誇りはどこにある

ノイジーマイノリティを叩き潰し、誇り高き日本を再建しよう。

依存症〜人間の心で制御できないことなどなどについて

前回エントリで「人間の心なんて、身体を壊せば意志で維持できるようなものではありません」と書きましたが、やはりしっくりこない読者がいるようなので追記しておきます。前回とかなり重複しますが、これは依存症を理解する上で非常に重要なことだと思うからです。

山本七平は自身の従軍体験をもとに「飢餓に陥った人間がどうなるか」を克明に綴っています。

彼は陸軍少尉でフィリピンで終戦を迎えたのですが、その末期は過酷な飢えとの戦いでした。(『私の中の日本軍』より)

彼によると、飢えた人間には我々が日常で考えられるような心などない。というか、人間は常に食物を供給されることによって人間らしくなってるだけで、本質は獰猛な雑食動物なのでしょう。

米軍捕虜になってからのこと。人々の尊敬を一身に集めていた上官が、引き上げていく残飯の桶を追いかけながら両手で中身を掴んで頬張っている。部下の視線に気づいて「頼む、頼むから見ないでくれ。手が勝手に動くんだ」と懇願しつつ、ムシャムシャと食っている。

別の部隊では食人の噂、というかほぼ確定情報が流れていたそうです(『日本はなぜ敗れるのかー敗戦二十一カ条』より)。統制を失った一部の部隊が少人数で行動してる友軍を見つけては殺して食っていると。彼らも、最初は飢えに耐えきれず仲間の屍肉でも食ったのかもしれない。しかしその味を覚え、他に何も食うものがないため人間を獲物として漁っていた…。

普通に食料がある暮らしさえあれば、彼らが残飯をむさぼったり、ましてや人を殺して食うなどという野蛮な真似をするわけないでしょう。飢えという極限の〝病〟が人間をケダモノにしてしまうんです。

手が勝手に動いてしまう。人間を見て食べ物に見えてしまう。これが心の制御を失った人間の姿です。

もちろん、これが本当の人間だと言って生活するのでは文明社会の前提が崩れます。やはり人間は尊厳のある意志の力で制御できる生き物だと我々は思ってるわけです。

しかし、その前提は案外脆いものだということです。何によって壊れてしまうのか、そのスイッチの位置が違うのが、依存症患者です。

健常者は飲んでも依存症のようにはなりません。いや、意図して泥酔すれば制御を失いますが、泥酔しないようにコントロールする術を持っています。「いい年なんだからお酒は節度を持って飲め」と言って、それが可能な体なのです。

依存症は違います。ビール1杯でも飲んでしまえば、もうそのあとは「手が勝手に動く」。家族が手を止めようとしても、怒りをもって振り払う。酒を隠されても見つけ出して飲む、買いに行ってしまう。もう何でもします。

そういう異質な人間が、残念ながら一定数いるんです。しかし、お酒さえ飲まなければ健常者と同じ社会生活ができるんです。

それをどうか、理解してください。

健常者が飢えに襲われて人喰い人種になってしまうように、依存症がお酒を飲んだら何をしでかすかわからないんです。

だから依存症に道徳心を説くのは意味がないし、患者を苦しめることにしかならないのです。二度とお酒を飲まないこと。これ以外に、どんな立派なことを言っても解決にはなりません。

くどいようですが、依存症だから飲酒して犯罪を犯しても免罪だ、と言う気は全くありません。犯罪は犯罪です。原因が酒であっても責任は本人にあります。

ただ、犯罪を犯さないで済む方法がわかっているなら、それを実践するだけだと思いませんか?わざわざ患者を犯罪者にして嬉しいですか?ということです。

社会は健常者のルールで回っています。私たちから見たら、世の中は飲酒の誘惑だらけです。でもそれをどうこうする必要はない。ただ、それと戦ってるマイノリティがいる。彼らを迫害しないでくれさえすればいい、というのが私の願いです。
 

アルコール依存症から見た山口達也くんの状況

まず私の属性を断わっておきます。私はアルコール依存症(以下、単に依存症と書きます)を自己診断し自力で克服した少し珍しいタイプの患者です。詳しくは以下の過去ログを参照してください。

私の持病について
私の中のアルコール依存症 

山口達也くんは、本人は否定しているものの、いや否定してるからこそ、依存症に違いないと言われています。

山口達也さんは依存症の診断と治療を受けて欲しい
山口達也メンバーの謝罪会見を精神科医に解説してもらった

依存症患者が否認してる(自分は依存症ではないと思いそう言い張る)状況がどんなものかを簡単に解説します。

依存症は、アルコールに身も心も支配される病気です。彼は自分は依存症ではないと言い、お酒を止められなかったのは、犯行に及んだのは自分の甘さだったと言っています。 これは心身がアルコールに支配されてそう言わされているようなものです。

依存症患者が飲酒したら、制御することはできません。泥酔に至るまで飲んでしまうし、泥酔すればどんな卑劣な行為も平気でします。シラフの時は絶対しない犯行に及んでしまうのは、「依存症患者がお酒を飲んだ」からです。他の要素はありません。

しかしそれを自認してしまうと、もう彼はお酒を飲むことができなくなる。アルコールに支配された彼が、それを言うことはできないのです。そういう体になってしまっているのです。

「自分の意志で飲んだじゃないか」「自分の意志で犯行に及んだのじゃないか」。依存症を知らない人は皆そう言います。そして、彼もその主張を是認して、「はい、自分の意志で今後はきちんとします」という。断酒という選択肢が自殺と近いくらいハードルが上がってるから、そう言うんです。

本人はいつでも酒をやめられるし、少しくらい飲んでもセーブすればいいと思ってる。しかしそれは、アルコールの害を、依存症という病を知らないからなのです。

今、テレビでABブラザースの中山氏が「大人なんだからきちんとケジメしろ」みたいな総括をしてましたが、そういう問題では全然ないです。酒飲みには「飲んでも大丈夫な健常者」と「飲んではいけない依存症」の2種類がいる、それだけです。

山口くんが依存症についての正しい知識を得て、自分のこれまでの全ての行動、自分の心理を客観的に見つめて、依存症であることを自覚することが全ての始まりです。

「自分は特別に強い人間でもなければ悪い人間でもない、ただの依存症なんだ」と気づくこと。人間の心なんて、身体を壊せば意志で維持できるようなものではありません。

どんな健常者でも、数日間飲まず食わずや睡眠ゼロで暮らせば自分の心は完全に制御を失います。依存症患者は常にその状態の瀬戸際に立ってるようなものです。

アルコール依存症は、断酒すれば発症を止められます。しかし、何年断酒しても、次の日に1滴のお酒を飲めば元に戻ってしまう病気です。

やるべきことは簡単ですが、もともとお酒が大好きでなった依存症だから、これが最も難しい。依存症を自覚し治療することは、今まで自分の一部だと思っていたお酒と一生縁を切るつらい出来事です。

こういうと、健常者の皆さんはきっと「被害者の気持ちになってみろ」と非難するでしょう。非難すればいいと思います。しかし、なんと言われようと患者にとっては断酒することが一番辛くって大切なことなのです。

TOKIOに戻るとか、芸能活動をどうするとかは、些細なことです。一番大事なことは、依存症と戦うこと。そしてその戦いに、日々勝ち続けることです。

山口くんはどうか勇気を振り絞って、厳しい現実に向き合ってほしいと願っています。あなたは普通の、依存症患者です。

 

企業への依存をやめよう

今話題の裁量労働制も、経済学者が主張する解雇規制の緩和も、リベラル陣営の反対の論拠は「そんなことをしたら企業が労働者を使い捨てにするから」と言います。

彼らの労働市場に関する認識は、「善なる弱き労働者 」と「悪なる強き経営者」の対立図式です。すなわち労働者は常に必死で働くのに十分な報酬を与えられず、過重な労働を強いられ、にもかかわらず経営者はさらに搾取の強化を目指して保守政党にロビイングして悪法を制定しようとしている、という筋書きです。

そんな一方的な世界観が真実であるなら、人々は労働をやめて株式投資をすればいいでしょう。労働者を搾取して儲かるのは株主ですから・・・。

というのは置いといて、ともかく彼らの世界観に合うような改革を彼らは主張すべきです。が、私に言わせると彼らこそ「夢は正社員」みたいな企業依存体質をあからさまにうたっています。搾取ばかりする企業に飛び込んで行く若者の就活を応援し、企業への就職を楽にするために大学をタダにしろとか言い出す始末です。

おかしいでしょ?

本当に彼らが企業を憎み、経営者を信用できないのなら、まずやるべきことは「企業に依存した金銭のやり取りを廃止しろ」と主張することです。

具体的には、源泉徴収をやめて労働者が自分で納税すること企業の福利厚生を廃止して労働者に金銭で報いることです。それから雇用主負担の社会保険料も労働者の個人負担とし、その分を含めた賃金を主張すべきです。

自分は会社でいくら稼いでいるのか、そこからいくら納税すれば国民としての義務を果たせるのか、これがわかれば企業に頼ることはありません。個人事業主は全員それをやっています。

そうすると現在の所得税や住民税は累進して行くので税負担は増えて労働者の取り分がなくなってしまうでしょう。だからついでに法人税を廃止して消費税に転換し、所得税の累進課税を緩和すればいい。

経営者が信用できないのなら、企業丸抱えの社会保険や福利厚生を拒否すべきなんです。だって、信用できない親にお年玉は預けられないでしょう?

労働者階級の利益を追求するリベラル陣営も、こうした改革を主張するなら自由主義者や保守主義者から受け入れられると思いますよ。

 
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新人類世代、3児の父です。
都内で建設業関連の商売をしています。

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