誇りはどこにある

ノイジーマイノリティを叩き潰し、誇り高き日本を再建しよう。

主に政治・経済について、思うことを語っていきます。基本的に、天邪鬼の独り言だと思ってくださってけっこうです。日本人の意識改革、教育のあり方なども時折触れてまいります。

戦時国際法を無視する日弁連

日弁連が「安保法は立憲主義に反し憲法違反です」という面白い題材をくれたので久々にブログを更新してみます。このタイトルも井上武史氏が指摘するように不正確な言葉遣いですが、素人向けに作られた3コマ漫画にその主張のおかしさはにじみ出ています。

漫画の3コマ目で日本の一般市民が紛争相手国からの報復宣言に戦慄してる場面があります。しかし、もしこのあと日本が攻撃された場合、非戦闘地域の非戦闘員への攻撃なので明らかに戦時国際法違反です。

「戦時国際法」という名の通り、これは「戦争中であっても"何でもあり"というのはやめよう、最低限のルールは守りましょう」というもので、日本が極東軍事裁判で裁かれたのも建前上はこの法律に対する違反でした。当然、日本国憲法よりも歴史は古いのです。

日弁連は、日本国憲法の前文「日本国民は、(中略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」を信じているのに、仮に戦争になれば他国は戦時国際法も守ってくれないという想定なのでしょうか?

日本が憲法を守っていれば、戦時国際法も守れない国が日本への攻撃をためらうというのでしょうか?とても不思議な世界です。

この不思議世界、ネトウヨさんからいつも「お花畑」と揶揄される脳内妄想は漫画の1コマ目にもよく現れています。

それはまるで日本国憲法が他国の戦争から日本列島を守ってくれているかのような描きっぷりだからです。

漫画は憲法が日本政府に対して「ダメ!」と制止しているように描かれていますが、この絵はあたかも「日本国憲法が日本国民を戦争から守っている」かのように受け取れます。では、現実はそうなのでしょうか?

日本国憲法は当然他国を縛る規定ではないし、その権能もありません。だから実際には憲法は他国から日本を守ることはできない。どう頑張っても日本の参戦を阻止する機能しかないわけです。

しかし日本国憲法が他国にとって無能だとしても、戦時国際法は存在します。もちろん実態は紳士協定のようなものですが、少なくとも「諸国民の公正と信義に信頼」する日本国民はこれが守られるという前提を疑ってはいけないはずです。

なのになぜ、日弁連の漫画では日本国民が戦時国際法で自分たちを守れることになってないのでしょうか?

日本国憲法があれば世界の誰も手出しできないのに、なくなった途端に戦時国際法も無視するような非道な世界がそこにあるのでしょうか?

日本国憲法にはそんな魔力があるのでしょうか?不思議で不思議でたまりません。
 

集団的自衛権は「違憲」、じゃあどうする?

Twitterでくだくだ書くことに抵抗があるので、こっちでまとめて書いておきます。

御存知の通り国会の憲法審査会で、与党が招いた学者を含め全員が「今度の安保法制は憲法違反だ」と断言した話です。

私も学者さんの言う通り、違憲だと思うので憲法を変えるべきだと思います。ただ、憲法の改正規定が厳しいだけでなく反対するしか能のない野党が一定数どうしてもいるので、改正を待っていたら日本が潰れるかもしれないからやむをえないか、という程度のことです。

集団的自衛権に関する今回の法律がどうなってるかとか問題を複雑化すると深みにハマりますので、ここではもっと単純に、「自衛隊は合憲か違憲か」から入ることにしましょう。

自衛隊は合憲か、それとも違憲か。

これは、制度的には最高裁が判定すべきことですが、憲法学の先生に議論してもらっても一定の結論は出ると思います。そういう意味で、学術的判断のレベルです。

それとは別に、自衛隊は必要か不要か。

これは、その時の政治的要請によるものであって、論理的にいくら考えても答えは出ないと思います。この分野の専門家は外交もしくは軍事の専門家であって、法律の専門家が判断すべきものではありません。つまり、政治的判断のレベルです。

この、学術的判断と政治的判断の2つのレベルで分類すると、次のようになるのは小学生でもわかりますね。

(1)自衛隊は合憲で、必要である
(2)自衛隊は合憲で、不要である
(3)自衛隊は違憲で、必要である
(4)自衛隊は違憲で、不要である

(1)がこれまでの政府の立場。社会党党首の村山政権や、民主党の鳩山・菅・野田政権だって、この立場を崩しませんでした。

(3)が私の立場。だから憲法を変えて世界標準の軍隊を作ろう、と考える人が一定数います。チャンネル桜方面(私は違いますよ?)はこの立場が多いはず。

(4)がいわゆる「憲法九条守れ!」と大声を上げている反戦平和の方々の立場。ところが政党でこれに該当するのは日本共産党だけですね。

ちょっと不思議なことに、(2)の人を私は見たことがない。

自衛隊は合憲であると認めたところで、憲法に「自衛隊はこれを保持すべし」と書いてないのだから、無くしちゃってもそれは政治判断として認めるべきなんだけど、そういう人を私は1人も知りません。これは合憲とするのが論理的に無理がある上に、不要とするのが現実的に無理があるからではないでしょうか。

(2)の立場を取る人がいないことをよくよく考えると、ずるい大人の本音が見えてきます。

私の推測では、自民党も憲法改正が党是となってる以上、本音では(3)なんだと思います。ただ、改憲の手続きは現実的に無理なくらい厳しいので、改憲を待っていたら自衛隊などいつまでももてない、これでは日本が潰れてしまう、という現実的要請によって憲法違反が行なわれているのが実態でしょう。

私も自民党のこの判断は政治的には正しかったと思います。カップラーメンに「必ず沸騰したお湯で作ってください」と書いてあっても、60度位のお湯しかどうしても手に入らない場合は、餓死する前に60度のお湯で作って食べるでしょう。 背に腹は代えられません。

ただし、政権与党が憲法を破るというのでは体面が保てないので苦し紛れに「合憲」の解釈論を展開してきました。

自民党の問題は、憲法の方を変えずに違憲の自衛隊を政治的要請でなし崩しに色々いじってしまってることです。これは、自衛隊の方から見ても同じ思いがあるだろうと勝手に思っています。

私はこの際、集団的自衛権が憲法違反だと学者の人に権威を持って言ってもらえたのはいい機会だと思います。自衛隊も晴れて憲法に認められる存在となるために、憲法を変えることをそろそろ真剣に考えるべきです。

先ほど申した通り、憲法を変えなくても憲法解釈がどうであれ「政治的必要性がない」といえば自衛隊は無くせるはずですが、そう主張する人はいない。つまり、自衛隊を無くして欲しい人の拠り所はもはや空文と化した憲法9条しかないわけです。

自衛隊がなくてもいいという人は圧倒的少数だと思うので、「このまま違憲でいいのですか?」という訴えをきちんとすべき。そして、国政を預かる政治家は自らの信念に殉じる覚悟で改憲の是非を語るべきです。日本共産党の議員が軍備を無くして日本を守れるというなら、それも節を曲げることがあってはならない。

たまにはガチンコで行きましょうよ。

あら、集団的自衛権の是非が完全にすっ飛んでしまいました。

…まあいい(よくない)。

集団的自衛権なんてのは軍隊にとって国家にとってアタリマエのことだと思うんですが、それも「現行憲法の解釈内で」なんていうケチなことではいけないと私は思ってます。

政治的に、集団的自衛権が先で憲法が後というのもありだと思ってますが、論理的にはトンデモの部類ですからね。

国家の存立を他国まかせになどせず、「国民の不断の努力によって平和を維持し国家の安寧を図る」くらい書いとけば集団的自衛権に縛りを課すものでもないし、主権在民の主権国家として十分だと私は思いますけど、詳しくは憲法の先生にお譲りしたいと思います。

法学部生時代、憲法の時間にほとんど寝ていたのはここだけの秘密ですww

虚報は正しい「事実」によって作ることができる

アゴラの記事「間違いだらけのNHKスペシャル『メルトダウン・知られざる大量放出』」を読んでの感想。

事実関係についてはアゴラの記事を信頼することにして、その検証はここではしません。

ここで問題にするのは、記事中で指摘されている「既知の情報をあたかも初めて明らかにしたかのような報道」についてです。私はこの手の報道は虚報でありデマであると思うからです。

原発事故後4年もたってから、当時すでにわかっていたことを初めて知ったかのように言うのはかなり悪質なデマです。そしてこの手のデマは、事故直後から繰り返し撒き散らされてきました。

政府や公の研究機関などで明らかにしている事実を、まるで自分で突き止めたかのように書くのは、
・政府が無能なのではないか
・政府がその事実を隠蔽しているのではないか
という疑いを招きます。

これは、わかった上でやっているのなら政府の信用失墜を狙ったサボタージュ工作です。

仮にそこまでの意図がなく、単に自分の有能さをアピールしたいためのハッタリだとしても、その情報で右往左往する人が出た場合の結果責任は負うべきでしょう。

まして、事故後4年というタイムラグのあとでこれをすればどうなるか…

私を含めて一般の人は、原発事故で何が起きたとしても、それを自分の力で解決するすべを持ちません。

だから、政府や公式な機関が何らかの事実を突き止めて公表したならば、それに基づいて何らかの対策を施しているだろうととりあえず信頼した上で生活しています。

そういう前提で、政府が大事な事実を知らなかったとすれば、肝心の対策が打てないまま4年もたってしまったことになります。政府が隠蔽してたとするともっと事は重大です。事態を把握してたけれどももう手の施しようがないから伏せておくという判断をしたのだろう、と想像できます。

この手のデマを発信する報道機関は、「この事実はなぜ政府が知らなかったのか」とか「この事実を政府は隠蔽してきたのだ」と明確に言う必要はない。そうした構図を、報道を見た読者・視聴者は頭のなかで補完して作り上げてしまう。これが虚報による誘導の最たるものです。

そして、仮に私がこのような番組を家族で見たとき、アゴラに書いてあるようなことを私が知っていても、その場で指摘して家族に本当のことを教えるのは難しい。
 
だいいち、「その事実は正しい」のです。「それは既にわかっている」という反論しかできないんです。 すると、「じゃあテレビは合ってるんだね」「嘘はついてないね」で終了してしまう。

でも、肝心なのは「今回の取材で明らかになった」こと、つまり「それまでは誰も知らなかったか、知ってて黙っていた」というのがこの報道の核心です。

ある事象が起きていたかいなかったかという事実を間違えれば誤報と言われるけど、それが知られていたかそうでなかったかの違いについて、私達は意外と鈍感です。その割に、隠蔽されたというキーワードには非常に強く反応します。この心理作用を利用したデマは、最初に申し上げた通り、事故直後からイヤになるほど繰り返し行われてきました。

 以上が、アゴラ記事内に明確に書かれていないけれども筆者が強く訴えたかったことの一つだと私は思いました。

感想終わり。

 
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izaブログ開設:08年4月4日
当ブログ開設:09年11月16日


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新人類世代、3児の父です。
都内で建設業関連の商売をしています。

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