両巨砲が抜けた日本プロレス日本プロレスを後に

2006年06月25日

分裂に向かう日本プロレス

大木さんとは連絡が取れず、坂口選手は新日本の関係者と連絡を取って会うとの、ニュースが入ってきた、この何日後に今度は大木さんが国際プロレスのマットに上ると言った連絡が新聞社の記者から入った、自分は毎日代官山の事務所に、此処は合宿所と兼用のビルで、若手の選手が寝泊りいたから、彼らからのニュースも色々入っていた、当時リキーエンタプイズに山本さんと言う人が居て、芳の里さんといつも連絡を取っていた関係で、日本テレビの話は山本さんから、テレビ朝日の関係者、もしくは坂口選手から芳の里さんに話が有ったと聴いたことがある、その頃日本プロレスには沢山の権限のあるベルトやトロフィー有ったのだ、今でもよその団体が使って居る物は最後まで残った自分達の日本プロレスから来ているのだ、今から伝える話は本当の話だよ、先ほど名前が出た山本さんの話に乗って日本テレビに行くことに成った後に、事務所にいた社長に挨拶をしたら自然と涙が出てきた、総勢13名で全日本へ移籍でしたが最初から揉め事が、馬場さんが日本プロレスに居た頃から嫌いなタイプの選手がその中に居たから、結局自分が中に入る役でその場を収める、そんなことが何回もあった、一人残った芳の里さんにベルトやトロフィの話がテレビ朝日から買取の話が来て、条件は芳の里さんに給料毎月50万をプロレス放送している間払うことで。この話は90%決まりの話であった、この続きは、又ナァ、、、

g_kojika at 15:01│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by はるひ   2006年08月22日 01:45
「馬場さんが日本プロレスに居た頃から嫌いなタイプの選手」って、上田と松岡ですか?

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