『城』(短篇ホラー)
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城
*
……夢を見るんです。……さあ、いつからだったかは、憶えていません。
夢の中で、僕は広い城の中にいるんです。
城の中には、いくつもの扉があって、僕は好奇心に任せて手当たり次第に開けていくんですけど――……ただ、ひとつだけ。そう、ひとつだけ、手を出せなかった扉があったんです。
あ、いえ。べつに、開けてはいけない、と誰かに言われたわけじゃないんです。そもそも、あの城の主が誰なのか……それ自体、僕には判然としていなかった。
……なぜ、その扉に手を出せなかったって?
うまく言えないんですけど……なんか、僕の心が、そこは開けちゃいけないって、警鐘を鳴らすんです。開けたら、よくないことになりそうな気がして。もちろん、確信はありません。でも、直感って、結構当たるときがありますから。
開けた扉の中にあったもの?……それは、さまざまですよ。ある部屋には、煌びやかな家具の数々。高価そうな宝石、装飾品の山、金色の額で覆われた絵画、目にも鮮やかなスパンコールに彩られた衣装の数々……。すべてが、豪華絢爛なさまでした。そもそも、あの城の内装自体が……。
結局、開けてはいけない扉を開けたのか?……
……どうして、そんなこと、訊くんですか?だから、その扉には手を出せなかったって、言ってるのに……。
……手を{出せなかった}。どうして、僕が、過去形を使うのか?
……鋭いですね。確かに、あの忌まわしい扉を開けなかったのは、過去のことです。……そう、今思えば、あの瞬間、あの扉を開けたことが、悪夢の始まりだった。……
その扉の中で、僕が見たもの?……それ、答えなければ、いけませんか?ていうか、トラウマを抉られることのつらさが、あなたにわかります?
……死体ですよ。無数の……少女の死体…屍……。すべて、天井から吊られていた……。手首をロープで括られていて……いや……それも一部に過ぎない……。多くは口蓋を鋭い鉤が貫通していて、そのまま天井から壁に吊るされていた……。腐りかけた少女の貌、頬肉……死体はどれも、片目が抉られていて……そうだ……あんなに…腐りかけているのに、表情がわかるんだ……、戦慄に染まった、その――……。……そう……あの時、壁は斑模様をしていた……。一面、どす黒い血で染められていて……。扉を開けたことを、後悔する暇もなかった。すべては、一瞬の出来事だった。何より強烈だったのは、開けた瞬間に鼻をつんざく、耐えがたい腐臭――……。
……死体の素性?そんなの、わかりませんよ。なぜ死体が全員、女なのかって?知りませんよ。知るわけないでしょ。ていうか、どうして、死体がすべて女だってこと……?
死体が少女だっていう証拠?……
……証拠って。証拠って、なんですか。……あのね、じっくり見たわけ、ないでしょ。あの惨劇ですよ。じっくりどころか、やっと一目――……。ああ、なぜ一目で、女だとわかったかって?……ドレスですよ。死体はすべて、ドレスを纏っていたんです。ええ、そうです。まるで中世ヨーロッパの貴族が着るような……。でも、幼い体に妖艶なドレス……これって、なんだか、不釣合いですよね。
――……あ、そういえば。金色の髪の束……みたいなものが床にべったり落ちてたっけ……。ひょっとして、かつらかもしれません。ウエーブのかかった、ロングの。それも、ひとつやふたつじゃなかった。床に落ちた時についたのか、それとも殺害時に返り血を浴びたのか……どれも血に塗れていましたけど……。
死体が男の可能性?……いや、第一印象がドレスだったので、てっきり死体は女だと思い込んでいましたけど……。……なんだか、よく、わからなくなってきました。そもそもあの時、死体の性別を判別する余裕なんてなかった。とにかく、凄まじい恐怖に圧されていて――…。
え?……結局、城から抜け出すことができたのかって?
……それができていたら、あなたのような人に、わざわざこんな話なんて、しませんよ。現に、僕は今も、あの城の中で――……。ほら、目を瞑れば、あの城が目の前に……熾烈な恐怖を伴って――……。
*
そういえば、不思議だったなあ。
あの城、すごい豪華な外観、内装の割には……当の主の着てる服が、妙に質素だったりして。いや、最初から質素だったわけじゃないんですよ。最初はね、煌びやかな、見るからに高そうな服、着てましたよ。でも少し前から、段々様子が変わってきた。
確かに、城の主が、かの名高き英雄だった時はいいですよ。でもね、そんなのは昔のこと。今じゃ、落ちぶれたものです。いや、落ちぶれた処か……とにかく、放蕩三昧のあの性格じゃ、金なんていくらあったって足りやしない。とてつもない数の、高価な美術品の購入に、有能な音楽家を城に招くための経費など……膨大だった資産も、凄まじい浪費――一年間に数百億の支出など――で確実になくなっていきました。明らかに金欠状態でした。しかし、それに気づいているのか、いないのか、当の本人はけろりとしていましたよ。ひょっとして、心では焦っていたのかもしれないけど、少なくともおれから見て、焦りなんて読み取れなかった。まあ、そもそも、そういうことで焦るような玉じゃないだろうね、あの人は。
いつからだったかなあ。ちょうど主が金欠状態に入った時くらいから、錬金術にはまり出したんです。それと同時期に、ある怪しい男が城を出入りするようになって。真っ黒の服で、全身を覆っていました。名前は確か、プレ……なんとかで。すみません、忘れました。でも、主は奴に、いやに好意的だったな。
黒ずくめの男は、己を天才錬金術師と、名乗っていました。言われてみれば、確かに服装はそれらしいし……主はすっかり男を信頼している様子でした。しかも、彼の弟子になりたいとか、言っていたような……。まあ、おれからすれば、胡散臭い奴だな、くらいにしか思いませんでしたけど。だって、そうでしょ。怪しげな風貌、よく解らない怪しげな呪文……特に、自らを天才と言うあたりが。どうみても詐――……いや、なんでもありません。……え、なぜ主は錬金術に夢中になったか?……金を生み出すためですよ。馬鹿みたいな話ですが、あの男は、黄金を自らの手で創ろうとしていたんです。
とにかく主は、すぐに、その自称天才錬金術師の男と親密になった。以来、夜な夜な、怪しげな儀式を行っていましたよ。なんでも、悪魔を呼び出すんだとか。でも、そのためには――……。
……すみません、おれが話せるのは、ここまでです。とにかく、とても恐ろしいことなんです。……そう、あなたの察するとおり、主に儀式の事は絶対に洩らすなと、口止めされているんです。もし話せば、今夜にでも、おれはあの人たちと同じ目に――……。……もちろん、夢の中で。あの、忌まわしい城の夢。終わることのない、悪夢――……。
……ええ、あの夢の中では、おれは主の使用人のひとりなんです。決して逆らうことのできない奴隷。逆らえば、すぐにでも……。……もう、考えたくもありません。
えっ?一体、何をされるのか?……
あはは……それを知りたいなら、一度あなたも、あの夢を体験してみればいい。すぐにわかりますよ、あそこが、どんなに忌まわしく……。
……恐ろしい場所なのかが。
(続く)


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