2017.07.23 立山信仰のルートについて、12
 平安期の頃から、立山信仰は都でも有名であり、都の北端として位置づけられていたようである。平安時代では、立山にはいくつもの修験ルートがあり、代表的なものとして、第一が、滑川(もしくは上市)・黒川・護摩堂・早乙女・雄山ルート、第二が上市・大岩・大辻・前大日・大日・雄山ルート、第三が岩くら・芦倉・弥陀ヶ原・室堂・雄山ルートである。上記二つが真言密教に、第三ルートが天台宗に関係していたといわれている。
 江戸時代に入ってからは加賀藩が芦倉ルートのみを整備した関係上、残りのルートはさびれてしまった。 
 山岳宗教としては、平地から低い山をまず登り、尾根伝いに高い山を目指すのが一般的である。川沿いにあがっていくのは登り易いからであり、多くの参拝者の宿泊所を確保できるからである。もちろんこれは加賀藩の政策であり、藩財政を潤すために参拝者を対象にして観光ビジネスを展開したとされている。