オリジナルの小説(短篇)を載せています。 マニアック派ホラー、ミステリなど。実験小説『ちょっと猟奇的な一家とその飼い猫の記録』不定期連載中。





閲覧いただきありがとうございます。

気の向くままに文章を書いています。

いろいろ書きますが、ホラーが主流となります。あしからず。

アーカイブがごちゃごちゃしているので、{
目次}を用意しています。大体の作品はそこから飛べます。どうぞご利用ください。


*作品の無断転載を一切禁止しています。







○ホラー

 管理人の主力です。
 一部にマニアック要素を含みます。苦手な方はご注意ください。



○ミステリ

 ホラーに分類するか迷ったものは、こちらにカテゴライズしています。



○ちょっと猟奇的な一家とその飼い猫の記録。 /連載中

 基本はコメディ。たまに特別篇が登場します。



○その他

 幻想を紡ぎます。


b









『犬』

 
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『記憶』

     


『城』

   


『ベルの音が…』

 


『にごり』

     


『いらないもの』(非公開)

    


『忌祭』

      


『削除してよろしいですか

   


『よじれる』(記念小説)




『仔虫奇譚』

     



『におい』

 


『錯綜』

   


『魅惑のパスタ』(記念小説)




『いびつな…』

       


『譫妄』

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『アスファルト、或いは…』(公開停止中)

     


『恐怖症』

      


『冀望』




違和感』




『滅裂』

     


『幻想映画館』




『盲目の』


 


『グルーミー・マム』

 



c



『霧の街』

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another 
 
 


『怖い家』

第一の場所
       

決裂の場所
  


d










S病棟の怪(実話怪談)
 
 
霧の街







18


 部屋の窓から吹き付ける、降っているともわからぬ小雨に髪を湿らせながら、スマホを片手に、ぼうっとソファに沈み込んでいる。

 時刻は昼時を示しているというのに、日差しはなく外は薄暗い。さらには、電気の付いていない部屋の中は、まるで夜のような暗さに満ちている。

 午後二時半。平日の真昼間。退屈、ということもないけれど、特に何をする気も起らず、かれこれこうして数十分、ひょっとしたら数時間の間、直季はどうにもソファの上から動けずにいた。

 そうしているうちに、ゆっくりと、階段を上る足音が聞こえてきた。

「――直季―。そろそろ、お昼、食べに行こう」

 母親の声が近づいて来て、部屋の前で止まった。

「車、エンジン掛けてるから。来てよね」

 言うなり、返事も聞かずに、すぐに足音は遠のいて行ってしまった。

 何かを考えようとしたが止め、立ち上がると、ハンガーに掛かった上着を体に引っ掛け、直季はスマホを手にしたまま部屋のドアを開け放った。

 階段を下り玄関を出ると、すでにエンジンの掛かった車の中で、曇った硝子の隙間から、母親が「早く乗って」のジェスチャーをしているのが見えた。

 寒さに震えながら助手席に乗り込むと、すでに中は適温になっていた。

「――どこ、行くの?」

「どこにしようか。どこでもいいけど」

「遅い昼ご飯だね」

「今頃の時間帯の方が空いてるでしょ」

「そういえば、母さん、今日仕事休みだったっけ」

「そうよ。毎週この日は、休み。ね、それより、何食べたい?」

「なんでも。ていうか、わざわざ出掛けなくても」

「じゃあカップ麺にする?それか昨夜の残りカス」

「…中華料理がいいよ。確か、あの、麻婆豆腐が美味しい店」

「それもいいけど、私イクラが食べたいなあ。あと甘海老」

「…くら寿司とか?」

「決まり」

 運転席の腕が何やらカーナビのタッチパネルを操作し、それが終わるとアクセルが踏まれた。ゆっくりと景色が流れ出す。

 しかし、すべての情景は白い靄に呑み込まれ、景色ともわからぬ景色に、無意識に直季は溜息を吐いていた。

「――直季、部屋の窓は?」

「……あ、えっ?」

「ちゃんと鍵、閉めてきたでしょうね」

「え……ああ…多分…」

「ええ?……まあ…少しの間だからいいか。二階だし…。だけどあんた、無性に窓開けたがるよねえ。こんな寒いのに。今日だって、雨が降ってるのに…」

「…放っといてよ。空気が籠るのが厭なんだ」

「ふうん…。……それにしても、学校からの昨夜のメール、びっくりしたなあ。まさか霧の為に、翌日が臨時休校…なんて」

「……なんか、一部の保護者から要請があったらしいよ。あまりにも霧深い日は出歩くのが危険だから、休みにするべきだって。……〈霧の中で悪魔を見たら死ぬ〉っていう記事が出回ったのが一番の原因だって、先生たちは言ってたけど…」

「…へえ。やっぱりねえ。全国紙だし、あの記事、なんかすごい事書いてあったもんねえ…」

「……。…母さんは、不安にならないの?」

「〈悪魔〉のこと?」

 交差点の中程で、ウインカーがカチカチと音を立てた。

 右折。自転車ほどの走行速度が、曲がりゆく一瞬だけ、わずかに速くなる。

「…さあねえ。悪魔のことは、私にはよくわからないけど……。でも……この町のことを、あの人がよく言ってたのよね」

「…父さん?」

「うん」

 頷きながら、ふふ、と運転手は困ったような笑みを溢した。

「何?何を言ったの?」

「霧の街はね……人の哀しみ…心を、抱き締めてくれる町だって。……ふふ。何言ってるんだか」

 唐突に、スピードが落とされた。

もはや歩行者にさえ追い越されてしまいそうな速度に、直季は思わず口を挟んだ。

「どうしたの?」

「……このカーナビ、バグってる。ポンコツだわ…」

「えっ…?でもまあ、ナビがなくても…」

「ナビがなくちゃ、わかんないよ。ここに来てから私、くら寿司なんて行ったことないもの」

「ええ?じゃあ、なんで行こうとしたんだよ」

「あんたが言ったんでしょう。くら寿司なんて」

「母さんが甘海老とか何とか、言ったからだよ。僕は、べつに」

「ええー?」

「取り敢えず、母さん、スピード上げないと。鳴らされる」

「もうー…」

 再び自転車ほどの速度を取り戻したところで、目前の信号機に差し掛かった。

 黄色のランプ。停車する。

「…じゃあ、どこに行く?」

「…焼肉…とか?」

 ふと、信号機の横の看板が視界に入り込んできた。

 どこかで見たような黄色のロゴマーク。「M」の文字。

「………マックでいいか」

 どちらともなく言い出し、頷いた。

 

 

 

「――三黒先生。明松…という生徒のことで、お話があります」

 生徒のいなくなった夜の校舎。

 時刻は二十時を廻っている。濃霧警報の発令されたこの日、この時間帯には、職員室にすら、たった二人の教員の姿しか見当たらない。

 職務を終え、そろそろ帰ろうとしていた矢先に声を掛けてきた教頭の顔を、間の抜けたような貌で、三黒は見返した。

「……はあ。俺のクラスの、明松ですか?」

「明松という苗字の生徒は、この学校には一人しか在籍していません。……少し、彼女について、気になることをお聞きしても?…」

「……何のことでしょう。見守る限り、彼女は穏やかな性格でかなりの優等生ですし、特に問題は…」

「――先生。彼女が、〈霧の中の住人〉であることは、ご存じでしたか?」

「……はい?」

「昨夜学校に、彼女について通報の電話が入りました。通報者は匿名で、『学校がその生徒を、〈霧の中の住人〉にした。責任を取れ』という内容のものでした。……」

 ……どう思われます?

 訊かれ、拍子抜けといった表情で、三黒は持っていた鞄を力なくデスクに下ろした。

「………いや、どう、と言われましても……」

「……相手は匿名ではありましたが、恐らくは彼女の母親であると推測しています。……とは言え、ここでの学校生活を送るうちに、突然に彼女は〈霧の中の住人〉となった……そう考えれば、確かに、責任の大半は我々にあるでしょう」

「……仮に、彼女が本当に〈霧の中の住人〉だとして、何か問題が?…そもそも、少なくとも、そこらの人間に唆されて流されるような、癡鈍な生徒ではないですよ……彼女は」

「…〈霧の中の住人〉は、世間一般からすれば、ただの〈冷酷非人道〉という認識でしかありません。……聡明な生徒だからこそ、心配なんです。彼女の担任が、あなたであるということも――」

「……自分の意思で、彼女は〈霧の中の住人〉になることを選んだ。…それがすべてでしょう」

「………。あの年齢は移ろい易く、自らを中途半端に〈霧の中の住人〉と名乗る人間ほど、危うい…。………慎重に、見守ってください。彼女自身が霧に呑み込まれないように――」

「………ええ」

 ふっと、三黒の鼻から笑みが零れた。「……まったく同感です。あの年齢は移ろい易く、自らを〈霧の中の住人〉と名乗る者ほど、脆い。己を潰すほどに……ね」

「…………。……ええ。……そうですね」

……潰すほど……、と、言葉を復唱しかけ、教頭は口を噤んだ。

 苦虫を噛み潰したようなその顔を、可笑しそうな三黒の目が見つめ、逸らされた。

(続く)