2019年11月29日
中曽根元総理大臣が死去に思い出す力道山先生〜
自分が力道山門下生に成ったのが1962年の十一月の末頃でした、入門を許された嬉しさに俺の頭の中はいっぱいで有った、合宿所は港区赤坂台町に有りリキアパートが隣に、裏側にはTBS テレビ局、目の前の道路を左に行けばリキクラブが入ったビルが建っていた、
そのビルの一階に中曽根康弘事務所の看板が下がっていた、この時が初めて政治家との付き合う先生の偉大に気が付いたのでした、やがて月が変わり十二月中頃になればクリスマスの飾り商店街のお店からは音楽が流れて来て街全体がウキウキな気分に、
今と違って赤坂界隈新橋・銀座などは稼ぎどきで有った、同じく力道山先生が経営者のリキクラブでは毎日クリスマスパーティー、自分たちはお店の前を通らず裏道を歩いていた、何処で偶然中曽根先生と出会ったなら挨拶をしすぐに立ち去る、俺が思い出して言える事は先生は本当に男前でした、日本の為に大変な仕事をして下さった政治家です、国鉄清算事業団改革・日本郵政民営化・など大改革を決行して下さいました、心よりご冥福をお祈り致します、合掌。



