なんてこったいな日々

服にもあきたので日々思う事を思うまま書いてゆきます

『なんてこったいヽ(;▽;)ノ』をクソ真面目に考える

皆さんも当然ながらきいた事があるだろうこの言葉。(表意文字ヽ(;▽;)ノが入っている以上『聞く』と表記するのは正確ではないが)

なんてこったいヽ(;▽;)ノ

当然ながらこの言葉は日本語辞典にのっているわけもない造語である。

ではどうやって作られたのか。

そもそもソシュールにすれば言葉とはラングとパロールの2つからなる恣意性を持つものだ。よって使用されていくうちに変化していく。言語は常に揺れているのだ。ただ、この揺れが恒常化して多くの話し手に認められない限りは変化として意識されない。

『なんてこったいヽ(;▽;)ノ』はいまその揺れが小さい状態にある。もしこの揺れが大きくなれば、赤ちゃんから総理までがこの言葉を使うことになるのは目に見えている。正式な政府書類にこの言葉『なんてこったいヽ(;▽;)ノ』が記入されるとなると考えものでもあるが。。。


言語の変化にも様々な形があり、音が一つになる、ウムラウト、口蓋化といった同化の現象から、音の変わる異化という現象、重なる音が消去される重音脱落、音の場所が変わる(蚊は英語ではmosquitoだがフランス語ではmoustiqueだ)音の位置転換などなど。

ちなみに、『なんてこったいヽ(;▽;)ノ』の場合は音の挿入と言われる現象である。

『なんてこった』という感嘆詞をより言いやすく、耳に合った形にしようとした結果として、そこに表音文字である音素『い』と表意文字である『ヽ(;▽;)ノ』が挿入された。
挿入、卑猥である。他にも音の挿入を上げておくと、アマリとアンマリ、マシロとマッシロなどがある。


なお、この『なんてこったいヽ(;▽;)ノ』のパターンは音の挿入の中でも非常に珍しいパターンである。

本来ならば語感をよくする為になんらかの表音文字の音素が付け加えられるだけなのであるが、今回の変化では表音文字『い』に加えて表意文字『ヽ(;▽;)ノ』が加えてられているのだ。(この顔文字を音素ヽや;の集合した形態素とみることもできなくはないが、今回は表意文字として考える)



そもそも、私はこんなくだらないことを書いている暇はない。フランス語やらなきゃ留年するんだよこんちきしょう。フランス語の先生が実は凄い人だって事が分かったから頑張って仲良くしてもらわなきゃだめなんだよこんちきしょう。

ぼんじゅーる。
ぽんじゅーす。


これもまた音の変化と言われる現象で、ぼんじゅーるというフランス語に対し、抵抗感を無くし、より可愛げのある表記にするためにぽがぽに、るがすに変わった、という事は決してないのでご注意を。




それでは皆さん御一緒に。



なんてこったいヽ(;▽;)ノ

テスト期間なんやぞ

テストです

すてと

てすと

ぽてと


ちなみに私は残すは14日のフランス語たった一つのみ。楽勝です。ぼんじゅーる。
フラ語初めて二年間。つねに合格ぎりぎりで不可ったこともある。授業にも出てなかった(笑)。そんな僕ですがある目標が。1週間でフランス語はなせるようになって、クラスの人たちに「お前ら二年間何やってたん?」って言う事(笑)


テスト多い人たちはまたせいぜい頑張れやwwwwwwwwwwwwwwって思うじゃないですか。
いやでもね、単位の必要数ってのは統一されてるわけですよ。つまりね、今学期はテスト少ない=後に持ち越してるだけ、なんで実はミクロな視点で見ると追い込まれてるの自分なんですよね。ぷぎゃあああああああああああああ。

僕はテスト勉強なるものが大嫌いです。いやね、なんか邪魔なんですよね、テストって(もちろん作成者さんの質にもよりますが)。
あ、でも論述は好き。単問は滅亡しろ。

なんで嫌いかって言うとね、面倒くさいってのもあるけど、いや面倒くさいんだ。
テストの勉強とかもうお勉強ごっこですよ。お勉強ごっこ。
ある科目が100の集合体で成立しているとするとテストのために必要な要素ってその集合体の0,01%ぐらいかなぁと(しかも既に準備された枠組み)勝手に推測しているんですが。。。
でも逆に言うとその0,01%さえちゃんとやってればテストでいい点が取れてしまう。
だから本当は何も分かっていないのにテストでいい点取れたから僕はこの科目ができるんだ!これが勉強なんだ!となってしまう。
もちろんテストで点取る事は理解を示す条件じゃない訳じゃないけど、必要十分条件では決して無い。

このテストってやつは厄介で社会になるまでは小学校、中学校、高校、大学と延々と行われる。
だからそのうちに無意識にお勉強ごっこを勉強だと勘違いしはじめてしまう。
ほんとは何も分かっていないのにテストで点を取れる、偏差値が高いから自分は分かっていると思い込む。やはり同じシステム内にいる限りはそれを見た他者も「あいつは頭がいい!」と勘違いしてしまう。

ちなみに言うとこの最たる極みが某京大学かな、、、、と(笑)
某京大学生は頭が固い、実務しかできないってのは(まぁ中にはひがみっていう事も無い事はないとおもうんだけど)上に述べた事の現れなんじゃないでしょうか。
教育制度で培われる能力と、社会で求められている(この表現は良いものが思い浮かばないので勘弁して)能力のくい違い。

繰り返すけどテストで点が取れる事が必要十分条件ではないってだけで、テストで点が取れる=頭が悪いなんて事いってないのでご注意をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

じゃあどんな勉強が好きなの?って聞かれると困っちゃうんだけどね。。。
僕は、テストで0,01%っていう枠組みが与えられたとしても、それを無視して(さりげなく包括するよう)もっと大きく5%くらい気の向くままにやりたい勉強をやってその結果テスト受けたら点が取れてしまった。っていう勉強が好き。

だからもし気の向くままの勉強に、テストにかかわる0,01%が包括されてい無かったとしてもきにしない。(まぁたいていは気の向くままの勉強で補えるから。ただし論述のみ(笑))

大学に入ってびっくりしちゃったよまったくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
だってさ、大学生にもなれば(根拠ないし、むしろ純度が上がってくんだろうけど)テストで点が取れたって良い事は単位もらえるくらいで別にこんなんが頭の良さ示す訳じゃないなんて少し考えれば分かるじゃない。
それなのにぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「俺あのテスト90点だったぜぇー」とか、「あいつはテストの点が悪いから信用できない、頭悪い」なんて言ってる人間が山ほどいるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!びっくりーーーーーーー!!!!

まったくぅぅぅぅぅ!しっかりしろ某京大学!

留年しない程度に(行きたい学部がある人はもちろんべつだけど)単位とってさ、あとは好きな勉強死ぬほどやってれば良いじゃない。
学校の課題やテストに追われてろくに読書もできない、なんてなんのために大学はいったのさーーーーーー^^
こんなもん適当にささっとかわして後は好きな勉強しようよーーー

一回考えてみ?大学はいって何の勉強したのーーー?
→学校課題、テスト勉強 →好きな勉強 さぁ何%くらの割り振りになるかなーーー

っていてうテスト期間中の皆さんへのテストぼうが(ry  いえいえ、頑張れメッセージでした。

今回のお話に共感してくださった方も反感を持たれた方もこの本面白いから読んでみるといいとおもわれーーー









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ミステリー小説「新参者」に見る日本橋の表象


1 なぜ日本橋なのか
   
   なぜ今回日本橋をターゲットにしたのか。それは日本橋にこそ江戸幕府
  期の中心であり江戸時代から変わらず受け継がれる町人文化、気質が残っ
  ているからである。日本橋は江戸幕府により五街道の起点とされ、全国か
  らやってきた多くの人や文化が交流する地として発展した。後に百貨店と
  して続く老舗達が誕生し、芝居などの文化もはぐくまれていった。そうい
  った老舗や文化とともに現代にまで残り続けているのが前述した江戸っ子
  気質である。強い身内意識に起因するこの気質、約束は何が何でも守り、
  困っている人がいたら助ける、私はこの気質に人と人とのつながりという
  有機的な暖かさを感じる。ドイツ文学の「モモ」に書かれているように現
  代人は常に時間に追われお金をかき集める事に必死になる。そこにはもは
  や人と人のつながりなど存在しない。あるのは機械的、無機質な冷たさだ
  けだ。いくら金銭的に豊かになろうとも心が豊かになる事は永遠に無い。
  そんな生活をしていては人間は駄目になる。いや、果たしてそのような「存
  在」を人間と呼んでいいのだろうか。もはや機械と何ら変わりはないので
  はないか。そうなる前に早く手をうたねばならない、そのときに立ち返る
  べきがこの日本橋に受け継がれる江戸っ子気質なのだ。

2 なぜ「新参者」なのか

   まずここで「新参者」について説明しておこう。「新参者」とは東野圭吾
  が書く「加賀恭一朗」を主役とした推理小説でありその人気によりテレビ
  ドラマ化もされている。特筆すべき点はただの犯人当てゲームではなく、
  周辺人物の心に焦点を当てている事だ。この推理小説において犯人が誰か
  という事は単なる結果でしかなく、むしろ周辺人物である日本橋住民が抱
  える小さな謎を解いていく過程こそが本質であると断言できる。

  例えば、いつも寄り道ばかりしてたわいもない謎(最終的には事件解決に
  つながるが)をいちいち解決していくに対する刑事に加賀はこのように答
  える。「加賀さん、事件の捜査をしていたんじゃなかったんですか」「捜査
  もしていますよ、もちろん。でも、刑事の仕事はそれだけじゃない。事件
  によって心が傷つけられた人がいるのなら、その人だって被害者だ。そう
  いう被害者を救う手だてを探し出すのも、刑事の役目です」(新参者 220P
  より引用)。
   こうしてみるとある対比が見えてくる。「無機質な機械VS有機的な暖か
  な心」。作者•東野圭吾は殺人と下町の人々という対比を用いて現代人に継
  承を鳴らしたかったのではないだろうか。「新参者」に見られるこの対比を
  具体的に説明していこう。(以下、前者のグループを冷心、後者のグループ
  を暖心とする)

3 ケース1 刑事(加賀以外)VS日本橋人形町の人

   操作を進める刑事の前に二人の不信な人間が現れる。保険会社の田倉と
  料亭の小僧である。二人とも何かを隠しており(事件とは全く関係がない)、
  このままでは犯人にされてしまうにも関わらず一向に口を割ろうとしない。
  これに対し刑事は、動機などどうでも良いから早く捕まえてしまえという
  態度をとっている。結局は加賀がその謎を解き明かし二人は犯人でない事
  が判明するのだがそれまで二人は自分が犯人にされるにもかかわらず一切
  何もしゃべろうとしなかったのである。どんな秘密だったかは実際に読ん
  でいただきたいので明記しないが、どちらも共に他人(他人とはそれぞれ
  顧客、師匠である)を守るための嘘だったのである。嘘をつき通したとこ
  ろで自分にはなんのメリットも無いにも関わらず約束したから、ただそれ
  だけの理由で最後まで口を割らない二人、なんと人間味のある行為だろう
  か。この田倉の発言を見ていただきたい。「このことは何があっても他人に
  はしゃべりません、自分も江戸っ子だから、男の約束は心でも果たします」
 (新参者 37Pより引用)そしてこちらが嘘をつきとおした小僧への賞賛の
  言葉。「そういえば彼にはかわいそうな事をしました。ちょっといじめすぎ
  たと反省しています。でも彼はたいした者だ。とうとう御主人から頼まれ
  た事を白状しなかった」「あの子は使えますよ。料理の腕はいくらでも磨け
  ますが、口が堅いってのは客商売を目指す者にとって財産です」(新参者 7
  6Pより引用)
   果たして現代で契約も結ばず口約束だけで、しかも自分が不利になると
  いうのに約束を守り続けられる人間が何人いるだろうか。これが江戸っ子
  の暖心である。

4 ケース2 機械VS人の心

   ①元キャバクラ嬢の嫁VS瀬戸物屋の姑
     
    瀬戸物屋を経営する家族であるが店の経営方針について嫁と姑で意見
    が対立する。嫁がエアコンを取り入れたいというのに対して(冷心)
    姑は扇風機だけで十分、開けっ放しておけば風も入り風鈴も鳴って風
    情が良い(暖心)という。

   ②企業VS人形町

    加賀が喫茶店で人間観察を行うとある規則が見つかる。左から来る人
    間はコートを着込んでいるのに対し右から来る人間はシャツに腕まく
    りまでしている。なぜか?そう、左から来る人間はクーラーのがんが
    ん効いた企業から客周りに行くのであって、右から来る人間は人形町
    の客間周りから帰ってきたばかりなので汗をかくほどに暖まっている
    のである。

   ③ホースVS水まき

    先ほども登場した料亭の小僧であるが実は少しサボリ癖がある。毎日
    の柄杓での水まきが面倒くさくなってホースでみずをまきたいと女将
    に言う。それに対して女将は「人形町の料理屋に来ようって言うお客
    様は、風情を大事にされるんだ。見習いの坊やが手桶で打ち水をして
    いる図っていうのが、そういうお客様にはうけるんだよ。ジーパン姿
    でホース使って水を撒いてたりしたら、風情も何もあったもんじゃな
    いだろ」(新参者42Pより引用)

   以上3点を述べたが見事に機械とそれを嫌う人形町の人々の対立図が書
  かれている。

5 ケース3 冷心の時間VS暖心の時間

   小説の第四章は時計屋が舞台に展開されるがそこで作られる時計は人の
  てによってうごかされるゼンマイ式であり、決して放っておけば勝手に動
  いてくれる機械じかけの時計ではない。
   また、ドラマ版の「新参者」でも印象的な台詞があるので紹介したい。
  煎餅屋のおばあちゃんの台詞である。「時間?分かんないよと計見て生きて
  ないから」おばあちゃんはさらっと言っていたし、何気なく見飛ばした視
  聴者も多いのではないのだろうか。我々現代人は一日に何度時計を見るだ
  ろう。少なくとも一時間に一回、多い人ともなると五分に一回は見ている
  のではないだろうか。常に時間に追われる現代人、不思議な事に時間を節
  約すればするほど時間はなくなっていく。無くなるのは時間だけではない、
  情緒あふれる豊かな心もまた無くなっていくのである。

6 ケース4 殺人VS下町の人々

   如何にして犯人逮捕に至ったか間接的、直接的に分けて説明しよう。

① 間接的理由
   
    殺人という非人道的な行いを加賀刑事が解決するに至った鍵は、これ
    まで述べてきたような下町の人々の些細な発言である。加賀刑事が人
    情的にした街の人々の些細な謎を解決するたびにその人間は「有り難    
    う」といって事件に関する何気ない一言を発するのだ。「新参者」はそ
    の発言をつなぎ合わせていく事で事件の真相が見えてくる仕組みにな
    っているのだ。


② 直接的理由

事件発覚の直接的な鍵は凶器となったコマのひもが発見された事である。このコマというのがまた下町の老舗の商品であり、子供が口に入れても問題が無いように特別に注文した素材で作られているものである。そしてさらに重要なのが凶器の発覚方法である。犯人が孫の家に隠していたコマのひもであるが、偶然孫がそれを見つけてしまうのだ。分かるだろうか、子供という純粋な、まさに暖心の象徴とも言える存在が犯人逮捕の鍵となるのだ。

   ①、②からある結論が導きだされる。この「新参者」という小説は殺人
   という冷心が日本橋人形町の人々の暖心によって打ち破られるというカ
   タルシスにより幕を閉じるのである。そしてさらに言うと、人間を殺人
   という凶行に走らせた理由は「金」である。弱者を徹底的に無視する資
   本主義を批難しているのではないだろうか。

6 終わりに

  さて、以上で東野圭吾のミステリー小説「新参者」に見る日本橋の表象に
  対する考察を終える。この小説は様々な点で冷心と暖心の対立図を描き出
  し最後に見事なカタルシスをもって幕を閉じる。ドラマ版「新参者」の冒
  頭には毎回このようなナレーションが入る。「人に遺伝子があるように街に
  も遺伝子がある」(ドラマ版新参者より引用)そして日本橋に受け継がれる
  遺伝子こそが暖心なのである。そうして考えると、人形町の人々の人情を
  受け犯人を逮捕する刑事•加賀恭一朗もまた暖心の象徴であり、機械化した
  現代人にひびを入れ江戸っ子気質のような豊かな心を取り戻してくれる鍵
  なのではないだろうか。

[引用 新参者(講談社 東野圭吾)、新参者ドラマ(TBS放送)]






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