いや〜ブログ更新久しぶりです。

ここ数年、理学療法以外でも多くのことについて、考え、悩み、もがき、感じていました。
今だからこそ、そのことは成長する過程に必要であったと確信できています。

「人は何のために存在するのか?(自分の役割とは)」
「人の命とは」
「この世の中の摂理とは」

などを中心に現在も日々学びを深めているところです。

少し前になりますが、自分の中で人生最大の落ち込む出来事が起きました。
心がとても動揺し、今まで感じたことのない感情が自分の中に存在することに気がつきました。

しかし、そこから自分というものを見つめ直し、人生が大きく変化しはじめたことに気がつきました。

その落ち込む出来事から状況は大きくは変化していないにも関わらず、今はとても幸せ・喜び・エネルギーに満ちあふれています。

まさに人の幸せは、環境ではなく、思考が作るということを身をもって感じることになりました。

そのきっかけは、あげればきりがないほど多くありますが、ひとつのキーワードは「常識にとらわれずに枠を超える」ことです。

「理学療法士という枠」
「所属している病院の職員という枠」
「人生こう進んでいくのかなと考えていた枠」

を超えて、今まで教えられてきた、学んできた常識の裏側を学ぶことで、自分が今何をするべきかが見えてきはじめていますし、それによってとてつもないエネルギーが内からこみ上げてくる感覚です。

ここ数年、特に今年に入ってからの自分の成長の実感は今まで味わったことのない経験です。それによって昨年までの私と今の私では、物事に対する考え方、価値観が大きく変化し、性格まで変化しているかもしれません。

そんな中、リハビリにも共通するいくつかのキーワードについて、今の自分の意見を未来の自分のためにも一部書いてみます。

「思い込み」

施術者(もしくは医師も)は自分が治しているという思い込みはないか?
治しているのではなく、対象者の力によって治っていくことに寄り添っているだけです。

まず、自分、人間の無力さを知った上で、目の前の課題に夢中になって取り組むことが大事なのだと最近やっと心の底から理解できています。

「自分が正しい治療家だ」、
「あの先生はすごいから正しい」

そんなのどうでもいい話です。

どんな人も実際は無力であり、目の前のことに真摯に一生懸命向き合う人は、例え新人であっても尊敬に値するし、対象者にとっても自分自身も光輝いているものだと思います。
※目の前の課題とは、他人にはわからないものという前提あり。

「押しつけ」

人には学ぶタイミングやルートが違います。
そして、ひとりとして同じ人は存在していません。

にも関わらず、教育という名のもと、同じ価値観で

「これを今知るべきだ」、
「これを知っていることが大前提」、
「この方法が一番いい学び方だ」、
「この治療が正しいので学びなさい」
「あの後輩は頑張っていないから指導する必要がある」

という声を耳にすることがあります。かつての私もそうでした。

ただ今は他人に自分の考えを伝えることは共感する仲間を見つけるために
必要な手段かもしれませんが、押し付けることは賛成できません。

マハトマ.ガンジーが「全ての宗教は同じ目的に向かう別の道」と表現したように、治療者も「患者さんによくなってもらう」という目的は同じはず。その道は複数あるのが当たり前だし、それらを尊重しながら切磋琢磨するべきだと思います。

「コントロール」

ヨガでは神様の恩恵を受けるには「自分が神ではないことを認める」という絶対条件がありますが、多くの人が自分は神様だなんで思っていないというと思います。

しかし、神様でもないのに他人を束縛したり、自分の考えに染めようとしたり、強く要求をしたりとコントロールしようとします。

神様のように全てをコントロールできるわけでもないのにコントロールしようとする行為そのものが自分が神ではないと認めていないということだそうです。

そういう意味でどれだけこの絶対条件を理解して実践している人がいるでしょうか。

「あの患者さん、なかなかわかってくれない、納得してくれない」
「あの患者さん、変化に気がつきにくいよね」

などという言葉は患者さんに対して、自分の考えを押し付けようとしているだけ、それによってコントロールしようとしていて、それが全く世の中の摂理をはかけ離れた行動であることを治療家は知っておくべきではないでしょうか。