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【浜岡原発停止要請・菅総理の記者会見全文紹介】(NHKかぶんブログ)
【浜岡原発停止要請・菅総理の記者会見全文紹介】(NHKかぶんブログ)
菅直人は繰り返し「国民の安全と安心のため」と述べています。しかし、当ブログで何度も指摘しているように、安全と安心は別次元のものとしてとらえるべきです。
政府は国民をいたずらに不安に陥れてはならないが、それとは全く別の次元で、国民がいかに心配していても、納得していなくても、最悪の事態を迎えたときに最大の安全を図らなければなりません。
福島原発にたとえるならば、原発事故による死傷者や健康被害をゼロないしは最小限に食い止めることが必要なのであり、それに比べれば、原発内で起きていることを説明して安心させる必要など全くないのです。
科学リテラシーの低い人まで含めた全国民を安心させて大量の死者を出す政府と、国民の多数が心配する中で死者をゼロに抑えこむ政府と、どちらが望ましい政府であるかは誰にでも分かることです。もちろん、民主主義国家では前者を選ぶ自由もありますが、私はそんな政府はゴメンです。
しかし、菅直人は「原発停止こそが国民の安全を守り、なおかつ安心を得る」と思い込んでいます。ずいぶん国民をなめていると思いませんか?
福島第一原発でわかったことは、「原発は運転を停止してもちっとも安全ではない」ということです。従って、近い将来に地震が予見できるのであれば、運転停止よりもむしろ被災後に冷却機能を維持する、もしくは早期に回復する手段を構築することでしょう。(そしてそれは済んでいるというのが池田信夫氏の主張)
普通の国民ですらその事実に気づいているというのに、「運転さえ止めれば安心するだろう」というのはまさに暴君の発想です。
そして、数多く指摘されているように、菅直人は内閣総理大臣という立場を利用して、法的根拠のない「停止要請」を行っています。それも、全国民に向けた記者会見で「国民の安全・安心のため」に(天下り機関とは言え)一民間企業に重大な意思決定を迫るという横暴ぶりです。
これは自らの政治的地位を保つために「人の盾」を用いたどこかの国の独裁者と五十歩百歩ではなかろうかと感じます。「国民の命」を引き合いに出して企業活動に規制をかけようとするのは左翼の言論機関や万年野党になら許される手法だが、総理大臣の地位で行っていいものとは思えません。
菅直人は原発停止による電力逼迫を国民の工夫で乗り切れ、と言ってますが、これまたとんでもない話です。
古い喩えで申し訳ないが、補給のできない前線に兵隊を送り込んで「ラバウルに学べ」といった大本営のキチガイどもと、どこが違うというのでしょうか?自分たちの思いつきと保身のために国民に不具合を押し付けて、「全国民の創意工夫で乗り切ればなんとかなると信じる」と言われても、これまでの菅直人の言行から判断すると「お前ら何とかしろ」としか聞こえません。
政府として最大限の対策を講じるというのであれば、浜岡原発停止という具体的な要請に対する具体的な対策案をその場で述べて欲しかった。それがないというのであれば、偉大なる先代総理の「腹案」とどこが違うんだ、ということになるでしょう。
質疑応答の中で菅直人は「多少の(電力)不足が生じる可能性があります」と述べていますが、電力は一時的に多少の不足をきたすことが大停電につながる、ということを理解して言ってるのでしょうか?それとも、「多少の不足」だから計画停電を認めればいい、とでもお考えでしょうか?
不足分が短期間だからいいとか、少量だからいいというのが許されないのが「電力の安定供給」を旗印とした原発推進の根拠なわけで、ここを理解していないように捉えられる首相の発言は、かなり政治的に国際的に危険です。
自分の発言のリスクをコントロールできないで、大地震による大津波が引き起こす原発事故などのリスクがコントロールできるのか、甚だ不安です(笑)。独裁者に見られる典型的な非科学的暴言ではないかと私には感じられます。
というか、実情はすでに独りよがりの独走状態で、もう周囲の人々もあれを止める気にもなれない、といったところなんでしょうか?




この決定がどれだけの混乱と損失を生むかということなど本当は考えていません。
全ては政権維持のため。
思いつきで始め、「あとはおまえらなんとかしろ」
手法もきわめて独裁的です。
まだ、この人に期待する人がいるのかと思うとうんざりしてきます。