感情不要論

  • author: fuyuki_piano_drums
  • 2008年06月15日

senが
「歌うのには感情が必要」
と言うようなことを日記で書いている。
僕は演奏に
「自分の感情は不要」
と唱えてるけれど、これだけだと誤解を生じるから改めて書く。
以前に何度もブログで書いている内容だけれどね。

まず、音楽、即ち音を通して表現するのが音楽家だ。
ただね、楽曲を通して表現する場合と、ただ、音というもので表現するのでは話は違う。

楽曲と言うのは作曲した人の想いやら感情やらを込めた表現。
演奏家はそれを再現するのが仕事。
ということはだよ、
演奏家が自身の感情をその楽曲を肉体化する際に入れるのは間違っている。
演奏家は楽曲の声を聞き、楽曲の持つ感情や想いを表現する。

もし、演奏家が自身の感情やらを音で表現するとしたら
それは即興演奏でないとおかしくないかい?
その際、アンサンブルで表現するとなると必ずなにかしらに束縛される。
リズムやコード等々の理論的なもの。
全てがフリーというモノもあるかもしれないが、
それに関しては
「全てがフリー」
という概念に縛られる。
文筆家が文章で
画家がキャンパス上で線や色で
彫刻家が石や木で
其々の表現するのと同じ。
音楽家は音で表現する。

だから僕は楽曲を演奏する時は無心でいる。
楽曲が自分に入ってくるようにアンテナは立ててるけれど。
一番良い演奏ができた時は楽曲が僕を操れた時。
楽曲の感情が僕に同化するとき。
楽曲を演奏する時その辺りを履き違える人がいたら僕は言ってしまう。
「オマエの感情に興味ない」
ってね。

感情高ぶって歌えなくなってしまうヴォーカル、結構いるんだよね。
それですら許されるとしたら
他のパートがそのような状況に陥っても文句は言えまい。
大まかな役割があるとはいえ、対等なのだから。

やはりね、ヴォーカリストにはその辺、分かりにくいかもしれない。
というのも、彼らが演奏している時間と言うのは
楽曲と言う観点からは彼らが主旋律でメインだからね。
楽器のバッキングで歌を歌うってあんまり無いもんなぁ...。
ま、バッキングをするってことは前のものをサポートするってことでしょ?
それって自分の感情だの想いだのを出しちゃまずいよね。
メインヴォーカルのバックコーラスを思ってもらえれば分かるかな?
メインヴォーカルで楽曲を表現するってことも同様。
自分が主役じゃなくて、楽曲が主役。

うーん、理解してもらえるかね?

この記事へのコメント

演奏する時は、感情を入れないって、難しそうですねΣ(・ω・;‖


1. Posted by 紅牙 2008年06月16日 06:16

そんなことないよ。
それよりも自分の感情が入ってしまうのを排除する方が難しいんじゃないかな?
曲の感情を入れるために自分の心を空っぽにしておけば良いだけの話。

2. Posted by Fuyuki 2008年06月16日 12:17

<font size=6>  ごごごごめんなさぃぃぃぃ…キタ―(゚∀゚≡゚Д゚)ムハァ―!! </font>


((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル


壁|]ロ゚;)))ガタガタ!! …プルプル

3. Posted by sen 2008年06月16日 16:20

ミス

4. Posted by sen 2008年06月16日 16:21

何をガクブルしてるんだよぉ。

5. Posted by Fuyuki 2008年06月17日 02:20

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