こちら極東基地

私的探偵小説読書録。

昭和初期(〜1944)

「灯台鬼」 著:大阪圭吉

 創元推理文庫『銀座幽霊』所収

 ある霧の深い夜、汐巻灯台の灯が突然消えた。近くの臨海試験所で働く職員は異変を感じ、すぐさま灯台に駆けつけた。職員たちは灯台の前で技手と小使出会った。技手は灯台内部と無線が繋がらないことを説明したが、小使は震えながら、
「……はい……ゆ、幽霊が、出ましただ……」
といった。

 大阪圭吉は戦前の大家・甲賀三郎の推薦でデビューした戦前作家である。当時珍しい物理トリックを中心に添えた探偵小説を多く執筆しており、その他時勢柄スパイ小説も執筆した。その後兵隊に召集され、昭和二十年七月二日フィリピンはルソン島で戦死している。「灯台鬼」は『新青年』昭和十年十二月号に発表された作品である。

 戦前作家となると江戸川乱歩・甲賀三郎・木々高太郎といった著名な作家以外は、度々発行される『新青年』傑作選などのアンソロジーで名前が見られる程度である。最近は論創社の論創ミステリ叢書で戦前のマイナー作家の作品がアンソロジーではなく作家ごとにまとめられているが、一般の人が接する機会は極めて少ないだろう。しかしながら大阪圭吉は創元推理文庫で作品がまとめられている以外にも様々なアンソロジーに紹介されており、比較的容易に接することが可能である。ことに「灯台鬼」は戦前を代表する密室トリックとして鮎川哲也(※1)や有栖川有栖(※2)らに紹介されており、評価も高い作品である。

 導入部を上に記したが早速「幽霊」という語が登場している。物語の流れの中で幽霊を想起させる展開は怪奇・幻想を重視した当時の探偵小説では多く見られたものであるが、大阪圭吉も「銀座幽霊」「石塀幽霊」「幽霊妻」など多くの作品で用いている。ただ幽霊という語を用いるだけでなく作中の雰囲気には気を使っている。

 私達の勤めている臨海試験場の恰度真向いに見える汐巻灯台の灯が、何の音沙汰もなく突然吹き消すように消えてしまったのは、空気のドンヨリと粘った、北太平洋名物の紗幕のような海霧の深い或るある真夜中のことであった。

『冒頭部の抜粋であるがいかにもな雰囲気を醸し出していることがわかる。大阪圭 吉氏の作品は冒頭にも観られる「ドンヨリ」のようなカタカナや、外来語に漢字を 用いカタカナでルビを打つことで生じる独特な文章の雰囲気が怪奇色と合わさり効 果をあげていると思われる。』

 また怪奇性は文章だけでなくトリックとその伏線の中に効果的に描かれている。技手と小使にであった後主人公たちは問題の灯台に上がっていくのであるが、そこで事件発生直後幽霊の声を聞いたという証言や、割れた窓からねッとりと水に濡れた謎の赤い物体が海へ向かって飛び込んだという目撃談が関係者から寄せられる。大の男二人でも持ち上げられないほどの巨石が灯台の頂上にあったことと、事件発生直後たった一つの出入り口である螺旋階段に犯人の姿が見えなかったこともあわせて奇奇怪怪の展開である。

 当然のことながらこれらが一つの線で結ばれ解決をみるわけであるが、この作品で用いられるトリックは非常に大胆且つ奇抜なもので、後年の島田一男や島田荘司の推理小説のトリックで発想の接点が見られる。いかに大阪圭吉が最先端をいっていたかがわかる。

長編を残すことなく戦争でこの世を去ったことが非常に残念でならない。

(※1)……講談社文庫『密室探求 第一集』編:鮎川哲也
(※2)……現代書林『有栖川有栖の密室大図鑑』著:有栖川有栖

「偽悪病患者」 著:大下宇陀児

 国書刊行会『烙印』収録

 夫が肺病で倒れ看病に勤しむ妹と、ヘルニアのため遠方で静養を余儀なくされた兄の往復書簡。妹夫婦のところに頻繁に見舞いに現れる夫と兄共通の友人。彼の性格と女性とのトラブルを数多く知っている兄は妹夫婦に接近する友人を警戒するように忠告するが……。

 大下宇陀児は戦前に江戸川乱歩と甲賀三郎と並んで三羽烏と称えられ、黎明期の探偵小説界の先頭を走り続けた作家である。戦後も長編『石の下の記憶』で探偵作家クラブ賞を受賞している。犯罪小説などを中心に犯罪心理を描くことを得意としており、社会派推理小説ブームの生みの親・松本清張の作品に通じるものが多い。作家・山村正夫は、

「社会派推理小説の先駆者」

と表現している(※1)。ただし、松本清張がよりリアルを追求しているのに対し、大下宇陀児は読み物としてあろうと意識しているように感じられる。同じ犯罪心理でも少々個性は異なる。

 昭和十一(1936)年『新青年』発表の「偽悪病患者」は大下宇陀児の得意とする犯罪心理と謎解き探偵小説が見事に融合した作品である。手紙の中に現れる事件の発生を危惧する心理、事件発生に混乱する心理、手紙という全てが見えない媒体から真実をあぶりだそうとする心理、手紙の上に人の意見を挟むことなく一人の人間の意見が一度に吐き出されている。また、手紙という媒体は送られてきて始めて相手の意見が理解できる。それ故手紙が送られてこないことに対する焦りを描いたり、電報という文字数の限られたカタカナ文が妙な雰囲気を醸し出す。

 現代では通用しないものの謎解きの要素もまた手紙に内包されており、手紙という体裁が効果的に活用された作品である。

 手紙を扱った探偵小説といえば横溝正史の短編「車井戸はなぜ軋る」(※2)があるが、この作品もまた兄と妹の往復書簡を扱った謎解きとしても非常に楽しめる良作である。「偽悪病患者」とともにぜひとも読んでいただきたい。

(※1)双葉社『推理文壇戦後史 4』著:山村正夫
(※2)角川文庫『本陣殺人事件』収録

『蝿男』 著:海野十三

 講談社文庫『蝿男』(絶版)
 沖積社『海野十三傑作選集 3』所収

 大阪の富豪に蝿男なる人物から殺人予告が届けられた。警察により厳重な警備が行われる中、標的となった富豪は天井に吊るされ殺されていた。現場は完全に近い密室。蝿男はいかにして不可能犯罪を可能にしたのか。
 名探偵・帆村荘六が蝿男に挑む。

 海野十三は「ウンノ・ジュウザ」と読む。日本SFの父と呼ばれ、後年のSF作家に多大な影響を与えている。昭和三年四月「新青年」に『電気風呂の怪死事件』を発表し、一般雑誌デビューをしている。『蝿男』は『講談雑誌』昭和十二年一月号から十月号にかけて連載された。前年には『深夜の市長』、同年には『十八時の音楽浴』という代表作が生み出されている。

 『蝿男』は探偵小説のジャンルに分けられるが、トリックを重視した本格とは一線を画した極めて通俗的な内容となっている。登場人物の性格・思考・行動が冒険活劇風に描かれており、推理小説というイメージを持って読むと戸惑うかもしれない。作中、探偵役の帆村荘六が蝿男を追跡するシーンでは、追跡の足を得るため近くに置かれていたオート三輪に手を掛けるが持ち主に理解してもらえず、

『帆村は咄嗟に決心した。隙だらけの店員(持ち主)の顎を狙って下からドーンとアッパーカットを喰わせた。(以下略)』

とある。推理小説志向のライトノベルならまだしも、現代の推理小説というジャンルにおいてはそうそうお目にかかれるシーンではない。このような作風ゆえ蝿男の正体や作中用いられる密室のトリックなどは、リアル志向の推理小説を求める読者には受け入れがたい作品であるといえる。

 ただ、よくいえば肩の力を抜いて楽しめる読み物である。この海野十三の作風は『蝿男』に限ったものではなく、「赤外線男」「盗まれた脳髄」「爬虫館事件」などなど数多くの作品でみられる。また、ここで挙げた作品群は少なからずSF的エッセンスが込められており、SFの父・海野十三の片鱗がみえることだろう。
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