外撲協議長(有門大輔)の訪問記
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画像左上:午前中の第一部となった会場
画像右上:マスコミからのいやらしく執拗なインタビューに答える川東大了
画像左下:部落解放同盟の動員なのか? 会場前には開始前から大規模カウンターが集結
画像右下:マスコミを前に、堂々持論を展開する荒巻靖彦

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☆参加報告 3/13 IN大阪府大阪市平野区〜東住吉区

「ヘイト規制条例」についての講演会&討論会

会館前のサイレント・カウンターとカウンター勢力の参加による罵詈雑言

 平成28年3月13日(日)、大阪市のヘイトスピーチ規制条例に関する講演会と、討論会が大阪府内で開催された。

 この集会は大阪有志らとブログ『日本よ何処へ』(瀬戸弘幸主宰=旧NPO外追の元最高顧問=)の主催で実現したものである。会場を予約した段階から妨害(カウンター)勢力による会場貸し出しに反対する妨害工作が展開されたこともあり、午前中と午後、それぞれ別の会場で開催されたものである。

 当日は朝から主に関西方面の妨害勢力が会場周辺に展開。大阪府警による厳重警戒体制が敷かれ、会場を貸し出す役所職員も出入りに神経を尖らせるなど、非常に物々しい雰囲気の中で行なわれた。

 筆者・有門大輔は当初、関東からの参加は予定していなかったが、急きょ大阪行きが決定したものである。

☆忌まわしき道徳教育(部落・在日差別問題)が行なわれた学校時代の記憶…

 午前中の第一部会場となったのは大阪市平野区の『交流センターひらの』。大阪出身の筆者・有門にとってはまったくの地元ではないが、隣町も同然の地域。当日の会場付近には『杭全(くまた)神社』があり、この神社で祭りが行なわれれば例年のように赴いたものである。

 同じく会場付近には韓国民団施設があり、その向かい側にはかつて大型デパートが存在した。大きな買い出しではそこへ赴いたことを思い出す。これまた会場付近のJR平野駅の前にはイズミヤが存在し、そこにも頻繁に買い物に来たものだ。まったくの地元ではないが、自分たちの生活圏の一環だった地域であり、そこへ集会主催者に同行する形で赴くことになったのも非常に感慨深い。

 集会は定刻どおり、関西有志の村上利一氏による司会で始まり、瀬戸弘幸主宰の講演が行なわれ、大阪市のヘイト規制条例が大阪市在日特権条例となるのではないかとする懸念について話された。

:ブログ『日本よ何処へ』関連エントリー

2016年03月14日 「大阪市ヘイトスピーチ条例への新しい見解
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/53163180.html

 詳細な報告は当該ブログにお任せするとして、その次に登壇を要請された筆者・有門からは大阪の小中学校(八尾市立)で育った体験談を述べさせて頂いた。

 何を隠そう、卒業式に国旗・日の丸とともに韓国国旗を掲げたことで有名になった竹渕(たこち)小学校は筆者の母校である。タコチ…という校名からして変だが、卒業式での一事を以ってしても、いかに狂った学校であるかがお分かり頂けるだろう。その狂いっぷりから、おそらく日本で一番、反日教育が進んでいる地域ではないかと思う。

 小中学校の「道徳」の授業を通じて教えられたのは在日差別問題」「部落差別問題、そのどちらかでなければ戦前日本による強制連行と侵略戦争について。在日・同和・左翼の反日フルコースである。

 普通、道徳の時間と言えばお父さん、お母さんを大切にしよう、家族を大切にしよう、私たちの地域を大切にしましょうといったことが教えられるものだが、私たちが大阪の八尾市立学校で教えられた徳目は、在日の人たちを差別してはいけません、部落の人たちを差別してはいけません、戦前日本の強制連行と侵略戦争を反省しましょう、謝罪しましょうといった履き違えた徳目だったのである。要するに在日の人たちを大切にしましょう、部落の人たちを大事に扱いましょう…と。

 そのやり方もズルイ。小学校低学年のうちに部落だとか在日と言っても子供であった私たちには分からない。だから道徳の教材では「誰か」をモデルとする貧困やイジメをテーマにしたイラストが描かれている。当時は貧困とイジメは理解出来ても、そこに描かれているのが誰か…までは分からない。

 その全貌が明らかとなるのは小学校高学年から中学校に入ったあたり…。ズバリ、被差別階層と称される在日と部落・同和なのである。

 中学校で見せられた映画・寸劇などは、さらに酷かった。せめて宮崎駿のアニメでも見せてもらいたかったところだが、そんな娯楽すらない。ひたすら見せられるのは在日や部落民が虐げられたプロパガンダ映画の連発。これを嫌と言うくらい見せられた。とにかく日本人という日本人がこれでもかと言うくらいに貶められる。反日教育を仕掛ける側は、そのような映画・劇を通じて子供たちに徹底的に刷り込む。一種の洗脳である。

 そのプロパガンダ映画、そこに登場する日本人は警察官から役所の職員、税務署員、学校の教師、地域の人たち、子供に至るまで、今で言えば在特会員のような日本人ばかりが登場する。劇中、在日朝鮮人が役所に駆け込んで窮状を訴えようものなら、忽ち役人は「嫌なら自分の国へ帰れ!」と言う。

 …もし、今の現実世界で役人が在日に対して、そんな口を利こうものなら懲戒免職まであるところだろう。

 現在、在日特権問題を追及する我々の側から見れば、ある意味で理想的な世界だが、それが差別問題を刷り込むプロパガンダとして映画で見せられる。在日の人たちはこんな差別に虐げられている…部落の人たちはこんな目に遭わされている…といったことを子供たちに教え込むために。
 対比として、在特デモへのカウンターで知られるしばき隊のような主役級の日本人が「在日の人たちをいじめるな!」としてヒーロー的に登場する。

 そんな映画を見せられたのは約30年前。つまり、在日・同和の側から見て、昭和の時代から在特会のような勢力が台頭してきては困る、こんな社会になってしまったら嫌だ…という恐怖が心のどこかにあったものと思われる。

 30年くらい前でさえ、映画で描かれていたような在日・部落民への仕打ちはなかったはずである。いや、それ以前からも。そうして在りもしない部落差別が有るようにされてしまう、無いはずの在日差別が有るとされてしまう。そのための部落擁護と在日擁護の道徳教育が徹底して施されていたのである。

 生徒がフルキャストで演じさせられた寸劇などは映画に輪をかけて酷い。戦前の強制連行(?)から戦後の通名を強いられた差別問題(?)まで、徹頭徹尾、日本が朝鮮半島を虐げ、日本人が朝鮮人を虐げる演出がなされていた。

 そういう教育を受けて育った子供たちが大人になり、やがて納税者となる。部落・同和勢力のやり方というのも狡猾だ。彼らの利権は全て税金から搾取する。直接的に「同和対策費が今月はいくら…」などと徴収すれば、ふざけるな!…といった具合に反発も起きるだろうが、税金から搾取されているので昔から生徒も保護者も、誰も表立っては同和教育に反発したりはしない。

 同和特権、在日特権を支える土壌というのは学校教育の段階から半ばシステム化されているようなものだ。こんなことを延々と繰り返しているから、無いはずの部落差別や在日差別がいつまで経っても無くならない(有ることにされてしまう)。

 在日の生徒は筆者の同級生にも上級生、下級生にもいた。中学校では本人の希望なのか、学校側の勧めなのか判然としないが、本名宣言というのがあった。それまで通名(日本人名)で通していた生徒が「実は僕(私)は在日コリアンです」と全校生徒の前でカミング・アウトするというもの。

 この本名宣言に併せて行なわれるプロパガンダは「在日の人たちは日本社会で激しい差別に晒されている」「だから日本人名(通名)で暮らすことを余儀なくされている」「本名を宣言するのは大変なことである」といったもの。

 ただ、本名宣言をする在日生徒というのは優秀な人たちが多かったように思う。素行の悪い生徒が「実は在日です」…と言うのは聞いたことがない。最初から本名(ただし苗字だけ)を名乗っている在日生徒もいたが、然る在日の生徒は成績も優秀だったためか、何度かクラス委員に選出されている。本当に差別などあったらクラス委員にもなれていなかっただろう。

※筆者が通った中学校では「クラス委員」「委員長」といった役職名は使わず、代わりに「総務」という呼称が用いられた。これも他の生徒と差をつけない、階層を生まないためとする日教組の共産主義思想に基づくものではないかと推察される。左翼教育と同和・在日差別教育が入り乱れた妙な教育環境であったことを思い出す。

 中学校では授業外で考える会という学校主催の行事が行なわれていた。何を考えるといって、チマチョゴリを着た朝鮮人のお姉さん方が学校へやって来て、キムチなど朝鮮料理を作りながら日韓・日朝の歴史について共に考えるというもの。
 お題目は立派だが、要は朝鮮文化を通じて戦前日本による朝鮮半島への植民地支配(?)と戦後日本における差別について考える行事だったらしい。考える会の行事に参加するとクラブ活動を免れることが出来たと言う。中学1年生だとクラブ活動では先輩たちのしごきもあるのでキツイ、だったら考える会に参加して朝鮮人のお姉さん方と話をしていたほうが楽だと考える向きも出てくる。

 朝鮮文化を通じたプロパガンダ学習会がクラブ活動よりも優先されたのだから、学校内におけるその影響力たるや凄まじい。

 そして印象的だったのは特別なる文言を通じた差別問題の主張。在日朝鮮人の「特別採用枠」、在日朝鮮人の「特別」永住資格など、現在、私たちは在日社会が享受している様々な特別枠を「在日特権である」として糾弾し、これを是正しようとしている。

 だが、30年も前(あるいはそれ以前?)から在日差別教育では、その特別枠を逆手に取って「差別されているから特別枠にされている」「日本の公立学校に通うにも特別枠で入れられた」といった具合に、特別枠であることを逆に「差別枠」であるかのようなプロパガンダが流されていた。流石は日本で最も反日教育が進んだ地域の学校である。

 何せ左翼・共産主義者の日教組が部落・在日とタッグになった反日教育は狡猾である。

 例えば中学校で行った修学旅行は広島県だったが、左翼偏向教育の例外に漏れず、広島・原爆ドームや原爆記念碑も訪れた。生徒全員で千羽鶴を折ったり、被爆で犠牲になった広島県民を追悼するイラストも作成されたが、原爆投下で絶対的に悪いのはジェノサイドをした米国の側なのに、左翼偏向教育では「日本は原爆を落とされるほど悪いことをした国だった」「原爆投下によって懲らしめられた」というレトリックを用いて子供たちを巧みに騙す。

 こういう卑劣なレトリックを用いる連中なのだから、在日・部落の特別枠を差別枠に摩り替えるのも朝飯前。

 筆者が経験したのは八尾市立学校でのことだが、隣接する大阪市でのヘイト条例を支えるシステムと言うか土壌は学校教育の段階から整えられている。

 それは今も変わっていないどころか、ヘイト規制条例が作り出された今日、より一層激しさ…と言うか狂いっぷりを増しているのではないか。

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画像左上:会館前のカウンターに対抗して「文句があるなら中で議論を!」と呼びかけたプラカードを手にする瀬戸弘幸・ブログ『日本よ何処へ』主宰
画像右上:大物ゲストとして登壇した関西行動保守の雄・荒巻靖彦
京都朝鮮学校が不法占拠した勧進橋(かんじんばし)児童公園の問題にせよ、徳島日教組の問題にせよ、ロート製薬の問題にせよ、何でマスコミは『ヘイトスピーチ』とされる部分ばっかりを取り上げて、そのヘイトスピーチが起きた『原因』については何も言わないんですか!? その原因を正さん限り、ヘイトスピーチの問題なんて絶対に解決しませんよ!

荒巻氏は自らの懲役体験も披露。「刑務所の工場ではね、朝鮮人の受刑者が幅を利かせとるんですよ、どこの工場でも! 僕はね、自分が主張してきたこととか色んな本を読ませて受刑者を感化しまくりましてん! 日本人もまだまだ捨てたもんやないですよ! 受刑者なんて…言ってみれば私利私欲の塊で究極のノンポリですわ! けどね、その受刑者でも歴史とか日本人としての真実を知った途端に皆、目覚めよりました! もう日本人が本気になったら、それまで幅を利かせてた朝鮮人受刑者なんて『すんませ〜ん』『きゃい〜ん』…みたいなもんですわ!

荒巻氏は入所後、その経歴を刑務官からも一目置かれたのか、早々にも衛生係(受刑者の中で受刑者を管理・監督する係)に任命されるなど、持ち前のバイタリティと強いリーダー・シップが多くの日本人受刑者を勇気付けたという。
こんな言い方をしては何だが、関西行動保守として第一線で在日勢力と在日を野放しにする日本社会の不条理と真正面から戦われ、然るべき人が然るべきところへ行って下さったと言えるのではないか? 中(収容施設)にいて多くの日本人を奮い立たせ、娑婆にいてなお多くの日本人を奮い立たせている荒巻氏の務めを改めて労い、今後の一層のご活躍を期待するとともに精一杯の力添えをしたい。

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画像左上:会館の予約者であり、現場責任者を務めて下さった川東大了
マスコミやカウンターから絶えず標的にされる中、一貫して部落・在日特権問題を追及されている
画像右上:第一部となった交流センターひらののある場所では大正11年3月3日、全国水平社が創立大会を行なっている
つまり同会館は部落解放同盟など同和勢力にとっての「聖地」であり、そこを開催場所とした川東氏の演出は敵にとっては非常に小憎らしい(笑)
当日のカウンターの多さと開催阻止に向けた妨害工作の凄まじさも頷けよう

☆討論にならない討論会

「在日特権条例ではない」とする結論に至った一致点

 続いて午後からの第二部が行なわれたのは場所を変わって東住吉区の『東住吉会館』。

 こちらは第一部とは打って変わり、カウンター勢力のしばき隊関係者も招いての討論会(正確には第一部からカウンター勢力にも参加を呼びかけていたが、カウンター勢力の側が参加しなかった)。行動保守側からは瀬戸弘幸・ブログ日本よ何処へ主宰とともに、荒巻・川東両氏に並ぶ関西行動保守の雄である新進気鋭の村上利一氏。

 対するしばき隊サイドからは、しばき隊の創設者である野間易通(のま・やすみち)氏とほか1名。

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 瀬戸主宰と野間氏が討論会の席上で顔を合わせるのは、平成25年3月24日に東京・文京シビックホールで行なわれた討論会以来、2度目で3年ぶり。

:関連ブログ記事
2013年03月25日 「3/24討論会のご報告
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51888203.html
愛国市民VSしばき隊 IN文京シビック
弱者・被害者が可哀想シンドロームからの脱却を!

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 関東で筆者・有門が属する『護国志士の会』(高木脩平代表)では「敵(しばき隊をはじめとするカウンター勢力)とは一切対話も議論もしないこと」をモットーとしている。

 対話の必要はないし、議論をしても実りある議論にはならない。第一、敵を討論に足る相手と見なしていない。ただ、公(おおやけ)の場で公開形式で行なわれる議論には一定の意義はあるのだろう。

 だが、議論するにしても裁判と同様、客席からは一切の野次、横入りを許さない形で行なったほうが良い。当日の討論会も、こちらが何かを言おうにも必ず連中は「バカか!」「勉強しろ!」などといった罵声で圧倒しようとする(十数名の行動保守サイドに対して、カウンター側は三十数名での参加)。一応は秩序が保たれていつつも、罵声を飛ばすなど、連中は総じて行儀が良くない。

 瀬戸主宰から「今後デモ参加者の言葉遣いを改めさせ、敵を左翼・共産主義者に据えた闘争を展開していきたい」とした提言に対しては、客席のカウンターからは「だったら今までのヘイトを謝れ!」「謝れ!」「謝れよ!」とする悪口雑言のみ。

 謝れ…などと言うが、ヘイトとされる運動が起きた原因こそ在日社会が是正し、謝る必要があるのではないか。こうしたやり取りに見られるように、自分たちのコミュニティで自浄作用がないことが最大の原因である。

 実りある反応が返って来ないことは分かり切っていたので、筆者・有門からは一切の発言はしなかった。筆者がマイクで発言したのは終了間際、エキサイトした双方が乱闘寸前になったので、ひたすら「主催者以外は退出をお願いします!」「片付けをします!」と連呼したアナウンスのみ。

 討論会の最中、野間・しばき隊サイドと瀬戸・行動保守サイドで大阪市ヘイト規制条例について、在日(外国人)のみが被害を告発出来る在日特権条例ではないかとする疑問点が「日本人の側からも(在日外国人による)日本人へのヘイトを告発出来ること」が確認されて一致点を見た。

 これまで、しばき隊が発足した直後、東京都内で開催された討論会では闇のベールに包まれたしばき隊をおびき出すことに成功し、野間氏に「しばき隊は非暴力でやりますよ」と明言させることに成功した。

 カウンター勢力では後に『男組』(現在は解散)などの実働部隊が派生して様々な事件が起きたが、しばき隊本体としては公開討論の場で非暴力を宣誓したこともあり、その出足は一定程度にとどまったのではないか。

 今回、大阪市が管轄する区内の区民会館で開かれた討論会において、ヘイト規制条例を日本人の側も活用出来るとの一致点を見たことで、行政としても露骨に片落ちな対応には出難くなるだろう。

 終了間際、「瀬戸さんが主張したことに対して一切歩み寄ろうとしない連中とは対話の余地もない! もう喧嘩しかない!」とした荒巻靖彦氏に会場内の一部カウンター勢力が食ってかかり、あわや乱闘の騒動に。会場内に警察官らが突入して来る騒動となった(後に収束してすぐに退出)。

 荒巻氏が言われたのはチンピラ・ゴロツキの連中に対して。単純明快な話、因縁を吹っかけて来た連中に対しては在日か否かを問わずに反撃するというだけの話である。

 カウンター勢力の中には「休日も時間を削がれて(デモへのカウンターに)動員されたくない」旨を述べた者もいたが、デモ現場でカウンターなどせず、本当に「差別だ」「ヘイトだ」と思うのなら、せっかく大阪市で規制条例が制定されたのだから行政に訴え出て判断を仰げば良い。

 ヘイトデモがあるぞ、差別だ大変だ!…という呼びかけにホイホイ応じたのかどうか知らないが、カウンターにノコノコ動員されるくらい本気でヘイト、差別であると思うなら条例を基に行政へ訴え出るべきだろう。

 是非とも訴え出るべきである。