こちら極東基地

私的探偵小説読書録。

1990〜1994

『姑獲鳥の夏』 著:京極夏彦

 講談社文庫『姑獲鳥の夏』

 作家である関口巽が友人である京極堂こと中善寺明彦のもとに持ってきた、二十ヶ月以上妊娠し続ける妊婦と密室から姿を消したその主人の噂。その噂の主人が旧制高校時代の二人の先輩久遠寺牧朗だという。関口は不可解なこの事件の謎を解くべく「憑物落とし」の顔を併せ持つ京極堂に助けを求めたのだった……。

 『姑獲鳥の夏』は平成五(1994)年に発表された京極夏彦のデビュー作である。京極は漫画家水木しげるの弟子を自称するほど妖怪に対する造詣が深く、世界妖怪協会の中核も占め活動している。

 著者のデビュー作であると同時にこの後『魍魎の匣』『狂骨の夢』と続く百鬼夜行シリーズの第一作でもある。著者の持つ妖怪についての知識がふんだんに盛り込まれており、ストーリーおよび推理の柱として使われている。妖怪という題材を生かすためかどこか幻想的な文章で綴られるが、それでいて推理小説として論理的解決を行う。心霊現象にしか思われない事件を論理的に解決する作品は多く見られるが、百鬼夜行シリーズは得体の知れないモノを妖怪というイメージしやすい形に置き換えることで、より強く読書に印象付けているように感じられる。『姑獲鳥の夏』では妊娠する筈のない妊婦の存在、産科医を営む久遠寺家の不気味な雰囲気、それらが京極堂の説明のもと『姑獲鳥』に繋がっていく。

 また登場人物の個性が強い。探偵役の京極堂こと中善寺秋彦は京極堂なる古本屋を営むが、神社の宮司であり、また「憑物落とし」も行う。榎木津礼二郎は片目を失明しているが、その失明した目が相手の目が見たものを見ることができるという、超能力の持ち主である。超能力という域に来るとオカルトやSFまがいに感じられるが、妖怪というものにリアリティを感じさせる作風が違和感を与えない。それ以上に各キャラクターの設定が作中で十二分に活かされ、時には伏線となり物語の表に浮上してくる。

 ページ数は推理小説としても非常に多く、「レンガ本」「サイコロ本」と例えられたりするが、それを感じさせない面白さがある。『姑獲鳥の夏』で中盤の京極堂と関口巽、さらに京極堂の妹・中善寺敦子の三人による視覚についての討論に多くのページが割かれているが、この一見関係なさそうなシーンこそ推理の肝であり、この作品最大の衝撃を生むといっていい。

 百鬼夜行シリーズの人気は凄まじく『姑獲鳥の夏』と『魍魎の匣』は映画化されており、『魍魎の匣』はアニメ化されるなど映像化されているので、映像作品も楽しめるのでぜひとも観ていただきたい。

『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』 著:麻耶雄嵩

 講談社文庫『翼ある闇』

 京都近郊の富豪が住む中世ヨーロッパの趣がある蒼鴉城で発生した連続殺人事件。不可能犯罪の連続に捜査は混乱、暗礁に乗り上げる。そのような中で名探偵・木更津悠也と銘探偵・メルカトル鮎、二人の探偵による推理合戦が繰り広げられる。

 麻耶雄嵩は平成三年(1991)『翼ある闇』でデビュー。綾辻行人・有栖川有栖などの作家に代表される新本格派の作家の一人である。著者は在学中、新本格作家や推理小説界で活躍する様々な人材を輩出した京都大学推理小説研究会に所属しており、デビュー時も綾辻行人・法月綸太郎・島田荘司に推薦を受けている。

 『翼ある闇』は小栗虫太郎のオマージュ、パロディという見方もあるが、実際のところ小栗虫太郎ほど怪奇色はみられず(小栗氏の怪奇色は独特の文章によるところが大きいが)、また舞台となる蒼鴉城の雰囲気から小栗虫太郎の代表作『黒死館殺人事件』が想起されるが、『黒死館〜』ようなペダントリーに彩られているわけでもない。メインは奇妙な連続殺人事件に挑む木更津とメルカトル、二人の探偵の推理合戦といっていい。

 作中二人の探偵が推理し、悩み、また悲劇に巻き込まれる様子が細かく描かれ、殺人事件そのものを怪しく描くのではなく探偵たちの苦悩を描くことで物語りに深みを出している。

 しかし、二人の探偵による推理合戦の果てに訪れる結末は物語の流れの虚をつく予想外の展開となっており、賛否両論に分かれるだろう。大胆且つ反則的な結末を一度味わっていただきたい。

 尚、舞台となる蒼鴉城の名前の元となったのは、京都大学推理小説研究会発行の同名の同人誌である。
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