常寿司@浅草常盤仙食堂@亀有

2017年08月22日

四万六千日 浅草ほおずき市@浅草寺5

17-07-09訪問

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昨日の話の続きである。

7月9日の日曜日。
連れとお義姉さんと3人で、浅草の夏の風物詩、浅草寺のほおずき市を訪れた。

【前回の訪問記】
四万六千日 夜のほおずき市@浅草寺

【前々回の訪問記】
浅草ほおずき市@浅草寺

連れもお義姉さんも浴衣姿に日傘を差し、ゆるゆると見物する姿を、カメラマンとして撮影した次第。
その写真は掲載出来ぬが、それ以外にも市の様子を撮影したので、掲載するとしよう。

その前に、以前ブログに掲載している、四万六千日の説明と、ほおずき市の由来を、再掲しよう。(手抜きで申し訳ないが、出典が確かなので…。)

●浅草寺HPより四万六千日の説明

『観音さまのご縁日は「毎月18日」ですが、これとは別に室町時代以降に「功徳日(くどくび)」と呼ばれる縁日が新たに加えられました。月に一日設けられたこの日に参拝すると、百日分、千日分の参拝に相当するご利益(功徳)が得られると信仰されてきました。中でも7月10日の功徳は千日分と最も多く、「千日詣」と呼ばれていましたが、浅草寺では享保年間(1716~36)ごろより「四万六千日」と呼ばれるようになり、そのご利益は46,000日分(約126年分)に相当するといわれるようになりました(この数については「米一升分の米粒の数が46,000粒にあたり、一升と一生をかけた」など諸説ございますが、定説はありません)。
  なお、この10日を待って一番乗りで参拝したいという民衆の思いから、前日の9日より人出があって、7月9・10日の両日が四万六千日のご縁日と受け止められるようになりました。』

この四万六千日に合せて浅草寺境内で行われるのが、ほおずき市、である。

●浅草寺HPより、ほおずき市の由来

『 また、この両日には「ほおずき市」が「四万六千日」のご縁日にちなんで開かれます。そもそもこの市は、芝の愛宕(あたご)神社の縁日に始まり、「ほおずきを水で鵜呑(うの)みにすると、大人は癪(しゃく)を切り、子どもは虫の気を去る」といわれるなど薬草として評判であったようです。その愛宕神社の縁日は観音さまの功徳日にならい四万六千日と呼んでいたのですが、やがて「四万六千日ならば浅草寺が本家本元」とされ、ほおずきの市が浅草寺境内にも立つようになり、かえって愛宕神社をしのぎ盛大になったと伝えられています。
  一方、江戸の昔、落雷のあった農家で「赤とうもろこし」を吊るしていた農家だけが無事であったことから、文化年間(1804~18)以後に「雷除(かみなりよけ)」として赤とうもろこしが売られるようになりました。ところが明治初年に不作が原因で赤とうもろこしの出店ができなかったことから、人々の要望により「四万六千日」のご縁日に「雷除」のお札が浅草寺から授与されるようになり、今日に至っています。』

それでは、次ページでスナップ写真をお楽しみ頂きたい。


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furutone at 00:01│Comments(2) 雑感など 

この記事へのコメント

2. Posted by 古利根   2017年08月22日 08:38
reina 様

そうでしたか。
ほおずきの雷避けは効いたでしょうか?(笑)
ようやく暑くなりましたが、雷雨は困りますものね。
1. Posted by reina   2017年08月22日 08:34
私も9日にほおずき市訪れました。
とても暑かったですね。
新盆用に実が大きく綺麗な枝とがご入りを購入、
8月のお盆までもつかが不安でしたが、見事美しいまま仏壇を飾ることができました。

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