明日は2学期の始業式。僕の子ども時代は31日まで休みだったけど、最近は短くなっている。
夏休み最後の日は、満を持して『チャップリンの独裁者』を鑑賞!
1940年公開のヒトラー風刺、ファシズム批判の反戦コメディであり、わが“生涯第1位”の映画だ。
「ふう、今から観るチャップリンの映画は、お父さんにとって永遠に第一位やねん」
「スピルバーグがもっと良い映画を作る可能性はないの?」
「もっと面白い作品を作る可能性は他の監督にもあるけど、この映画はどの映画も比較不可能な、
特別な勇気と愛が込められているねん。“戦争反対”とか“差別反対”っていう大事なことを、お笑いの
コメディで伝えることに成功した奇跡みたいな映画やねん。ふうは一人二役ってわかる?」
「同じ俳優が2つの役をすることやろ」
「そう。ヒトラーがユダヤ人に酷いことをしたのは知ってるな」
「うん、アンネ・フランクの話で知ってる」
「チャップリンとヒトラーって、見ていて何か気づけへん?」
「う~ん…。あっ、チョビひげが一緒!あとは、2人とも髪の毛が黒い?」
「外見が似てるよな。だからこの映画では、ヒンケルっていうヒトラーをモデルにした独裁者と、
ユダヤ人の床屋さんを、両方ともチャップリンがやってる。差別する側とされる側が同じ俳優という
アイデアがまずすごい。“人間はみんな同じ”というメッセージにもなっている。あとな、これは
超偶然なんだけど、2人とも同年の同月生まれで、誕生がたった4日しか変わらへんねん。
じゃあDVD再生するで」

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(1)冒頭は第一次世界大戦から始まる。主人公の床屋は戦場で様々なドジを踏みまくり、
コミカルな動きとあいまって爆笑シーンが続く。床屋に名前がないのは、誰もがこの人物に
なり得るという普遍性を与えるためだろう
(2)最前線に霧がたちこめ、床屋は間違えて敵の部隊と一緒に歩いている(笑)

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(3)ふうは「チャップリンってほんと面白いなぁ」。よっしゃ、つかみはバッチリだ!
(4)時代は流れて世界恐慌が襲い、やがてトメニア(ドイツ)を独裁者ヒンケルが支配する。
この演説シーンは、チャップリンが“なんちゃってドイツ語”で徹底的にヒトラーをパロディ化。

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(5)ヒンケルがパレードをすると“ミロのビーナス”がナチス式敬礼
ふう「ミロのビーナスって、腕がなかったのに(笑)」
(6)ロダンの“考える人”も敬礼。国旗はカギ十字ではなくダブルクロス(英語では“裏切り”の意)

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(7)一方、床屋は頭にダメージを受けて記憶喪失になっている。このシーンはブラームスの
ハンガリー舞曲第5番に合わせた楽しいもので、この映画の名シーンのひとつ
※床屋のヒゲ剃りシーン https://youtu.be/qgQGACVlkOk (2分)
(8)ナチの突撃隊がユダヤ人街(ゲットー)でいじわるをする場面では、ヒロインのユダヤ女性が
2階の窓からフライパンでパコーンと突撃隊をぶっ叩き、混乱のなかで床屋もパコーンとやられて、
お花畑にいる感じに。シリアスな場面でも、チャップリンはどんどんギャグを入れてくる

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(9)世界征服を夢想し、地球儀の風船とたわむれるヒンケル。独裁者の狂気がほとばしるシーン
(10)この映画には同盟国の独裁者ナパロニ(ムッソリーニ。ナポリとマカロニを混ぜた造語)も
登場。お互いにオストリッチ(オーストリア)の領土を狙い対立する。独裁者の2人が見栄比べを
するシーンは、いかに彼らが滑稽で薄っぺらか伝わる

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(11)ナチがユダヤ人街を襲撃し、床屋の店が焼き討ちされるシーン。監督としてのチャップリンは
ユダヤ人たちの悲鳴が聞こえるなかで鳥かごを撮影し続けている。直接的な暴力描写を出さないのは
チャップリンの優しさだろう
(12)この鳥かごの直後のシーンが、官邸でピアノを弾くヒンケル。
僕「お父さんはな、この映画で一番怖かったシーンがここやねん。ユダヤ人が悲惨な目にあっている
ときに、それを命令したヒンケルは音楽を楽しんでいる。人間の2つの顔が描かれてて、ほんま怖い」
ふう「床屋のお店が燃えてしまって可哀想…」

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(13)チャップリンはドイツ人=悪という単純な図式にせず、床屋を救うドイツ人も登場させている
(14)映画の後半、いろいろあって床屋とヒンケルが入れ替わり、床屋がトメニア(ドイツ)に
征服されたオストリッチの皇帝に就任することになり、ラストの大演説となる
ここでふうが「うわ~、人間違いなのに演説することになった!正体がバレてしまう!」と隣の部屋に
逃げようとするので、僕と妻が「大丈夫だから!逃げなくていい、大事な演説だからしっかり聴いとき」

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(15)「自由は決して滅びない」「兵士諸君、民主主義の名の下に団結しよう!」
映画史上にさん然と輝く、反ファシズム&民主主義を讃える大演説。この演説内容がもとで
のちにチャップリンは“危険な左翼”のレッテルを貼られ、アメリカを追放されることになる
https://www.youtube.com/watch?v=0RoEu2OxPxc#t=1m07s
(字幕ONで日本語字幕が出ます)
(16)床屋の声がラジオで世界へ流れ、この世の空気がかわり、平和の到来を予感させる

ふう「ハッピーエンドで良かった!」
僕「何が凄いって、この映画はまだアメリカが戦争に参加する前に作られたことやで。
戦争が終わってから、“ヒトラーは悪い奴だった”と言うのは、ある意味簡単なこと。チャップリンは
まだアメリカが参戦する前の、ヒトラーが一番力を持っていたときにこの映画を作ってん。
アメリカの中にはヒトラーを支持する人もいたから、撮影所には“ヒトラーの悪口をいう映画を作る
なら殺す”と脅迫状が届いてた。ふうはヒロインの名前を覚えている?」
ふう「え~と、ハンナ!」
僕「そう。ハンナっていうのはチャップリンのお母さんの名前と同じやねん。だから、この映画はもし
撮影で命を落とすことになっても後悔しないと、お母さんに覚悟を伝えているとも言われている。
それとお金の心配もあって、当時のアメリカは中立だったから、『独裁者』は上映禁止になる可能性が
あった。そうなればチャップリンは製作費が回収できなくて破産しててん」
ふう「映画が禁止になるとかあんの?」
僕「あるある。ドイツと仲良しだった日本やイタリアは禁止になった。日本で『独裁者』が公開
されたのは、戦争が終わって15年も経った1960年やで」
ふう「なんでそんなに遅かったん?」
僕「この映画は独裁者だけじゃなくて戦争そのものも批判しているからやと思う。その頃は冷戦って
いって、アメリカと今のロシアが喧嘩してたから、軍隊を強くしたい人にとってチャップリンは
邪魔な存在で、1952年にアメリカはチャップリンを追放した。日本は戦争のあとアメリカに7年間
占領されてたし、アメリカに気を使ってこの映画をすぐに上映できなかったんじゃないかな」
ふう「そっか~」
僕「ところで、ふう。チャップリンのお墓参りをしたことは覚えてる?」
ふう「もちろん覚えてる!お墓の前に石ころがたくさんあったとこやろ?」
僕「すごいな。同じ年に行ったオードリーのお墓のことは忘れているのに」
ふう「だってその前にチャップリンの映画を観てたから。オードリーの映画は観てなかった」
僕「なるほど」

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(17)ふう「この墓地にチャップリンさんのお墓があんの?」(スイス・ヴヴェイ)
(18)ふう「チャップリンさん、楽しい映画をありがとう」。2015年8月、彼は5歳10カ月

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(19)親が墓参している間、石遊びをしている彼。この記憶が残っているという
(20)「ここは思い出にタイマー写真を撮ろう」。チャップリンとカジポン家でパチリ!

※『独裁者』の当初案では、ラストでユダヤ人と兵士が手を取って踊り、日本も中国に爆弾の
代わりにおもちゃを落として戦争を終えるというものだったという。そこからより具体的に
メッセージを伝える魂の演説に。
※『独裁者』はチャップリンにとって人生最大のヒット作となった。反戦、反差別の映画が
最高益の大ヒット、それだけ多くの人に支持されたわけで、僕はそこに希望を感じる。