こちら極東基地

私的探偵小説読書録。

「お文の魂」 著:岡本綺堂

 光文社文庫『半七捕物帳 1』収録
 春陽文庫『半七捕物帳 1』収録
 創元推理文庫『日本探偵小説全集 名作集1』収録

 旗本・松本彦太郎のもとに嫁いだ筈の妹のお道が娘のお春を連れて戻ってきた。お道は嫁ぎ先の小幡伊織のもとにはもう居られないからかくまってくれと訴える。理由を尋ねてもなかなか話そうとしないお道が途方にくれ訴えたことには、夜な夜なお道の枕元にびしょ濡れの着物を着た女性の幽霊が現れるというのである。お春も「ふみが来た、ふみが来た」と泣き叫ぶ。そのような晩が四日続いたので家を出てきたという。彦太郎は小幡と相談し、お道とお春が寝ているところを観察することにするが……。

 捕物帳とは何か。時代小説と探偵小説が融合したものをイメージしていただくといいだろう。旧幕の時代を舞台とし、現在と異なる文化・思想・風習に彩られた世界で発生する事件をキャラクターが解決する。探偵小説との融合と書いたがその繋がりは深く、太平洋戦争が激化し探偵小説が発行禁止になると、多くの探偵作家が規制されていなかった捕物帳を執筆して時代を繋いだ。作家・北村薫は、

「現代において推理小説全集を編む場合、捕物帳をはずすことなど考えられない」

と述べている(※1)。捕物帳は横溝正史の『人形佐七捕物帳』をはじめ、城昌幸・久生十蘭・坂口安吾といった探偵小説に縁ある人々によって執筆され、多くの傑作が生み出された。日本の探偵小説界に多大な影響を与えた捕物帳の嚆矢となったのが岡本綺堂の『半七捕物帳』である。「お文の魂」は『文芸倶楽部』で大正六年に発表された『半七捕物帳』の記念すべき第一作である。

 旗本・松村彦太郎が嫁いだ妹の身に起こる奇怪な現象に頭を悩ませるが、武士としての立場が立場ゆえ大っぴらにできず、気心の知れた友人に秘密裏の捜査を依頼するという人の動き、世間体というものが現代にはない時代小説としての一面をうかがわせる。その一方で明るいキャラクターで登場し、颯爽と不可思議な事件を論理的に解決してしまう半七の活躍はまさしく探偵小説である。「お文の魂」も現代的なトリックこそ皆無であるが、妹とその娘の心霊体験の正体は物語として十分楽しめる。

 『半七捕物帳』自体が日本探偵小説黎明期の作品であり、現代的なトリックという点においてはおよそ及ばないものである。決して色あせることのない物語であることは確かだ。現代ミステリーしか読まないという方にも、ぜひとも勇気を出して手に取っていただきたい。きっと今まで味わったことのない古いけど新しい“ミステリー”に出会えることだろう。

(※1) 創元推理文庫『日本探偵小説全集 名作選1』解説

『首挽村の殺人』 著:大村友貴美

 無医村の状態が続いていた岩手県鷲尻村にやってきた医師・滝本志門。彼の着任以後立て続けに発生する殺人事件。殺害された遺体はどれも異様な姿をして発見される。村が猟奇殺人事件に恐怖に怯える中、追い討ちをかけるように人食い熊が出現。村はパニックに陥る……。

 平成十九(2007)年の第27回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作にして大村友貴美のデビュー作である。単行本発売時の帯に「新世紀の横溝正史」との旨で煽られたことから話題となった作品である。

 表紙を開いて数ページ、冒頭から血にまみれた死体が姿を現す。ショッキングな内容で読者を迎え入れる『首挽村の殺人』は、「これが、21世紀の横溝正史だ」という煽りがストレートに感じられるほど横溝正史テイストに溢れた作品である。村に隠された伝説、異様な姿で発見される遺体、殺人事件の進行と同時に発生する混乱、外からやってきた人間に心を開かない村人などなど横溝正史作品でいえば『獄門島』や『八つ墓村』という有名作をイメージしてもらえばいいだろうか。これまで多く横溝正史のパロディやオマージュとした作品が世に送り出されてきたが、この作品は最も横溝テイストに固執しているといっていいだろう。もっとも横溝テイストといっても地方を扱うときの横溝正史であるが。

 しかし単に横溝正史に影響を受けた作品というわけではない。選評で綾辻行人が、

「過疎化や少子高齢化、市町村合併、自然破壊などの問題にあえぐ東北の寒村のしごく今日的な現実が、語り継がれる村の陰惨な歴史と妙に生々しく響きあう感じが、「単に『いかにも』な横溝的世界を現代に表現してみました」というレベルを超えた面白さにつながっている」

と述べている。しかし、この綾辻行人の指摘は適当ではないだろう。横溝的世界を一般に植えつけられている寒村・集落という一面だけ捉えていることを置いておくとしても、横溝正史も作品に設定した年代とその当時の社会情勢を意識していたことは作品に目を通せばわかることである。

 この作品で評価すべき点は、閉鎖的な社会(村・集落)で発生する事件の根源者(犯人)に新たなポジションを見出したことであろう。多くを語るとネタバレになりかねないので控えるが、少なくとも横溝正史は作品で用いてはいない犯人像である。この一点は横溝正史を意識していると唸らせられるポイントであろう。

 尚、平成二十(2008)年8月著者の第二作「死墓島の殺人」が発売されている。

『そして扉が閉ざされた』 著:岡嶋二人

 講談社文庫『そして扉が閉ざされた』

 地下シェルターに閉じ込められた4人の男女。彼らを閉じ込めた犯人が4人に共通するある女性の母親であると気づいたとき、女性が変死事件の推理が始まった。4人の記憶の果てに導き出される事件の真相とは……。

 岡嶋二人は井上泉(現PN:井上夢人)と徳山諄一コンビのペンネーム。昭和五十七(1982)年『焦茶色のパステル』で第28回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。コンビは平成元(1989)年解消され、現在井上泉が井上夢人として執筆活動を続けている。『そして扉が閉ざされた』は1987年に発表された。

 この作品は過去の回想と現実の推理という二つのパートに分かれる。他人に見えることのない過去の記憶が謎と行動を起こさなければ死という精神的圧迫がキャラクターの人間関係の対立・疑心暗鬼などを呼び込むと同時に、推理を楽しむ読者も全てのキャラクターが怪しく感じられる。また無機質なシェルターでの時間の経過がスリルを感じさせる。これらの要素が地下シェルターという大きな動きができない環境ながら飽きさせず読ませる面白さを含んでいる。

 「人さらいの岡嶋」と揶揄されるほど誘拐を題材に扱うことが多かったが、この作品では本格推理小説として一つのトリックに焦点が置かれている。『そして扉が閉ざされた』のテーマ及びメッセージは井上泉が推理小説に用いられる、あるトリックに対する疑問であったようで、その疑問に対する答えがこの作品に込められている(※1)。その成果か、この作品は一風かわった結末を見せている。

 思わず読み返してしまう衝撃。一度堪能あれ。


(1)講談社文庫『おかしな二人 岡嶋二人盛衰記』著:井上夢人
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