2019.01.22 富山県大山の地誌、19
 立山を語るにはどうしても立山町が主になりがちであるが、その南にあるかつての大山町の存在も大きい。ここではそんな意味もこめて、大山地域の地誌を簡単に述べることにする。
 富山県南東部には長野と岐阜に接するほとんど山地の大山町があった。これは平成の大合併2005年で富山市に併合され、今では富山市という冠をつけず単に大山地区といった言い方をしている。
 当地域は、河岸段丘上の街。富山や関西からのアクセス路。
古くから市場の街として形成。江戸時代には在郷町として栄える。立山登山ルートの入り口となっている。加賀藩は立山登山路を岩峅芦倉に限定したために、他のルートとしてあった(上市からの)黒川・大岩などのルートが閉鎖となった。立山温泉の賑わいもあって、大山は上滝を中心に栄えていた。
 近代に入り、常願川の水害復興や電源開発の前線基地としてつぃて電源開発の拠点の街にもなる。その後は、前線基地は奥地に入ることによって、上滝は普通の街に戻る。そんな経緯の街ゆえに、歴史を感じさせる街ということができる。
 少し町勢について記すと;
  19世紀前半 20件ほどの寒村、多くても200人程
  2004年集計 12000人程   
  2018年集計 *