こちら極東基地

私的探偵小説読書録。

1945〜1949

『本陣殺人事件』 著:横溝正史

角川文庫『本陣殺人事件』収録
春陽文庫『本陣殺人事件』収録
出版芸術社『横溝正史自選集 1』収録
双葉文庫『日本推理作家協会賞受賞作全集 1』

 江戸時代、本陣を営む家として栄えてきた名家・一柳家。昭和十一年一柳家の当主・賢蔵は周りの反対を押し切り、小作人の娘・久保克子を妻として迎え式を挙げる。婚礼の日の夜、皆が寝静まる中突如一柳家に奇怪な琴の音が鳴り響く。琴の音がしたとされる離れに皆が向かうと、離れで夜をともにしていた新婚夫婦が惨殺された状態で発見される。離れは雨戸が閉められており、周りは足跡一つ無い雪の密室、しかしその雪の上に突き刺さる凶器と思しき一本の日本刀。
 克子の育ての親で伯父の久保銀蔵は自分の妻へ向けて一通の電報を打つ。「克子死ス 金田一氏ヲヨコセ」

 事件の設定年代から十年後の昭和二十一年、雑誌『宝石』にて連載された横溝正史の戦後第一作長編にして、名探偵・金田一耕助登場第一作目の作品、そして戦後本格ブームの到来を告げた記念碑的作品である。

 本陣という家柄、封建的な思想、琴に代表される小道具などなど非常に日本的な設定の中に、雪に突き刺さる血に濡れた日本刀、真夜中に響き渡る琴の音、指紋のない三本指の血の跡など日本的でありながら探偵小説的な小道具が飾られている。当時またはそれ以前、探偵小説といえば西洋的な屋敷で起こるものとされ、場所も小道具も西洋的であった中、その常識を打ち破り純日本的な要素に彩られた作品となっている。特に日本家屋では不可能とされた密室殺人を描いた点からは横溝正史の野心を感じられる。作中金田一耕助と一柳賢蔵の弟・三郎との密室推理小説談義や、ガストン・ルルーの『黄色い部屋の謎』を意識したと思われる離れが赤塗りという設定、これらはそれ以前に発表された密室トリックに対する挑戦という意図が含まれていたのであろう。日本的設定や作風は同時期に発表された『本陣〜』と双璧をなす本格の嚆矢、角田喜久雄『高木家の惨劇』と比較すると面白い。

 発表当時、誰も見向きをしなかった地方性・純日本的文化、独創的なトリックに彩られた『本陣〜』は江戸川乱歩(※1)を始め多くの探偵作家・評論家(※2)によって語られている。多くある研究それぞれが興味深く面白いものであるが、その中にあって特に戦後横溝正史作品の一面を見抜いていると思われるのが大衆文学研究家・小松史生子の論(※3)である。小松氏は、

 『肝心なのは、右の(作品冒頭の)一柳家の描写が、単なる家屋の建築構造ではなく、その家屋が建つ周辺の土地を含めてのいわゆるたたずまい描写である点なのだ。たたずまいとは、生活の場を領域化する、すなわち定着の状態(中略)特に自然環境を含めて把握する居住状態全般をさす。『本陣殺人事件』が「家を巡る物語」であることは従来から指摘されているとおりであるとしても、見逃されやすいのは、ここで物語られようとしている「家」が、歩くという経験行為を持って体感されるたたずまいとしての家である点だ。』

と述べ、地理的イメージが容易なこれらの描写が作品発表当時一般の人々が抱いていた「定着状態への憧憬」に繋がるとしている。いわれてみれば氏の指摘は『本陣〜』に限ったものではなく、村への交通手段を示した『八つ墓村』などでその一端を見ることができる。作家・真中仁も『獄門島』を例に挙げ、金田一耕助が歩みながら体感する光景のリアリティが読者を作品に引き込む、と述べている(※4)。

 土地・地理的表現も確かに特徴的であるが、個人的には戦後横溝正史の味は文章でありながら、視覚的に訴える力があることにあると思う。『獄門島』や『悪魔の手毬唄』の死体装飾、『病院坂の首縊りの家』の風鈴に模した生首、「毒の矢」のトランプの刺青などなど例を挙げれば切りがない。例に挙げたものはどれも死体に関するものであるが、『本陣殺人事件』の場合は視覚的効果がトリックに現れる。読んでいただければわかっていただけると思うが、非常に大胆且つ大掛かりで、そしてどこか美しい。そんなトリックがこの作品に収められている。

 ストーリーになかなか触れていなかったが、『本陣〜』はストーリーもまた忘れがたい。こと人と人の係わり合いの果てに訪れる真相は哀愁漂うやりきれないものとなっている。どこまでも救いがたい。心にしこりの残る結末。この積み重ねが後に描かれることになる金田一耕助の習性につながっていく。

 『本陣殺人事件』には戦後横溝正史の全てが詰まっている。

(※1)…江戸川乱歩「『本陣殺人事件』を評す」(『横溝正史読本』収録 角川文庫)
(※2)…権田萬治「田園の夜の恐怖=横溝正史論」(『日本探偵作家論』収録 双葉文庫)や、荒正人「横溝正史論」(『幻影城増刊 横溝正史の世界』収録 幻影城)など。
(※3)…小松史生子「横溝正史『本陣殺人事件』再考」(『探偵小説と日本近代』収録 青弓社)
(※4)…『NHK知るを楽しむ 私のこだわり人物伝 2008年6月 横溝正史』

『虹男』 著:角田喜久雄

春陽文庫『虹男』(絶版)
岩谷書店『別冊宝石 角田喜久雄読本』収録(絶版)


 口から虹を吐き、その虹で人を殺すという虹男の伝説が伝わる麻耶家。ひとりの女性を巡り麻耶家を襲う連続殺人。被害者はみな死の直前に虹が発生し得ない環境で虹を目撃し死んでいく……。

 戦前、十四歳という若さで懸賞小説に投稿した作品が入選するなど若くしてその才能を開花させた角田喜久雄。角田喜久雄の探偵小説というと戦後すぐの『高木家の惨劇』が横溝正史『本陣殺人事件』とならび本格推理小説の嚆矢として有名である。『虹男』は『高木家〜』発表の翌年昭和22年に発表された作品である。

 この作品には読み手の気を惹く小道具がふんだんに盛り込まれている。謎を秘めた一族、大昔に端を発する奇妙な伝説、得体の知れない怪人など上げればきりがない。しかし探偵小説然とした血と因習という題材を扱う一方で著者は舞台として東京を選択し、麻耶家の屋敷も洋風という設定を採用している。横溝正史の金田一耕助シリーズの影響で血と因習=地方というイメージが植えつけられていると、題材と舞台がミスマッチに思われるかもしれないが、著者が得意とする都会の描写でもって近代的な見識を持ちながらも伝説と血に囚われる一族の風景を不気味に描き出している。

 探偵小説的な小道具や描写が用いられる一方で物語のサスペンス性が強く、虹を見た人物が次々と死んでいく光景は時限爆弾を仕掛けられたようなスリルを感じさせる。虹の正体に対する驚きは少ないが、一族を恐怖に陥れる光景は欠点を補って余りある効果を作品にもたらしたといっていい。

 そして様々な工夫を凝らし惹きこまれたラストに訪れるのは哀愁。惹きこまれば惹きこまれるほど、主人公の心に残る悲しみが我が事のように伝わってくる。

 昭和22年といえば坂口安吾『不連続殺人事件』、横溝正史『獄門島』、高木彬光『刺青殺人事件』といった戦後を代表する作品が数々発表されている。トリックという点においてはこれらの作品に劣るが、探偵小説としての完成度において『虹男』は決して見劣りしない作品であると思われる。

 2008年現在、収録された書籍がことごとく絶版となっているともに、角田喜久雄の全集にも収められておらず読むことが困難であり、非常に残念でならない。入手困難ではあるが読んで損はない作品、機会があればぜひとも読んでいただきたい。
プロフ
訪問者数
  • 累計:

年代別カテゴリ
明治時代以前
大正時代
昭和初期(〜1944)
1945〜1949
1950〜1954 ・ 1955〜1959
1960〜1964 ・ 1965〜1969
1970〜1974 ・ 1975〜1979
1980〜1984 ・ 1985〜1989
1990〜1994 ・ 1995〜1999
2000〜2004 ・ 2005〜2009
形式別カテゴリ
長編小説 ・中編小説・ 短編小説
最新コメント
  • ライブドアブログ