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誇りはどこにある

09年政権交代。 自民党の馴れ合い政治が終焉かと思いきや、民主党のアマチュア政権でますます我が国は停滞に向かっています。
誇り高き日本!復興への道を探っていきたい。

14 10月

放射線量だけで騒ぐバカな首長とマスコミ

世田谷区弦巻の民地で異常に高い放射線量が検出された事件は、福島第一原発とは無関係であることが明らかになりました。

私も13日朝のテレビ報道でこの事件を知ったのですが、報道を見た瞬間に2つの疑問がわきました。

疑問の一つは、どうしてその場所だけで高い線量が検出されたのかということ。もうひとつは、核種が何なのか明確に語られていないことでした。この時点で、どうも怪しいと思ったんですよね。

現場は汚水を一手に集める施設とかではないので、原発事故による放射能であれば、周辺でもそれなりの線量が出ているはずです。でも、どうやらそうではないらしい。

また、原発由来ならば、十中八九「放射性セシウムを確認」となるはずなのに、報道では「高い線量を確認」としかアナウンスされていない。いい例えではありませんが、死臭が漂っている現場で「殺人事件があったに違いない」と言ってるのと一緒で、そこにもし死骸があったとしても、人間かネコかネズミかもわからない状態なわけです。

高い線量が出たのなら、それなりの検査なり分析をして、ある程度の核種の特定なり推定くらいはしてから発表となるはずだと(素人の私でも)思うのですが、どうもその辺をわざと曖昧にしたまま報道されてる気がしました。

マスコミが未確認情報で騒ぎ出すのは仕方ないとして、世田谷区長が公式に会見したとなると事態はただごとでは済まされません。もちろん、マスコミの側もその辺の「空気」は読んでいて、行政が異常を発表したのだから、結果的に誤報となっても自分たちの責任にはならないと踏んだのでしょう。

その午後には現地に専門家が乗り込んで、Twitterに状況報告をはじめました。やはり、線量だけで騒いでいたのは素人の浅はかさで、スペクトルを見るとラジウムが元ではないかという専門家の推定が私のTwitterにも流れました。

果たして、問題の放射線源はラジウムを詰めたガラス管だったようで、これなら「騒ぐ前に少し調べろや!」というだけの話でした。もちろん、放射性物質の不法投棄には間違いなく、犯人と経緯を明らかにすべき(時効の可能性も高いので処罰は無理?)問題ではあります。が、これは事件としても問題としても、原子力事業や原発とは全く関係ない話だったわけです。

まあ、世田谷区長は社民党の保坂氏なので、特定事件を針小棒大に取り上げたり、「市民」の側に立つ素振りをして「悪者」を仕立て上げるのはお手の物だということは私も重々承知していました。おそらく、区長が反原発の旗手だったということが今回の事件の主因でしょう。

残念ながら区長の思惑は外れ、この事件をもとに原子力行政や東電を悪者にすることはできなかったわけです。もし原発に関わる事象であったらさらに大騒ぎになっていたと思われますから、違っていたことで騒ぎを起こした区長が「お咎めなし」となるのは何となく腑に落ちません。とはいえ、現場から上がった報告をこのような政治的意図に利用するのがサヨク首長の手法だということはメモしておいていいでしょう。

今回の事件に限って言えばサヨク首長とマスコミがアホだったということに尽きますが、もとを正せば専門家の意見を封殺してセンセーションに走る一部のノイジーマイノリティの跋扈を許した我々にあるのではないかという気がしています。




※ブログ更新が滞り、1ヶ月ぶりのエントリとなりました。個人的に色々あったのが主な原因ですが、野田政権が旧自民党の焼き直しでありながら、あんなにひどかった菅政権のあとでは好評価せざるを得ない今の状況や、「放射能汚染」に関する現在の過度な風潮に呆れてしまってしばらく更新もできないでいました。

またいつ更新できるのかわかりませんが、時間があればTwitterでは細々と意見を書いていますので、そちらもご覧になって下さいませ。


14 9月

菅直人が逃げ出す東電に事故処理を継続させた?



最近になって、原発事故後5日目の3月15日の時点で東電社長が事故現場からの全面撤退を申し出てきた、というニュースが流れました。菅直人や枝野(当時)官房長官の証言を元にして毎日新聞NHKが報じています。このネタはTBSでもドキュメントで放送されたらしく、東電がこれについてプレスリリースで反論しています。

9月11日放送 TBS「震災報道スペシャル 原発攻防180日間の真実」における報道について|東京電力

菅直人が朝から東電本社に殴り込みをかけて「(いま事故現場から)撤退したら東電は必ず潰れる」などと騒いだと報道された、あの事件ですね。

私はあのニュースを最初に目にしたとき、「東電が原発事業から撤退してはならない。そのためにも事故を早期に収束させるべきだ」と言ってるのかと思いました。しかしよくよく読んでみると、菅直人が「東電は事故現場を放棄して逃げ出すらしい」と認識していることに気づいて驚いたものです。

しかし巷間言われているように、いかに東電が傲慢で愚かな会社だとしても、まさかあの事故現場から撤収するなんてどう考えてもおかしい。

東電が向き合っていた事態は原発事故だけではありません。被災により大量に失われた火力発電の能力を復旧させ、当座の電力不足を補うための「計画停電」を策定し実行に移し、さらに運転中の原発を多数抱えている東電が、どうして全国の耳目を集めている(というか最大のニュースとなっている)福島第一の現場を放棄するのでしょうか?そんなことをすれば、他の原発を維持する能力がないことを自ら証明するようなものです。

電力会社が占めている「おいしい地位」の源泉たる地域独占体制を守りたいのであれば、事故った原発を放り出すなんてことは絶対に考えないはずです。もし「地域独占の経営体制を捨ててまでも原発作業員の命を守る」というヒューマニスティックあふれる経営判断が清水社長にできたとしたら、とんでもない「大物社長」でしょう。(しかし実際は都合が悪くなると入院してしまう小社長だったようです)

以上のような認識から、私は菅直人の「勘違い」を鼻で笑っていました。

ところが、冒頭述べたように、菅と枝野はこの期に及んで「東電全面撤退説」を言い出しました。そしてツイッター上でも「菅直人の功績」としてあの事件を取り上げるのが目立っていました。

菅直人の回想では、東電の事故現場放棄を防ぐために菅直人が東電本社に乗り込み、官邸と東電をジョイントする対策本部が設立されたことになっています。 しかし、本当にそんなことが必要だったのでしょうか?

 原子力災害対策特別措置法には、以下の記述があります。(以下太字は筆者)

第三条  原子力事業者は、この法律又は関係法律の規定に基づき、原子力災害の発生の防止に関し万全の措置を講ずるとともに、原子力災害(原子力災害が生ずる蓋然性を含む。)の拡大の防止及び原子力災害の復旧に関し、誠意をもって必要な措置を講ずる責務を有する

ここでは「原子力事業者」が東京電力で、事故の拡大防止と復旧の措置を講ずる責務は法に定められているのです。また、以下の記述もあります。

第十四条  原子力事業者は、他の原子力事業者の原子力事業所に係る緊急事態応急対策が必要である場合には、原子力防災要員の派遣、原子力防災資機材の貸与その他当該緊急事態応急対策の実施に必要な協力をするよう努めなければならない。

努力規定ではありますが、他の事業者が起こした事故についても協力することとなっているのです。ましてや、自社の操業している原発内での事故対応を放棄するなんてありえない話です。もしそんなことをすれば、東電の経営陣は法に基づいて処罰されるでしょうし、そうでなくても国会の証人喚問は免れず、社会的に抹殺されるのではないでしょうか。

菅政権の原発災害対応は法に基づいていなかったことが、国会で数々明らかになっています。東電に単身殴りこみ、法律上もありえない「事故現場放棄」を勝手に想定して怒鳴りつけてみせたのは、菅直人に遵法意識のないことの裏返しだったのではないかと勘ぐりたくなります。

そうでなければ、東電の幹部は揃いも揃って自分たちに課せられた法規定も知らないか、あるいは無視して反社会的な逃亡劇を打って出ようとしたことになります。いや、何度考えてもそれはありえません。

上にリンクした東電のプレスリリースには、菅直人が言い逃れできない証拠が挙げられています。

4月18日と5月2日の参議院予算委員会で、菅総理(当時)は「社長にお出ましをいただいて話を聞きました。そしたら社長は、いやいや、別に撤退という意味ではないんだということを言われました。」(4/18)、「ある段階で経産大臣の方から、どうも東電がいろいろな状況で撤退を考えているようだということが私に伝えられたものですから、社長をお招きしてどうなんだと言ったら、いやいや、そういうつもりはないけれどもという話でありました。」(5/2)と発言されています。これは、当社が認識している事実関係と一致するものと考えています。


私は見逃していましたが、国会答弁も残っていたのですね。もしNHKや毎日新聞の取材に答えたことが正しいというのなら虚偽答弁ということになります。少なくとも枝野氏の「全面撤退のことだと(政府側の)全員が共有している」という発言は菅の答弁と一致しません。

毎日やTBSはまだしも、NHKまでもがこんなあやふやな記事を書いているのには正直驚きました。ま、「前首相の口から語られたことだから、信用してそのまま載せた」で済むのだから、報道機関なんて気楽な商売でしょうけどね。

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13 9月

鉢呂経産大臣辞任に関するあれこれ



またしても、組閣直後に閣僚が「舌禍事件」で去ることになりました。鉢呂経産大臣は福島原発事故で立ち入り禁止区域になった場所を視察し、「死の町だった」と発言した上、帰京後記者に向かって「(防護服に付いた)放射能をうつすぞ」というような発言をしたということです。

「うつすぞ」発言について、鉢呂氏と親しい記者との間柄などの機微に触れる情報を柿沢議員がツイートしてくれたのでまとめたところ、思わぬ反響を産みました。詳しくは最後に貼り付けたtogetterを見てください。

鉢呂大臣の辞任について、幾つかの論点が見えてきたので私なりの印象を語っておこうと思います。



■「死の町」発言への批判と擁護

まず、「死の町」発言について。



これを批判する評論家や野党議員が、「原発被災者や福島県民の感情を踏みにじる言葉だ」などと言っています。被災者・県民と言っても千差万別ですから、なかにはその言葉にがっかりする人もいるでしょうし、傷つく人が一人でもいれば、この批判は「正しい」ことになります。

しかし、そうしたことで政治家の発言を規制してしまえば、政治家が物事を判断し、それを言葉で表現するときに、あらゆる「傷つくかもしれない当事者」を思い浮かべなければならず、結果として正直な感想など何も言えないことになるのではないかと思います。

人は言葉で思考する動物ですから、言葉を奪うことはすなわち思考そのものを奪うことになりかねません。

政治家にとって大事なのは価値判断であり、物事にあたっては「何を守り、何を捨てるか」を常に判断する必要に迫られます。そうしたときに、政治家の表現を「他人が傷ついたらアウト」という、非常に恣意的に運用可能なルールで縛り上げてしまえば、「何を捨てることも許されない」という発想になりかねない。しまいには、思考し判断することすらも不自由になってしまうでしょう。

かつての野党は自民党政権の閣僚に対して、「当事者の立場を無視した心ない発言」等と言って詰ってきました。下野した自民党議員が同じ論法で今の閣僚を責める姿勢に大いに疑問を感じます。彼らはもう二度と政権を取るつもりがないのでしょうか。



またその一方で、経産大臣が「死の町」と表現したことについて、「事実を述べたんだから何ら問題なし」というのもオカシイのではないかと思います。

原発周辺から強制疎開をさせ、立ち入り禁止区域に指定したのは民主党政権です。立入禁止に指定したのは時の政権であり、物理的に住むことができるかどうかとは別次元の話です。

専門家の中には、立ち入り禁止区域内でも普通に生活できると主張する人もいます。原発の状態がどのように変動するのかが読めない段階で、あらかじめ避難をさせておくことは重要です。でも、事故現場の状態が把握されてきて、周辺地域が生活に支障ないのであれば、早急に強制避難や立ち入り禁止を解除すべきです。

それなのに民主党政権は、一律に自由を制限することで「事件」が起きないようにしています。すなわち、

・自宅やその敷地に帰ることも「勝手に」することはまかりならん
・盗人が出てはいけないから立入禁止とする

というやりかたです。これはどちらかと言えば植民地の統制や低開発国の独裁国家のやり方に似ています。

こんな統治をしておいて、「原発周辺はまるで死の町だ」などというのは当事者意識の欠如というほかありません。生徒が自発的に何かをすれば必ず大声で怒鳴りつける先生が、「今の子は指示待ち族だ」と言うのと同じではないでしょうか?



■「うつすぞ」発言について

これは柿沢議員の分析のとおりではないかと思います。

普通に考えるならば、あの発言と行動自体、小中学生の戯れと同等のレベルです。鉢呂氏の脳内がよほど劣化していないと仮定すれば、親しい記者との間で交わされた低次元のジョークとしか思えない。

たとえ発言者の立場が大臣であれ、こんな言動を「大臣としての言動」として取り上げることのほうが不思議です。大臣だってアクビもすれば寝言もいいます。そのひとつひとつを「大臣がこう言った」として「ケシカラン」というのもどうかということです。

もちろん、文字にされて一般の人が目にすれば「なんというひどい事を」と感じるでしょう。でも、ただのオチャラケで話したことをそのまま紙面に書かれると知っていれば、政治家の記者に対する言葉は味も素っ気もないものばかりになる気がします。

これは大臣としての良し悪しというよりも、今後の記者の取材範囲を大きく狭めるという意味で、報道の失敗例だろうと思います。



■鉢呂大臣は適格か

おそらく、マスコミの記者の間で鉢呂氏の評判は「大臣として不適格」というものだったのでしょう。そしてその“内部評価”は、概ね正しいのだと思います。これまでの国対における駆け引きの稚拙さや人格の軽さ、そして政策的にも語るべきものがほとんど無い、などの内部評価が、記者の狭い世界の中で下地としてあったのだと思われます。

経歴で判断するのもなんですが、農協出身で元社会党の国対担当という経歴からしても、今後求められる経済改革の指揮者としての経産大臣などとても務まらないのではないか、という懸念は強い。

だから早晩この大臣は降ろされるし、降ろされるべきだと考えられても仕方がない。

だからといって、今回のような低次元の揚げ足取りで、国民世論(本当は国民のほうが冷めていると思いますが)を喚起する形で引責辞任に追い込むのは感心しません。あくまで政策で大臣を追い詰めて、目指す政策が国益に合致しないとか、いいことを言うけれども実行力ゼロとか、そういうことで辞任に追い込むべきでした。

「大臣は政策を誤ってもお咎めなしだが、失言すればクビ」という馬鹿げた減点主義から抜け出せない限り、我が国が優秀な人を大臣に選ぶチャンスはどんどん減ってしまうでしょう。



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izaブログ開設:08年4月4日
当ブログ開設:09年11月16日


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家族の様子はアメブロ支店に書いてます。

新人類世代、3児の父です。
都内で建設業関連の商売をしています。

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