やんばいライフ

プロレス好きの、フィギュアスケート好きの男が、与太話を語ります。

運命とはプログラム 人生とは演技

浅田真央、フィギュアスケーター。
フィギュアスケーターとは、定められたプログラムを演じ、観客を魅了することを生業とする者。
彼女が演じているプログラムの曲名は「人生」。
そのプログラムの振付師は、神。

・・・ってな感じで、このブログを今まで書いてきました。
彼女が演じている人生のプログラムの今この時この瞬間にどんな意味があるのか、振付師はどんな意図で振り付けしたのか、気付いた時にはその都度書いてきました。
解説者気取りでいい気になって自分なりに解釈してきたつもりだったんですが、やっぱり駄目でしたね。
神の振り付けは、私なんぞが触れることができぬほど難解で、奥深いものでした。
皆さんからのコメントに甘えて、厚かましくも少し続けさせて頂きましたが、へっぽこエセ解説者はやっぱりこの辺で消え去ることにします。
今回で本当に最後にしたいと思います。
最後なので、このブログのテーマの総括みたいなのを書こうかなと思ってます。

え~と、我が家の近所には、あまり大きくもない神社がありまして。
我が家はそこの氏子になってるんですが。
この神社では、毎年夏になるとお祭りがありまして。
お神輿を担いだり、お神楽が舞われたりします。
どちらも、多くの人手が必要となります。

お神輿を担ぐのはさほど技術が要りませんので、祭りの当日にだけ集まった人達がぶっつけ本番で担ぐことが可能ですが、お神楽の方はそういうわけにはいきません。
高い技量を要しますので、本番に備えて予め修練をした者でないと、祭り当日にお神楽に携わることはできません。
うちの神社では神楽保存会という組織があり、そこの固定メンバーが、お神楽の伝承・修練と、祭りでの神楽奉納を行うことになっています。

で、私はその神楽保存会の一員なんですが。
私がやっている神楽は、天の岩戸開き伝説をモチーフにした獅子舞で、舞い・笛・太鼓 の三要素で成り立っていて、メンバーはその三つのうちどれかをやることになっています。
私は、舞いをさせてもらってます。
舞い手は、一回約20分の舞いを一人で演じます。

これを読んで下さっているフィギュアファンの方々のために、フィギュアに例えることにします。
一年でプログラムが変わってしまうフィギュアと違って、うちのお神楽は、先人達から受け継がれてきたたった一つのプログラムを、舞い手が何十年もかけて練り上げるものです。
大げさでもなんでもなく、舞い手にとってはライフワークと言えるものです。
舞い手は現在三人いて、私と、私の師匠と、私の弟弟子がやっています。

この三人には力量の差がありまして。
師匠はやはり、弟子の二人とは別格です。
美しくて素晴らしい舞いを披露します。
それはもう、うっとりと、惚れ惚れとするほどです。

弟弟子は正直に言って、まだ私のレベルにまでは達していません。
私の実力は、この二人の中間という位置づけです。

三人とも同じプログラムを舞っているんですが、その出来映えには明確な違いが現れます。
フィギュアに例えれば、大体の振り付けや、やらねばならぬことは決まっているんですが、細部をどうこだわって表現するかは、舞い手の解釈次第というところでしょうか。
美しく見せるための体の使い方、笛や太鼓との調和、間のとり方、緩急のつけ方、優雅さや厳かさの醸し出し方・・・
こだわり方の違いがそのまま出来映えの違いとなります。

体力もかなり必要とされます。
普段の私は運動不足でして、そのままの状態ではとても舞えるものではありません。
祭りのひと月ほど前から軽くジョギングやスクワットなどをして、体調を上げるようにしています。
それでも舞っている最中は必ず疲れてきます。
疲れたからといって、そこで美しく舞うことへのこだわりを放棄してしまえば、出来映えはは不様なものになってしまいます。
とにかくこだわり抜くこと。
それが無ければ、舞い終わった後に自分が満足できる出来映えになることはあり得ません。

えーとですね、前置きが長くなりましたが、私が何を言いたいのかというとですね。
同じプログラムでも、解釈やこだわり方の違いで、出来映えは美しいものにも不様なものにも、如何様にもなってしまう、ということです。
で、これ、今はお神楽の話をしましたが、人間の人生も全く同じなんじゃないかと思ってます。

このブログでは、浅田選手は神に導かれている、と書いてきました。
だからといって私、浅田選手が特別な存在だとは思っていないんです。
浅田選手だけでなく、人はみな例外無く、神の手のひらの上で踊っているんだと思っています。
私達もまた、神から人生のプログラムを与えられている。
浅田選手のプログラムほど他人から見て分かりやすくはないですけどね。

浅田選手の場合は、神様が、

神を否定することが知的だと思ってる民族に、アタシが存在するんだってことをちょいと見せておこうかね。
ま、これだけ分かりやすくしとけば、気付く奴は気付くだろ。

ってな感じで、他人から見ても理解しやすい特別なプログラムを振り付けしてくれてるってだけで。
浅田選手に与えられているプログラムは特別。
そして、そのプログラムを振付師の要求に応えて最高の形で完遂できる彼女も特別。
でも神からプログラムを与えられているという点では、彼女はちっとも特別じゃない。
そう考えています。

なので私達にも、人生のプログラムが与えられている。
人生のプログラム・・・日本語で言えば「運命」と言えると思います。
運命というと、神様が全て結末まで決めるもので、人間はそれに否応なく従わざるを得ない・・・
そんな風に考えてしまいがちだと思うんですが、私はそれはちょっとだけ違うと思ってます。

人生のプログラムは私達一人一人に与えられている。
でも実際に送る人生は、そのプログラムへの解釈やこだわり方の違いで、美しいものにも不様なものにも、如何様にもなってしまう。
神から与えられる「運命」と、人間が実際に送る「人生」との関係は、そういうものなんじゃないかと思ってます。

まあこれは今の私の考えであって、何年か後には違う考え方になっているのかもしれません。
でも今の自分はそう信じることにします。
自分が今演じている人生のプログラムに、振付師が何を思って振り付けしたのかを、へっぽこはへっぽこなりに解釈し、
時には転びながら、時には不様な姿をさらけ出しながら、時には冷酷非情に見える振付師の意地悪な振り付けに文句を言いながら、
美しく舞うことへの自分なりのこだわりを何とかキープできるように、このプログラムを演じていきたいと思っています。

皆さんも、皆さんに与えられているプログラムを大切になさって下さい。
そのプログラムは、皆さん一人一人に神が振り付けしてくれた大切なもの。
他人が、「ここはこう演じた方がいいよ」と助言できるものではありません。
自分なりの解釈を大切になさって下さい。
真実は、他人の言うことの中になどはありません。
真実は、自分の心の内にしかありませんから。


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ああ、これで書きたいことは書き終えることができました。
ではこれで本当に、このブログを終わりにしたいと思います。

最後まで読んで下さった皆さん、ありがとうございました。
今まで拍手ボタンを押して下さった皆さん、コメントを投稿して下さった皆さん、ありがとうございました。
二年前のブログ休止の際に骨を折って下さった皆さん、ありがとうございました。
ご迷惑をかけてしまった方々、申し訳ありませんでした。
皆さんのおかげで、どうにか満足いく形でこのブログを終わらせることができます。
皆さんからの温かいお気持ちは、私の心の中の宝物です。
決して忘れません。
本当に、ありがとうございました。

では最後に、今私が最も尊敬する人物が「運命」について語った言葉があるので、その言葉をお借りして、このブログの結びとさせて頂きます。
ありがとうございました。


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運命って、だいたい決まっているんじゃないですかね。
自分が努力すれば、その先はもう決まっているんじゃないんですか。
そんな気がします。
(浅田真央)

反省と、最後の神頼み

今回は、最後のつもりで書いた前々回への記事へ頂いたコメントを紹介するところから始めたいと思います。
投稿者名は無記入でしたので、仮に「Bさん」と呼ばせて頂きます。
前回のAさんと同じ理由で、全文をそのまま掲載させて頂きます。


私は神様はいる、と思いました。
浅田選手は日本を救いました…メダルを取った場合、韓国の火病の矛先は日本と浅田選手に向かってきたのでは、と思います。
今回、ロシアのソトニコワ選手への韓国からの誹謗ぶりを目の当たりにして、そう思いました。
今日は竹島の日。
浅田選手がメダルを取っていたら、それこそメダルセレモニーやエキシビションで何をされたか分かったもんではありません。。。
韓国の火病がISUに向き、自国の選手がもっとも恩恵を受けてきた制度を灰にしようとしている…
日本には火の粉が降りかからないようにして。
私は、今回の悲劇は結果として神様の思し召しだったのではないかと感じました。
個人的な考えですが…。



コメントありがとうございます。
Bさんがこのコメントを投稿して下さったのは2月22日ですので、もうだいぶ日にちが経ってしまいましたが、その時は「本当、そうだよなあ・・・」と頷いていました。
私も、韓国サイドの自爆によって腐れ採点制度が灰になってくれることを願いました。
そして、浅田選手がこんなアホな騒動に巻き込まれないで、本当に良かったと。

この世の中の縮図のような醜い争いから浅田選手を隔離することで、この世の価値にとらわれないあの浅田選手の今回の演技の意義を、よりいっそう鮮明に際立たせ引き立たせる。
神様にはそういう狙いもあるのかもしれないな。
そんなことを思いました。

女子シングル終了後の韓国発のこの騒動。
ヨナ選手の銀はおかしい、採点やり直せ、疑惑の判定だ、調査しろ、金メダルよこせ、と韓国人が騒いでるらしい。
何だそりゃ?
ネタなのか?ギャグなのか?
と思ったら、どうもマジで騒いでるらしい。
ネット上でファンがそんな風に騒いでるってだけでも、笑えるネタとしてはお腹いっぱいなのに、韓国スケ連がISUに抗議したとか、プーチンのフェイスブックが韓国人に荒らされたとか、その他諸々・・・
もう私を笑い死にさせる気ですか。
フィギュアファンの友人と電話で、この騒動ネタだけで20分近く大盛り上がりで二人して笑い転げてましたよ。

まったく、これだから韓国人は。とか、
こいつらどこまでアホなんだ。とか、彼等を馬鹿にするのは簡単です。
実際私も馬鹿にしてしまいました。
だってしょうがないじゃないですか。
こんな面白いネタ滅多に無いんだから。

でもまあ、冷静になってみてふと思ったんですよ。
世界の誰よりも恵まれているにもかかわらず、それに気付かず更なる恵みを求める彼等は醜い。
内容を見ず結果しか見ず、目先の結果だけを求める彼等は醜い。
でもそれはそのまんま、他人から見た自分の姿ではないだろうかと。

私、自分では、すごく恵まれている人間だと思ってます。
この日本で生まれ育って、定職に就けて収入も得ることができて、趣味と称してこうしてブログなんか書いていられる。
もうそれだけで、恵まれない人達からすれば無茶苦茶恵まれてると思うんですよ。

でも特に問題も無く日常生活を過ごしていると、それが普通になってしまって、ついつい恵まれていることを忘れてしまう。
で、自分は恵まれてないからもっと恵んで欲しいと思ってしまう。
例えば「これだけ働いてるのに給料これしか貰えないのかよ」とか・・・
人間の欲望にはきりが無く、一つの欲が満たされると更にその上の欲を求めてしまう。

どこかで気付いて、歯止めをかけないと。
自分は恵まれている。
それを忘れちゃいかんですよね。

つい最近、「自分は恵まれているんだ」と思える出来事があったので、余計にそんなことを思うのかもしれません。
羽生選手が金メダルを獲った日ですね。
私が住んでいる山梨県は、記録的な大雪に見舞われまして。
雪国の人達からしてみれば笑われるんでしょうが、1m超の積雪で大パニックですよ。
道路は車が渋滞したまま、それが解消されずに積雪してしまったので、かまくらと化した車が道路上を満たす状態となり、除雪車が来て除雪をすることもできない。
県内全域で道路交通網は完全に麻痺。
ということは当然、物流も停止。
山梨県は、県全体が一週間近く陸の孤島と化し、食料すら外から入ってこない状態になってしまったのです。

これには困りました。
見たこともない積雪量に、やってもやっても慣れぬ雪かきは終わりません。
一体、雪国の人達はどうやって雪かきをしてるんだろう?
食料も、我が家のお米の蓄えがちょうど底をついてしまったので、スーパーに買いに行ったんですが、在庫がはけてしまった状態。
数日間はご飯無しの食卓でした。
車が使えないので、どこへ行くにしても徒歩。
雪道の中、片道4kmの職場まで歩くのはちょっときつかったです。
それと、建物の屋根から落ちてくる雪。
ようやく道路も使える程度まで復旧してきた暖かい日のこと。
うちの会社の社長が、
「一緒に雪かきをしていた人が、屋根から落ちてくる雪に胸まで埋まってしまって、危うく死ぬところだった。みんなも気をつけてくれよ。」
と言っていたその日に、近所の食堂の店長さんが、やはり屋根から落ちてくる雪に埋まってしまい、救急車で運ばれるのを目撃してしまいました。
幸い、命に別条はなかったので本当に良かったのですが。

雪とは恐ろしいものだと、その一週間ばかりの出来事で初めて知りました。
雪国の人達はこんな雪と、日々格闘しているのか・・・
雪と戦わなくてすむ分、うちら山梨県人は恵まれている。
普段よりちょっと不便な生活を強いられたせいで思いました。
普段の私は、いかに快適で恵まれた生活を送っていることかと。

でもついつい、また暫くすると恵まれていることを忘れてしまうんじゃないかと思います。
あの騒いでいる韓国の人達のように。
そしてやっぱり同じように、つい目先の結果や利益を求めてしまうんだと思います。

結果だけを求めてはいけない。
これも最近、皆さんからのコメントを頂いたおかげで強く思うことです。

私が前々回の記事で「浅田選手は報われなかった」と書いたことで、「それは違う」と何人もの方が投稿して下さいました。
それは上辺の結果だけだろうと。
前回紹介したAさんもそう述べられていたのですが、もうお一方、コメントを紹介させて頂きます。
今までの方々と同じように、全文をそのまま掲載させて頂きます。
が、お名前は・・・どうしよう?
投稿者名は記入して下さっているのですが、公表するとご迷惑になってしまうかもしれませんね。
私の独断で「Nさん」とさせて頂きます。
Nさん、お名前を公表した方がよろしいようでしたら、ご連絡下さい。
訂正して掲載致します。


ずっとブログをよませていただいていました。
嘘つきなんて思わないですよ。
真央ちゃんに地上の栄冠が与えられなかったのも、私は神のシナリオだと思います。
あの演技に点数で評価など無意味ですもの。
きっときっと真央ちゃんは正しく報われると思います。
どうか気を落とさないでくださいね。



コメントありがとうございます。
本当、Nさんの仰る通りですよね。
地上の栄冠が与えられなかったのも神のシナリオ。
あの演技に点数で評価など無意味。
正にその通りだと思います。

私も自分では、それは分かっているつもりだったんです。
でもやっぱり、分かっていなかったんですね。

私はいつの間にか浅田選手に、ショート、フリーとも最高の演技という「分かりやすい結果」を求めてしまっていました。
そうでなければ、彼女の心に悔いが残ってしまうだろうから。
彼女は常々、ソチでは悔い無く終わりたい、集大成の演技がしたい、と語っていました。
そのためには、ショート、フリーとも最高の演技が必要だと、私は決めつけてしまっていました。
そして、そうならなければ自分がここまでブログで書いてきたことが嘘になってしまう、と思い込んでいました。
私は、自分の言葉が嘘になってしまうのが嫌だった。

だから自分が望んでいたものとは違う結果が出た時に、神に反発し、ああいう文章を書いてしまった。
彼女はあれほど私を感動させてくれたのに。
彼女は確かに、集大成の演技をしてくれたのに。
彼女は、私があれほど待ち望んだ「究極のフィギュアスケート」を具現化したかとも思える演技をしてくれたのに。
それ以上の結果があったはずだろうと、神に憤りをぶつけていました。

ヨナに金メダルを与えろと言っている韓国人達と、どこに違いがあるというのか。
彼等の姿は私の姿。
くそう恥ずかしい・・・

まあともかく、浅田選手自身が、
「ショートでは失敗したけれど、だからフリーでは最高の演技ができた。これで良かったんだ。」
と思ってくれるのであれば、こんな結末もありだったんだなと、これが神の思し召しだったんだなと、今は納得しています。
でもどうも私は、神のこういうやり口が常々気に入らないんですよね。
今回の浅田選手にやったように(ってか今回に限らずいつでもか)、人間の人生を自在に浮き沈みさせておいて、いかにも「それが当然」とでも言いたげなそのやり方は、人生をいじられる方の人間側からしてみると、すごくむかつくんですよ。
まあこれが時には露骨に誇示するかのように、嫌味のようにこの世に干渉してきますからね。
普段はいないようなふりを装って隠れているくせに。
意地が悪いと表現したくもなります。

そんな神様に「神頼み」をするのは凄く癪に触るんですが、でもどうしても神様に頼まなければいけないことがあります。
それは、浅田選手の今後のことです。
引退するのか撤回するのか、引退するのなら今後はどうするのか、ファンは暫くの間やきもきすることになるでしょう。
私個人の望みとしては、引退して楽になってもらいたい。
重圧から解放されて欲しいと思ってます。
でも引退するにしろ撤回するにしろ、彼女自身の意志で悔いのないような選択をして欲しいと願っています。

でもねえ。
彼女は神の寵児。
彼女が自分の意志で決めるにしろ、その背後ではどうせ神が干渉して彼女の今後の人生を決めるのに決まっています。
なので、神様に神頼みするしかしょうがない。

彼女の人生の振付師たる神様にお願いします。
彼女はもう充分に、私達を感動させてくれました。
もう充分です。
これ以上期待したら、彼女に申し訳が立ちません。
これから先、彼女が演じるプログラムは、見ている我々に何も伝わってこなくても構いません。
ただ、演じている彼女自身が心から幸せだと思えるプログラムを振り付けしてあげて下さい。
どうか今後も彼女のことを、宜しくお願い申し上げます。

と、ブログをやめる前に、神様に最後のお願いをしておくことにします。


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コメントを投稿して下さった皆さん、ありがとうございました。
真剣なご意見、温かいお気持ち、本当にありがとうございました。、
全部紹介しきれないことをお詫び致します。

次の更新で最後にする予定です。

私の心の中の「究極のフィギュアスケート」

恥を忍んで、更新します。

前回の記事で、もう更新はしないと書きました。
でも私は嘘つきだから。
前言撤回して、このブログにもう少しだけ文章を書き足すことにします。

読んで下さる皆さんの気持ちを、何度裏切れば気が済むのか。
いや、そんな考えはもう捨てます。
今更善人ぶったって仕方がない。
蔑まれようが後ろ指指されようが恥をかこうが、書くと決めました。
あと2回記事を投稿して、今度こそこのブログを本当に終わらせるつもりです。
まあその言葉も、もはや信じてもらえないかもしれませんが。

前回の記事の投稿の後、拍手コメントにて、皆さんから温かいお言葉を頂きました。
何故?
どうして?
私は皆さんに嘘をつき続けたから、ブログを終わらせるにしても、せめて皆さんに謝ってから終わらせたかっただけなのに。
どうしてみんな、こんなに優しいんですか?
いっそなじってくれた方が納得できるのに。
私のために、皆さんが心を込めて投稿して下さったコメント。
中には、相当な時間をかけて書いて下さったんだろうな、と思えるコメントも幾つもありました。
それが分かるだけに、申し訳なさすぎて涙が出ました。

こんな私のために、まだ心を砕いて下さる方々がいる。
私は、この人達の前からこのまま逃げ出してしまって本当にいいのか?
せめて最後の記事にコメントして下さった人達のためだけにでも、何か気持ちを返すべきじゃないのか?
そのためには、やはり書くしか方法は無い。
前言撤回という嘘をもう一度ついて、またこのブログに書くしかない。

なので、投稿して下さった方々のコメントに回答するような形で、もう少しだけこのブログを続けることにします。

私、今までコメントを頂いても、基本的にはそれに返答したことは無いんですよ。
皆さんからの様々な意見に対応できるほど度量のある人間ではないので。
誠意の無い失礼な返答をしてしまいそうなのは、自分が一番よく分かっています。
コメントに対して何も返答しないのも失礼だとは思いつつ、かといって返答してしまえば、もっと不快感を皆さんに与えてしまうでしょう。
それなら返答しない方がずっといい。
身勝手な理屈なんですが、その理屈を今まで通してきました。

でも今回と次回は、前回の記事に頂いたコメントの幾つかに回答したいと思います。
そうしないと、このブログを終わらせることができないと思うので。
自分なりのけじめをつけさせてもらいます。

ところで私、嘘をつくにしても心を込めた嘘をついてきたつもりです。
私、「嘘から出た真」という言葉を信じていました。
嘘をつき続ければ、結果として本当のことになるかもしれない。
でもそのためには、嘘にも心を込めなければならない。
せめて嘘をついた自分自身も、それを信じれるような嘘でないと、嘘が真になることなんてあり得ない。
ほとんど気違いじみた考えですが、そう信じてこのブログを書き続けてきました。

でも前回の記事で、私は初めて、自分の思いとは違う、全く心がこもっていない嘘をつきました。
「神などいない」と。
ハッ!笑っちまう。
今まで徹頭徹尾、神はいると言い続けた男が、どの口でそんなことを言うのか。
なんて白々しい嘘なことか。

でもその後、「私は神はいると思う」というコメントを幾つも頂きました。
嬉しかったです。
私がいくら言葉だけの虚しい嘘をついたとしても、ああ、やっぱり分かる人には分かるんだなあ、と。
あの浅田選手の演技には、神の力が働いていたと。

スポーツにおける運とか流れとかを少しでも感じることができる人であれば、誰にでも分かりますよね。
浅田選手のフリーの演技。
あの演技に、神の力が働いていないわけがないでしょ。
しかも、とびっきりの神の干渉ですよ。
あんな場面、そうそうお目にかかれないと思います。
神なんて信じない人でも、「神がかってる」くらいは感じ取れるんじゃないですかね。

ここで、前回の記事へのコメントを一つ紹介させて頂きます。
投稿者名は無記入でしたので、仮に「Aさん」と呼ばせて頂きます。
Aさんは、まさかご自分の投稿を私が公表するとは思っておられないでしょうから、私がAさんの許可もなく公表してしまっていいものかどうか悩みました。
コメントを部分的に抜粋して載せる方法を採った方がいいのかもと思いましたが、でもそれだとAさんが私に訴えたかった真意が、皆さんに伝わりにくくなってしまう・・・
勝手なことをしてAさんには申し訳ありませんが、やはり全文をそのまま載せることにします。


こんばんは。
私は今回のショート、フリーの演技を見て、くーがさんが以前書いていた「神様の書いたブック」が見えましたよ。
くーがさんに見えなかったのなら残念です。
女子フィギュアスケート史上、最高の演技を見せ、日本中を幸せにしたじゃないですか?
十分、報われていると思いますよ。
報われるということは、メダルや結果だけではありません。
それでは、失礼いたします。



コメントありがとうございます。
このコメントを目にした時、本当に嬉しかったです。
ああ、この方は私なんかより、ずっと神様のことを分かってらっしゃる。
そうです。その通りです。
全文に同意致します。
まさにAさんの仰る通り!

あのフリーの演技だけでなく、ショートでの大失敗も、神の干渉ですよ。
「最初は失敗して、次は大成功」という、バンクーバー以前の浅田選手によく見られた基本パターンを、今回もまた使ってきたということでしょう。
ショートでの失敗があったからこそ、フリーでのあの演技と感動が生まれた。
それは確かに分かるんです。
分かるんですが、でも私には、神のそのやり口が許せなかった。
またかよ神様この土壇場で!この野郎!

それでは浅田選手の心に、必ず後悔の念が残ってしまうでしょう。
「なぜ私は、ソチのショートであんなミスをしてしまったのだろう」と。
私はどうしても、ショートとフリーのどちらでも、彼女自身が納得できる最高の演技をしてもらいたかった。

Aさんの仰る通り、報われるということは、メダルや結果だけではありません。
結果を出すことは、もちろんすごく重要なこと。
結果を出さなければ、日々の生活がしていけなくなる場面だってあるでしょう。
結果を出すことは重要なこと。
でも目先の結果を求めるよりも、もっと大切なことがある。

浅田選手の「挑戦」を応援している者ならば、浅田選手の求道者としての姿勢を支持している者ならば、それは皆分かっていると思うんです。
それも分かってはいたつもりなんです。
それでも私は、神の今回のやり方が許せなかった。

浅田選手のフリーの演技で感動していた心も、その後の上位陣の得点の盛り合戦を見てしまって、高揚感もすっかり冷めてしまいました。
史上最高8トリプルの演技を難なく越える高得点・・・
ああ、結局フィギュア界は醜くて汚い世界のままだ・・・
何をやってんだよ神様。
天道はどこにあるんだよ!

私はブログにアップするつもりで、神への怒りを書き綴り始めました。
自分の思い描いていた結末とは違う憤りが、筆を加速させました。
そして出来上がった文章を読み返してみて、頭に上っていた血が冷めました。

これじゃ、狂人の文章だよ・・・
そこには、神への恨み辛みが満ち満ちていました。
こりゃ、とても人様に見せれる内容じゃないよな・・・
私は、文章を変えることにしました。
でも、どんな文にすればいいんだろう?

今の私から見える神は、ちっとも慈悲深くも正しくもなくて。
冷酷非情で、しかも凄まじく意地悪で。
それでも、最後には天道を示してくれるだろうと信じてきたけれど。
結局最後まで神は、慈悲深くて正しい神じゃなかった。

神はいるよ。
でも神は、冷酷非情で意地悪なんだ。
そんな主張をしたところで、一体誰が幸せになれるというんだろう?
そんな神なら、いない方がいいんだ。
人を幸せにできぬ神など、いてはいけないんだ。

「神などいない」
結局、私はそう書くことにしました。
白々しい嘘。
表面上だけを取り繕った、中味の無いスカスカな嘘。
どうせこのブログは、嘘の塊になってしまった。
ならばもう一つくらい嘘を付け足したところで、どうってことあるまい・・・
投げやりな気持ちでした。
試合終了数時間後には、ブログを終わらせるつもりで記事をアップしました。

今回、浅田選手に対して神様がやりたかったことは分かるんですよ。
だってフリーのプログラムのテーマは、「人生の困難を克服すること」なんですから。
あのプログラムは、浅田選手の人生を象徴するものなのだから。
フリーのプログラムを完成させるために、神はショートで彼女を失敗させた。
彼女に、最後の試練を与えるために。

ショートでの失敗の後、見ている側の我々も落胆しましたが、一番落胆したのは当然、浅田選手本人でしょう。
ベストな演技ができなかった。
もうメダルにも届かない。
4年間やってきたことが無駄になってしまった。
絶望感にとらわれたことでしょう。
一夜明けてフリーの日の朝になっても、まだ彼女は落胆していたそうです。

でも彼女はいつものように、また前を向いて立ち上がります。
ここまでの人生で最後の試練。
彼女はそれを克服しようと試みます。
フリーの演技が始まります。

最初のジャンプは、代名詞の3アクセル。
どんなに失敗しても、こだわり続け、挑み続けた3アクセル。
彼女の人生そのものを象徴するジャンプ。
見ているこちら側も、前日の失敗が頭をよぎり、固唾を呑んで見守ります。
そして・・・
跳んだ!
着氷した!
今日はいける!

次のジャンプは、3フリップ+3ループ。
セカンド3ループの回転不足判定回避のため、封印してしまっていたコンビネーション。
跳べばまた回転不足とされてしまうでしょう。
しかし、そんな判定関係ないとばかりに、そんな障害は存在しないとばかりに、それまで封印していた鬱憤を晴らすかのように、3フリップ着氷の後、3ループ!
跳んだ!
これも着氷!
うおおおお!

次は3ルッツ。
4年前は跳べなかったジャンプ。
4年間かけて、一歩一歩完成度を上げてきたジャンプ。
彼女のここ4年を象徴するとも言えるジャンプです。
これも着氷!

次は2アクセル+3トウループ。
あまり成功率が高いとは言えないコンビネーションです。
しかしこれも着氷!

次は3サルコウ。
これも、4年前は跳べなかったジャンプ。
そして、成功率が高いとは言えないジャンプ。
しかし、これもまたまた着氷!
これで、6種トリプル成功!

あと残された2回は、彼女の得意ジャンプ。
でも、まだまだ油断はできません。
一度でも失敗してしまえば、8トリプルは幻と消えてしまいます。
そして3フリップからのコンビネーション。
これも成功!

そして最後は、一番得意な3ループ。
大丈夫。いつも通りやれば必ず成功する。
頼むっ!成功してくれ!
そして・・・着氷!
うおおおおおおおお!
8トリプル!
偉業達成!
しかもオリンピックで!
あり得ない!

そしてステップ。
佐藤コーチの元で鍛えたスケーティングが、ここでも生かされます。
彼女のここ4年間の成果。
このステップも、彼女の歩んできた道のりの象徴です。

そして絶品スパイラルの後、感動のフィニッシュ。
もう言葉にならないくらい、心底感動しました。
彼女がリンクを降りた後も、私はテレビの前でいつまでも拍手を続けていました。

これは・・・彼女は本当にやってくれたのか?
究極のフィギュアスケートを。
これは、女子フィギュアの究極形ではないのか?
これは、4年間待ち続けて夢にまで見た、究極のフィギュアスケートなんじゃないのか?

試合後すぐには、その実感はわきませんでした。
でも今は、あれは究極のフィギュアスケートだったんだと思い込むことにしています。

あの7回のジャンプ、あれは浅田選手の人生における困難や障害を象徴するものだった、と私は解釈しました。
彼女はそれを一つ一つ着実に克服し、更には己が今置かれている困難な状況すら、プログラムのテーマと融合させて、このプログラムを完成させた。
まさに彼女の人生そのもの。
彼女の人生の集大成。

そういえば彼女はバンクーバーの時も、自分が今置かれている状況をプログラムのテーマと融合させることに成功しています。
まあこれも私の勝手な解釈なんですが。(過去記事
ヨナ選手の銀河点炸裂の直後、見ている我々の絶望感が漂う中で演じた「鐘」。
あの演技で浅田選手は結果的に、プログラムのテーマであった「民衆の心」を表現することに成功しました。

競技者の人生とプログラムのテーマが偶然にもリンクする?
何故そんなことが起こりえる?
その答えは一つしかないでしょう。
人の目には偶然に見えても、それは偶然ではないからです。

それにしてもです。
「鐘」といい「ピアコン」といい、タラソワさんはどうして、テーマと状況が合致することになるプログラムを作れてしまうんでしょうか?
まるで、オリンピックで浅田選手がそういう状況で滑ることになることが、予め分かっているんじゃないかとさえ思えてしまいます。
やはりタラソワさんは、浅田選手の関係者の中では、神に最も近い位置にいる人なんじゃないかと思います。

浅田選手の人生とプログラムのテーマが偶然にもリンクする?
何故そんなことが起こりえる?
それは彼女が、氷上の演技だけでなく、自分の人生をも皆に見せることを振付師から求められているフィギュアスケーターだから。
彼女が演じているプログラムの曲名は「人生」。
そのプログラムの振付師は、神。

苦難も絶望も全て乗り越え、己の人生の全てをプログラムへと昇華させて完成させたあのフリーの演技。
あれこそが、もう二度と見ることができない究極のフィギュアスケートだったんだと、今は信じることにしています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(以下、私信です。)

セサミさん。コメントありがとうございます。
ご期待に添うことができたかどうか分かりませんが、あくまで私らしく書かせて頂きました。
いかがだったでしょうか?

嘘つきは消え去るのみです

浅田選手、フリーでは女子フィギュアのまさに究極の形を垣間見せてくれました。
おそらく、二度と誰もできないであろう8トリプル。
心底感動しました。
浅田選手、あなたは本当に凄いよ。
世界一尊敬してます。
あなたは金メダルを獲ることよりも難しいことをやったんだ。
胸を張って、日本に帰ってくればいいよ。

ああ、それなのに・・・
ショートの失敗さえなければ、どんなに良かったことか。
神様は、なんでこんなに残酷なんだろう・・・

所詮、私なんぞが神の思惑の一端に触れることなどできるはずなかったんだ・・・

いや、神などいやしないんです。
だって、そうでしょう?
この世に神がいるならば、なぜここで浅田選手に報いてあげないんですか?
ショートでも最高の演技をさせてくれないんですか?
この世に神など、いやしないんです。
天道など、どこにもないんです。

申し訳ありません。
私は皆さんに嘘をついていました。
このブログは始めから嘘ばかり。
吹かぬ神風を吹くと言い続けて。
嘘に嘘を積み重ねて。
結局、最後まで嘘をつき続けました。

この先、私が何を言おうとも、皆さんが私の言葉を信じることはないでしょう。
私は嘘つきです。
私の言葉は嘘です。

嘘がばれた嘘つきは、後ろ指を指され蔑まれながら、不様に退散するしかありません。
このブログもこれで終わりです。
もう更新することはありません。

いっそこのブログを全て削除して、書き連ねた自らの罪を無かったことにしたいですが、それはあまりにも無責任で卑怯。
それに、こんなブログでも今まで読んで下さった方々の気持ちまで消し去ることになってしまうでしょう。
それはできません。
私が皆さんに対して犯した罪の証拠として、このまま残しておきます。
生き恥をさらすのも自業自得です。

今まで読んで下さった方々、ご免なさい。
私を支えて下さった方々、気に掛けて下さった方々、ご免なさい。
皆さんからの有り難いお気持ちを受け取るだけ受け取っておきながら、皆さんに何もお返しすることもできず、それどころか最悪の形で皆さんを裏切ってしまいました。
許して下さいとは言いません。
許されないことだと思っています。
どうにか少しでも償いたいと思っても、私は嘘つきで、私の言葉は無力です。
私には何もできません。
私は卑怯にも、何も償えぬまま皆さんの前から逃げ出すことを選びます。

ここまで読んで下さった方々、今までありがとうございました。
なのにこんな形で終わることになってしまって、申し訳ありません。

本当に、申し訳ありませんでした。

ソチ直前の備忘録

ソチ五輪、いよいよ女子シングルが目前に迫って来ました。
まだ試合前だというのにこんなことを書くのもどうかと思いますが、書きます。

浅田選手、今までありがとうございました。
あなたを応援できた日々、幸せでした。
ソチでの最高の演技を信じて待ち続けた日々、幸せでした。

でもその日々は、あと少しで終わってしまうから。
試合が終わってしまったら、それは過去のものになってしまうから。
過去のものになってしまったら、私は今の気持ちを忘れてしまうかもしれないから。
だから今、書きます。

私は幸せだったと。
あなたのおかげで幸せだったと。

どれだけ感謝してもし足りませんが、ありったけの想いを込めて言います。
ありがとうございましたと。

この試合の結果がどうなろうとも。
あなたがこの先、どんな人生を歩むことになろうとも。
私はあなたを応援し続けます。

写真の中の二人は笑う

このブログのタイトル画像の真ん中で使っている写真、なんか私すごく好きなんですよ。

これね↓


浅田・ヨナ両選手が一緒に写っている画像は、かなりの数があると思いますが、私が目にした物の中では、これが一番のお気に入りです。

もう何年くらい前だろう?
5~6年前だったと思いますが。
私がこの画像を初めて見た時、この画像がネット上に出回ることになった理由として言われていたのは、以下のようなものでした。

この写真はヨナ選手が所持していた物で、浅田姉妹と初めて会った頃に撮ったもの。
ヨナ選手のライバルといういことで、韓国国内ではアンチ真央の風潮が形成されつつあった。
それに心を痛めたヨナ選手は、自分と浅田選手が仲良さげに写っている写真を何枚か公開して、それを鎮めようとした・・・

いい話じゃないですか。
それが本当かどうかは分かりませんが、私、こういうええ話は信じることにしているんです。
ヨナちゃんええ子やわ~。
と、当時の私は思いました。

今思い返してみれば、あの頃がフィギュアを見ることが幸せだった最後の時。
その後韓国は、フィギュア界にこの両名が並び立つのを認めなくなりました。
それに伴って、フィギュア界の歯車は大きく狂ってしまいました。

この写真を見ると、いろいろ想像するんです。

多分二人とも、スケートを滑るのが楽しくてしょうがなかった頃なんだろうなあ。
どんどんスケートが上手くなっていって。
それに従って、自分が活躍するステージもどんどん上がっていって。
自分の視野もどんどん広がっていって。
遂には国際試合に出て、世界中に新たな知り合いができるようになった。
自分の明るい将来を疑うことなど知らぬ年頃だったんじゃないでしょうか。

その後、日本と韓国、どれほど多くの人達がこの両名に想いを馳せたことでしょう。
二人は、自分達がこれほどの人達の想いを背負わされることになるとは、夢にも思わなかったことでしょう。

時は流れて、
一人は、フィギュアの限界に挑み続ける者となり、
一人は、勝ちを与え続けられる者となった。
フィギュア界の光の象徴と、闇の象徴。

その後の自分達に与えられている過酷な運命を知らずに、出会ったばかりの二人の少女は写真の中で無邪気に笑う。
それがやるせなくて、切ない。

すいません。あまり喜んでいません。

ソチ五輪男子シングル、フリーも見終わりました。

高橋選手、素晴らしかった!
ツーフットとか細かい点数とか順位とかは、もうどうでもいいです。
集大成の演技、見せてもらいました。
断じて敗者なんかじゃない!

町田選手も良かった。
ベストの出来ではなかったかもしれませんが、頑張ってくれたんじゃないでしょうか。

羽生選手も、もちろん頑張ってくれました。
でも、う~ん・・・
金メダル・・・おめでとうと言うべきなんでしょうけど。
前半2度の転倒は、印象悪いですよね。
金メダルを獲得した演技ということで、この演技がこれからしつこいくらいリピート放送されるかと思うと、羽生選手がお気の毒。

日本人選手にこんなこと言いたくはないんですが、点数出し過ぎですね。
まあ当然、チャン選手もなんですが。
やっぱりこの二人の点数を抑えてくれていたらなあ。

3位のテン選手とそこまで差をつけなくてもいいでしょうに。
3位グループとの差をもうちょっと縮めてくれれば、だいぶ印象が違うのになあ。

決して羽生選手やチャン選手の演技や頑張りを否定してるわけじゃないですよ。
今更ですけど、やっぱり採点がなあ・・・と言っているだけです。

最初の4サルコウを着氷してくれていれば、だいぶ印象が変わって、金メダルおめでとうと心から言えたと思うんですが。
転倒しても点数出しちゃうからなあ・・・
なんかモヤモヤとすっきりしない気分です。

すいませんね。
せっかくの金メダル獲得なのに、水を差しちゃって。
これ以上書いても皆さんの気分を害するだけでしょうから、今回はこれで止めておきます。

すいませんでした。
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