アラカンライダーの憂鬱

モトグッツィに乗るアラカン世代のへなちょこライダーのつぶやき

歴代のバイク

懐かしいGAG

先日街で以前所有していた、珍車といえる「スズキGAG」を発見した。
いやー、ひさしぶりだねー。
単体で見ると大きさが分かりずらいけれど、かなり小さいバイクです。

3364

















G.Gが持っていたのは、スズキのワークスカラー、ブルーのカラーリングのモデル。
写真のは、米空軍をモチーフにしたカラーリングです。

3365


















この小さい車体、といってもミニバイクよりは大きいが、
大の大人が乗って走っている姿は、まさにギャグとしか思えません。

3366
















ヘルメットの位置が、普通の乗用車のドライバーと同じくらい、
車からバイクが見えているのか心配になるくらいでした。


3367

























まだ乗ってる人がいるんですね。

見かけたら、意地悪しないで、やさしくしてあげてください。

↓ポチッと、サービス、サービスぅ!
blogram投票ボタン 人気ブログランキングへ

歴車8 ホンダフォルツァ 2005

478


















やはり、90ccの限界に、もう少し大きなサイズのバイクが欲しくなる。
高速にも乗れて、車検のない250ccにした。

魅力のひとつは、シート下の収納スペースだ。
冗談ではなく、ゴルフクラブのドライバーが収まったのには驚いた。
スーパーのレジ袋も難なく飲み込んだ。

新車の時には、余りに音が静かで、
乗っている時、ヘルメットの風切り音しか聞こえず、不思議な気分だった。
たぶん、電動バイクに乗るとこんな感じになるのだろうと思えた。

が、経年変化により、最近は音も大きくなってきたが、
どうして、どのメーカーもスクーターのエンジン音・排気音は、
ポロポロと情けない音質なのだろう。
かといって、アフターパーツのマフラーの騒音はごめんだ。
あれは、うるさ過ぎる。
素敵な排気音を実現できるよう、メーカーの努力を求めたい。

余談だが、ハイブリッドや電気自動車に関して、
音が静かだから、目の不自由な人などに危ないなどの理由で
エンジン音に匹敵する人工的な音を発生させる装置を付けるという動きがある。
まったく、本末転倒というか、愚策である。
せっかく静かな乗り物に、わざわざ騒音を付けるなんて、愚の骨頂である。
ならば、自転車はどうするのだ、自転車だって立派な凶器だ。
実際、G.Gは信号待ちをしている時、おばさんのママチャリに3度轢かれたことがある。
いきなりぶつかってきたのだ。
問題は、どんな道具でも使う人間の心構えひとつで、凶器となり得るということだ。
静かな乗り物が登場し、新しいモータリゼーションが始まるというときに、
もっと新しい発想というものがないのかな、と思う。
おっと脱線してしまった。

とにかく、フォルツァはよく走った、が、高速道路では横風に弱かった。
時に、足下をすくわれるような時があり、怖い思いをした。

さて、大型バイクに乗り換えるため、フォルツァを手放すことに、
会社の若手がバイクの免許を取るといっていたので、
免許をとった暁には、これ譲るからな と言っていたのだが、
ついに間に合いそうもない。
2台同時に所有することは、不可能なので、処分することに。

約4年間乗って、8800kmちょっと。
バイク王が、11万円で持っていった。

↓ポチッと、サービス、サービスぅ!
blogram投票ボタン

歴車7 ホンダジョーカー 1996

477




















都内の移動には、やはり小型のバイクが便利だ。
でも今更原付はないでしょうと、90ccのバイク、
ホンダのジョーカーを選ぶ。
ハンドルの幅が400ccと同じぐらいあるので、
そんなにチョコマカと走り回れなかったが、
メーターで80kmは巡航速度、4輪に負けずに走れた。
都心から横浜あたりまでが行動半径内だった。

同僚に譲るも、さらにその知人へと渡り、
現在も元気で走っているそうだ。

↓ポチッと、サービス、サービスぅ!
blogram投票ボタン

歴車6 スズキバンディット 1989

448


















今もラインアップに名を残すネイキッドモデルだ。
ボディは、ブルーとアルミグレーとチタングレーとでもいうのか
鯖の切り身のような色あいだったので、周りから「シメサバ号」と呼ばれる。

この頃になると、バイクブームの熱も冷め、会社のバイク乗りも
ひとり減り、ふたり減りとなり、自分だけになる。
そして、乗る間隔がだんだん開いていって、ほとんど乗らなくなっていった。

何年か置きっぱなし、遂にエンジンが掛からなくなっていた。

その後、欲しいというので、会社の後輩に譲る。
山陰までツーリングに行ったりしていたが、
今は休眠中とのこと。また動かなくなっているらしい。
かわいそうだね。

歴車5 ヤマハFZR 1988

447






















バイクでの不幸が重なり、乗りたいバイクも見つからず、しばらく間が空く。
レーサーレプリカばかりで、大人の男が乗るバイクがないと嘆いていたら、
FZRの新型が発売される。そして、そのカラーに、
「漆ブラック」というカラーがあることを知った。
これは渋いぞと、購入した。

漆ブラックといっても、漆塗りになっている訳ではなく、
黒の塗装の下に赤が沈んで見えているような塗装だった。

スズキ車と違い、新車の時点からエンジンが軽快に回った。
スズキ車はどちらかというと、回り方が硬い印象。
(決して回らないということではない)
フルカウル仕様で、400ccクラスとしては、大柄なバイクだった。

第3京浜を走っていると、時にスピードメーターは、針が回りすぎて、
目盛りの書いてないところまで回ってしまうという
不思議な(?)現象がたびたび起きていた。

アルミのぶっといフレームは、ミシリともいわない高い剛性で、
シュルシュルと軽い回転のエンジンとで、高性能なバイクであった。
だが、どうにもフルカウルのバイクは性に合わないのか、
ネイキッドのスズキバンディットに買い換えることになる。

FZRは、知人に貰われていった。その後の消息は不明。

歴車4 スズキギャグ 1986

439




















レーサータイプのカウルを纏った、ミニバイク。
エンジンはスズキバーディの4ストローク50cc。
ミニ・レーサーレプリカというジャンルの先駆けがGAGだった。
のちにホンダからNSR50、ヤマハからTSR50が発売された。
身長182cmの男が乗っているさまは、まさにギャグだっただろう。
セカンドバイクというか、遊びで買ったバイクだった。
知り合いに貸したまま、2度と戻ってこなかった。

歴車3 二代目スズキインパルス 1986

バイクブームの中、会社の中に何人かのオートバイ乗りが増えた。
そんな仲間に連れられ、自分のバイクもついでに見て貰っているうちに、
通うバイク屋が替わっていた。
新しく買い換えようと、電話を入れると、今度限定車が出る、とのこと
写真も何も見ずに、注文を入れる。

418


















それがこの白いインパルスだ。
小さなカウルの付かないタイプは、
ライトのステー部分がトラス状になっていて、
一部では東京タワーとか言われていたらしいが、
我々の間では、鉄橋インパルスと呼んでいた。
自分以外の同じカラーのインパルスを見たことがなかったし、
雑誌などに載っていたという記憶もない。超レア車だったと思う。


419


















ある日の夜中、電話がかかってきた。
○○さんか? おたくのバイクが燃えているよ。
警察からの電話だった。
もともときちんと契約した駐車場があったわけでもなく。
いつもの場所に、知らない車が止まっていて、しょうがなく、
少し離れた場所にその日は止めたのだった。

慌てて部屋を出て、現場に向かう。
消火作業は済んだ後だった。消防車が来ていた。
バイクは倒され、タンクにはドライバーでこじ開けようとした跡があった。
近くの自転車なども、軒並み倒されていた。
幸い、2次被害、延焼もなく、それだけでも良かったと胸をなで下ろす。
ただ、燃やされ損。犯人は分からずじまい。

燃やされたショックで、バイクは現場に置いたままに、
今、冷静に思い返すと、バイクは丸焦げになった訳ではなく、
燃えたダメージは、部分的で済んでいただけのような気がする。
2〜3日もしないうちに、少しずつバイクのパーツが減っていった。
部品取りの仕事ぶりが、やけに丁寧でプロフェッショナルな感じがした。
数日の後、バイクは跡形もなく消え失せた。

2千キロちょっとしか、乗っていなかった。

歴車2 初代スズキインパルス 1982

原付でのフラストレーションも頂点に達した頃、
バイクブームがやってきた。
中型免許を取る。歳は30代を迎えていた。
ベルーガで走ってると、ある日、バイク屋にしては珍しい看板を発見。
象に羽が生えて飛んでいる、まるでペガサスのエレファント版だ。
店の名は、「ホットカンパニー」。
看板に魅入られて、その店でバイクを買うことにした。
店主は女性で、コピーライターをしていたらしい。

スズキインパルスを買う。
当時のベストセラーは、ホンダのCB400だった。
ホンダは優等生すぎて、何だか嫌。教習所のバイクはカワサキだった。
ヤマハは、ええとこのボンボンのようなイメージ。
レーサーレプリカブームの一歩手前だった。
じゃあ、インパルスは?一番過激で、族車に近かったかも。
少数派ってことに惹かれたのかなぁ。

415


















4in1のマフラーが最大の特徴だった。
ある日、乗ろうとエンジンをかけると、とんでもない音が・・・。
ドッキュ、ダリュン、バッ、バリュン、ヴァッ、ヴァッ、・・・。
びっくりして、よくバイクを見ると、マフラーが根こそぎ無くなっている。
盗まれた。一晩のあいだに、盗っていった奴がいた。


416


















今でも、このバイクの音が一番だと思っている。
特に、スロットルを開けたときより、閉じたときの
くぐもった音の方が好きだった。

このインパルスでは、何回も転けた。
救急車に乗ったこともあったが、打撲、捻挫どまりですんでいた。
そのうち、購入したホットカンパニーの主が変わった。
何でも、女性店主は体調を崩し、辞めることになったらしい。

新たな店主は、哲さん。
奥方は、当時女性ライダーとして人気のあった、三好礼子さん。
店の名前は、「哲輪」となる。
有名人の店として、客で賑わう、
礼子さんは、美人だし、誰にでも変わりなく、気さくで素敵な方でした。
反して、G.Gの足は遠のく。(元々、あまり店に顔を出さなかった)
基本的にG.Gは、バイク屋に、たむろするタイプではない。

初代インパルスは、友人に譲ったのだが、
事故に遭い、全損でその生涯を終えている。

記事検索
Amazonライブリンク
livedoor プロフィール
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ