モリコウスケ 公式ブログ

新刊『No.1風俗店長が極めた 女性にキモチよく働いてもらうマネジメント術』(共著、こう書房)、絶賛発売中。
風俗業や風俗的ビジネスにはマーケティングやお金儲けのヒントがいっぱい 「人の行く裏に道あり花の山」 金脈探しのヒントになれば幸いです

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以下、本書より。

「人に評価されるからやってるわけではない。そこまで私は思ってない。自分がどこまでやれるか、自分を清掃の職人だと思っている。あくまでそれをやった上で、人がこう感じた、喜ばれたというのが人の評価だから。すべてが人に褒められるということを目的にしていない」

「目標を持って、日々努力し、どんな仕事でも心を込めることができる人が、プロフェッショナルだと思う」

「私は私のやりかたで前に進んでいくだけ。
何かができなかった自分から、
何かができる自分になることが重要で、
それが喜びなんです」

私は、職業訓練校で、清掃の仕事に役立つ資格にはこういうものがありますよと教わったときに、「順番に全部とろう」と決めた。会社に入って真っ先にビルクリーニング技能士の資格をとったのだが、そのとき会社でその資格を持っているのは私以外に二人しかいなくて、女性では私がはじめてだった。

・食料品の小売店、郵便局、一般診療所→500人規模の集落であれば事業は成り立つ

・介護老人福祉施設→4500人(500人で撤退)

・銀行→9500人(6500人で撤退)

・一般病院→27500人(5500人で撤退)
・訪問介護事業→27500人(8500人で撤退)

・有料老人ホーム→125000人(42500人で撤退)

・大学、映画館→175000人(125000人で撤退)

・公認会計士事務所→275000人

神奈川からの配達日数
運賃(持込割引済運賃、100サイズ)

■4〜11日目
小笠原村
島尻郡北大東村・南大東村(沖縄)

■6日目
青ヶ島村(伊豆諸島)→人口175人。日本一人口が少ない村
鹿児島郡
与那国町(沖縄)

■5日目
竹富町(沖縄)

■4日目
利尻郡・礼文郡(北海道)
対馬市(長崎)
奄美市・大島郡(鹿児島)
宮古郡(沖縄)

■翌々日
北海道→1,520円
九州→1,520円
沖縄→2,276円

伊豆諸島・小笠原諸島
隠岐郡(島根)
土庄町豊島・多度津町佐柳島・高見島(香川)
関前・今治村比岐島(愛媛)
津島村竹ケ島・戸島・蛤日振島・百之浦・本九島(愛媛)
沖の島町(高知)

■翌日。ただし、時間帯の指定不可
西津軽郡(青森)
岩船郡粟島浦村(新潟)
香川郡
越智郡(愛媛)
松山市温泉群中島町(愛媛)
安芸郡(高知)

■翌日。14〜16時の時間指定可能
青森、秋田→1,196円
佐渡市(新潟)
岡山、広島、山口、鳥取、島根→1,304円
香川→1,412円

■翌日。すべての時間帯指定が可能
宮城、山形、福島→1,088円
茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川、東京都、山梨→1,088円
新潟、長野→1,088円
富山、石川、福井→1,088円
静岡、愛知、三重、岐阜→1,088円

大阪府、京都府、滋賀、奈良、和歌山、兵庫→1,196円


※空港宅急便
成田空港は翌日
新千歳、福岡、新北九州、長崎、鹿児島空港は4日
その他空港は翌々日

往復空港手数料は、
成田→1,080円
関西・中部→1,296円

その他→648円

先日、富士登山をしてきました。
以下、装備です。
大きく、寒さ対策、紫外線対策、高山病対策、清潔感対策に分かれます。

レインウェア
フリース
長袖シャツ
機能性アンダー
ズボン
スパッツ
ソックス
登山靴
グローブ
帽子(ひも付き。風が強い)
サングラス
ザック
ザックカバー
ヘッドランプ
トレッキングポール
水筒(ハイドレーション)
タオル
絆創膏
日焼け止め
サプリメント(鉄分、アミノ酸系)
行動食(チョコ、ドライフルーツ、ナッツ、ソイジョイ)
ビニール袋(ゴミ袋)
ジップロック
トイレットペーパー
保険証
携帯酸素(高山病予防)
スマホ
モバイルバッテリー
携帯カイロ
デオドラントシート
マウスウォッシュ
歯ブラシ、歯磨き粉(下山後)
時計
小銭(100円。山小屋のトイレは全て有料)



【モリコウスケレビュー】

すっかり観光地化した富士登山といえば、
小学生でも登っているらしいし、
外国人が薄着でカジュアル気分で登っているらしいし、
ハイキング経験しかない僕でも何とかなるさと軽い気持ちで考えていた矢先に本書を手にして、
富士登山に対する意識がすっかり変わりました。

以下、参考になったことや、自分の意識が変わったこと
・事前の体力作り
・装備の準備、レインウェアの重要性
・実店舗に訪れて、試着してみて、機能の進化を体験したくなった
・富士登山をきっかけにして、継続的に山登りを趣味にしたくなった。
その長期的視野から、装備選びをしたい気持ちに変わった
・写真がとてもキレイでテンションがあがった
・たかのてるこさんの初心者目線の記事は、臨場感があり、同じく初心者にとって励みになった
・トイレ用に100円玉をやや多めに用意しておくとよい、という豆知識も役に立つ
・登山者のスナップも豊富なので、どんな装備、ファッションで登山しているかが写真でわかるのもよい。参考になる
・寒さ対策にカイロも持っていこうと思った
・「富士山本」記事で紹介されていた本に読みたくなるものがたくさんあった
・山小屋のリアルなイメージが想像できる記事が良かった
・御朱印、郵便局の開局時期の情報も参考になった



〜松居一代さんの原点がわかる本〜

松居さんのバイタリティ、生命力の強さ、負けず嫌いがよくわかる本です。
息子のアトピーの治療のために、病院を10軒以上も回り、漢方の先生を追い求めて、北京まで訪れました。
日本人医師の処方したミルクに疑問を持ち、ミルクを製造しているメーカーに尋ねたところ、息子にとってはNGである、米のとぎ汁が使われていました。
アトピーに関する処女本出版に際して、ゴーストライターが書いたものには全く納得いかず、結局、10日間で自身で全てを執筆しました。
株式会社松居一代事務所に所属するマネージャーには、松居一代みずからがマネージャーになることを決めました。

以下、本書より。

・隆一を抱きしめながら、病院の門を次から次へと十軒以上も、くぐっていった。

・ミルクを製造しているメーカーに尋ねてみようと心を決め、そのメーカーにこのミルクはどのような成分で作られているのか、と問い合わせてみました。そうしたところ、
なんと、ミルクには米のとぎ汁が使われていたのです。

・私の本に対する趣旨は、ゴーストライターに十分にお話をしておいたはずです。ところが、最初のわずかな数枚を読んだだけで、それから先を読む気が消えてしまうほど、その原稿は私の思い描いていたものとは、あまりにも違ったものだったのです。

・自分のことを一番良く知っているのは、マネージャーではなく自分である。その自分の考え方を、人様にわかっていただくためには、その間に人を介さないで、本人が本人の口から話すのが一番だという結論に達したのです。
・松居一代という商品を、もう一度じっくりと観察してみました。
その当時、何が一番好きで、自信がもてることなのかを考えた時、それは、「話をすること」だということに気がつきました。



以下、本書より。

・ディズニーの企業理念
「ゲストにハピネスを提供する」

ホスピタリティの基礎となる「行動基準」
S:安全(SAFETY)
C:礼儀(COURTESY)
S:ショー(SHOW)
E:効率(EFFICIENCY)

・採用の際に意識していたこと
「ホスピタリティ力のある人を獲得する」

質問の工夫と、しぐさの観察が必要
「家族を喜ばせた経験はある?」と聞いてみる

・サーバント・リーダーシップ
=リーダーはメンバーの自主性を尊重し、その成功や成長に奉仕する

メンバー一人ひとりが、なにを考え、どんな気持ちでいるかを理解する
メンバーが主役、自分は脇役。傾聴と共感の姿勢を忘れない

・代理体験
感動をシェアすることで、個人に起こった卓越した経験を全体で共有することができる。

仕事に対するモチベーションの源泉となる「自己効力感」を育むことにつながる

自己効力感が高くなると「粘り強く努力するとができる」「自分の能力をうまく活用できる」といった前向きな人材へと成長できる

・ウォルト・ディズニーの人材育成の考え方のひとつ
「すべての社員に組織の隅々まで研究し、訪問する機会を与えること」というものがあり、実践されている。ゲストの目に触れるキャストたちには、裏方的な仕事をする人に触れる機会が用意されている。
働く人の生の声を聞き、感動することで、新人たちは「仕事はチームワークで成り立っている」ということを心から理解していく。

ディズニーの人材育成プログラムは、一貫して「感動を揺さぶること」を意識してつくられている
→お客様や他部署との触れ合いから
「このチームで働く意義・誇り」
を見つけてもらう。

感動の輪を広げ、チームワークを高める。

以下、本文より。

・元夫との出会い
松居(28)、元夫(29、DCブランド・パーソンズ創設者)
元夫の会社の顧問弁護士の愛人がその当時松居が所属をしていた芸能プロダクションに勤務していたことから、松居のファンだという元夫との出会いを企てた

・浮気調査、自身が探偵デビュー
探偵会社の見積もりは24時間態勢で一ヶ月張り込みをしたならば、ざっと500万円が必要となると言う。
私にだって探偵ができないはずがないという結論に達した。
外務省を通じて夫の出入国記録を入手。
夫の尾行にはレンタカーを借りて、かつらをつけて、会社から退社する夫のあとを付けた。

・弁護士に指示
その交渉におけるシナリオ、つまり弁護士が喋る言葉、立ち振る舞いにおいても事細かな台本をつくった。

・自分の職業である「女優」に感謝
松居は「マルサの女」「夜逃げ屋本舗供廚暴弍蕁
この映画によって、差し押さえに対してはかなりの知識を持っていた。
そのことが実生活の上でも巡ってきた。
執行官三人が、マンションに突然乗り込んできた。夫が税金を滞納している為に、家財を差し押さえにきた。

・力強い相棒である八歳の息子
話し合いの度ごとに、清水建設は部長以上の役職の人間がずらりと十数名テーブルを挟んで並んでいく。こちら側は私と八歳の息子だけ。交渉の度ごとに息子には学校を休ませて同席させた。彼には録音係をやらせた。

競売の事実を八歳の息子に理解できるように話して聞かせた。それは家族であり、力強い相棒でもある息子の意見を聞く為だ。

・松居の性格
幼い頃は通称頑固ちゃんとも呼ばれていた

・復讐心、執着心
私はこの男を命がある限り決して許すことはない。

松居一代、元夫が語っていた「異常な執着心」 



左から、
3分36秒、3分18秒、5分08秒、3分30秒

松居一代さんは、生きるエネルギーに満ちた、タフネゴシエーターであることがわかる一冊です。
本書を読むと、現在の騒動をより楽しく観察できることでしょう。



以下、本書より。

・松居一代の父は40年間も競艇選手一筋
そんな父を支えている母の口癖
「おとうちゃんは命を賭けて、稼いでいるのよ。そのお金で買った物を粗末にしたら、バチが当たるわよ」

・欠陥工事を行った清水建設の初期対応に松居一代は堪忍袋の緒が切れて、各テレビ局へ、電話をかけた。ワイドショーで取り上げられた。
7歳の息子が事故発生直後に、咄嗟の判断で撮影をした生々しい映像が使われた。
いくつもの試練をのりこえてきた私は、嫌というほど証拠の大切さを教え込まれてきた。
そのことを、たった一人の血を分けた息子だけには、幼いといえども話してきた。

・第一回目の話し合いから、交渉のたびごとに、息子を同席させた。
7歳の隆一に録音係を命じていた。
隠し持ったテープレコーダーを使って、敵陣営にはわからないように、大きなテーブルの下で、会話のすべてを録音させようとしていた。

・私の行動についても、あれこれと計画を立てていた。
ある時はエキサイトして怒り狂い、次の時には180度態度を変えて、涙を流さんばかりにしんみりと語っていく。

・探偵については、将来「松居一代探偵事務所」を開こうと考えてしまうほど得意な分野だった。これもいくつもの試練が生んだ私の技のひとつだ。

・二人の弁護士に依頼はしていたが、清水建設に提出する書類などは私がみずから作成していた。

・私は数年前から計画を練っていた。
計画に沿って、自宅を銀行から買い戻すためには、競売についての知識を積んでいくことが大切だった。そのために弁護士会館の斜め前にある裁判所に、私は連日のごとく足を運んで、世間の競売事情について学んでいた。

・私が、今回超エリート・サラリーマンである彼等(清水建設社員)と接してみて真っ先に感じたことは、「なんて生きるエネルギーが乏しい人達なのか」ということだった。
彼等と交渉を続けていくには、まさにアメとムチが必要だった。
ある時は、机を叩いて「ふざけるんじゃないわよ!」と怒り狂い、またある時は優しくとろけるような声で、交渉を進めていった。

・清水建設の職人の作業は全てビデオカメラで撮影した。
撮影はどのカットも松居一代のナレーションから始まっていく。
松居から現場監督に質問し証拠を撮影した。
「防水層が破損していたとは信じがたい事実ですが、あなたは清水建設の社員として、この一件をどのように思いますか? 防水層の損傷を人間の体にたとえて、わかりやすくこのカメラに向かって説明して下さい」と迫った。

・松井は妥協できずに、三回にわたって風呂場のタイルは貼りなおされていった。
見事な風呂場が出来上がったのも、私が現場にべったりとくっついて工事を見守っていたからだろう。
私はたとえ1ミリの傷といえども絶対に許せなかった。

・世界中で、私のために馬車馬のごとくに働ける人間は、自分しかいない。
つまり、松居一代のマネージャーは、本人が務めることが最もよいと判断した。

・名実共にたくましさを売り物にしている
泣き寝入りするしかないと交際相手に言われて、
「私が泣き寝入りするとでも思っているの!」
思わず、彼の手を払いのけて、ファイティングポーズをとってしまっていた。

・松居一代には近江商人の血が流れている
お節介ババア

・私の正義のマグマが燃えてきた。
もともと血の気の多い私である。
もし私が戦国時代に生きていたならば、真っ先に刀を振りかざし、一番に戦場に出向いていたことだろう。そんな性格が、今回の事件においても、物おじしないで戦っていく覚悟を私につけさせた。

・攻撃型の私は、どうも待つことは苦手だ。

・死ぬ時に絶対後悔しない生き方、それが私の望むところである。

・間違っているものに対しては、立ち向かっていくことが、私の生きざまだと信じているからこそ、1年8ヵ月にわたって全力で挑んでこられた。

・なにが起こるかわからないのが人生。しかし「試練はまさに好機」。私も、この闘争のお陰で一段と強くたくましく成長できた。
「人間やればできるじゃないの。一流企業にだって、勝つことはできる」。これから生きていく上での大きな励みだ。


おまけ)
松居一代との結婚に反対 船越英一郎の父が危惧していた点芸能界に生きる女性特有の気の強さを心配していた。父の船越は、息子のおっとりした性格も見抜き、芸能界入りの際も反対したほど。結婚後、息子が尻に敷かれるのを予見していた

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