トップページ » 2009年09月
2009年09月

第二十三回特別講習会

講師 鎗田 勝司
内容 陳式太極拳老架一路と推手および用法
日時 10月11日(日) 12:30〜15:30
場所 西荻窪永谷ダンススタジオ
 杉並区松庵3−40−9 西荻窪駅前永谷ビル地下一階
受講料 2,000円

*詳細は事務局までお問い合わせください。

fyotphskfyotphsk  at 23:40 この記事をクリップ! 

2009年10月練習日程

10月4日 通常練習(西神田コスモス館体育館B 13:30〜)
10月11日 第二十三回特別講習会(西荻窪永谷ダンススタジオ 12:30〜)
10月18日 通常練習(西神田コスモス館音楽室・記念室 13:30〜)
10月25日 通常練習(西荻窪永谷ダンススタジオ 12:30〜)

* 場所および時間が変則的になります。確認をお願いいたします。

fyotphskfyotphsk  at 23:38 この記事をクリップ! 

太極拳修行試論

太極拳修行試論


東京陳式太極拳倶楽部 代表 鎗田 勝司



 私の教室では、武術として太極拳を練習していることは、何度もこのブログで述べてきた。私は学んでいる人たちに、套路、用法、推手と練習の段階がすすんでいくに従って、一つ一つの練習の正しいやり方がもたらす効果を実感してもらい、ただ套路だけを学びそれを修正する教室とは違う魅力を感じてもらいたいと思っている。なぜなら私は、套路と共に対人技を学び、常に相手の動きやその場の状況に合わせた動きができるようになったり、危険を察知しすばやく反応できる能力を磨いたり、最小で最大の効果をあげる原理を学んだりなどの形に現れない部分を鍛錬することにこそ、武術として太極拳を学ぶおもしろさがあると思っているからである。

 武術というと、命をかけて戦い、相手を倒す、といった殺伐としたイメージがあるが、現代の我々はまず自分の心身を守ることを考えねばならない。我々の心の中の危機的な状況に正面から向き合う、いうなれば自分と戦うことこそ、いつの時代にも必要なことではないだろうか。
 
 価値観が多様化しているといわれる現代、多様化というよりむしろ一人ひとりが自分の価値感をもち、それを表現することをはばからなくなっているだけ、人はわがままになっているといえるのかもしれない。しかし、このことは決して悲観的に見るべきことではなく、人間社会が成熟していく過程の一つであり、自然なことのような気がするのは私だけであろうか。むしろこの社会を受け入れ、自分自身のコミュニケーション・スキルを磨くことによって対応していくことが現代に生きる我々の課題なのではないだろうかと私は思う。ここに私は武術修行の現代的な意義の一つを見出す。

 武術はいうなればコミュニケーション力の向上を目指すものであるといえる。
 武術には当然戦うべき相手がいる。常に相手の動きを察知しながら、自分の動きを決めていく。しかもそれは瞬時に行なわなければならない。勝とう勝とうという意識が強すぎると視野がせばまり、逆にスキをつくってしまうし、過度に恐れれば萎縮して、自分の動きを止め、相手にやりこまれて、最後には自分を失うことになる。このことはちょっと自由推手や散手をやってみればわかることで、その根底にはやはり情報のやり取りあり、いかに正しい情報を得、それに応じて動けるかということに、勝負を決する鍵がある。
 私たちは相手の命を奪うために武術を用いてはならないが、しかし自分が傷つけられないように守れなければ、武術の意味もない。

 コミュニケーション力という時に、次の三つの力が考えられる。
 一つ目は、相手の情報を得る力、いわゆる聴く力である。二つ目は、相手に逆らわない、相手のコミュニケーション傾向にあわせる力、そして三つ目はマナー、いわゆる礼儀を持って接する、ということである。この三つは太極拳の練習によって養われる。このことは何も推手や散手の練習にかぎることではなく、太極拳の練習全般を通じて、学ぶことができることであると私は思う。
 心静かに、自己の内面と対話するがごとく、套路を練習し、推手や対練によって相手に合わせて動くことを学ぶ。また練習仲間と技を掛けあうことによって、共に研究する心が生まれる。自分の身体の痛みを、相手の痛みと共有し、技を掛けることだけではなく掛けられる人の気持ちをも理解するのである。

 もちろん、套路をひたすら繰り返したり、身体を鍛錬したりとひとりでストイックに行なう練習は必修であるし、このことは自分の目的意識を高めるためにも、またそれを確かめるためにも必要なことではある。しかしながら、私たちは社会性をもった人間として、他人の存在が認識できるからこそ、自分自身の存在を確認できるのである。

 修行、修行と言って、たしかに偉大な業績や人格を作り上げた人も多い反面、身につけた知識、技術とともにエゴをも高め、他人に自分を強く印象付けようとする人も多くいる。私は、修行とは本来、自分を無くしていくことではないかと思っている。今の自分にこだわらず、より大きな智恵へと近づいていくことにこそ修行の意味があると私は思うのだが……。

 このように太極拳の練習からはその目的意識によってさまざまなことが学べるのである。

 もし、人間関係で悩んでいる人がいたら私たちと一緒に太極拳で汗を流してみませんか。いままで知らなかった自分が発見できるかもしれません。どんな目的であれ、私たちはあなたを歓迎します。

fyotphskfyotphsk  at 20:07 この記事をクリップ!