丁度いい話題があったので、これを元に鬼才・秋山瑞人を褒め称えたいと思います。


ラノベは小説なのか問題 - Togetter

ラノベは小説なのか問題 - あれとかこれとか (Lefty)



秋山瑞人はライトノベルの本質を見抜き、それを見事に表現する技術を持っている稀有な作家です。


秋山瑞人は地の文で三人称と一人称とを混ぜて書くことが多いのですが、だから小説として失格である、といった評価をする人はあまりいません。彼の文体は普段は三人称なのですが、要所要所に一人称の文章が挿入されている形式を取っています。これは、秋山瑞人が漫画を描写していることに起因します。漫画では吹き出しの外にも文章が書かれることがありますね。中心人物の心理描写であったり、手書きでキャラクターのセリフが書かれていたりするアレです。漫画は基本的に三人称ですが、唐突に一人称が挿入されたりもします。秋山瑞人の人称混合は、こういった漫画の描写を小説に落としこんでいるからこそ起こるのです。そして彼の素晴らしいところは、一人称の部分が漫画でいう吹き出しの外の文章に当たっていると、読者が自然に受け入れられる描写になっている点です。だから「秋山瑞人はけしからんことに人称の使い分けができていない」なんて的外れな指摘をする読者はいません。


また、秋山瑞人は自然主義と記号主義を行ったり来たりもします。「イリヤの空、UFOの夏」の中に、浅羽がびっくりして水前寺の頭にハサミを突き刺してしまうギャグがありましたが、これはアニメや漫画でないとできない表現です。ところが後半では、浅羽がカッターナイフで首をえぐって虫を取り出す場面が痛々しくリアルに描写されます。不死身のギャグキャラクターの世界から、血肉を持った生身の人間の世界に変貌するのです。この自然主義と記号主義が同じ世界に成立しているのもアニメや漫画の特徴の一つですね。この落差を物語に利用するのが秋山瑞人お得意の手法になっています。


「アニメやマンガを描写した小説」それがライトノベルの本質です。 この認識が、秋山瑞人の自由自在な描写を支えているのです。