるおびは短時間ながら毎日のように視聴しています。その中で、この件だけではなく森友学園問題豊洲移転問題についても数々の誤報や印象操作がなされているのを見てきました。

今回の握手誤報は言い逃れ出来ないほど明白な捏造であり、番組もミス(で済まされないと思うが)を認めたので大きな話題になっていますが、誤報や意図的な誘導はこれにとどまらず、数え切れないほどあります。こうしたことの積み重ねで今回の都議会選挙は自民党にとって大変不利な状況が作られてきました。

私の見る限り、自民党だけが狙い打ちされてるとしか思えない偏向ぶりです。

安倍政権を倒したい、自民党のネガティブキャンペーンがしたいというのなら、それを明示して行なうのも最悪私は認めましょう。しかし、そうと知らない人に向かってこのような誤報を繰り返すのは、多くの国民の選挙権を奪うのに等しい。

TBSは国民の基本的人権を侵害することを今後も平然と行なう気なのでしょうか。であるなら、はっきりとここで「TBSは国民の敵である」と申し上げます。

最後に、今回の捏造報道がひと目で分かる藤原かずえさんのツイートを貼っておきます。 本当に、笑い事では済まされないですね。




 

政治三流が続く日本

都議会議員選挙の速報が大方の予想を超えて都民ファーストの大勝、自民党の惨敗となりました。

象徴的だったのは、豊洲移転延期で巨大な損失を垂れ流した小池知事への批判票が自民党に行かなかったことです。

多くの有権者は政策の細かなことには関心がないし、実際に起きた赤字の請求書が家庭に送られてこなければ負担感はありません。それよりも、何かやってくれそうな都民ファーストへの期待のほうが大きかったのでしょう。

小池都知事がアンシャン・レジームの象徴としたのは都議会自民党であり、石原都政でした。この政治ショーに理屈など必要なく、「対立を見せつけてテレビに都知事が毎日映れば勝ち」というおよそ常人には見当のつかない戦略で見事小池女史は選挙に勝ちました。 

自民党の国政での不人気(これもマスコミがでっち上げたものが多数ですが)も自民党の敗因でした。政策以外で責められるのは反省すべきとは言えつらい、と、自民党の代議士が漏らしていたのを聞きます。

しかし、安倍政権は真面目に政策遂行してきたといえるのでしょうか?不人気でもやらねばならない政策、その一番は財政再建と社会保障改革であったはずですが、どちらも野田前総理との約束を反故にして潰してしまったのが実情です。

その代わりとして人気のある政策にばかり安倍総理は腐心してきました。財政拡張による景気対策と、その後ろ盾としてのリフレ理論です。外部要因の幸運もあって見た目の景気は回復し、支持率は高止まりしてきました。

しかし、みんなの党ですら分裂するほど未熟な高橋リフレ理論が国の中枢の政策に掲げられるとは、当時は驚いたものです。いずれこの精算をせねばならないのでしょうが、後悔先に立たずですね。

考えてみれば、小池都知事が政局のてこにした築地移転延期も、知事が就任した当時は日本共産党だけが騒いでいたもので、まさか都知事が公約にもないちゃぶ台返しをするとは誰も思わなかったでしょう。

経済失策は私的スキャンダルと違って見えにくく、効果が現れるまでタイムラグがあるので、政治家の詭弁とマスコミの援護射撃でどうにでもなってしまう。

何の事はない、都政も国政も経済学者に一笑に付されるような有害無益なヘボ政策で国民を欺いているというわけです。

政治とは大局観に立って「全体の勝利のために部分を切り捨てる」作業だと思うのですが、それを敢えてする政治家は現れないし、そもそも日本人が全員一致の美しい社会を当然と考えてる以上無理なんでしょうね。

やはり日本はもうしばらく政治三流国のまま漂流を続けていくようであります。
 
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新人類世代、3児の父です。
都内で建設業関連の商売をしています。

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