2007年05月07日

ズッキーニを焼く

 家の側にJAが移転してきた。
 そしてJAのスーパー、Acoopの中に、産直コーナーがあった。生産者の名前入り野菜で、わが大家さん、Kさんの顔写真もある。

 そのコーナーで何より嬉しかったのが、有機栽培のズッキーニ。普通の日本のサイズではなく、フランスのものに近いかなり大きく太ったもの。青々していて張りがある。曲がっているところも、美味しそう。しかも、一本120円と、良心的な価格設定なのだ。

 さっそく家に帰って、七輪で炙った。岩塩をさっとふって、オリーブオイルをかけて食べる。わわ、と感じるままに、ありがとうとつぶやいてしまう。そして大切な人のことを思い出すのだ。喜びほどわけあいたいものは、ない。  

2007年04月10日

にんじんの葉でおにぎり

 ご飯を二合炊いて、昼と晩と食べると、ちょうどおにぎりにぴったりなくらい釜に残ります。

 にんじんの葉をさくりさくりとみじんぎり。しらすぼしをまぜ、香るいりごまたっぷり入れて、醤油をひとたらし。甘いみりん(味の母)も少し。それを釜のご飯と一緒に、しゃもじできるようにさらっと混ぜて。

 できたご飯をにぎってにぎって、できあがり。エコショップえころんのUさんに訊いたにんじんの葉の食べ方を、ノンオイルで作りました。

 食べることは、生きていることを心に教えてくれるんですね。ほら、生きているでしょう、って。ほら、あなたの一部に私がなりますよ、って。だから、手を合わせて、ありがとう、って言うんですね。  

2007年03月20日

レビュー:『キャベツくん』(長新太)

c699e6d0.jpg 悲しいことがあったとき、何で人は癒されるだろう。
 
 昨日姉と話していて、テレビを見ているときやゲームをやっているとき、人の脳は思考停止になり、休んでいる、という話になった。でも、僕は悲しいことがあったとき、そんなことをしても結局テレビを消した瞬間、ゲームをやめた瞬間に、あたかも立てないくらいの悲しみが襲ってくることを知っている。

 暖かい人の心、そのままのまっすぐな言葉を聞いたり、無条件の愛に包まれれば、悲しみは次第に和らいでいく。でも、悲しければ悲しいほど、そんな人たちに自分の悲しみのかけらを分けてしまうことが罪深く思えて、頼ることはできない。そんなときに限って、自分の一番信頼する人が自分より大きな悲しみの中にいることもある。

 そんなときは長新太の本を読んでみる。

 読み終わっても読み終わっても、繰り返し読んでいく。悲しみは消えないけれど、悲しみに向き合っていく力が生まれる。不条理だから、何も考えない。何も考えないのに笑ってしまう。笑ってしまえば、、、悲しさと向き合う真剣な自分に気づく。そして、なんだかほっとする。



(このブログは以後、コメントをつけられなくしました。いままでつけてくれていた人、ごめんなさい。大事なことに気づいたのです)。

   
Posted by gabeji at 00:24レビュー

2007年02月26日

明日から

明日から二週間フランスへ行ってきます。

三度目のフランスですが、また発見があることも期待して…。

  
Posted by gabeji at 23:08Comments(4)TrackBack(0)旅のこと

2007年02月23日

レビュー:スティルライフ

スティルライフ
 以前、池澤夏樹を酷評してしまったけれど。もちろんあの本(『バビロンに行きて歌え』)に対する評価は何も変わっていないのだけれど。

 この本はとてもひんやりしていて広い。宇宙の果てについて考えるような、そんな気持ちになる。多くの人がこの人をこの本を良いと言う理由はよーくわかりました。僕も好きです。   
Posted by gabeji at 02:18Comments(0)TrackBack(0)レビュー

2007年02月10日

雨の匂い、春の匂い。

 僕は記憶力が良い方とは思いませんが、時々すごい昔の記憶が蘇ってくることがあります。

 そんな中でも、匂いの記憶はとても強いです。町を歩いていて、何かの匂いがきゅっとしたとき、すぐにその匂いを嗅いだ時間に連れて行かれてしまいます。そしてそのとき抱いた気持ちも湧き上がります。

 雨の匂いは、小学生の頃、雨の中並んで登下校した思い出とか、東北の農村に泊まらせてもらったときのこととか、雨の音が嫌で眠れなかった頃のこととか、を頭の中に駆け巡らせます。

 春の匂いは、子供の頃遊びまわった八幡神社に駆けていく自分の姿とか、高校からバス停まで歩いていく道程とか、うきうきとした気持ちとともに、いつになってもまとめて思い出させます。

 火曜日は脳解剖のテスト、今学期最後のテストです。脳の勉強をしていると、嗅覚と記憶、そして感情の回路がいかに近いところを通り絡み合っているかがよくわかります。昔から不思議に思っていたことだから、こうやって突然裏づけの話が出てくると、ヒトの身体ほどの神秘はない、と感嘆せざるをえません。  

2007年02月08日

賢い人は例えが上手い。

4a490178.bmp僕は話している相手が、賢い人かどうか、色んな基準で感じ取っています。

こっちの状況をよく見ながら話してくれる人は賢い人。

興味がある話題かどうかを注意深く選んで話している人は賢い人。

たくさんあるけれど、

例えが上手な人は賢い人、ってのもすごい大切だと思う。

持ち出す例えがまったく状況にあっていないものだったりしたら、もう全然駄目。なんか恥ずかしい気持ちになってしまう。

医学部の授業でも、教え方が上手いと感じる人は一様に例える力が優れている。こっちのイメージを実感レベルで喚起してくれる、リアルな例えをしてくれる。

どっかの誰かが、すごいどうでもよい文脈の中で、特に意味もなく女性を機械に例えていた。ああ、この人馬鹿だな、って一瞬でわかってしまう。そんな人の講演会なんて絶対に聴きに行きたいとは思わないな…。
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今日はすごい暖かくて、明日がテストだということ忘れてしまった。  

2007年01月29日

ブドウの実

ライト




バージョンアップしました。  

2007年01月27日

対ユーロ相場が1euro157円、、、。

 ちょっと大変なことになってきました。去年の1月に140円ほどだったユーロが、今日のレートで157円!毎日新聞によると、日本の金利の低さがその最大の原因ということです。金利の低い国で資金調達をして、金利の高い国でそれを増やすという流れだということ。
 これは危険です、。この春は試験が全部無事に終わりさえすればフランスに行く予定ですが、このままだと向こうでまともな生活が送れなくなってしまうかもしれない、。僕が留学した3年前頃は120円前半で、ユーロ導入のころなんて100円くらいでしたね。仕方ないのですが、ちょっとやばいです。
 ちなみに、僕が前にアメリカに行った時も同時多発テロから1年の時で1$149円まで上がっていました。とにかく一言で言うならば、生活ができなかった感じです。対日本の感覚物価としては大体1$110円くらいの程度だったと思うんですが(1$110なら日本の物価と変わらない感じ、という意味です)、それがレートだけむやみに悪くなっているため何をしようとしてもお金が足りないんです。だって1$100円のものが150円になってるんです。1000円のランチを食べようと思うとそれが1500円するんです。

消費者物価はビッグマックの値段で比較するとわかりやすいと言われます。フランスのビッグマックセットは5€くらいでしたでしょうか。600円くらいでした。それが今は、仮に同じ値段だとすると、800円ですよ。やばい高いです。
 北欧のあたりは物価がもっと高いので、今北欧に行ったりするとさらにひどいことになりそうです。早く治まって欲しいですが、あと5年は無理か、一番悲観的な予想としてはさらに高くなり180円とか200円とかになってしまうのではないか、とも思って ます。。。

 ちなみに今回そんな状況ですが、ちょっと楽しみなこともあります。今年1月にユーロを新規€導入したスロベニア(だったよね)のコインがゲットできないかな、ということです。さすがにフランスだから離れすぎているのでちょっと無理かな…。もう少し新規参入国が出揃ってきたら、まとめて€コインコレクションの旅をしたいですね。前も書きましたが、ユーロは発行国ごとにコインの裏のデザインが違い、今は96枚中94枚を持っており、新規加入で8枚増えたので104枚中94枚ということになりました。いたちごっこだけどコレクターとしては頑張りたいです!  

2007年01月23日

パン屋さん

cd8247aa.bmp 最近、お気に入りのパン屋さんができました。

 医学部の側にあるヘーゼルって店。値段は少々高めだけど、なんというか完成度の高いパンが色々とおいてある。お気に入りは、写真に写っている野菜デニッシュ。じゃがいも、にんじん、パプリカ、トマト、などの野菜がパンに乗っているという不思議パン。でもサクサクで美味しい!

 掲載許可得て写真とらせてもらってきました。これで140円くらいかな。  

2007年01月03日

フランスの学歴社会度

 この前フランス人の友達と話していた時、一つ改めて気づいたことがあった。僕が東大を卒業してからここに来たと聞いた時の彼女の反応が、日本の友達に言った時と同じか、それより大きかったようなのだ。あなたがフランス語をそんなに上手に話すのはそれが理由だったのね、とか言われ。
 実は、そのことはフランスにいる時から気になってきた。僕のイメージでは、ふーん、それが?へー、東京の大学なんだ、みたいな反応が返ってくると思っていたのに、アイ、トウダーイ、みたいな感じなんです。結構、ことごとく。
 日本はずっと学歴社会であると言われてきた。でも、その言葉は多分フランスの方がよく当てはまるだろう。誰だったかな、教育学の教授もかなり強く主張していた。日本なんて全然学歴社会じゃない。機会の均等は、ヨーロッパよりずっとマシだと。決定的な学歴社会がフランスを含む欧州にはあるのだと。学歴なんて何も僕のパーソナリティを説明してはくれないのにね。学費に投資をする際の初期値に格差があるっていう点では、日本が均等とは全然思わないし、これからも格差社会になっていることの悪い部分はどんどんと顕在化してくるだろうけど、フランスの学歴社会度も結構深刻なんではないか、と時々思う。

J'ai remarqué une chose interessante pendant que je parlais avec une amie française. La réponse d'elle quand je m'ai présenté comme j'ai terminé mes études à l'université de Tokyo, est autant ou plus notable que celle des japonais. Elle a répé;té plusieurs fois qu'elle a compris la raison pour laquelle je parle français si bien.
On dit que la societé japonaise est "la société obnubilée par le cursus scolaire".Mais peut-être ça s'applique mieux à la societé française. Pour moi, le fait que j'ai terminé mes études à Todai ne représente rien de ma personalité. Ça semble avoir rien à voir pour moi.  

2007年01月02日

ウォルター・ベンヤミン『複製技術の時代における芸術作品』についてのレポート

 かつて書いたレポートで、このレポートは、自分でも好きです。中々論点のクリアな良い展開のレポートだな、と思い(ベンヤミンの本を読んだことを前提としてしまっているので、そういう意味では不親切なレポートです!すみません…)、一応記録として残しておくため再掲しておきます。特に美術・芸術に興味がある方。写真好きにも良いかもしれません。そして、ついでに引用文献に挙げた『表象は感染する』もぜひぜひ読んでほしい一冊です。これは正直すごい本です。  続きを読む

2007年01月01日

2007年

2dddd968.jpg とうとう2007年まで不定期更新とはいえ、2,Rue de Brique、続けてくることができました。どうか今年も時々見に来てくださるようお願いします★

 今年の抱負としては、去年に増して面白いことをたくさんして、飽きない人生にしていきたいと思います。どんどんシュート打って、1、2点は決めたいですね。友人とコラボレーションとかもしたいな。あとは読もうと思って溜めてある本を消化したい、、、。

 ブログとしては3つ。
 ・シリーズで書くと言っていた文章をできる限り完結させます!(過去の文章を見ると、○○○○,箸いΔ里とても多いので、、、すみません。)

 ・コメントに返事を必ず書くようにします!

 ・もう少し日記的要素より文章・写真という要素を強めたいな、とも思ってます。

 伝えるべきことを伝えることができる世界こそが、ヒトらしい世界だと信じて。  

2006年12月31日

一人きりの年越し@自宅

3eadc091.jpgなんか、最近気づいたのですが、自分は結構な寂しがりなんです。
今年の年越しもまた、ちょっと寂しげな匂いが、、。これからバイト先へ行ってきます。

今日は一日部屋の掃除やら勉強やら。来年までこの堕落は持ち越せない!

大学は新年4日からです。え、それが大学生?というくらい短いですが、調べてみたら少なくとも4年生まではずっと4日スタート。まあ、段々慣らしていって、医者になったら休みなし、みたいな感じなんでしょうか。

とにかく、このブログを見てくださっている方方、本年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。  

2006年12月30日

「シュートで終わる」こと

 2006年が終わります。今年、一番大きな出来事は?と聞かれたら、某試験を受けたこと、と言わないわけにはいきません。最終試験の結果は不合格だったのですが、やはりとても大きな経験だったな、と今でも思います。

 もし、あなたの座右の銘は何ですか?と聞かれたら、僕は「必ずシュートで終わること」です、と答えます。前にも書いたことあったかな。サッカーの試合の比喩なのですが、あるチームがボールを持って、相手のところへ攻め込んでいく時、相手にパスを取られたり、ミスをしたりしてボールを奪われて攻撃が終わることが続くと、チームはバランスが崩れ、流れが相手に行ってしまいます。どんなに攻めても攻めても、シュートをしないと得点には結びつかない。全然点が取れる気配がない、というのは非常に気持ちが悪いのです。
 でも、シュートに行かずにパスに行く選手のなんと多いことか。最近は変わってきましたが、日本代表の試合はこんなことのオンパレードでした。多くの人がそんな試合運びをいらいらしながら見ていたことと思います。
 僕はそんな試合を見て、大切なことに気づきました。それが、自分の人生においても、シュートに終わるということが大切だということです。僕は器用貧乏なんじゃないか、前から思ってきました。昔から大抵のことは器用にこなせる。でも、何か一つを極める、もしくは一つの作品を仕上げるということができないのです。しかも飽きっぽい、、。このままじゃ、可能性だけは抱えながら、結局何も成し遂げられずに終わるんじゃないのかな、そんな漠然とした不安を感じていました。
 でも大学に入って僕は変わりました。論文を書いたり、合気道を続けたり、カーニバルで優勝したりする中で、成し遂げることの大切さを実感し、そして失敗でもいいから、とにかく一つ一つを終わらせて進んでいくことを誓ったんです。それは僕が前の大学時代に気づいた最も大切なことです。それが「シュート」で終わることです。これができないと、前の失敗を引きずったり、自信だけはあるのに成果を見せられなかったりと、中途半端な負債だけを抱えていくことになってしまうんです。

 長くなっちゃったのですが、その「シュートで終わること」が今回の試験ではできた、という満足感があります。

 本当は試験のことについては書いちゃいけないので一旦消したのですが、どうしても自分の人生に関わる大きな体験だったため、やはり書いておかずにはいられないかなと思います。何の試験か特定しないで、フランス語面接の方の内容は伏せた上で、あえて書かせてもらおうかな、と思います。以下、以前に書いた文章の再掲です。

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 12時45分集合。
 待合室にて書類の記入。1時15分より試験開始と言われ、自分が一番最初となる。

 入室。大きく礼をしながら挨拶をする。席に座る。

 5人の面接官がいる。左から2番目は女性。残りは男性。
 まず真ん中の方に簡単に自己紹介をするように求められる。フランス留学経験の話などを具体的に聞かれる。そしてこの仕事の中身がどういう内容か自分の理解しているように説明するように求められる。次いで志願書類に書いた志望動機をもう一度わかりやすく説明してください、と言われる。とにかく、この仕事は訪問者の接客を中心とし、事務などを含め大使館のヒエラルキーを下から支える仕事であると答えた。あまりうまくは伝わらなかったようだが、まあなんとかなった。

 次に左にいる女性の方。一番厳しい質問が来る。東大を出て、医学部にいて、あなたのような人間は上として非常に使いにくい。雑用を頼みづらい。何かそのことに対して具体的な解決策はあるのか。
 これは、かなり辛い質問だった。そして、かなりハッとさせられた。そう、自分は既にそういう状況を作り出すファクターとして、十分すぎる素質を備えているのだ。常にこのような性質を備えていることを、本気で自覚しなければならない。人生に対する警鐘のような質問であった。答えとして勤務中の塾の例を出し、塾内でも同期に入った人間は年齢に関係なく同僚として振る舞い、目上の人間には同様の尊敬を持って接していると話す。それによって、年齢さや学歴などは気にならなくなっていると述べる。もちろん、そんな次元の話ではないことはよくわかっていたのだが。

 そして今度は真ん中の方の右隣。ここで、この面接は面接官が一人一人質問をしていくスタイルだとわかった。ただ、一人と話している間もこちらを見ている人もいるので、できる限り全員を満遍なく見る。
 この人の質問もなかなか本質をついていた。お金を稼ぎたいというが、今年から給料が大幅に下がった。お金を貯めるという目的ならば、もっと他の方法があるだろう。今いくら稼いでいるの?公館で働いていても人付き合いもある。お金を貯めるからといってじゃあ一緒に食事には行きません、どこにも付き合いません、というわけにはいかない。あなたはどのようにお金を貯めるつもりですか?
 これはあまりに図星過ぎて言葉を失ってしまいかけた。もちろん、口から生まれた人間としては十分な切り返しをしたのだが、ここでかなりハッとさせられた。アフリカでも手取りで20数万。その中で毎月10万貯金することができるかと問われると、確かに厳しい。自分が受験をしようと思っていたときの給料は手取りで35万くらいなもので。これはむしろ指摘をしてもらって感謝した、そんな質問だった。やっぱり、この計画は無謀だったのか。答えはきちんとしつつ、かなり内心は動揺していた。

 今度は右端。この人はこちらにアピールの場を与えてくれる質問をする。
 この仕事では、多様な仕事ができるわけではない。ひとつの仕事しかできない。あなたは飽きてしまいませんか?
 これに対しては当然、自分の長所でもある「どんな仕事でも楽しみ、そしてやり遂げられるところ」を十分にアピールする。これに関してはいくらでも具体例を出せる。この質問は、つい「どんな雑用でも」という言葉を出してしまいがちだが、危なくそこは回避し、「多様な仕事、どれにでも真剣に打ち込める性格です」と言っておいた。
 次いで、「医学はすごい進歩が早いというが、あなたはこの2年間の間においていかれやしないのか」と聞かれた。これには当然、「今は基礎をやっており、基礎は変わりません。たとえば、薬や治療法は進歩するが、胃の位置は実は心臓より上だったというような解剖学の新発見ということは起こりません」と答える。この質問には、女性の方の質問を受けて非常に気を遣った。下手な表現をすると、「やっぱり医学部の学生は使いにくい」という印象を与えてしまう。いかに相手に対して知識の差を感じさせないようにこれを表現するかが難しかった。なので、あえてここで「現在の私は、完全に素人に毛が生えた程度です」という一言をいれておいた。
 そして最後に、1次試験の作文で「医務官の補助ができたら」などと書いていたが、そんなことは無理です、と言われる。それはわかっていて、可能性というレベルで書いたことなのであえてそれを強く望むこともありません、と答える。

 そして5番目、僕にとっての真打の方が待っていた。一番左の方は精神科医。そう、いるという話は聞いていたが、忘れており、あっけにとられてしまった。「あなたの志はとてもすばらしいし、文化人類学をやったあとで医学に進み援助をするということもとても面白い所に目をつけている」と褒めてもらう。そして「だが、この2年というのがあなたにとってマイナスに働いてしまわないか。医者は32歳から34歳くらいまで、返却しなくていい奨学金が本当にたくさんある。このまま卒業し、研修をし、一番良い時期に留学という形で行くほうが良いのではないか。ピークを逃してしまうのはもったいない!」と、これは本当に真摯に助言してもらった。正直、ちょっと感動してしまった。相手の目を見ていれば、落とすために引っ掛けているのか、それとも真剣に話してくれているのかはわかる。この先生は本気だった。そして、、、ここで相当の迷いが生じてしまった。周りの試験官の方々も少々あっけに取られている感すらあった。
 そして「沖縄だったらまずY医院にいきなさい。そこで色々相談して助言をもらいなさい」などと沖縄の先生を紹介してくれる。「あなたはもしかして受かるかもしれないし、受からないかもしれない。ただ、受からなかったときでもこれがお土産です」と言って。正直感動した。

 礼をして、退出する。
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 そうか、この仕事はおそらく自分の今の目的に合致していないのか。
面接は正直、そういう感想を僕にもたらした。
そう、給料がかつてのままに据え置きならば話は違っていた。もちろん貯金もできる。お金も貯まる。もちろんマダガスカルならば。
ただ、正直これだけ給料が下がっているのはきつい。これでは2年間がプラスにならない。
 そして、わかってはいたのだが、この仕事に対する自分の満足度に対しても不安を覚えた。やっぱり、なんだかんだ言っても2年間のこの仕事をして満足だ、と感じることができるだろうか。強く迫られると、やはり満足はできないのかもしれない、とも思う。
 また、最近の医学に対する自分の思いもきっと影響したのだと思う。最近、医学が楽しくてしょうがない。いろんな分野がすべてつながっていく。そしてそれが「人間」というものに収斂していく様が面白い。
もしかしたら一刻も早く卒業すべきじゃないのだろうか。

 こんな迷いを抱く。
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次いでフランス語の面接を受ける。内容は省略。
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 試験を終えて。感想。
 きっと、自分が本当にこの仕事に必要とされているのならば、受かる試験だった。これに受からないのならば、それは必要とされていないということなのだと思う。
 今まで、自分が不合格になった面接はジブリ美術館の清掃のアルバイトと初めて受けた時の英検1級の面接だけ。思えば、やらなくてよかったと心から思う。憧れだけではどうしようもない。清掃は清掃なのだから。英検はスピーチの失敗なのでおいておくとして、、、今回の試験はきっと僕は必要とされていない試験なのだと思う。
 ありとあらゆる要素を総合して考え、そしてあのこちらの状況を真剣に考えてくれ、真心を持って接してくれたあの試験官を念頭におくと、今回の試験は優しさから僕を落とすと思う。そしてそれを感謝すべきなのかもしれない、、、。

 でも、とにかくとても勉強になった。人生に役立つ勉強をした一日であった。

  
Posted by gabeji at 23:50Comments(2)TrackBack(0)mune仕事

2006年12月29日

図書館大賞応募論文

ちょっと前に書いた、図書館大賞の論文載せます。続きを読む、からいけるようにしておきますね。改めて読むと、さすが5時間で書いた、という文章の意味がわからないところや無理矢理なところが結構あるな、、。これは1位は無理ですね。なんとか2万円の図書券に滑り込めればな、、、。  続きを読む
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一人きりのクリスマスイブ@漫画喫茶

自業自得とは言え、今年のクリスマスは「寂しい」としか言いようのないクリスマスでした、、、。

12月24日、11時起床。なんとなく起きる気がしなく、1時間携帯のテトリスをやる。また眠くなってきたので寝る。
起きると3時。洗濯物がたまっていたのでやって、皿洗いをして、ご飯を食べる。そしたらまた眠くなってきたので寝る。
起きると10時!やばい、バイト先で約束があった!と思って車でバイト先へ直行。30分くらいで用事は済んだ。
彼氏彼女とクリスマスを過ごせない人たちが「ドンマイ飲み」という飲み会をしてて、そこに行こうと思ったけど、結構な時間になっていたのでやめる。結局することがないので、4ヶ月くらい行っていなかった漫画喫茶へ。ずっと読みたかった「のだめカンタービレ」を読む。気づくと朝の4時。
家に帰ってすぐ寝る。8時半起床。大学へ行く…。

なんか、自分が憐れにしか思えない、そんなクリスマスだったのでした。何がいけなかったかな。テトリスをやったことかな。来年こそは楽しいクリスマスにしたいです。別にクリスマスだから頑張る理由は何もないんだけどさ。  

2006年12月20日

忙しい時を振り返る

 なんとなく、忙しくなくなってきた気がする。
 だが、それは気のせいだ。なぜなら、今の微妙な忙しくなさは、かつて10月ごろ、本来ならば勉強していなければいけなかった時期の忙しさとほぼ同じだからだ。ここで勉強をしないと1月から2月にかけての第2期テストラッシュで沈没してしまうことになるのだ。

 しかし、この辺でちょっと振り返ってみても良いじゃないか。いや、自分めちゃくちゃ頑張ったよ。本当に色々なこと、あった。どう考えても3ヶ月とかじゃないような気がするくらい。いやいや、よくやりましたよ。忙しさのレベルとしてはサンバサークルをやっていた頃の夏休みくらい忙しかった。あれが3ヶ月続いていたのだ。

 特に誇れるのは、図書館の読書感想文コンクールに応募をしたこと。生理直前のぎりぎりの時期に、総計5時間以内で8000字の論文をでっちあげることができた。このコンクールは琉大の内部生向けなのだが、賞品がとても豪華で、1位はなんとヨーロッパ往復航空券、2位はノートパソコン、3位は図書券2万円分が3人に当たるのだ。
 常々自分が大事にしている、「最後はシュートで終わること」は達成できたような気がするな。結果はわからないんだけど。納得しながら進んでいくことはどんなことでも大事だと思う。今年は輝くような出来事はなかったけれど、なんとなく達成感があって、まあまあ良い1年だったのかな。最後は1年の総括になってしまいました、、。  

2006年12月19日

勉強会チューター

 今日はサークルの勉強会のチューターをやることになり、図書館へ。

 去年から僕らのサークルでは1年生は、病気に関するプレゼンテーションをやることになっている。今年は5人が一組になって発表をする。持ち時間は5分。レジュメは最大A4が4枚程度で、それを使いながら病気について紹介、説明をしていく。

 僕がアドバイスをするチームの発表内容は解離性同一性障害、いわゆる多重人格と呼ばれるものについてであった。
 多分、リストの中から選んだのだろうが、うーん、ちょっと難しいのを選んだのではないかな、というのが正直なところ。しかも、動き出しも少々遅いかな、、、。でも、みなやる気がある方々であるのは頼もしいが。
 このプレゼンテーションをやってもらう目的は、やはりプレゼンテーションとはどういうものか、何が良いプレゼンテーションなのかを学ぶというところにあると思う。東大時代何度もやってきたが、本当に誰かに何かを伝えきるためには、細かく細かく気を遣っていかないといけない。そこにはレジュメのみやすさ、話のスピード、声の大きさ、用語に対する補足や説明、内容をどれだけ噛み砕けるかなど物理的な面や言いかえなど言語に関する多岐にわたる能力が必要とされる。

 まず、発表の経験がない人がレジュメを作ると、そこには図もなく、とにかく本から抜き出してきたような文章が羅列されることになる。読んでもわからないから話を聞くが、話も自分の言葉に噛み砕いていないため何が要点なのかわからない。どんどん新しい用語が出てくるためそこにもついていけない。
 医師になってから病気・症例について説明をする機会はたくさんあるだろう。しかし、実際に病院見学に行ってわかったが、医師に与えられた時間は非常に少ない。ぎりぎりの時間の中で皆が働いている。そこでダラダラ説明するわけにはいかない。要点を得てないプレゼンテーションをするわけにはいかないのだ。そんなことをこの機会に少しでも感じてもらえるといいな、と思う。

 今日はメンバーの一人がすっかり会議があるのを忘れており、パソコンを持っている人だったため、肩透かしをくらってしまったが、とにかくあと数日間、真剣に取り組んで何かを掴んでもらえたらなと思っている。医学的なアドバイスができない自分にとっては、とにかく良いプレゼンテーションをしてほしいという一心である。



  

2006年12月18日

久々に一人酒

今日は久しぶりに2日連続でバイトに行き、帰りにビールを二本もらってきた。

酒を飲むこと自体、非常に久しぶりで、なんだかとても美味しい気がしてます。

一人で飲むのは寂しいのだけれどね。  
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