オリジナルの小説(短篇)を載せています。 マニアック派ホラー、ミステリなど。実験小説『ちょっと猟奇的な一家とその飼い猫の記録』不定期連載中。





閲覧いただきありがとうございます。

気まぐれに小説(短篇)を載せています。

いろいろ書きますが、ホラーが主流となります。あしからず。

アーカイブがごちゃごちゃしているので、{
目次}を用意しています。大体の作品はそこから飛べます。どうぞご利用ください。


*作品の無断転載を一切禁止しています。







○ホラー

 管理人の主力です。
 一部にマニアック要素を含みます。苦手な方はご注意ください。



○ミステリ

 ホラーに分類するか迷ったものは、こちらにカテゴライズしています。



○ちょっと猟奇的な一家とその飼い猫の記録。 /連載中

 基本はコメディ。たまに特別篇が登場します。



○その他

 幻想を紡ぎます。


b









『犬』

 
         9


『記憶』

     


『城』

   


『ベルの音が…』

 


『にごり』

     


『いらないもの』

    


『忌祭』

      


『削除してよろしいですか

   


『よじれる』(記念小説)




『仔虫奇譚』

     



『におい』

 


『錯綜』

   


『魅惑のパスタ』(記念小説)




『いびつな…』

       


『譫妄』

1


『アスファルト、或いは…』(公開停止中)

     


『恐怖症』

      


『冀望』




違和感』




『滅裂』

     


『幻想映画館』




『盲目の』


 



c



『霧の街』



『怖い家』

第一の場所
       

決裂の場所
  


d










S病棟の怪(実話怪談)
 
 
霧の街







16


「……きみが、碑石直季くん?」

 声を掛けられた、と思うと同時に、直季は立ち止まった。

 見ると、見知らぬ男が、こちらに向かって笑みを浮かべていた。

「その貌。ヒドイなあ。顔を合わせたことがあるかもしれない仲なのに」まるで心の中を見透かすかのような言葉が、放たれた。「倉持センセイの葬式で…」

「…は?」

 葬式、というワードに、一瞬何かが思い出されそうな気がした。

しかし少し考えてみても、自らのどの記憶の中にも、目の前の男の姿は見当たらない。

 困惑していると、男は察したように、名刺を取り出した。

「蔵影…という者なんだけど。まあ、名前なんか、べつに覚えなくていいよ」

「……民報社…」紙に印字された文字が、直季の目に飛び込んできた。「記者…?記者の方、なんですか?」

「きみさ、今日時間ある?」

端的な言葉が、投げかけられた。「きみと話をしてみたいんだ」

無意識に、腕時計に目を遣っていた。

現在時刻は、午前八時一五分を示している。

「いや、でも、これから…」

「勿論、放課後の話だ。きみが今通学途中にいることは、見りゃあわかる」

そう言って唇を歪めながら、男はどこからかペンを取り出して名刺に何かを書き殴ると、その紙切れを直季に押し付けた。

「十六時頃には終わるだろう。駅前の喫茶に、半にどうだ」

「えっ…」

「決まりだな、それじゃ…」

 有無を言わさず矢継ぎ早に言うと、男は軽く手を振って、直季から離れて行った。

 唖然としながら、渡された名刺を見ると、空白の部分に「喫茶 16:30」と汚い字で書かれていた。名刺から顔を上げると、少し離れた路肩に停められた車に、男がいまにも乗り込もうとするのが見えた。

「あの、ちょ、ちょっと……」

 エンジン音が鳴る。思わず、直季は走り寄っていた。

「あの……話って言っても、一体僕に、何の話ですか?」

 目が合うと、車のウインドウが、開いた。

 そうだなあ、と、その唇が笑いながら呟いた。

「アルカロイド……」

「……は?」

「……いや……」男は、言葉を訂正しながら、言った。「……きみのお父さんの得意分野について……かな。まあ……きみにとっては、そんなに難しい話じゃないのかもしれない」

「………あの……」

「なあ。行かなくていいの?」男の指先が、自らの腕時計を指した。「大変なことになってない?」

 弾かれたかのように、何かを思う間もなく、直季は駆け出していた。

 まるで行く手を阻むような、目先を覆う霧。背後から「車に気を付けろよ」という声がした。しかし構っていられない。時計はいまにも始業の時刻を示そうとしている。

 駆ける直季のすぐ前方を、トラックが静かに走り抜けていった。

 

 

 

 校舎の階段を駆け上がり教室の前まで辿り着くと、三黒がすでに教壇に立ち、彼の生徒に向けて何やら話をしているようであった。

 教室後方の扉にそっと手を掛けると、途端に、一人の生徒の声が耳に飛び込んできた。

「――オレも、霧の中の住人になろうかなあ」

 どきりとする。

 思わず、ドアに当てた手を、フリーズさせていた。

「仲間に入れてくださいよお、先生。そうすれば、悪魔に殺されなくて済むわけでしょ。もうさ、馬鹿らしくね?皆さあ、こんなに、霧にびくびくして――」

 嘲笑のような蝉噪が、教室内に沸き起こった。

 三黒の返答は、聞こえては来ない。

「先生みたいな冷酷な人が、悪魔に会わないわけだろ?だったらさ、オレ、それでもいいよ。どんな時、誰が死んでも、自分には関係ねえって態度でいればいいってことでしょ。つまり」

 バカじゃねえの、という冗談めかした声が、そこに割り込んできた。

「ひょっとして、先生…」野次が飛ぶ中、生徒の声は続けた。「自分が悪魔に殺されたくないから、そうやってわざと、〈冷酷非道〉を演じてるとか?…」

 喧噪が、消えた。

 扉の前に硬直したまま、直季は、完全にこの教室の中に入ってゆくタイミングを失っていた。

「〈霧の中の住人〉が、〈冷酷非道〉……ね」

 クク、と三黒と思われる人物の喉が、鳴った。「……少なくとも、おれ自身は一度も、そんなことを口にした覚えはないぜ。そもそも、〈霧の中の住人〉が〈冷酷非道〉だなんて………口火を切ってそれを言い始めたのは―――」

 ゆっくりと、扉を開けていた。

 静まり返る室内。生徒の目が、一斉に直季に向けられた。

 扉を閉めながら、もごもごと適当な挨拶を述べると、直季はそそくさと自分の席へと向かった。

 椅子を引くと、脚が床に擦れるわずかな摩擦音が、教室中に響き渡った。興味が失われたかのように、視線がばらばらと散って行く。

 不意に、思い出したかのように、三黒の目が壁時計を見た。

 その唇が何を言うかを察したように、先程発言していた生徒が、にやけながら再び口を開いた。

「先生。オレ、今日からレイコクヒドウなんで、一限の数学サボりまーす」

 失笑のような笑いが、沸き起こる。

 どこからか、それ関係ねえじゃなん、というツッコミが飛んで来た。

「サボりたいなら、勝手にしろ。生憎、一限は自習だ」

生徒の喧噪は治まらない。三黒もまた、にやりと口元に笑みを浮かべていた。「例の〈悪魔〉の件で、緊急職員会議が入ることになった。まだ、何のことなのか、おれにもよく解っていないが……報告できることがあったら、後に報告する。…おっと」

 腕時計に目を走らせながら、三黒は黒ファイルを手に抱えながら、慌ただしく教室を出て行ってしまった。

 教師が去るのを見計らい、一人の生徒が大きく欠伸をすると、廊下の方から「突っ伏して寝てるなよ」と、大きな声が響いて来た。

 

 

 

 放課後になり、直季は一人駅前のロータリーに佇んでいた。

 時刻はすでに十六時三十分を大きく廻っている。

 蔵影との約束を無視しようと思ったわけではない。

 何度目か、貰った名刺をコートのポケットから取り出して、眺めてみる。「喫茶 16:30」の、汚いインクの文字。

 眉を顰めながら、再びポケットに仕舞い込む。溜息。

このまま帰ってしまおうか……。幾度目かの思案が、頭の中を過った。

目の前を、停まっていたバスが通り過ぎて行った。数度目の発車を、ぼんやりと見送る。背後に聳える灰色の駅ビルを、力なく振り返ってみる。

フロア案内図を見る限り、一階と七階にレストラン街があり、その中にカフェ、軽食喫茶店が数軒。さらに、駅ビルとは他に、駅構内にはコーヒーショップやドーナッツショップが設置されている。

(………どこだよ…。〈喫茶〉って……)

 出掛かった舌打ちを、堪えていた。

 我ながら律儀だと感じていた。そもそも、素性もよく知らぬ相手からの口約束など、守る義理はないのだ。それもこんな、冗談にも捉えられる、適当な約束で。

 それでもこの約束を無下にしなかったのは、蔵影の放った一言のせいだった。

(……きみのお父さんの、得意分野について……)

 くしゃみをしていた。

 もくもくと煙のような霧が、周囲に立ち込めて来た。

それにしても、寒い。吹き付ける冷風に、頬や鼻頭は赤く染まり切っている。

 せめてビルの中で立ち竦んでいればいいのだろうが、建物の中に入ってしまうより、ロータリーに出ている方が、相手が自分を見つけやすいと思ったのだ。

 薄っすらと、夜気が周囲を満たし始めた。腕時計を見ると、十七時を示している。

 陽が沈んでゆくのを境に、ロータリーが急激に混み始めた。みるみるうちに、バスやタクシーの公共車両を差し置いて、一般車両が大半を占めるようになった。電車の到着とともに駅舎から零れ出る人の群れが、ばらばらに散って、それぞれの迎えの車に乗り込んでは、去ってゆく。

「碑石くん…」

名前を呼ばれて振り返ると、薄いシャツを着ただけの眼鏡の男が立っていた。

どこか申し訳なさそうな貌をしながら、男は口を開いた。

「大丈夫?こんな所で…。場所、わかんなかった?」

 わかるわけない、と心の中で毒づく。

「…く、蔵影さ………」

 寒さの中で立ち竦んでいたせいか、なぜか舌が縺れた。「上着は……?」

「置いて来たよ。すぐそこだから」

 言いながら、蔵影は風に身を震わせて、直季を目先のビルに案内した。

 駅ビル一階の、中央の喫茶店。中に入ると、柔らかな温風が、体を包み込んだ。

 隅の一角の席。テーブルには、飲みかけのコーヒーカップが一つ。ソファの背凭れ部分に、黒いジャケットが掛かっていた。

蔵影はジャケットを適当にどかすと、直季に掛けるよう勧めた。

次いで「何がいい」と訊かれ、直季はコートを脱ぎながら、メニューの適当なものを言うと、早々と蔵影は注文を済ませてしまった。

「喫茶と言えばここしかないから、わかると思ったんだ。外で待たせてしまって、すまなかった」

「ここしか…?」

「店名なんだよ。それ」指先が、メニュー表の文字を叩いた。「〈喫茶〉。センスがないっていうか、シンプルだよね」

 絶句する直季の前に、ウエイトレスが紅茶の入ったカップを置いて去って行った。

「……この町で、あまり君を遅く帰すのはマズイだろうし、僕としても、なるべく手短に済ませたい。それで早速だけど……君、この花を知ってる?」

 何やらスマホが操作され、一枚の画像が直季の前に差し出された。

「……朝顔?」

「そう。朝顔」

 じゃあ、これは。

 言いながら、次の画像を押し付けられた。

「……あ……」

「うん?」

「これは………これも、朝顔……」

「………うん」

 直季の反応に頷くと、蔵影はスマホをテーブルの上に放り投げた。そうして、鋭い視線を、直季に向けた。

「……今、君はこの二つの画像を見て、何かを考えたよね?何を思ったの?…」

「……えっ?」

「二つ目の画像を見て、君は素直に、花の名前を答えなかった。どうして?…」

 沈黙する。

 二枚の花の画像。花弁、葉の形状、色……すべてが似たような見た目をしている。それぞれは、朝顔に違いはなかった。

「――お父さんから、君は何を聞いてるの?」

「………は…?」

 徐に、ぽんと掌を頭の上に置かれた。

「ここにさ、先生から受け継いだ脳ミソが入ってるのかー。朝顔はさ、この町の、〈悪魔〉の象徴でもあるんだよね。でもアレ、朝顔であって朝顔じゃないんだよなあ。朝顔だけど」

「………。…あの……」

「……あれ。わからない?」

 直季の反応の鈍さに、勘が外れたように、蔵影はわかり易く、顔に落胆の色を滲ませた。しかし手は頭の上に置いたままである。

「碑石教授のご子息っていうから、てっきり……。……いや、でも、そうかあ…。息子と言えど、別人だもんなあ……。いや、でも、息子……」

 直季の髪を弄りながら、何やら蔵影はごにょごにょ言い出した。

 鬱陶しそうにその腕を退けると、直季は複雑な気持ちになりながら、素直な疑問を口にした。

「……あの……父は、先生と呼ばれていたんですか…?」

 驚いた顔が、直季を見た。

「………君は、お父さんと、あまり仲がよくなかったのかな…?」

「え、いや…そういうわけじゃ…」首を振って、直季は否定した。「仲は、よかったと思います。普通に。でも、なんていうか……あれだけ傍にいたのに……僕はよく、父のことを知らないんです…」

「へえ…。どうして?」

「あの人が、どんな人なのか……どういう仕事をして、いつもどんなことを考えているのか……。……あれだけいつも傍にいて……僕は一度だってそんなこと、考えようとしたことも、なかったんです。ただぼんやりと、あの人の座るソファの隣に座って……テレビを見て、何かを話して、毎日が過ぎて…」

「ふうん…。穏やかっちゃあ、穏やかな家庭だなあ。君は、お父さんが何を研究していたのかは知ってるの?」

 直季は小さく首を横に振った。

「…じゃあ、彼が研究者であることは?」

「それは……知ってました。なんとなく…」

「なんとなく?分野については?」

「………ええと……」少し考えてから、直季は言った。「………花…?」

 ちりりん、と扉のベルが鳴った。

 再び頭の上に、掌が置かれた。

「……君。割としっかりしてるように見えるけど、随分と、ぼんやり育ってきたんだなあ。まあ……そんなことより、だ…」

「あの、手…」

 頭の上の腕をどかそうとするが、びくともしなかった。

「今から六、七年前のことだ。君の父親――碑石璽氏は、ある目的の為に、この町を訪れた。〈一年中朝顔が咲く町〉に、興味を持ったんだ。通常、朝顔のシーズンは、五月から、大目に見て、十一月とされている。そこで、この町の気候を調べた上で、一体何が朝顔を年中咲かせているのか、その原因を突き止めようと考えた…」

「あの、手を……」

「けれど、町に来てから、彼は予想外の展開に直面することになった。彼が朝顔だと思っていたものは、朝顔ではなかった。彼の知る朝顔と、この町の朝顔は、似ているようで、まったく違っていた…」

「…違う?」

 頭の上の手首を掴みながら、直季は訊き返した。「そっくりだけど…どこかが違うってことですか…?」

「いや。見た目にほぼ違いはない。決定的なのが、遺伝子構造の違いだ」

「遺伝子構造…?」

「…だけど、彼は、その事実を公表しなかった。しかし、一部にその結果が流出し、それを知る者から、教会廃止の声が叫ばれるようになった。そうして、それから一年も経たずに、この町唯一の教会は、廃止に追い込まれた。一方の、激しい反対の声をよそに――」

 淡々と話を進める蔵影に、直季は声を荒げていた。

「……ま、待ってください。どういうことですか……?この町の朝顔が、遺伝子構造の違う朝顔だと判明したところで……それがなぜ、教会廃止に繋がるんです?…」

「主人公がドラ○もんの漫画に、ドラ○もんが出てこなくちゃ、話にならないだろ?」

「…は?」

「教会にしたって同じことだ。そこで祀っていたつもりだったモノが、実際は、最初から何も祀られてはいなかった。悪魔を祀っていた教会の筈が、最初から悪魔なんて、そんな存在は不在だった……」

直季の髪を指で弄繰り回しながら、蔵影はぐっと顔を近づけ声を潜めた。「いいか…君のお父さんは、植物生理学の研究者だった。……彼は、気付いたんだよ。この町に根付く〈霧の中の悪魔〉の正体の秘密が、この花に隠されていると――」

「……霧の中の悪魔…の?…」

「おいおい…。その言葉くらいは知っているだろう。学校でも言われるだろ。悪魔が出るから、霧深い日は早く帰れって」

 答えになっているようで、答えになっていない返答に、焦れるような、益々疑問が渦巻くような、何とも言えぬ感慨に、直季は顔を顰めるしかなかった。

「ともかく……彼は、朝顔に似たその花を、こう名付けた…」

 ようやく、ゆっくりと、腕が離れて行った。「foggy- wood- rose ――通称“霧の中の悪魔”……とね」

 

 

 

「三黒先生」

 受け持ちのクラスで「一限は自習である」ことを言い渡すと、三黒は急ぎ職員室へ向かっていた。

途中の廊下で、後方から声を掛けられる。振り向くと、教頭が立っていた。

「生徒たちには、伝えましたか?」

「え?ええ…自習だと。これから職員会議ですよね?」

「これから職員会議ですが、三黒先生には出て頂く必要はありません」

「…はい?」

「時間がないので、歩きながらでお願いします。駐車場まで」

「駐車場?」

 わけのわからないままに、速足で歩みを進めるこの蒼白い顔をした自分の上司に、三黒は引き摺られるようにしてその後を付いて行った。

「外へ出るんですか?一体、どこへ?」

「三黒先生。今朝の新聞は、ご覧になられましたか」

「…全国?地方紙ですか」

「地方紙は問題ありません。全国紙の方です」

「問題…?……ああ」何かに気付いたように、三黒は鼻で笑った。「〈悪魔を見た人間は自殺する?現実か逸話か?霧の街の真実〉ってやつですね…」

 隠そうともしない教頭の苛立ちが、数歩後ろを歩く三黒まで、手に取るように伝わって来た。

 例の記者会見から数日が経った今、完全に不意打ちの記事であったことは確かである。

「これから急遽、車で町役場に向かいます。この学校からは、私とあなたが代表して行きます。他に、町内の教育機関から三名、集まることになっています。本来であれば、これについて、県や市の機関を巻き込む形になる処ですが、彼らは〈例の記者会見〉の内容を、よく把握できる立場にはないようですから」

「はあ…」

(把握できる立場にない……か)

 要するに、と三黒は思った。

 要するに、県や市の人間は、例の記者会見に出席していた、或いは言動を把握していたものの、記者の言う内容の意味がちんぷんかんぷんだったというワケだ……。

「例の記者会見…ですか。じゃあ、職員会議の内容というのも、それが記事になったことについて?」

「大雑把に言えば、それに基づく注意事項に関してです。あの記事が公になった以上、〈悪魔〉について、生徒たちに要らぬ混乱を招く心配がありますから」

「なるほど…。まあ…記者会見云々、悪魔だの自殺だの言われたって、県や市の人たちには到底、わけが解らないでしょうね。彼らは直接霧の街に住む人間ではないのだから…」

 記者会見というのは、先日町内で行われた〈蔵影という記者主催の〉会見を指しているに違いなかった。自らは出席していなかったものの、記事の内容を合わせて、三黒にはありありとその内容が想像できた。

 途中で上着を羽織りながら駐車場まで来ると、教頭は一旦足を止めた。

「私は、私の車で行きます。三黒先生は、先生の車で」

「後を付いて行けば、いいんですね?」

「ええ。カーナビを頼ってもいいですが」

「付いて行きますよ」

 車に乗り込み、発進させると、冷え切った車内もすぐに暖まって来た。

 三十分ほど走らせると、役場に到着した。

 小ぢんまりとした外見の建物ではあったが、中は小奇麗な空間だった。急遽用意されたのか、客用の個人掛けソファが幾つも並べて敷き詰められ、町長を含め、すでに人数は集まっているようであった。

 教頭の座るソファの少し離れた席に三黒は腰掛けると、挨拶も等閑に、すぐさま町長は口を切った。

「お忙しい中、わざわざお出で頂き申し訳ありません。粗方、皆さん、お察しかと思います。今朝の新聞のことで………非常に、緊急事態です」微かな暖房しか効いていない、このうすら寒い空間の中、額に脂汗を滲ませながら、男は言った。「…例の記者会見後、地方記事は差し止めに間に合いましたが、全国記事は、もうどうにも手が回りません。今はまだ〈霧の中で悪魔を見た者は自殺する〉……といった、都市伝説程度にしか書かれていない為、多少の混乱で済むと思われますが……しかし今後、これ以上の記事が出るとなれば、確実に町民全体の混乱を招く結果となるでしょう。これだけは、避けなければなりません。……あの記者にとって、世間に真実を知らせることが使命であるように、私たちには、私たちの使命があります。私には、この町を護る、という使命が――」

 いかにも苦悶といった貌が、ソファに座る全員を見渡した。

 三黒はちらりと少し離れた席の男に目を遣ったが、この蒼白い顔をした男がその表情を変えることはなかった。

「……確か、記者会見で、〈霧の中の悪魔〉の正体を示す……とか、言ってましたよね」ソファに座る一人が、口を開いた。「要するに、あいつ――蔵影という記者は、〈悪魔〉を見つけ出して、この町から排除しようとしているってことですかね…?」

 他の一人が、口を挟んだ。

「……〈悪魔〉を〈自殺を教唆する存在〉と捉えている以上、当然、排除しようとしてくるでしょうね。あの記者にとって、〈悪魔〉は忌まわしい存在でしかないですから」

「………どう思われます、三黒先生?」

 なぜか町長から名指しされ、三黒はぎょっとした。

 仕方なく、少し考えたのち、口を開いた。

「……さあ。おれには何とも。…ただ、悪魔がいなくなれば、すべての意味はなくなる。この町はこの町でなくなる。そうでしょう?…」

「……ええ。そうならない為に…解決策が必要なんです」

「…ふふ。解決策なんか、どこにもないんじゃないですか」

 少人数の中だというのに、周囲は騒めき立った。

 三黒の斜め前方に座る一人が口を切り、それを境に、会話が一気に繰り広げられていった。

「聞いていれば……三黒さんは、一体どちらの味方なんですか?まるでこの町のことなんて、どうなってもいいような口ぶりで――」

「こんなふうに記事にされて、これ以上は容認できない。あの記者に、どうにか手を引かせる手段を考えるしか――」

「蔵影という男を、この町から排除してしまうのは?」

「排除?あの男の手首でも捥ぎ取るのか?記者を相手に下手をすれば、さらに面白おかしく記事にしてくるに決まってる」

「だから。あの男に対して、何もする必要はないでしょうよ」

「はい…?」

 睨むような視線が、一斉に三黒に集まった。

「……好奇心猫をも滅ぼす…でしょ」薄っすらと、顔には笑みが浮いていた。「どのみち、〈悪魔〉を調べるにせよ、彼は少しこの町に長居し過ぎた…。そう遠からず、思い知るでしょうよ。記者である彼自身、〈悪魔〉に対して、すでに他人事の身ではないことに…」

 静まり返る室内。

 蒼白い顔をした教頭は黙ったまま、ちらりとも三黒の方を見ようともせず、ただ真っ直ぐ、どこを見るともなく、ぼんやりと視線を漂わせている。

少しの沈黙の後、町長がやっと唇を開いた。

「……ともかく、事態はすでに動き出しています。私は〈霧の中の住人〉ではありませんが、あなたの気持ちもよくわかります。三黒さん……あなたは町民のことも、記者である彼のことも、すべての人間を〈霧の中の悪魔〉から護りたいと考えている。そして一方、〈悪魔〉の存在さえ――〈悪魔〉がこの町にいることを肯定し、その存在を護ろうとしている……。…けれど……ご自分でも十分にわかっているとは思いますが……それは、激しく矛盾した考えなんですよ。私たちはこの町の人間として、人か悪魔か、どちらかを護ることしかできない」苦し気な表情が、真っ直ぐに三黒に向けられた。「この町の歴史は、〈霧の中の悪魔〉とともにあります。よって、〈悪魔〉の消滅は、長年培ってきたこの町の秩序を失うことを意味します。しかし、すでに……そう時間はないでしょう。……私はただ、この〈霧の街〉を護るために、皆さんが同じ気持ちでいることを信じています」

 

 役場であるビルを出ると、雪が舞っていた。

 車のボンネットに、薄っすらと雪が積もっている。それを素手で払いのけながら、三黒は大きく白い息を吐いた。

「……悪魔はこの町に必要なものだ…。人が人として、歩むための」

「……え?」

 一瞬三黒には、それが誰に向けられたものなのか、わからなかった。

 声に振り向くと、教頭が立っていた。

「…とうとう、降り出しましたね」

「……」

 言いながら、その目は、頭上に向けられていた。

「……今から戻れば、次の授業には出られますね。三黒先生」

「まあ…。そうですね」

 よくわからない問いかけに返事をしながら、車に乗り込むと、車内にはまだ温かみが残っていた。教頭はまだぼんやりと、そこに立っている。

 エンジンを掛けると、すぐにアクセルを踏み込んだ。地面の雪のせいか、わずかにタイヤが空回りした。

(…ったく。陰気くせえ)

BGMのボリュームを上げる。聞き慣れた音楽で、頭が満ちてゆく。Maroon 5sweetest goodbye

 駐車場から道路にまで発進させると、バックミラーに、車に乗り込もうとする教頭の姿が映った。しかし大きくハンドルを切ると、その姿もすぐに見えなくなった。

(続く)
お願い
{はじめに}をご一読ください。
Profile
author: 古石

***

いろいろなものを書きます。
ホラーが主力。