昨日ツイッターを見ていたら、@tenkizuさんが「Twitterは実名でやるほうがいい」という旨の発言をしていたので、反論したい誘惑にかられましたが、140字では伝えにくいのでこちらに書いておきます。




ネットでは定期的に(いや、毎日?)議論される「匿名か、実名か」という話題ですが、私はこれがネット上の議論の本質ではないと思っています。



匿名には二種類あると私は思っていて、全く無責任な発言をして逃げ去るタイプと、常時どこかに居場所を示して反論はいつでも受けて立つタイプの匿名発言者は全く異質であると考えています。(一部の、嫌がらせだけを目的とした人を除く)

例えば、izaブログではizaのアカウントを持っていなければ他人のブログにコメントを入れることもできません(livedoorでもブログ主が設定すれば同じ環境は作れます)。しかし、izaアカウントの取得は簡単かつ無制限なので、アカウントを取得して他人のブログを好き放題に荒らしたあと、また別のアカウントを取って、他人のふりをしてまた好きなことを発信することができます。

でも、そんなアカウントに敬意を示す人はまれですし、自分の主張を継続して訴えることができません。好き放題に言いたいことが言えるのはもちろんですが、実質的には誰にも伝えたことにはならないでしょう。

一方で、izaのアカウントを継続して持ち、気に入ったブログにコメントを入れ、自分でもブログを開設して他人のコメントを受け入れる態勢を作っていれば、形だけでも「この人には発信したい主張がある」と認識してもらえるでしょう。

それが、誰かに支持され、誰かに反発されるにしても、「自分の主張はこれである」という体裁は保つことができます。

匿名アカウントの数々と私はお付き合いさせてもらってますが、安心して議論ができ、自分の間違いも訂正してくれる人がいるというのはありがたく思ってます。安定した匿名アカウントは、実名が分かっても実は見ず知らず、という人より、信頼できます。




実名の場合、特に今の日本では、匿名なら言えるはずの本音をひた隠しにして生きてる人が多いはずです。

その人たちが匿名なら真実を述べる、というのも理由は幾つかあって、自分の不利になる情報だがどこかに発信したいと思ってる場合や、組織的には暴露できないが個人的にはオカシイと思ってる現実を吐露したいとか、リアルにはお客様だが内心はクソだと思ってる人への批判など、いろんな理由が考えられます。

先日話題になった、ホテル内の施設の従業員が有名人のデートを暴露してしまった件でも、もっと匿名性を利用すればよかったと思います。たとえ、有名人を実名で暴露するにせよ、その発言者がホテルで働いていることとか、勤務で見知った情報だということがわからないようにして暴露するなら、信憑性も薄れる代わりに「ホテルで働いてる奴が顧客のプライバシーを明かすなんて言語道断」という非難は避けられたでしょう。

つまり、匿名で発言することは、実際の生活に余計な軋轢を生むことなく、自由に事実や主張を開陳できるということなんです。




そして、匿名であるけれども信頼されるかどうかは、そのハンドルネームでどれだけ継続的に、人の信頼をかちうるだけの発言をしてきたか、だけによります。

逆に言えば、実名で発言した際の「あの人が言うから非難しちゃいけない」というような、実名ならではの権威付けとか、言論封殺ができないのが匿名の「利点」です。

たとえば、新聞記者が実名を明かして「こうだ」と言い張る。現場にいた人が匿名で「そうじゃない」と言う場合、匿名氏が記者の発言を否定するには、相当に信頼を得るほどの信憑性がなければ確実に負けます。しかし、匿名を守りぬくにはその場においても一定の事実を隠さなければなりません。

匿名氏が実名記者に勝てる要素といえば、その匿名で何年も、様々な主張や事実の説明をし、一定数以上の読者に「この人は嘘つきじゃない」と思わせることが必要だと思います。

あるいは、明らかに実名記者が事実誤認をしていて、ちょっと検索すれば分かる程度の事実を匿名氏が説明した場合などは、いかに記者の権威が高くとも、匿名氏の勝ちでしょう。そうすることによってしか、匿名アカウントは本当の信頼を得ることはできない。




匿名アカウントであっても、継続的に主張する中で間違いがあるなら、その指摘は受けざるを得ないし訂正もしなければならない。「負けた」と思ったときにそのアカウントを閉じてしまえば、それまで継続してきたものは全て失います。匿名だから恥をかくのは自分ではない、ともいえますが、真剣に自分の主張をしたいのであれば、そこでかく恥は自分のものと受け止めざるを得ません。

だから、恥をかくことによって匿名アカウントも成長するし、恥をかかないように振る舞う努力も必要です。

実名で権威付けして「裸の王様」状態になる人も、端で見ているとイタイし恥ずかしいのですが、本人がそう感じなくなっちゃえば何でもありになっていきます。そんな人よりは、匿名でも恥を知る人達のほうが私は好感を持ちます。




また、本人の所属や立場が明らかになってしまうと、「なんだあの程度の奴の発言じゃないか」と軽蔑されたり、本心から言ってるのに「ポジショントークだ」と批判を受ける恐れがあります。そのために匿名を使うのは卑怯といえば卑怯ですが、まあ誰しも英雄じゃない、ちっぽけな個人だということで認めてやるべきだと思います。(私もその一人ですが)

匿名でも、継続した主張の中で、その人のキャリアや能力は浮き彫りになってくると思いますし、それによって培われる信頼というのもあります。逆に言うと、一般の人は実名を明かしたところで「それがどうした?」というだけのものに過ぎません。(あと、実名だからその人のものだという証拠すらない場合も多い)

@tenkizuさんのおっしゃる、匿名ならではの他人への誹謗中傷とか、無責任発言というのには私も心を痛めている一人です。(といいながら、トンデモ論者を小馬鹿にする快感はいつも味わっておりますです)

ただ、匿名でも、自分を理解してもらうための作法があると思っていますし、裸の王様状態の有名人の実名発言よりも、信頼できる情報は匿名氏によって数々得ております。

だから、「実名か匿名か」を判断基準にすることは、私は今はしないことにしています。もちろん、唐突にTwitterなどで絡まれた場合は、そのアカウントにリンクされたブログを読んでみるなり、「身辺調査」は出来る範囲でするようにしていますけどね。


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