2010年10月09日

石岡のおまつり初訪問記 〜9月18日昼〜

「石岡のおまつり」は、正式名称を「常陸国総社宮大祭(ひたちのくにそうしゃぐうたいさい)」といい、天下泰平、国家安穏、萬民豊楽、五穀豊穣を願い、石岡市にある常陸国総社という神社が執り行う、格式の高い祭である。
毎年、敬老の日を最終日とする3日間開催され、3日間の訪問者数は40万人に及ぶという大きな祭りとなっている。

石岡市に通う様になるまで、こんなに大きな祭りが毎年開催されているとは、全く知らなかったのであった。
僕のブログをご覧頂いている諸兄も、その殆どの方々は、ご存じないのではあるまいか。

そんな「石岡のおまつり」を、今年初めて訪問してみたので、その様子をご紹介しよう。

それでは、以下、レポート風にご紹介しよう。

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9月18日の午後2時の花火を合図に、関東三大祭の一つとも言われる、「石岡のおまつり」が始まった。
古い祭で、少なくとも江戸時代からやっているらしい。
祭りが開催される3日間、石岡市は祭一色に染まる。

初日は、総社を出た神様が、神輿に乗ってお祭りの間鎮座する御仮屋(おかりや)に納まる。
午後2時に総社を出た神輿の行列(供奉行列ぐぶぎょうれつ)は、市内の順路を通って石岡駅横に設営された御仮屋に到着。
この行列、40を超える豪華絢爛な山車(だし)や幌獅子(ほろじし)が市の中心部を巡航する壮観なもの。

それでは、総社を出て巡航を行い、石岡駅前に出て来た行列の一行を、順に紹介しよう。

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先ず最初は、神輿の露払いを務める、ささら、と呼ばれる三匹の獅子(老獅子、姥獅子、若獅子)の人形。
ささらは、富田町の山車に乗って登場するため、この山車は富田のささらと呼ばれて、提灯にもそう書いてある。
この、ささら、の人形は文化財になっている。
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行列を終えて、地上に降り立ったささらの人形3体。
白装束の人形遣いのお兄さん(失礼!)が後ろから支えている。
向こうから老獅子、姥獅子、若獅子。
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富田のささらに続いては、土橋町の大獅子。
この土橋の幌獅子は、各町の出す幌獅子の中で最も格式が高く、毎年の祭りでは必ず、ささらの次に出て神輿の露払いを務める由緒ある物。

ところで幌獅子とは、全国で唯一、石岡市にしかない獅子の様である。
車の付いた大きな台車に幌を張り、先頭に獅子の頭を持つ人が立つ物で、とても大きい。
幌を張った台車の上では、笛や太鼓で祭囃子を鳴らしており、とっても賑やかである。
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幌獅子を横から見るとこんな感じである。
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露払いを務める獅子はもう一台あり、それがこの仲之内町の幌獅子。
頭の上に付けた宝珠が目印。
この獅子の頭は、最大級の大きさで実に重く、24キロある。
因みに、さっきの土橋の大獅子も20キロはある。
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さて、ささら、そして2台の露払いの幌獅子を合せて、「露払いの獅子」と言うが、この露払いの獅子に続いて、いよいよ神輿の行列が始まる。
行列の先頭は祭太鼓である。
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祭り太鼓に続いて、猿田彦が歩いて来る。
面をつけると前が見えないらしく、付き添いが付いている。
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猿田彦に続いて、幟旗(のぼりばた)、そして神官達が担ぐ葛篭(つづら)と続く後ろに、いよいよ神輿が登場。
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この神輿、非常に格式の高い神輿で、天皇家の菊の御紋が付いている。
神輿を担ぐのも神官達(ま、俄か神官ではあるが。)。
よくあるお祭りの様に大きな声で、「わっしょい、わっしょい」という掛け声は掛けない。
俄か神官達は控え目に、「わっしょい。わっしょい。」と、小声で言っていたが、おそらく本来は何も言わずに静々と進むべきものであろう。
京都の祭りに見られる様に…つまり、江戸時代以前の古式に則った祭りであるはずである。
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神輿の後ろには、各町会の役員達が正装で列を作って歩く。
年番町と年番加盟町の15町30名と、年番非加盟町21町42人という結構な行列がゾロゾロ。(笑)
年番町の町会役員が、行列の先頭を歩く。
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因みに年番町とは、前回の祭りの翌日から常陸国総社宮の世話をし、今回の祭りが終わるまでを取り仕切る名誉ある仕事を担う町を指すのだが、名誉ではあるものの大変に荷の重い、負担の重い役である。
よって、この役を担う事が出来るのは、古くから続く町で、かつ、人手がある町、という事になる。
このため、年番を順に担う年番加盟町と、年番を担うのは無理という、非加盟町が存在する訳である。
現在では、年番を1つの町で担うのはあまりに負担が大きいという事で、年番町を助ける町が1つ選ばれ、2つの町が協力して行う事になっている。

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町会役員達が行き過ぎると、露払いの獅子以外の各町の獅子達が、続々と神輿を守る為に従って来る。
立って見ていたのだが、あまりの多さに疲れた。

それでは、順に全ての幌獅子をご紹介するとしよう。

先ずは、金丸町の幌獅子である。
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続いて、宮下町の幌獅子。
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続いて、国分町の幌獅子。
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岩松町の幌獅子。

お気付きだろうか?
町によって獅子の幌の色や柄が違う。
地元の人は、遠目からでもどの町の獅子かが判る訳である。
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幌の中をパチリ。
岩松町の幌獅子の台車である。
30度を超える暑い日であったため、幌の中はかなりの暑になるため、露払いをやったささら、土橋、仲之町の3つ以外の幌獅子は、ほぼ皆、幌を捲っていた。
お囃子衆も大変なのである。
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泉町の幌獅子。
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山王台町の幌獅子。
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ばらき台(茨木台)町の幌獅子。
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茨城町の幌獅子。
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出志山町の幌獅子。
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大砂町の幌獅子。
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正上内町の幌獅子。
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正上内町の幌獅子には小さな子供達が沢山乗って楽しそう。
…と思ったら、暑さにバテ気味。(笑)
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続いて貝地町の幌獅子。
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東町の幌獅子。
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六軒東町の幌獅子。
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六軒町の幌獅子。
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六軒町は2つの幌獅子を持っていた。
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六軒町の2つの幌獅子に続いては、兵崎町の幌獅子。
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北の谷町の幌獅子。
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続いて僕が通うセンターがある南台町の幌獅子。
センターからは、毎年、寄付とお神酒を持って行っている。
どうであろう?
やはり年番町を勤める町々とは、幌獅子の周囲にいる人々の雰囲気が違うとお思いにならぬか?
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続いて、僕のよく行く食べ処・呑み処 志摩のある、鹿の子町の幌獅子。
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続いて、勇壮な踊りで現れた小川町の幌獅子。
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水久保町の幌獅子。
この幌獅子は、何と子供に獅子の頭を持たせているではないか!
とても重そうで、肩に担いで歩くのがやっとである。
そりゃ無理であろう。
20キロあるのだから。
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大和町の幌獅子。
ここは大人だが、かなりバテ気味。
やはり肩に担いで現れた。(笑)
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元真地町の幌獅子。
ここは勇壮な踊りであった。
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最後に、若松東町の幌獅子。
この町は、子供が2人でやる可愛らしい獅子も連れていた。
手前に写っている獅子が子供が操る獅子である。
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以上で、神輿の供奉行列を全てご紹介した。
では次に、山車の数々をご紹介するとしよう。

常陸国総社宮大祭の初日、氏子の各町が出す幌獅子を中心に、神輿が御仮屋に渡御する際の供奉行列の模様をご覧頂いたが、続いて、幌獅子に並ぶもう一つの見物である山車(だし)をご覧頂こう。

山車は、これも総社の氏子に町々の内、13の町が出している。
4つの車を付けた台車に、2層、または3層を重ねた物で、高さが結構ある。
どの山車も、一番上には大きな人形を載せており、その人形が山車の目印となり、
遠くからでも、どの町の山車が来たかが一目で判る。

また、山車の1層目は欄干で囲われており、その中でお囃子を演奏し、おかめ、ひょっとこ、狐、の3つの面を被っての踊りが舞われる。
おかめの踊り、ひょっとこの踊り、狐の踊りでは、それぞれお囃子の調子が違う。
おかめは緩やかな調子、ひょっとこは滑稽な調子、狐は速い調子と、言わば3種類のお囃子がある訳である。

また、忘れてはいけないのは、山車が台車の上でくるくる回る事であろう。
勿論、人力である。
山車を引いている町衆達が、交差点などで山車を止め、欄干で囲われた1層目の下の四隅に隠れている4本の角材を引き出し、人力で角材を押して回すんだ。
1本に2人ずつ、合計8人で台車の上に載っている1層から上の部分を回すのだが、かなりのスピードで回る。
その山車の上では、おかめやひょっとこ、あるいは狐の面を被った踊り手が舞い踊り、お囃子連はお囃子を奏でている訳で、かなりの見物なのである。

特に夜は、各山車共に積んだ発電機によってライティングを行っており、夜空に浮かび上がった山車の姿は幻想的で、実に素晴らしかった。

それでは先ず、昼間、駅前大通りにズラリと並んで神輿の供奉行列を待つ、山車を見て頂こう。
これらの山車は、供奉行列が総社を出発する午後2時の花火を合図に、この駅前通りから、神輿が納まる御仮屋前に移動していく。
供奉行列は、途中でこの山車の行列に追い着き、並ぶ形で移動して御仮屋に至るのである。
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先ず先頭は、今年の年番町、大小路町。
交差点に陣取り、町の女性陣も派手なパフォーマンスを繰り広げていた。
踊りはひょっとこ。
奏でるは、石岡囃子。
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2番手は金丸町。
ここも踊りはひょっとこ。
ひょっとこのお囃子が滑稽で楽しく、これから始まる祭りを盛り上げのに向いてるからだろう、昼間はどの山車も、ひょっとこを踊っているのが一番多かった。
戴く人形は、弁天様。
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3番手は、守横町。
踊りはひょっとこ。
戴く人形は、静御前。
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4番手は、青木町だった。
ここも踊りはひょっとこだが、踊り手が3人いる。
戴く人形は、神武天皇。
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5番手は、幸町(さいわいちょう)。
ここも踊りはひょっとこ。
戴くは、武甕槌命(たけみかづちのみこと)。
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6番手は、国府町。
この辺りまで順番が下ると、まだ踊りや囃子をやっていない山車がある。
ここもまだ準備中。(笑)
戴く人形は、仁徳天皇。
山車戴く人形には、時代をまたがって様々な人物や神が出て来る。
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7番手は、中町。
踊りは…珍しくおかめ、の、準備中。(笑)
踊りがおかめでも、踊り手は男だという事が分かる1枚。
戴くは、日本武尊(やまとたけるのみこと)。
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8番手は、若松町。
踊りはひょっとこ。
珍しい黒い面のひょっとこ。
戴くは、八幡太郎源義家(はちまんたろうみなもとのよしいえ)。
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9番手は、泉町。
ここは真面目に踊っている。
踊りはひょっとこ。
戴くは、鍾馗(しょうき)。
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10番手は、香丸町。
踊りはひょっとこ。
戴くは、聖徳太子。
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11番手は、森木町。
ここはまだ準備はこれからといったところ。(笑)
戴くは、菅原道真公。
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12番手は、東光台町。
ここもまだ準備前である。
戴くは、大国主尊(おおくにぬしのみこと)。
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以上の山車が一列に並び、神輿の供奉行列(ぐぶぎょうれつ)が来るのを待ち構えていた。
これらの写真は2時の花火の合図の30分以上前に撮影したため、準備中の山車もあれば、まだ駅前に来ていない山車もあった事を、申し添えておこう。

それでは明日は、18日の祭の夜の様子をご紹介しようと思う。

furutone at 23:30│Comments(0)TrackBack(0) 石岡のおまつり2010 

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