恥のうわ“マサーウ・ル”塗ーり

最新25・26話を更新! 真の敵は民主主義に有り? 毎週火曜24:30に更新です。

カテゴリ: 第二章

前回までの「ブローバック」

 リーア国民党政治部門と軍事部門の会合にて、同じ反政府勢力ながらもイデオロギーの違いから敵対する革命評議会(CRR)への今後の対応が話された。エグゾセ旅団は、CRRに対する「軍事力を伴うネガティブ・キャンペーン」なる作戦を提案、政治部門に承認される。そして同じ頃、リーア政府軍は反政府デモ隊に対して、なんとモビルスーツによる空爆を行ったのだった。







「会議は中止、今すぐ総動員で怪我人を救護に向かえ!」
 
 イーサンたちにそんなアナウンスが流れた。屋上から見ても相当な死傷者が出ているように見える、現場はもっと酷いのだろう。政府軍のジム・コマンドが去ってからも絶えなく鳴り続ける悲鳴、怒号がそれを予感させた。
 
 すぐさま現場に急行しようと、階段へと向かったイーサンだったが、“忘れ物”に気づいてピタリと足を止めた。
 
「ミス・アルドワン!」
 
 あまり親しくない人への呼び方だった。振り返った先にはエリーザの姿。彼女はまだ殺戮現場の観察していた。ショックを受けているのかどうかは分からないが、とにかくそんな暇はない。一人でも多くの生存者を救出するには、一刻(ひととき)も無駄に出来ない。
 

 イーサンは屋上から急いでホテルの地下駐車場へと降りると、すぐさまロジャース達と合流した。
 
「ロジャース、俺達は何をすればいい?」
 
「近所のモスクが緊急避難場所になっていて、そこで応急手当が行われてる。そこのSUVを貸すから、歩けない怪我人をモスクまで搬送してくれ。エリーザは簡単な手当が出来る、彼女も連れてけ」
 
 ロジャースはイーサンと一緒に来た、隣のエリーザを見て指示を出した。
 
「了解です」
 
 イーサンの後ろにいたエリーザは声を出さずに、首をこくりと頷かせて返事をした。
 
「よし、出発するぞ」
 
 イーサンはロジャースから鍵を貰い、SUVのアクセルを入れた。
 
 現場へと向かう道中の車内は、これから殺戮現場へ向かうという緊張感と、悲壮感が合わさったような雰囲気だった。車道にも大勢の市民が乗り出していて、イーサンは時よりクラクションを鳴らしながら掻き分けていき、その様子はまるでモーゼの十戒のようだった。
 
 通り過ぎていく市民を車窓から見ても、けが人を抱えて走る者や、頭から出血しながらも必死に逃げようとする者、泣き崩れて動けない者など、慌てふためく市民の姿が嫌というほど視界に入ってきた。テレビのニュースでよく見る、爆弾テロ直後の現場のような風景が、今目の前で繰り広げられていることに、イーサンも少なからず動揺していた。
 
「……車道は空けてくれよ」
 
 イーサンはクラクションを鳴らしながらそう呟いた。
 
「本来ならもう着いてるはずなんですけどね」
 
 イーサンに向けて言ったのか、それとも単なる独り言なのか、エリーザが口にした。



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前回までの「ブローバック」

 リーア国民党政治部と軍事部門エグゾセ旅団による今後の方針についての会合が開催されていた。一方同じ頃、パルダでは大規模な反政府デモが開催され、ダカールの地球連邦議会では与野党代表による討論が行われていた。連邦政府は、エグゾセ旅団にとって不利な法案を可決しようとしていたのだった。








 連邦議会でクエスチョンタイムが行われている間、遥か宇宙の政党、リーア国民党の会議も進行していた。ある程度議論はスムーズに進んでいたが、この組織にはまだまだ問題が多くあるようだ。
 
「“無限の正義作戦”はいくつかのフェイズを省略し、実行日時を早める」
 
 議長のブロノビツキがここまでの内容をおさらいする。最初、イーサンは“無限の正義(インフィニット・ジャスティス)作戦”が何なのかさっぱり分からなかった。だが、話を聞いていくうちに、それが首都コロニーを制圧する作戦なのではないかとの予想がつけられた。もちろん、正解を聞ける雰囲気ではないのであくまで予想の範囲を超えないのだが、イーサンがそんな雑念を張り巡らせている間もブロノビツキは話を進める。
 
「そして実行する上で、CRR(革命評議会)とは結託しない。彼らとはイデオロギーに差異が大きく、革命後に内乱に発展する可能性が極めて高いからだ」

 ジョン・ドゥ率いる革命評議会は、ジオン・ズム・ダイクンを信奉する言わばジオニスト達の組織だ。武装中立を掲げる国民党を、「一国平和主義」とよく非難する。

「では、次は革命後の対外政策の意見交換と、CRRとの付き合い方についてだ。軍事部門としてはCRRをどういう風に考えている」
 
 ブロノビツキは軍事部門の人間に話を振った。イーサンは心のなかで『革命は成功させた前提かよ』と思いながらも、ブロノビツキの話の内容を簡単にメモしていく。話を振られ、エグゾセ旅団側のある黒人男性が話そうとしている。スポーツ狩りの髪型で、鍛え上げられた筋肉がビジネススーツの上からでもよく分かる。彼のネームプレートには「ブライアン・ハート」と書かれており、「エグゾセ旅団最高司令官」との肩書きが読める。この男が、エグゾセ旅団で一番偉い奴のようだ。
 
「CRRに関してですが、彼らはジオン共和国右翼団体からの献金と、NGOを隠れ蓑とした“募金収入”のおかげでかなりの軍事力を保有しており、いくら旧式ばかりといえど、現状の我々の戦力では到底太刀打ちできません。

 それにCRRの低所得者層やナショナリストからの支持も厚く、支持層も敵に回したくないと考えております。そこで、我々は“ネガティブ・キャンペーン”に徹するするべきだと考えております」
 
 ハートがそう言うと、政治部の人間の間でざわつきが起きた。確かに、ネガティブ・キャンペーンは軍事部門ではなく広報担当が行うものだ。
 
「ネガキャン、それを軍事部門がやると言うのか?」
 
 ブロノビツキがハートに聞くと、「はい」ときっぱり答えた。
 
「ここから先は、立案者のジョン・ロジャースに話してもらいましょう」
 
 イーサンは『え、こいつが?』という表情で隣のロジャースを見た。ハートは不適な笑みを浮かべてロジャースに視線を送ると、ロジャースは何かメッセージを受け取ったのか片方の眉を上げて返事をした。この政治部の反応を見て『ほらやっぱり』と言いたいのだろうか。

「ヴァイパー部隊の指揮官、ジョン・ロジャースです。我々が考えるのは、“軍事力を伴うネガティブ・キャンペーン”です」

 


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前回までの「ブローバック」

 熟睡していた所を叩き起こされたイーサン。何事かと思えば、エグゾセ旅団の出資者であるドミニク・デュボワという男が警察に捕まりそうということで救出に向かったのである。無事デュボワの身柄の安全は確保したのだが、それを見逃すほど警察も甘くない。カーチェイスで銃撃戦の火蓋が切って落とされる。








「よし、お前ら。レディー・トゥ・エンゲージ!」
 
 助手席のロジャースが言った。カーチェイス&ドライブ・バイの時間だ。
 
「あの音が嫌になる日が来るとはね」
 
 徐々に近付いてくるサイレンの音を耳に、イーサンはアサルトライフルを手に戦闘準備を整える。デコッキング・レバーを引いてセーフティを外し、いつでも撃てる状態にする。デュボワを挟んで隣にいるフランクも、サブマシンガンの伸縮式ストックを最長にして構え、迎撃準備は完了だ。
 
「ノれる曲にしてやろう」
 
 ロジャースが音楽プレーヤーを弄って、BGMを流し始めた。曲名は「サンダー・ストラックス」、警察とカーチェイスをするには持って来いの曲だ。
 
「それと顔がバレないように、これをつけてけ」
 
 そう言ってロジャースから渡されたのはバラクラバだった。「すげぇ! 銀行強盗みたい」とデュボワが嬉しそうにしているが、どこまでのん気なのだか。
 
 警察車両が結構な近距離にまで近付いてきた。助手席の警官が窓から顔を出したのがサイドミラーで確認できる。もちろん手には拳銃。そろそろこちらも発砲してもいい頃だ。
 
「出来るだけ警官は撃つなよ、タイヤを狙え!」
 
 ロジャースがそう言うと、「了解!」とイーサンとフランクが返事をした。
 
「まさか二日連続でカーチェイスとは、ね」
 
 ボヤきながら後部ガラスに蹴りを入れてぶち割る。1、2、3、頭の中でカウントしてから、一番近い警察車両のタイヤに向かって射撃する。タタタ、タタタタとテンポ良くバースト射撃をしていくが、移動している物体に対して命中させるのは中々難しい。向こうが回避行動を取るのであれば尚更だ。通行中の自動車と、イーサンからの銃撃を避けるため、警察車両は蛇行をはじめた。
 
 警官側も反撃のため、ハンドガンを4,5発連射する。あわてて後部座席に身を隠すが、思ったよりもややこしい戦闘になりそうだとイーサンはため息をついた。フランクも後ろの車両のタイヤに向かってサブマシンガンを射撃していき、イーサンとフランクが交互に顔を出す形で攻撃を加えていく。
 
「よし!」
 
 イーサンが呟いた。タイヤに命中させたのだ。さすがはプロ、慣れるのが早い。慣れてくると、射撃もだんだんと正確さを増すようになっていき、フランクの方にもその傾向は現れてきた。イーサンとフランクの射撃は、警察車両の機動を停滞させるのに、大きな効果をもたらした。彼らの射撃により、突然タイヤがパンクした警察車両の一台が横転。追従していた他の数台が、それに巻き込まれる形になったのだ。車の動きを封じられた警官たちが車を降りて拳銃を発砲するが、十分離されたこの距離では、着弾点もでたらめである。
 
「ふぅ、これで巻いたか! ウィー!」
 
 イーサンとフランクがハイタッチをする。睦まじい二人の様子を見て、デュボワも嬉しそうだ。
 
「いや、まだ終わってない!」
 
 ンドゥールが言った。突然目の前に警察の装甲車が現れ、道を塞いだのだ。


 

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前回までの「ブローバック」

 ヴァイパー部隊は政府軍を襲撃したが、その途中でCRRとの遭遇戦が発生した。危機に陥った部隊を救ったのはイーサンの交渉だった。無事アジトに生還したイーサンだったが、キムに裏切られて以降、未だ自分の家族と連絡を取っていないことを思い出した。







第二章 Sua Sponte (自らの意思で) 二節


 
 キム・テヒョンに裏切られ、犯罪者として指名手配されたイーサン。彼はCIAが妹のエミリアを材料に使うと考え、何とか連絡だけでも取ろうとそっと口を開く。
 
「……なぁ、電話を貸してくれないか?」
 
 突然こいつは何を言い出すのかと、周囲の空気が一瞬にして静まる。
 
「通報でもするつもりか?」
 
 ンドゥールが冗談で返すが、イーサンとしてはそんなのに付き合ってられるほど精神的余裕はない。
 
「なぁ、頼むよ。俺の妹が心配なんだ、CIAは俺を捕まえる為だったら、妹に何だってするはずだ。頼むから、妹と連絡を取らせてくれ!」
 
「じゃあ、今から助けに行こうっての?」
 
 その時ちょうどリビングへやって来た、ひねくれ者のトニーが面白半分でイーサンに言ったが、それが彼の逆鱗に触れた。
 
「おい、ふざけるな! 目の前で親族をレイプする連中ようなだぞ!」
 
 物騒な単語が飛び出て周囲が静まり返る。CIAは何でもやる連中ということは、所属していた彼がよく知っている。その余裕のないイーサンの姿が言葉以上のメッセージを与えることになった。
 
 イーサンの言葉に、思わずカマンベールが反応する。
 
「それ、マジなの?」
 
「ああ、紛れもないノンフィクションだ。そういう連中だよ」
 
 テロの嫌疑がかかった人間に対して、CIAが治外法権の地の収容所で、実に様々な拷問を行っているという噂はよく流れる。だが、そんな噂以上に生々しい話をイーサンは知っていた。
 
 そして、この場にいる全ての自称「革命家」達は、世間から見れば単なる犯罪者だ。だから、彼が家族を案ずる気持ちは理解できる。
 
「……怒鳴ってすまない。だけど、連絡ぐらい取らせてくれたっていいだろ? 追跡不可能な衛星電話ぐらいあるんじゃないのか?」
 
 イーサンは、自身の厚かましさを所どころちらつかせるが、カマンベールがロジャースに許可して貰えるか聞きに言ってくれた。
 
「ありがとう、頼む!」
 
 そう言ってカマンベールを送り出したが、現実そう簡単に物事は進まない。


「おいイーサン。ここはMI6じゃないんだぞ、そんなスパイグッズがあるとでも?」
 
 ロジャースがやって来た。だが、そんなロジャースの言葉を「そうですか」と受け入れられるほどイーサンも馬鹿ではない。
 
「モビルスーツは買えるのに、電話一つ買えないんですか?」
 
 イーサンが言うと、カマンベールが「なぁ……」と口を挟んだ。
 
「……わかった。カマンベール、一台貸してやれ」
 
 ロジャースが折れた。どうやら追跡不可能な衛星電話はあったようだ。
 
「だが、同時翻訳は掛けさせてもらう。この中に日本語が分かる人間がいないからな」
 
「ありがとう、恩に着る」
 
 ロジャースに礼を言い、カマンベールから電話のある部屋に案内されると、急いで妹の携帯電話の番号をダイヤルする。その入力の素早さがイーサンの心情を物語っているのだと、カマンベールはしみじみと感じた。
 
「くそっ」
 
 イーサンが呟いた。一度ボタンを押し間違えた。どうやら相当余裕がない。
 
「まぁ、落ち着けよ。レーザー通信とは言え、ここから地球までの通話だと相当なラグが発生するんだぞ。一々怒ってたら会話なんて出来ないよ」
 
「ミノフスキー粒子のこともあるだろうしな、分かってるよ」
 
 カマンベールになだめられ、適当にあしらうが如く言葉だけの冷静さを見せる。そしてイーサンは電話番号を入力し終え、電話機を右耳に添えた。1コール、2コール、3コール。20秒、30秒……。通常ならもう出ているコール数を過ぎても、エミリアは電話に出る様子が無い。それは単なるラグのせいなのか、それとも電話に出られない理由が他にあるのか、考えれば考えるほどネガティブな方向へと思考が働いてしまう。
 
「なぁ、この電話本当に追跡不可能なの?」
 
 イーサンが気を紛らわせる為にカマンベールに話しかけた。
 
「ああ。君たち連邦軍が使ってるモノと同じだよ」
 
「ふぅん」
 
 やはり会話をしていると気がまぎれていい。そんなことを思いながら、右耳から左耳へと電話機を移そうと一瞬、耳から離した瞬間に声が聞こえはじめた。
 
“もし……し?”
 
 紛れもなくエミリアの声だった。少し落ち着きのない声だ。イーサンは慌てて左耳に電話を当てると、すぐさま最重要に伝えたい内容は喋り始めた。
 
「エミリア! 俺だ、イーサンだ! いいか、これから俺の言うことをよく聞くんだぞ! 今日は学校を休んで今からカレン叔母さんの家に行くんだ! 詳しい説明は――」
 
 イーサンが必死に喋っている途中でエミリアが口を挟む。タイムラグというやつだ。
 
“ちょっと待ってよ、さっきもママから電話があったんだけど! いったい何なの!?”
 
「……お袋から? マジで?」
 
 日本とサイド6の時差はプラス九時間。日本の現在時刻は朝の九時で、エミリアは高校の制服姿だった。どうやらイーサンの母、フアナから先に電話がきていたようだが、エミリアが事情を知らないということは、話してる余裕が無かったのか。もしくは息子への配慮か。とりあえず事情説明は本人の口からすることにした。

 会話の内容は同時翻訳機に掛けられているので、ラップトップのモニター上に英文で表示され「視覚的に」盗聴されているのだが、もはやそのようなプライバシーを気にすることは贅沢だ。構わず彼らは会話を続ける。
 
「色々事情があっていわれのない罪で指名手配を受けてる、それでお前の身にも何が起こるか分からない。んで、お袋なんて言ってた?」
 
“同じ。学校休んで急いでカレン叔母さんの家に行けって……”
 
 エミリアはついに泣き出してしまったのが声で分かった。ともかく、イーサンの母親は地球連邦軍の軍閥勢力「エゥーゴ」の幹部だ。そんな地位にいる母が、息子の逮捕劇を知って先に動いているのならば、何かしらの策を考えているのだろう。イーサンはエミリアを混乱させないためにも、母の言うことに従うように、彼女に促した。そして、もう一つ。どうしても伝えなければならない肝心な一言を添える。
 
「迷惑かけてすまない。この埋め合わせは必ずする」
 
“……そんなのいいから、絶対また会えるって約束して?”
 
 イーサンは驚いた。小さい頃からやんちゃだったあのエミリアが、グスグスと涙を流しながらも、こんな大人みたいな事を言ってみせるのだから。
 
「ああ。じゃあ、もう切るからな。愛してる」
 
 イーサンは泣きそうになるのを必死にこらえて電話を切った。映画を観にいくという約束を破ったイーサンにとって、今度の妹の約束には「必ず約束する」ぐらいの言葉が必要だった。だが、生きてまた会える保障なんてどこにもなく、また約束を破りたくないが為に、はぐらかす形で電話を切ってしまった。そんな弱い自分がとてつもなく嫌になった。

「サンクス」

 そう言って、電話機を投げてカマンベールに返すと、イーサンは再び考え込んでしまった。次に頭を巡ったのは、母親への申し訳なさだ。
 
 母はイーサンが軍人の道に進むのを最後まで反対した。「幹部コース以外は認めない」というのを約束として、何とか地球連邦軍入りを許してくれたが、軍に入った結果が「犯罪者の親」というレッテルなのだから居たたまれない。なんという親不孝者なのだろう。そんなネガティブな思考を消し去りたいがために、親指と中指で両こめかみをぐっと押さえると、大きく長いため息をついた。

「……クソったれが」
 
 そして沸々と煮えたぎるのが、キム・テヒョンへの怒りだった。なんとしても一矢報いてやりたいが、今この状況では到底無理そうである。しかし、このまま状況に甘んじてもいられない。なんとしても奴を、キム・テヒョンを必ず追い詰めてやると、心に誓うのであった。
 
 イーサンの一連の会話を「見届けた」ロジャースは、イーサンに近づき肩をポンと叩いた。
 
「どうやら凄まじい一日だったようだな。今日はもう寝ろ、すぐそこに仮眠室がある。といっても寝袋だがな」
 
 笑い混じりでイーサンに語りかける。
 
「……寝てる最中に誰かに殺されないですかね?」
 
 イーサンは正直な胸のうちを話す。そんなイーサンにロジャースは「襲って来たら持ってる拳銃で殺せばいい」と言ってみせた。
 
「俺から銃を奪わないんですか?」
 
「その必要は感じていない。経緯はどうであれ俺たちは仲間だ。それなりの信頼で成り立ってる関係だ」
 
「出会って数時間の信頼関係ですか……」 
 
「だが、さっきのお前は事態を良くしようとしてくれた。少なくとも、使える奴だと俺は判断した。そういう行動を取った、お前を信頼しているんだ」
 
 このロジャースという男、得体の知れない新入りに拳銃を持たせようとはかなりの太っ腹だとイーサンは感じた。ロジャースのこの言葉にどのような真意があるかは不明だが、今のイーサンにとってこれ以上に頼もしい言葉もなかった。ロジャースを「いい人」だと、素直にそう思える。この男から放たれるオーラの凄さに加え、ここにいる兵士達もみんな彼を信頼している様子から、やはり只者ではない。今は、この男を頼るしかないのだろう。というイーサンの判断にもはや理性などなく、自分の直感を信じるしかなかった。
 
 大人しく“仮眠室”に向かおうとしたイーサンに、後ろからロジャースが話しかける。
 
「あー、そうだ。ちなみに明日は会議がある」
 
「会議? 何のです?」
 
「国民党政治部門と今後の活動についてだ。君には警備に付いてもらう」
 
「……了解です」


 
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前回までの「ブローバック」

 ヴァイパー部隊は政府軍の化学兵器輸送艦の襲撃に成功。調べるとなんと、艦には本当にG3毒ガス兵器が積まれていたのだった。イーサン達がG3を証拠として押収し、帰還しようとした矢先、18機ものモビルスーツを引き連れた革命評議会軍(CRR)部隊が接近してきた。しかも、その中には指導者ジョン・ドゥの姿があった。








「間違いない、あれはジョン・ドゥだ……!」

 この言葉を聞いていたオペレーター、リユウは驚きを隠せなかった。

「CRRのボスがここに来ているって言うの?」

「皆さんにも確認してもらおう」

 カマンベールがそう言うと、タイプを始めて何かを操作した。グーフォのモニター映像が、カマンベールを中継して、各MSのモニターへと転送された。

「……こりぁ、マジでJ・Dかもな」

 ロジャースが転送された映像を見て呟いた。

「よし、十秒後にジョーカーはJ・Dを狙撃しろ。それと同時に俺とクイーンは制圧射撃だ」

 ロジャースが言うと、エリーザとグーフォは「了解」と返した。

「10、9、8、7、6――」

 このカウントダウンの最中に、イーサン達ゴールドチームがランチへと無事たどり着いた。神経ガス容器も無事で、レッドチームも既に到着していた。

「――5、4、3――」

 各パイロットは操縦スティックのトリガーに指をかける。そして、グーフォは標的の移動位置を予測し、そこに照準をつける。

「……2、1、撃て!」

 ザクⅠのスナイパーライフルからビームが放たれた。赤銅色のゲルググへ一直線に走っていく。


“スナイパー!”

 革命評議会軍のMSパイロットの一人が、狙撃ビームの閃光に気付いて叫んだ。すると、赤銅色のゲルググは、一回転しながらスラスターを噴出させ、後方へと回避行動を取った。間一髪のところで、ビームを避け切ってみせたのだ。

「クソッ、しくったか!」

 グーフォはビームを撃ちきると、先ほどと同じくその場から退避して、別の狙撃地点へと向かった。

 CRR側のMS隊は、この時のグーフォのバーニアの光を見逃さなかった。

“敵スナイパー視認! 応戦しろ!”

 赤銅色のゲルググパイロットが部下に声を掛ける。この声の持ち主は、紛れもなくジョン・ドゥ。仮面のCRR指導者、その本人である。

「このミノフスキー粒子、おかしいとは思ったが。クソ、先を越されていたか……」

 ドゥは、そう独り言を呟きながら、部下たちに混ざってグーフォの方へと、グレネードランチャーによる攻撃を加えていった。

「私のグレネード・マグナムを食らうがいい!」

 グレネード・マグナムとは、ジョン・ドゥ機が使用する専用の武器である。通常のグレネード・ランチャーとは違い、弾丸は放物線を描かずに直線状に高速で飛んでいく。故に「マグナム」と呼称しているのだ。

 そしてすかさず、彼は指揮官として別の命令も部下に下していく。十八機、数だけでも心強いが、その上この部隊はCRRの精鋭チームでもあったのだ。

「チャーリー、デルタはコロンブスに取り付け。アルファ、ブラボーは私と援護に――」

 ドゥの言葉は途中で遮られた。予測してなかった位置からのビーム攻撃を受けたのだ。十八機はそれぞれ編隊を解き、散り散りになってビーム攻撃を避けようとした。その内の一機のリック・ドムは、ドゥ機の護衛として彼にピッタリとくっついている。

“一体どこからだ!”

 CRR部隊のパイロットの一人が叫んだ。

「気をつけろ、あれは政府軍から強奪したサイコミュ実験機だ!」

 ドゥが全隊に通達した。すると、彼らは周囲三百六十度、やみくもに射撃し始めた。一見、弾の無駄のように思えるが、これはサイコミュのオールレンジ攻撃に有効な対策の一つであった。彼らはあらかじめ対策を練ってきていたのだ。

 これを受けて一瞬、エリーザはビットをその場から後退させ、一度様子を伺った。だが、ビットのビームは無くなっても、CRR軍に降りかかる火力は絶えなかった。ロジャースのリック・ドムⅡからの制圧射撃のおかげだ。ビーム・ガトリングのビーム弾が容赦なく彼らを襲っていく。

“左脚部被弾!”

 弾が命中し、攻撃を受けたザクⅡのパイロットが被害を報告した。ついでに弾切れを起こしていたので、リロードする間の援護射撃を仲間に頼もうとしたが、“対サイコミュ兵器戦術”の欠点がここに来て出てきてしまった。同時に複数機が弾を消費するので、リロードの際にカバーできる機体が少ない、という欠点である。

“リロード! カバー頼む!”

“すまない、俺も残弾なし……!” 

 敵の火力が弱まったのを見逃がさなかったエリーザは、二つのビットを敵陣に再接近させて射撃した。この攻撃でドラッツェ一機を撃破させ、その調子でテンポ良くもう一機、もう二機と、一気に計四機を撃破することに成功した。ハンター・キラーは敵から攻撃を受けることのない遠距離から、ビットによって敵戦力を一気削ぐことが可能なのである。

“ミノフスキー粒子時代の遠隔操作兵器か……”

 CRRパイロットの一人が、ハンター・キラーによるオールレンジ攻撃を間近に見てそう呟いた。




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前回までの「ブローバック」

 仲間のキムに裏切られたイーサンは、反政府勢力のエグゾセ旅団ヴァイパー隊に参加した。彼らは政府軍の化学兵器輸送艦を襲撃する作戦を決行。イーサンは元連邦軍兵士としてスキルを買われ、この作戦に投入されていた。







 彼らの作戦概要はこうだ。MSチームの狙撃手であるグーフォ、コールサイン“ジョーカー”が隕石に隠れ、先制で敵護衛部隊の隊長機を狙撃し、無力化させて、敵部隊の指揮系統を麻痺させる。ずっと同じ場所で狙撃するのは危険なので、射撃後グーフォはその狙撃地点から移動。グーフォが移動してる間に、ビーム・ガトリングを装備した“キング”が制圧射撃を行い、敵の動きを封じ込める。

 それに加えて“クイーン”というコールサインを与えられたエリーザが、サイコミュ兵器「ビット」のオールレンジ攻撃で、遠距離から敵護衛部隊を全滅させる、という手はずだ。そうすれば、あとは輸送艦に乗り込む歩兵部隊を援護するだけとなる。上手くいけば、二十分以内に帰還できるはずだ。


 SFチームを乗せた二つの輸送スペースランチは、ダミー隕石の裏側に隠れている。イーサンが加入することとなった歩兵部隊、ゴールドチームの面々は、戦場の緊迫感の中でリラックス出来ている。ただ一人、イーサン・キサラギを除いて。彼はリラックスしようと必死だが、心中にある恐怖が顔ににじみ出ている。

「CIA、お前さんは無重力空間での実戦経験はあるのかい?」

 トニーが聞いた。

「無いですよ。訓練だけです」

「へぇー、そうかい。それじゃあ精々迷子にならないよう、サミーのケツにでもしがみついてるんだな」

 明らかに緊張しているイーサンに、トニーが声を掛けた。

「まぁ落ち着け、アースノイドってのはそういうモンさ」

 チームリーダーのンドゥールが笑いながら、イーサンの肩にポンと手をやった。

「そういうサムもアースノイドですよね?」

「ああ。でも俺は特別だ」

 ンドゥールは自信満々で言い返した。そんな会話をしていると、インカムからグーフォの声が聞こえてきた。

「おーっと、紳士淑女の皆さん。豪華客船のお出ましですよ。さぁ、ダンスの準備はよろしい?」

 グーフォが操縦するザクⅠ・スナイパーのライフルスコープの先に映るのは、コロンブス級輸送艦。腕利きハッカーのカマンベールが“拝借”した情報によると、この艦に、政府軍が弾圧に使用した化学兵器、G3ガスが収容されている。そして彼の情報の通り、艦には護衛のモビルスーツのRGM-79Gジム・コマンドが四機いた。各機死角をカバーするために、ひし形の護衛陣形をとっている。

「こちらも確認した。あれで間違いないだろう」

 ロジャース機からも船体と護衛四機の姿が確認できた。もちろん、エリーザ機も捕捉している。

「僕を信用なさい!」

 情報を拝借してきたカマンベールが横から口を挟んできた。

「……だが、隊長機がどれだか判断がつかない」

 グーフォが言った。四機それぞれをスコープから確認したが、それが“隊長機”だと判断できる材料が少ない。その様子を見たエリーザが口を開く。

「これがジオン軍ならすぐ見分けつくんですけどね、ダっサいツノつけてますから」

 旧ジオン公国軍のモビルスーツ部隊の指揮官機は、印として頭部にツノを付けていたのだ。そんなジオン軍の風習をエリーザがさりげなくけなしたというわけだ。元ジオン軍人のロジャースはすかさず「そう言ってくれるな」とフォローを入れ、グーフォへとアドバイスした。

「ビー・アドバイス。恐らく一番後ろの機体が隊長機だ。通常の護衛形態ならな」

「了解」

 グーフォが返答すると、スコープを最後方のジム・コマンドへと向けて照準を合わせた。

「よし、グーフォ。俺の合図でトリガーを引け。その後、俺とクイーンで強襲する」

 ロジャースが全チームに伝える。漆黒の宇宙空間の静寂さは、作戦開始を待ちわびる兵士たちの緊張感へと変わっていく。『これが革命の第一歩』、イーサンの中でロジャースのこの言葉が再確認される。

「――撃て!」

 ロジャースが言うと、グーフォは操縦スティックのトリガーを引いた。スナイパーライフルの銃口からは、高エネルギーのメガ粒子砲が発射され、数百メートル先の標的めがけて、光線は一直線に飛んでいった。





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