空を見上げて
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2007年11月

雪の日

雪のまち
今日、一瞬の晴れ間です。

もう、一日中、雪、雪、雪

今朝のニュースでは、奈良の紅葉が紹介されてたのに。

北国は良いところがいっぱいですが
正直、もう少し「秋」が長ければ良いのにと思う。



午前中の猛吹雪の中、友人がわざわざ訪ねてきてくれた。
いつも、気にかけてくれて、優しい「おみやげ」を届けてくれた。
ありがとう

6時半に起きて、「雪はね」をしたと言う。(ご主人のため)
まったくしていない私は、片身が狭い

出社前には、一緒に住んでいる、父と母が仲良く「雪はね」をしていました。
なんとなく、後ろめたいのですが、
「行ってきます!」と、声をかけるのです。



今日の雪道は、車が通る広い通りを除いては、人が道をつけた「一本道」が
いたるところに出来ていて、獣道のようです。

ですから、すれ違うのにも、少しずつお互いが譲り合って、歩きます。
譲ってあげる方は、立ち止まって、相手が通り抜けるのを待っています。
傘をさしている人は、傘を斜めにします。


「ありがとございます」「すみません」
「いいえ〜」「どういたしまして」


自然に言葉が交わされます。
「江戸仕草」そのままだなぁ〜としみじみ思ったのです。




午後、ノース物産株式会社の中村さんが、会社訪問に来ました。
目がきらきらした、30歳の営業マンです。
「楽しそうだなぁ〜」と思いました。
営業マンが、楽しそうに見えるというのは、それだけで、成功しているかも・・・。

守成クラブ旭川では、これからでしょうが、沢山お仲間を築いていって
ほしいと思います。

やっぱり、人に学ばされます





ふじちゃんfuzikofuziko  at 17:49コメント(10)トラックバック(0) この記事をクリップ! 

100万回生きた猫

100万回生きた猫
『100万回生きた猫』

私が22歳の時に、自分のために初めて買った童話

佐野洋子さんの作・絵です。

大好きなお話。

今は、成人している娘の手元にあります。





100万回も生き返って、色々な人生を送ってきているオス猫が
野良猫として、生まれ変り
きれいな白猫に恋をする。

平凡で、幸せな生活を送るのですが、年を取った白猫は静かに亡くなります。
雄猫は泣いて泣いて、白猫の横で亡くなります。

そして、二度と生まれ変わらない。





11月11日(日曜日)午前三時

私の嫁ぎ先の祖母『トキヨさん』が亡くなった。

明治44年12月10日生まれだったので、享年97歳。

丸一昼夜、眠ったまま、ほんと、びっくりするほど、あっと言う間だった。
自宅で看取る事が出来たのは、高橋の母(トキヨさんの娘)の愛情が
あったからだと思う。

90歳を過ぎた頃から、自分の事が、判らなくなってきていたので
母の全時間が、トキヨさんと、共にあったと言っても良いと思う。



私は23歳の時からのお付き合いで、今頃になって
好いおばあちゃんだったなぁ〜と思う。

一度も、お説教や忠告とか頭から「教える」みたいな事を言われた記憶がない。
トキヨさんには、三人の娘と末に長男がいて、
本来なら、三女の母と、暮らすつもりはしていなかったので、

「めんどうをかけている娘のところの嫁」→私

そんな気遣いもあっただろうが、元々、おおらかで、優しい人なのだと思う。



我が家は2世帯住宅、今では独立している子ども達がいたころは、
4世代家族として暮らしてきた。

私→高橋の母→トキヨさん

大人の女が三人もいるのだから、笑えるような笑えないような話もあるが
私達は、永い時間と共に、嫁姑、家族として、少しづつ成長してきたと思う。
認め合いながら暮らしてきたと思う


私と子供は、「おおばぁちゃん」と呼んでいたのです。

22年前に、先に天国に行った「おおじぃちゃん」と仲良くしているかしら。
けんかしたりしてるかしら。
おおばぁちゃんから聞いた沢山の話。
祖母という人を知らないで育った私には、新鮮なものばかりでした。
もっと、聞いておけばよかった・・・。

私たちが、「まぜごはん」と呼んでいた、文化鍋で炊く五目御飯は
未だにまねのままで、あの味にはなりません。



おおばあちゃんとの最後のお別れの時
それまで、けなげに我慢してきた母が
私の胸に顔を埋めて、少女のように泣き崩れた。

思いもよらないことだった。


おおばあちゃんがいたからこそ、私は、母とこんな関係になれたのだと
今更になって気づく。


トキヨさんが、戦時中命をかけて育てた、4人の子供。
7人の孫、13人のひ孫

優しい優しい、哀しい、優しい、通夜、葬儀でした。





なんだか、どうしてもトキヨさんの事を書きたかった。



ふじちゃんfuzikofuziko  at 19:39コメント(4)トラックバック(0) この記事をクリップ! 

蒼き狼オーナーの会が発足

蒼き狼オーナーの会


11月10日、土曜日、秋晴れ

午後1時

銀座ライオンを貸しきり


『蒼き狼オーナーの会』が始まりました。




お仕事をしていて、こんな幸せな会を開かせてもらえた
嬉しい日です。




臼井鋳鉄工業(うすいちゅうてつこうぎょう)の、
臼井社長が、再生させた
『蒼き狼』はジンギスカン鍋。

経営者の勉強仲間だった事もあり、発売当初から
微力ながら、扱わせてもらってきた。


ジンギスカンは、北海道では、大人気の食材。
美味しくて、品質に拘った商品が多い。

でも、鍋はと言うと、道外の、安い、鉄鍋がほとんどだったのです。


鋳物(いもの)屋として、4代目の臼井社長は、ある日、お年寄りから
昔、(昭和30年代)旭川で使われていた、
煙筒付きのジンギスカン鍋が、良かった事を聞きます。


鋳物の技を生かしたジンギスカン鍋『蒼き狼』は
試行錯誤の末に生まれました。


ダクタイル鋳鉄(ちゅうてつ)と言う、『いもの』の中でも
上等な鋳物を使って、出来上がったこの鍋は、


発売当初から、こだわりのある大人達に、ジワジワと広まって行きました。


私に言わせると『美人で性格の良い』愛される子です。



前から、おいしい事を知っていた、小滝畜産さんの
旭川空港でしか販売していない
無添加の『味わいジンギスカン』と抱き合わせる事が出来たのです。



9月から始まっていた「ピータードラッカー読書会」の席で、
私の大好きなナッレジプラザの佐藤等先生に報告。

それでは、それを皆で食べてみましょう!



旭川バージョン


←持っている人を『オーナー』と呼ぶ

 
 『蒼き狼オーナーの会』






少なくても善いからまず、始めましょう!

の、心強い声を頂いて、


賛同して下さった『オーナー』に集まって頂き
会を開く事になったのです。


終始和やかな会になった事と、
このきっかけを下さった、皆さんに
感謝でいっぱいの日となりました。

ありがとうございます。

次回の開催日は1月11日と決定。


会長(何故なのか私)、副会長、事務局まで
トントンと決めてくださった。



三次会までの席では、歌う事もなく
熱心な経営者の『熱い語り』になりました。
















ふじちゃんfuzikofuziko  at 17:27コメント(6)トラックバック(0) この記事をクリップ! 

ごぶさたでございます。

2007岡田邸秋

旧岡田邸の紅葉が、
盛りを終えようとしていた頃

まるで、待っていたように、京都から大切なお客様をお迎えしました。


良い縁になりますように・・・。


いらしたのは、4名の紳士殿です。




食事を終えて、バーで談笑しておりましたら、

ひょんな事から、以前からぜひ見てみたいとおっしゃていらした

糠平湖のタウシュベツの橋を見に行くことに。


いつもなら、水の中に沈んでしまう時期なのですが、
今年は、まだ、姿を見せているらしい・・・。


午前5時半出発!

仕事の出来る、経営者は、こんな決断もすごく早いです。


行った価値のある、貴重な時間を過ごす事が出来ました。



タウシュベツ1タウシュベツ2














橋に向かうべく、横道に入ったとたん

大きな、大きな、熊に遭遇!!

熊は、ゆっくり振り向いて、私たちを一瞥して、林の中に

それを、唖然と見送っていると、

小熊が現れて!

小熊は、転がるように、母親を追いかけて行きました。




何とも、凄い経験です。

北海道に住んでいても、野生の熊に出会った人は、めったにいません!

きっと、良い事がある、兆し!

と、勝手に思う事にいたしましょう(笑)







お礼:長く、ブログをお休みしておりました。
   沢山の方から、思いがけない程、暖かいお言葉を頂きました。
   ありがとうございます。

   これからは、無理をせず、つれづれ日記を続けさせて頂きます。
   相変わらずのマイペースですが、よろしくお願い致します。






ふじちゃんfuzikofuziko  at 14:13コメント(10)トラックバック(0) この記事をクリップ!