前にも触れてきた話題ですが、医療が医師の資格や薬の認可制によってバリアされているのは仕方ないにしても、ベッド数の規制とか全国画一の保険点数など、統制経済のような仕組みはもっともっと改善できるのではないでしょうか。

都心の一等地に建つ大学病院でも地方の病院でも同じ診療報酬というのはおかしいし、開業医が優遇されているというのも納得が行きません。

ベテランの医師でも一年生でも、あるいはとっくに引退しているはずのヨボヨボの医師でも同じ報酬を払うのであれば、患者の選好が偏ってしまうのも無理がありません。医療行為にも自由な価格設定があれば、一流の医師を備えた病院は高い価格を設定できるだろうし、「安かろう悪かろう」もある程度は許容されるでしょう。

「自由な価格設定なんて、病院の側ではできない」という意見には与しません。都内のコインパーキングの価格設定を見ると、見事なくらいにその土地の事情を反映しているのが分かります。そして利用する側も、便宜と価格の比較衡量できちんと選んでいるのがよくわかります。

もしあれが、「同じ1台の車を停めるのに料金が違うのは不公平だ」と言われて地域一律とか全国一律にされたら、と思うとぞっとします。でも、医療の世界はそれがまかり通っているのです。

老人医療が無料だった頃、「〇〇さんが待合室に来ないね。病気にでもなったのかしら」なんて冗談が流行りました。病院の待合室を老人のサロンにしてしまったんです。忙しい人は老人が済むまで待っていられませんから、本当に具合が悪くても医者から遠ざかる人もいたはずです。

これは保険制度にも関わる話ですが、医療の自己負担分が高ければ、一部の患者は医療によらない問題解決を図ります。また、医療費が安くなれば、これまでは別の手段に頼っていた人が医者に通うかもしれません。

全国一律に、中央政府が医療行為の価格を設定することは、価格による人々の選好の幅を著しく損ねます。価格による差別化ができないので、人気のある病院では行列ができます。「早い者勝ち」なので、私も友人の札を入れるだけのために早朝の病院に並んだことがあります。

行列のできる診療科は値上げをすることで行列を減らせるはずです。しかし、それは認められていないのです。「早朝から並ぶ体力と暇があるかどうか」で、診察を受けられるか否かが決まるのはとても不思議です。

お金持ちは良い医療を受けられる、というと不公平に見えるかもしれません。しかし、それ以上に、価格による差別化ができないために、縁故による差別などがあってはならないと考えます。

それに、お金持ちが高額医療コースを選択することによって、そこで得られた利潤がお金のない人のための安い医療に回されることは十分に考えられることです。携帯電話も出始めの頃は大金持ちが何十万円も払って買ったものです。そこで得られた利潤が普及タイプの安物の開発費になるのです。ジェネリック薬も似たようなもんじゃないでしょうか。

地方の病院が経営難で撤退し、人気の病院では医師が過労で倒れかけている――こんな歪な状態になるのは、価格メカニズムを無視しているからだと私は思います。

本当に病で苦しんでいるけれども、医療費が手当できない人への扶助は、また別で考えればいいでしょう。少なくとも、価格統制や供給制限で医療を縛るのは早くやめるべきではないでしょうか。