2005年12月31日
東郷元帥というひとが、
日本の資本主義の発展のために、欠くべからざるものであった過去の戦争において、巨大な功績をのこした人であり、人格的に卓越した将であったことは、近頃種々の刊行物にあらわれている日露戦争の思い出話のうちにも十分に窺える。智謀にも長(た)け、情に篤く、大胆な決断力をも蔵していたであろうが、例えばバルチック艦隊全滅の勝利にしろ戦争は独り角力でない以上、対手かたの条件との相対的な関係というものが大きい作用をしている。
あの時分のロシアは、ヨーロッパの眠れる熊と呼ばれた。眠っている、然し吼えて立ち上ったらどのような力を振うかもしれぬというのが、広大な国土の潜勢力に対する列強の予想であった。
それに対して日本は、今日と全く違った目安でヨーロッパ諸国からは見られていたのであったから、イギリスの力を勘定に入れてもこの取組は、世界の注目の的となるのは当然であったろう。
ロシアの艦隊が、その実質にはツァーの政府の腐敗を反映して、どんなものであったかということは、ソヴェトの海洋文学の作者ノヴィコフ・プリボーイの近作「ツシマ」が、私達に雄弁な描写を与えている。
アドミラル・トーゴーの勇名が世界に轟いたのは、それらの内的外的の特殊な時代的特徴の濃い諸要点の結合の結果であった。元帥ほどの人物が、そこを見落していなかったことは、彼の日常生活の簡素な心がけや、歴史の上に箇人的武勇を誇示することを嫌ったというところにあらわれていると見ることが出来る。
ところが、元帥をかこむ社会関係においてその心持は、常に十分活かし得ないで、とかく偶然化されると同時に、自身も所謂矩を越え得ず、経済機構の逼迫につれ反動的な力が増すにつれ、いつしかそのために利用される存在とならざるを得なかった。
あの時分のロシアは、ヨーロッパの眠れる熊と呼ばれた。眠っている、然し吼えて立ち上ったらどのような力を振うかもしれぬというのが、広大な国土の潜勢力に対する列強の予想であった。
それに対して日本は、今日と全く違った目安でヨーロッパ諸国からは見られていたのであったから、イギリスの力を勘定に入れてもこの取組は、世界の注目の的となるのは当然であったろう。
ロシアの艦隊が、その実質にはツァーの政府の腐敗を反映して、どんなものであったかということは、ソヴェトの海洋文学の作者ノヴィコフ・プリボーイの近作「ツシマ」が、私達に雄弁な描写を与えている。
アドミラル・トーゴーの勇名が世界に轟いたのは、それらの内的外的の特殊な時代的特徴の濃い諸要点の結合の結果であった。元帥ほどの人物が、そこを見落していなかったことは、彼の日常生活の簡素な心がけや、歴史の上に箇人的武勇を誇示することを嫌ったというところにあらわれていると見ることが出来る。
ところが、元帥をかこむ社会関係においてその心持は、常に十分活かし得ないで、とかく偶然化されると同時に、自身も所謂矩を越え得ず、経済機構の逼迫につれ反動的な力が増すにつれ、いつしかそのために利用される存在とならざるを得なかった。
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2005年12月30日
一人の人間が
社会的に有名であるということは、場合によっては、その人の不幸であるばかりでなく、一家一族の不幸とさえなる場合がある。名家二代なし、といった古い言葉は、うがったところを持っている。碌々として、只事なからんことばかりを期し、親の財産の番でもして生涯を終る者ならばいざ知らず、一代で名をなす男女の生涯は、その人たちの属す社会層によって或る基本的な違いはあるが、それぞれの意味で、強烈な生活力の横溢である。時代と、時代によって動かされているその人の属す階級の歴史的な性質に発現の形は支配されているにしろ凡人以上の個性が日夜動いている。つよい電気の中心により弱いものが吸いつけられ、それに従属した形になるのは、家庭の生活の中では一層はっきりした事実である。偉い親父をもって、ひとに云うことも出来ぬ様々の苦痛を経験する息子や娘というものが、この社会にどの位いることであろう。まして封建性のつよい日本のように、高名な祖父、或は父が家庭内で支配権をおのずから握っているばかりでなく、世間へ出てまで二言目には先ずあれは誰それの息子、娘として批判の基準をおかれることは、いかばかり苦痛であろう。弱気な若いものが中途半端に萎縮し、すこし勝気な青年たちが、反抗から放蕩に陥ったりすることは理解される。自身にのしかかるそういう重荷の歴史性を、はっきり解剖し、根底から社会通念を人間が生きるに合理的な方面に導こうとする建設の道へ身を投じる者は、少数の、本当に強い心持の若者であろう。しかも、それらの勇敢な良心的な若い息子や娘等の努力をも、未だ打挫くだけ、暗い伝習の力はつよい。岩倉侯の娘が転向した後、自殺した。無限の語られざる訴えを、私は心に銘じて今日も忘れ得ないのである。
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2005年12月29日
東郷侯爵家から
警察を通じて、良子嬢をとりまいた五人の平民の若者にお礼として五十円ずつよこされ、狐につままれたような気持で固辞するのを強いても握らされて帰宅したという記事や又、当時そうとは知らずに勿体ないことをした、と洩した客の言葉などは、第三者の立場にあるものの目には、なかなか興味ある社会的な内容を含んで映るのである。何かのはずみに間違えて平民の社会に天降った侯爵令嬢良子が、つつがなく再び天上したからには、総てはあの時ぎりの白日夢とし、東郷侯爵家というもののまわりは又〔七字伏字〕閉ざされたかの如き感じを世間が持つよう、細心な努力が払われている。
湯浅宮相が女子学習院の卒業式に出席して前例ない峻厳な華族の女の子たちの行紀粛正論をやったということが目立ったぐらいで、敢て道徳問題や親の不取締りとかいう点につき、問題化すものは少く日頃は根掘葉掘りの好きな新聞記者さえ、触れ得ぬ点のあることを言外に仄めかす程度に止っている。
私は、先日計らずも或る写真屋で東郷侯一家の家族で撮った一枚の写真を見た。良子嬢の父というひと、母という夫人、弟妹たちをも眺めた。かっちゃんこと良子嬢のお守代として五十円ずつ出したということの内にあらわれている下様の者とは違ったものの考えかたが、自らその家族写真を見た時も心に甦り、私はゴーゴリの小説の一頁が、生きてそこに立ち現れて来ているように感じたのであった。
湯浅宮相が女子学習院の卒業式に出席して前例ない峻厳な華族の女の子たちの行紀粛正論をやったということが目立ったぐらいで、敢て道徳問題や親の不取締りとかいう点につき、問題化すものは少く日頃は根掘葉掘りの好きな新聞記者さえ、触れ得ぬ点のあることを言外に仄めかす程度に止っている。
私は、先日計らずも或る写真屋で東郷侯一家の家族で撮った一枚の写真を見た。良子嬢の父というひと、母という夫人、弟妹たちをも眺めた。かっちゃんこと良子嬢のお守代として五十円ずつ出したということの内にあらわれている下様の者とは違ったものの考えかたが、自らその家族写真を見た時も心に甦り、私はゴーゴリの小説の一頁が、生きてそこに立ち現れて来ているように感じたのであった。
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2005年12月28日
花のたより
シルビア・シドニーが一人二役を見せどころとして主演した「三日姫君」という映画があった。外債募集のためアメリカへやって来た何とかいう世界地図にものっていないような弱小国の麗わしい姫が、ニューヨークへついて間もなくオタフク風にとりつかれてしまったので、その身代りを瓜二つな容姿をもった一人の貧乏で悧※[#「りっしんべん+發」、読みは「はつ」、570-16]な失業女優がつとめて、終りには目出度大新聞の若い社主と結婚するという筋であった。
最近日本では、その筋書とは逆な侯爵令嬢の十七日女給ということが、現実の社会で行われた。その侯爵令嬢が、ほかならぬ故東郷元帥の孫娘であったことは、世間の視聴をそばだてしめた。
良子嬢が、浅草のカフェー・ジェーエルで、味噌汁をかけた飯を立ち食いしつつも朗らかに附近のあんちゃん連にサービスし人気の焦点にあったという新聞記事をよんで、一般の人々はどんな感想を抱いたであろうか。
所謂(いわゆる)名流家庭の親たちの中では駭然として或る恐怖を感じたひとびともあったであろう。好奇心に驚きの混った感情で、忽ち話題の中心とした令嬢らの夥しい数があったであろうことも、女子学習院という貴族の女学校に良子さんが籍をおいていた以上想像されることである。あの記事で、これはありつけるぞととりいそぎ紋付袴を一着に及んだ人相よからぬ職業的一団のあったことも時節柄明らかである。
今月の雑誌は、引つづき世間の興味をうけついで何かの形で東郷侯令嬢の女給ぶりを記事にしているのである。或る読売雑誌には、かっちゃんと呼んで断髪兵児帯姿の良子嬢をはったあんちゃんの一人が、いかにも町の若者らしい情感をもってかっちゃんがそこいらの女給などは夢にも知らぬカメラの話、ヨットの話、華美な夏の鎌倉の遊楽生活を話したりするをきいて、映画的憧れ心を強く刺戟されたことを物語っている。この若い男の結論も、やっぱりどこかちがっていた、というので、醒めての今はボーとなった何かお伽噺めいた印象を読者の心に注いでいる。
最近日本では、その筋書とは逆な侯爵令嬢の十七日女給ということが、現実の社会で行われた。その侯爵令嬢が、ほかならぬ故東郷元帥の孫娘であったことは、世間の視聴をそばだてしめた。
良子嬢が、浅草のカフェー・ジェーエルで、味噌汁をかけた飯を立ち食いしつつも朗らかに附近のあんちゃん連にサービスし人気の焦点にあったという新聞記事をよんで、一般の人々はどんな感想を抱いたであろうか。
所謂(いわゆる)名流家庭の親たちの中では駭然として或る恐怖を感じたひとびともあったであろう。好奇心に驚きの混った感情で、忽ち話題の中心とした令嬢らの夥しい数があったであろうことも、女子学習院という貴族の女学校に良子さんが籍をおいていた以上想像されることである。あの記事で、これはありつけるぞととりいそぎ紋付袴を一着に及んだ人相よからぬ職業的一団のあったことも時節柄明らかである。
今月の雑誌は、引つづき世間の興味をうけついで何かの形で東郷侯令嬢の女給ぶりを記事にしているのである。或る読売雑誌には、かっちゃんと呼んで断髪兵児帯姿の良子嬢をはったあんちゃんの一人が、いかにも町の若者らしい情感をもってかっちゃんがそこいらの女給などは夢にも知らぬカメラの話、ヨットの話、華美な夏の鎌倉の遊楽生活を話したりするをきいて、映画的憧れ心を強く刺戟されたことを物語っている。この若い男の結論も、やっぱりどこかちがっていた、というので、醒めての今はボーとなった何かお伽噺めいた印象を読者の心に注いでいる。
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2005年12月27日
花、土地、人
(一)今、奈良から帰ったばかりなので、印象の新らしい故か、第一番に此処が頭に浮びました。
(二)朴の木の花。鉄砲百合。フリージア。真白いものか、暗いほど濃い紅の花などがすきです。
(三)段々に変って行く最中なので、はっきりは申されません。が、今一番好きと云うより偉いと思うのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
〔一九一八年五月〕
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2005年12月26日
発刊の言葉
町の本屋の店さきを見ると、ハデな表紙の婦人雑誌が山ほどつまれています。どの一冊を手にとりあげてみても、まず美しく着飾った若い女の写真がのっているか、さもなくば、どうしたら美しく化粧できるかというようなことが書かれている。
なるほどこの頃は、不景気につれて、こういうブルジョア婦人雑誌にでも、どうしたら貯金が出来るかとか、失業や減俸にあった家庭のやりくりのしかたとかいう記事がのります。
しかし、わたし達すべて働く婦人は、世の中の不景気が深まるにつれ、一日一日と実に辛い暮しをするので、たとえば減俸についても、ただ、減俸された世帯をどうやりくるかという末のことだけでなく、何故減俸ということが起ったのかという根本のところまでを、どうかして知り度く思うのです。失業についてもそうです。
どうしたらこの不安な失業ということはなくなるか。減俸にあわないですむ世の中になるのか。そういう事も知りたい。
この頃の農村の生活のせつなさはお話のほかです。それについてもお互に話したいこと知りたいことは胸いっぱいです。
ブルジョアの婦人雑誌は、われわれ働く婦人のそういう沢山の望みを決してシンからみたしてはくれません。わたし達は、ほんとに自分達の日常生活の友となり役に立つ知識と勇気と楽しみとを与えてくれる婦人雑誌が欲しいのです。
それにはこれまで『婦人戦旗』というのがあったのです。『婦人戦旗』は日本で初めて生れた働く婦人の友となり教師となる雑誌でした。そして、これは戦旗社という出版社から出されていたものです。
ところが残念なことにこの『婦人戦旗』は非常に出版を困難にされ、実になる婦人雑誌を求めている働く婦人みなさんの手にくまなく渡るというところまでは行きませんでした。
今度まことに嬉しいことには日本プロレタリア文化連盟というのが結成されました。これは今日本にあるわれわれ勤労大衆のための文化団体十二がかたまって力を合わせますます活溌な活動をするところです。
そこからいよいよこの『働く婦人』というわたしらの雑誌が出ます。これこそ、もっと広い、もっと楽しく充実したわれわれの婦人雑誌です。お互に真面目に働きながら多くの苦しみを背負わされている日本の働く婦人ならば、あらゆる職場で、家庭で親しくみんなが読み合う雑誌です。自分たちの力で、どうしたら今の世の中を住みよいところにして行くか。そのために確かり心に入れておかねばならない一切のことがわかり易く書かれてゆかなくてはならない雑誌なのです。
『婦人戦旗』の読者はもちろんのこと、『婦人公論』や『主婦之友』などの読者も、一人のこさずよむべき雑誌です。
仲間同士で、みんな読むよう、すすめ合おう! そして、われわれの力で『働く婦人』を素晴らしいものに守りたてて行こうではありませんか!
みなさん! ドシドシいろんな記事を書いてよこして下さい。どういうことをのせて欲しいか、遠慮しないで注文を出して下さい。
『働く婦人』はわたしらの雑誌です。
なるほどこの頃は、不景気につれて、こういうブルジョア婦人雑誌にでも、どうしたら貯金が出来るかとか、失業や減俸にあった家庭のやりくりのしかたとかいう記事がのります。
しかし、わたし達すべて働く婦人は、世の中の不景気が深まるにつれ、一日一日と実に辛い暮しをするので、たとえば減俸についても、ただ、減俸された世帯をどうやりくるかという末のことだけでなく、何故減俸ということが起ったのかという根本のところまでを、どうかして知り度く思うのです。失業についてもそうです。
どうしたらこの不安な失業ということはなくなるか。減俸にあわないですむ世の中になるのか。そういう事も知りたい。
この頃の農村の生活のせつなさはお話のほかです。それについてもお互に話したいこと知りたいことは胸いっぱいです。
ブルジョアの婦人雑誌は、われわれ働く婦人のそういう沢山の望みを決してシンからみたしてはくれません。わたし達は、ほんとに自分達の日常生活の友となり役に立つ知識と勇気と楽しみとを与えてくれる婦人雑誌が欲しいのです。
それにはこれまで『婦人戦旗』というのがあったのです。『婦人戦旗』は日本で初めて生れた働く婦人の友となり教師となる雑誌でした。そして、これは戦旗社という出版社から出されていたものです。
ところが残念なことにこの『婦人戦旗』は非常に出版を困難にされ、実になる婦人雑誌を求めている働く婦人みなさんの手にくまなく渡るというところまでは行きませんでした。
今度まことに嬉しいことには日本プロレタリア文化連盟というのが結成されました。これは今日本にあるわれわれ勤労大衆のための文化団体十二がかたまって力を合わせますます活溌な活動をするところです。
そこからいよいよこの『働く婦人』というわたしらの雑誌が出ます。これこそ、もっと広い、もっと楽しく充実したわれわれの婦人雑誌です。お互に真面目に働きながら多くの苦しみを背負わされている日本の働く婦人ならば、あらゆる職場で、家庭で親しくみんなが読み合う雑誌です。自分たちの力で、どうしたら今の世の中を住みよいところにして行くか。そのために確かり心に入れておかねばならない一切のことがわかり易く書かれてゆかなくてはならない雑誌なのです。
『婦人戦旗』の読者はもちろんのこと、『婦人公論』や『主婦之友』などの読者も、一人のこさずよむべき雑誌です。
仲間同士で、みんな読むよう、すすめ合おう! そして、われわれの力で『働く婦人』を素晴らしいものに守りたてて行こうではありませんか!
みなさん! ドシドシいろんな記事を書いてよこして下さい。どういうことをのせて欲しいか、遠慮しないで注文を出して下さい。
『働く婦人』はわたしらの雑誌です。
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2005年12月25日
働く婦人の結婚について
働いている婦人は、そういう生活につかれているところもあって、結婚したら家に落付き余り苦労したくなく思うのもわかりますが、実際にはその人と心持が合えば、共稼ぎで辛棒してゆく生活態度でなくては、幸福になる機会さえ逃してしまうのではないでしょうか。男のひとも家庭と妻との概念を変え、互に、愛し合う男と女とが生活に向ってスクラムを組む心持でなくては駄目と思います。
〔一九三七年五月〕
〔一九三七年五月〕
fuzokuzenkoku at 11:39|Permalink│
2005年12月24日
働く婦人の結婚と恋愛
ソヴェト・ロシアでは、結婚にしても離婚にしてもとても自由です。自由と云っても、ブルジョア的な自由ではない。子供に対しては、勿論、お互に責任を持たねばなりません。
私たちの結婚は、結婚とか、恋愛とか、そう云うものを、単にそう云うものとして、私たちの生活から切り離して考えるのではなく、結婚も恋愛も、私たちの生活の、仕事の一部分として、仕事によって結ばれるのでなければなりません。お互いの階級的立場――相手がどういう立場にあるか、自分たちの階級のために働いてゆく人であるかどうか、是は、勿論、基礎的な問題です。従って、私たちの恋愛も結婚も、それぞれの仕事を中心として、同じ仕事をやっている人たちの間に、仕事を通じて結ばれます。
こう云う事が考えられます。結婚当時、同じ政治的な意見を持っていた人たちでも、結婚後、政治的に意見がちがって来る場合があります。そんな場合、私たちは、自分だけが進んだからと云って、すぐに分れてしまうのではなく、お互に勉強し、高めあってゆかねばならないと思います。それは個人的な愛情の問題ではなくむしろ、階級的な任務の問題です。そしてその上でどうしてもお互の政治的な意見がちがう場合、その時、初めて私たちは分れなければならないのです。
〔一九三二年三月〕
私たちの結婚は、結婚とか、恋愛とか、そう云うものを、単にそう云うものとして、私たちの生活から切り離して考えるのではなく、結婚も恋愛も、私たちの生活の、仕事の一部分として、仕事によって結ばれるのでなければなりません。お互いの階級的立場――相手がどういう立場にあるか、自分たちの階級のために働いてゆく人であるかどうか、是は、勿論、基礎的な問題です。従って、私たちの恋愛も結婚も、それぞれの仕事を中心として、同じ仕事をやっている人たちの間に、仕事を通じて結ばれます。
こう云う事が考えられます。結婚当時、同じ政治的な意見を持っていた人たちでも、結婚後、政治的に意見がちがって来る場合があります。そんな場合、私たちは、自分だけが進んだからと云って、すぐに分れてしまうのではなく、お互に勉強し、高めあってゆかねばならないと思います。それは個人的な愛情の問題ではなくむしろ、階級的な任務の問題です。そしてその上でどうしてもお互の政治的な意見がちがう場合、その時、初めて私たちは分れなければならないのです。
〔一九三二年三月〕
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2005年12月23日
それぞれの職場によって、
そこに働いているひとの気分が違う。それは自然な事実であると思う。同じ会社でも半官的なところと小さい個人会社とでは、気風も働く条件も随分ちがっているのが実際であるし専門によってもおのずから相異がある。具体的に云えば一つ経営の下でさえ、課が違えばそこの空気も違うというものだろう。
しかしながら、そういう具体的な細部がそれぞれにちがっているほど、日本の働く女性として社会にもっている条件に大差があるのだろうか。このところは私たちを深く考えさせる点だと思う。
実際の条件は同じによくないのだが、勤め先が世間で通っている名のよいために、それで微かななぐさめや自分への矜持を保とうとする若い女性の心理が、今日の働く婦人たちの心からどのくらい無くなって来ているだろう。その点どのくらい成長して来ているだろうか。
工場に働く女性と他の経営に働く女性との間にはちっとも共感のないのがこれまでの普通であった。よその経営に働く婦人たちは自分たちの境遇のつまりのところは、日本の製糸工場で同性たちが受けている待遇とつながったものであるという現実に対して、実に無智であった。自分たちの居場処や服装が糸取りをして働いている同性たちと違っているということだけに視野をとざされていて、働く婦人として社会にもっている関係の本質の共通性をみる生活の力をもっていなかった。ちょうど、小さい鏡の中で顔と帽子のうつり工合だけ見ていて、自分の靴の踵のねじれ工合をまるで知らない若い娘のような無知さであったと思う。
集団的にリクリエーションを愉しむことを学びつつある日本の働く女性たちは、社会的な集団の感覚で、あらゆる職場で働いている同性たちの生活への理解、共力を新鮮に育てて行くべきであろう。そして、働く女性の強大な合唱によって、旧い習俗の壁を崩さなければなるまいと思う。
〔一九四一年二月〕
しかしながら、そういう具体的な細部がそれぞれにちがっているほど、日本の働く女性として社会にもっている条件に大差があるのだろうか。このところは私たちを深く考えさせる点だと思う。
実際の条件は同じによくないのだが、勤め先が世間で通っている名のよいために、それで微かななぐさめや自分への矜持を保とうとする若い女性の心理が、今日の働く婦人たちの心からどのくらい無くなって来ているだろう。その点どのくらい成長して来ているだろうか。
工場に働く女性と他の経営に働く女性との間にはちっとも共感のないのがこれまでの普通であった。よその経営に働く婦人たちは自分たちの境遇のつまりのところは、日本の製糸工場で同性たちが受けている待遇とつながったものであるという現実に対して、実に無智であった。自分たちの居場処や服装が糸取りをして働いている同性たちと違っているということだけに視野をとざされていて、働く婦人として社会にもっている関係の本質の共通性をみる生活の力をもっていなかった。ちょうど、小さい鏡の中で顔と帽子のうつり工合だけ見ていて、自分の靴の踵のねじれ工合をまるで知らない若い娘のような無知さであったと思う。
集団的にリクリエーションを愉しむことを学びつつある日本の働く女性たちは、社会的な集団の感覚で、あらゆる職場で働いている同性たちの生活への理解、共力を新鮮に育てて行くべきであろう。そして、働く女性の強大な合唱によって、旧い習俗の壁を崩さなければなるまいと思う。
〔一九四一年二月〕
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2005年12月22日
働く婦人の歌声
今日いろいろの職場に働いている若い婦人たちはただ自分たちがそうやって毎日勤めに出て働いているということにだけ誇りを感じているような単純な心で社会を見てはいない。
勤勉なこれらの女性たちは、自分たちの働きに酬いられるものが自分一人を食べさせ、住ませ、着させ、人間として向上してゆくために決して十分でないことをよく知っている。友達としては積極に社会へ出て働く婦人を好んでも、妻としての女性を考えるとやっぱり職場にいるひとでない対象を念頭に浮べるような男のひと達の矛盾した感情をも、直接自分たちの人生に関係をもっていることとして、複雑に感じとられている。
日本の若い働く女性たちのことごとくが置かれている、この職場と家庭生活との板挾みの状態は極めて深刻な性質をもっている。日本の社会が近代化して来たテムポは明治このかた非常に急であるが、そのことは、一方に前時代の様々な習俗が自然に常識の中で変化されてゆくだけの時間がなかったことをも意味していて、社会の激しい動きはどんどん若い女性を社会的な職場へ招きよせているにもかかわらず、女について云われる家庭の婦人らしさの内容は、常に一番多く昔ながらの習慣しきたりを負うているのである。
近代的な社会要素と封建の要素とが最もいり組んだ関係で絡みあっているのが、日本の働く女性たちの境遇である。
これまでは一日きまった時間だけ働くと、あとはちりぢりに帰って、自分の趣味は自分だけでみたし、お稽古にも一人で通っていたようなひとたちが、この頃は集団的に自分たちの教養や趣味を培ってゆく方法をとっていることは、はやりと云って過ぎてしまえない意義をもっていると思う。
一緒にそういう稽古事もすることで、生活の一層多様な面が互に働いている女性としての共通な感情で結ばれて、日本の女性につきものであった因循さも失われ、初歩的な下手なところから明るく臆せず皆でたのしむという気分がゆたかにされる。稽古事やスポーツは、上達だけが目的ではなくて、それを愉しくやっているというそのことのなかに本当の愉しさが在るのだという、生活を立体的にたのしむ術も、身につけられようとしている。
勤勉な日本の女性たちは、頭と体とを強壮にして、独特に複雑な自分たちの歴史に、一条でも明るい光を、一筋でも合理な生活の道を自分たちの力でつくり出してゆかなければならない。
勤勉なこれらの女性たちは、自分たちの働きに酬いられるものが自分一人を食べさせ、住ませ、着させ、人間として向上してゆくために決して十分でないことをよく知っている。友達としては積極に社会へ出て働く婦人を好んでも、妻としての女性を考えるとやっぱり職場にいるひとでない対象を念頭に浮べるような男のひと達の矛盾した感情をも、直接自分たちの人生に関係をもっていることとして、複雑に感じとられている。
日本の若い働く女性たちのことごとくが置かれている、この職場と家庭生活との板挾みの状態は極めて深刻な性質をもっている。日本の社会が近代化して来たテムポは明治このかた非常に急であるが、そのことは、一方に前時代の様々な習俗が自然に常識の中で変化されてゆくだけの時間がなかったことをも意味していて、社会の激しい動きはどんどん若い女性を社会的な職場へ招きよせているにもかかわらず、女について云われる家庭の婦人らしさの内容は、常に一番多く昔ながらの習慣しきたりを負うているのである。
近代的な社会要素と封建の要素とが最もいり組んだ関係で絡みあっているのが、日本の働く女性たちの境遇である。
これまでは一日きまった時間だけ働くと、あとはちりぢりに帰って、自分の趣味は自分だけでみたし、お稽古にも一人で通っていたようなひとたちが、この頃は集団的に自分たちの教養や趣味を培ってゆく方法をとっていることは、はやりと云って過ぎてしまえない意義をもっていると思う。
一緒にそういう稽古事もすることで、生活の一層多様な面が互に働いている女性としての共通な感情で結ばれて、日本の女性につきものであった因循さも失われ、初歩的な下手なところから明るく臆せず皆でたのしむという気分がゆたかにされる。稽古事やスポーツは、上達だけが目的ではなくて、それを愉しくやっているというそのことのなかに本当の愉しさが在るのだという、生活を立体的にたのしむ術も、身につけられようとしている。
勤勉な日本の女性たちは、頭と体とを強壮にして、独特に複雑な自分たちの歴史に、一条でも明るい光を、一筋でも合理な生活の道を自分たちの力でつくり出してゆかなければならない。
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