2008年08月14日

S-O-Wときいろいばけつ


センス・オブ・ワンダーに行きたい。



■何かを諦めざるを得ないとき、あるいは失敗したときに、僕はいつもこんな言葉を口にする。


「いいんだよ、もう」


…これは、僕が小さいころに読んだ「きいろいばけつ」という絵本の中の言葉だ。不思議と印象深く残っていて、読んでから20年経った今でもなお内容が頭に浮かんでくる。


* * * *


ある日、きつねの子がきいろいばけつが落ちているのを見つける。それはずっとほしいと思っていたようなばけつだった。でも持ち主が現れるかもしれないので、くまの子やうさぎの子に相談し、一週間待って持ち主が現れなければ自分のものにすることに決めた。

きつねの子は毎日きいろいばけつを見にきては、自分のものになった様子を想像したりして、楽しみに待った。

そしていよいよ明日で一週間という日の夜、きつねの子はきいろいばけつが風でお月様のところへ飛んでいってしまう夢を見た。

翌朝、きつねの子が見に行くと、きいろいばけつはなくなっていた。くまの子とうさぎの子がなぐさめの言葉をかけるのだけど、きつねの子はにっこりと笑ってこう言う。


「いいんだよ、もう」「いいんだよ、ほんとに」…


* * * *


何度も書いていることだけど、僕を産んだ母は、僕が4歳のときに他界している。父が再婚し、新しい母ができたのはその2年後のことだ。「きいろいばけつ」は、その母が最初にくれた絵本だった。

世の中にはどうしようもない別れがあること。しかし、充実した時間もあったこと。それらの事実を受け入れること。知らず知らずのうちに僕は、「きいろいばけつ」からそんなようなことを読み取っていた気がしなくもない。

それは産みの母を失った子供に与える、新しい母からのメッセージだったのかもしれない。考えすぎか。


* * * *


と、感傷的な気分になったので、先日実家に帰ったときに、母に「なぜあの絵本を僕にくれたのか?」と尋ねてみた。しかし母は、

「…そんな本あげたっけ?」

と、いかにも決まり悪そうに目線をそらして答えた。なんじゃそら。やはり考えすぎやったんかな。


きいろいばけつ」は、倉庫を兼ねた車庫の隅っこに置かれていた記憶があったが、しばらく前に整理をしたそうで、行方がわからなくなっていた。どっかに紛れちゃったんやろな。また今度、ゆっくり時間のあるときにでも探したいと思う。


  
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2008年08月10日

さらば青春


ロフト行ってTシャツくん買ってきた。ここ数年ぐらいずっと手元にほしかったアイテムである。やっと買えた。これでこの夏はTシャツ作ったんねん。秋もTシャツや。冬もTシャツや。一年中がシャツ祭り。金ならあんだよ!

元々ぼくは大学で「Tシャツ研究会」というサークルに所属していて、このTシャツくんを使ってシャツ作りに明け暮れていたのである。なので久しぶりのTシャツ作り、腕が鳴るというもんやで。まあ明け暮れてたというほどでもないけど。腕も別に鳴ってない。


学生のころは、なんやかや変なんを作ってた。最初に作ったのは、大学入学直後の失恋の痛みをぶつけた「さらば青春」Tシャツだった。怪獣映画だかホラー映画みたいな字体で「さらば青春」て書いてあるブツ。片思いの失恋であった。うんこ。

そのあと、僕の友達の男がその女子と付き合ったのだけど、しばらくして別れてしまった。友達の男は意気消沈したのか、すっかり腐ってしまった。たまに連絡をとるけど、いつも仕事の愚痴と海外旅行の話ばっかやで。アジア諸国でジャパンマネーをばらまいて豪遊してるらしい。悪い日本人や。女子のほうはどうしてるんやろう。まったくしらない。そしてもはやどうでもいい、と言える。


そんでその「さらば青春」Tシャツ、某所で出店のスペースをもらって売ったのだけども、酔っ払いのおっさんに絡まれて大変やった。なぜか「さらば青春」の歌い方を指導され、ジャマくさくて仕方なかった。「もっと声を張れ、あ〜〜〜ああ〜〜〜あ〜〜〜さらば〜〜〜青春〜〜〜〜〜」。思い出してもしんどい。あれ多分、そういう歌があるわけじゃなくて、おっさんの即興やったしな。あのおっさん何やったんや。名古屋では有名なベテランDJ、とかいう噂も聞いた気がするけど、そんなもん酔っ払いの妄言ちゃうか。僕にはただの迷惑な酔っ払いジジィにしか見えへんかったで。あと江戸アケミのファンだったのか知らんけど、先輩が作った江戸アケミTシャツを見て「アゲミぢゃん!アゲミぢゃん!」とやたら反応してたのが印象的だった。


「さらば青春」は海も渡った。ニュージーランド在住であるおねーちゃんの旦那(白人)にあげたのである。海外では何か日本語フォントが流行だそうで、それならってことで作ってあげたのだ。しばらくして、着てる写真が手紙とともに送られてきた。グラサンのかっこいい白人さんが「さらば青春」と書かれたTシャツを着ててオモロやった。「これはとても気に入っているんだが…、どうも日本人の観光客に笑われるんだ。できればもっといい日本語のプリントがよかったかな」。申し訳ないと言える。



で、それから「さらば青春」のほかにもいろいろ作った。バカなやつとか、アホなやつとか、友達のバンドTとか、ハロプロとか(大学の4回ぐらいからハロプロ関係ばっかになってた)。いやーTシャツ作るの楽しかったよ。いや楽しいのよ。機材が大学にあったから、卒業後は必然的に制作の手は止まってたけど、このたびついに機材買ったし、これでまたTシャツ作ったんねん。どんなん作ろかね。うんこーうんこー。うんこTにするか。ちんこT。


  
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2008年08月03日

豚野郎


http://www.metro.ne.jp/con_sche_080818.html

8/22のイベントに行きたい。ロマンポルシェとか中原昌也とか森下くるみが出るイベントですよ。おもしろそうじゃないですか。行こうよ。と会社で言ってたら、「お笑いとAVっすか?ワケわかんないっすね」という話になった。AVが森下くるみなのはわかるけど、お笑いってロマンポルシェ? あれってお笑いに分類されるものなんか? 分類で言うと音楽ちゃうの? でも確かに、昔見たときむっちゃわろた記憶がある。掟さんの笑顔が素敵すぎた。

そういえばはるか昔、大阪爆音で掟さんに会ったなあ。いや会ったというか、会場入りする前に集団でめしくって、その中にたまたま僕と掟さんがいたってだけの話や。それを「会った」とするのはいかにも苦しい。

にも関わらず僕はまたモテたさ故に、あたかも知り合いであるような口調で「掟さんとめしくった」といった話をしてしまった。人間が安すぎる。信じられないこの値段、ウォッチマン。しに隊。生きる。


で、掟さんはモーヲタやねんでという話をしたところ、「なんで音楽の人がアイドルに?」と不思議がられてしまった。いや違うんや、それは音楽に精通してるからこそそうなるんや。と僕は返した。「あーなるほど、音楽が好きだからこそ、その対極にあるハロプロを好きになるってことですか?」。違う、そうじゃない。ハロプロは音楽がよかったのよ、マジで。つんくおじさんのおもしろびっくり歌詞とか、ダンスマンおじさんの編曲とか。アイドル=だめ曲、で結びつけるのはやめていただきたい。

とはいえ、数あるだめ曲を自己暗示でむりやりいい曲だと思い込んできたことも否定できない。いや、というより、だめ曲はだめ曲で楽しかった。「クソ曲だー!」と笑いながら聴くのもよかった。そして聴いているうちにその曲を大好きになっていくのだ。つまり何だ、ハロプロは愉快だと言える。あと僕は豚野郎だと言える。


そんなわけで8/22に会社のヒト(笑い飯・西田似)とメトロに行くつもりである。DJ森下くるみは何をかけるのだろうか。信長書店で催されたサイン会に行ったことが思い出される。森下さんは思いのほか普通のねえちゃんだった。あのとき購入した森下さんのDVDはいまだに見てない。レズものだったから。レズにあまり興味がない。森下くるみさんにあやまりたい。ところでMr.Childrenの「くるみ」は実は森下くるみを思って歌われたという説がある(しかし僕はその曲を知らない)。


  
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2008年06月25日

バカスン


新入社員の女子のヒトが「久しぶりにドラえもんを見てショックを受けた」と話していた。なにがショックだったのかね、と問うと、「のび太の声が違う、あんなにハキハキした喋り方じゃない。甘えたような声こそのび太だったのに」と、目線を下に向けて言った。僕はドラえもん同様、のび太も今の声を強力プッシュしているので残念な気持ちになった。いや、むしろ前の声がちょっと甘すぎたように僕は思うがね。特にのび太が「うん」と返事するとき、「ぁん」という発音になるのはずっと気になってた。そもそも昔ののび太はもっと元気のいい喋り方だった記憶がある。甘えたような喋り方になるのはだいたい90年代以降のことで、特に藤子Fの死後にその傾向が顕著になったんだよ。つまりあのキャラは本来ののび太じゃなく、原作ではもっとうんぬんかんぬん、ああだこうだ、どうしたこうした。

「詳しいんですね」。新入社員の女子のヒトがキョトンとした表情で言った。さえぎるようなその言葉に、僕はハッと我に返った。やってしまった、またやってしまった。おもくそ語ってしまった。しかも半分ぐらいは人のブログで得た知識やで。借り物の言葉。うわー死にたい。身を投げたい。南国の高級リゾートホテルのプールに身を投げたい。そして水着のギャルにキャッチされたい(この場合のギャルは主にピチピチの若い女子を指すもので、所謂ギャル系の意ではない。亀仙人的な言葉である)。バカンスしたい。


  
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2008年06月19日

男子のロマン


このごろプラモを作っている。いつかやってみたかったのだ、プラモ。ついに手を出した。ずっとほしかったプラモ、探してた、手に入れた。今で合計20数時間作業している計算になるのだけど、完成はまだまだ(ところでプラモといえば、「キン肉マン二世」のデーク・棟梁&プラモマンのタッグ、地獄のカーペンターズが思い出される)。

プラモは子供のころにちょろっと作ってた程度(ミニ四駆とかBB戦士とか)で、本格的に作ったことはなかったので、今回は道具も買い揃え、同僚のプラモマニアにハウツー本も借りてチャレンジしている。しかし、これがまた難しいわ時間がかかるわで、悪戦苦闘だ。まあ、初心者ならこんなもんかな。としておきたい。

で実際に作っているのは「海軍零式艦上戦闘機二一型」、つまり太平洋戦争で活躍したゼロ戦である。例によって吉村昭の小説「零式戦闘機」を読んで感化されて、ずっと作ろうと思ってたのだった。ゼロ戦やばいで。


しかしアレだ。プラモは男子のロマンだな(作るの一個目やけど)。こないだ友人(女子)に「作ってどうするの?飾っとくの?」と聞かれてうまく答えられなかったが、これは何だ、作ることにこそ本質がある。どこまで追求し作りこむことができるか。飾っておくのはその証明に過ぎないように思える。

一つ一つ丁寧に部品を準備する。やがて組み上げられ、形になっていく様は、痛快な小説や映画の伏線が収束する様子にも似る。それは自分との勝負であるとも言える。焦るべからず。作業が細かければ細かいほど、地味であれば地味であるほど、完成度は上がっていく。日本刀を鍛える刀工のような気分だ。知らんけど。

しかしこんなことを言っていては、スネ吉兄さんの怒りを買うかもしれない。このゼロ戦のどこに質感がある!?まるっきりペンキぬりたてのオモチャじゃないか!





スネ吉兄さんの解説が過剰に詳しくて楽しい。思えば模型への憧れは藤子Fに育まれた気がする。作品中にやたらと模型が出てくるもんね。藤子F、多趣味で博識やで。いろいろなことを教えてくれる、あるいは興味を持たせてくれる漫画ってええよね。

  
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2008年06月16日

偶数


もう先週のことだが、元同僚のヒトがやってるユニット・グースーのライブを見てきた。同僚のヒトはもともと「はぐれ」というバンドをやってたのだけど、そのバンドは休止し、メンバーのうちの2人が新しく始めたのがグースーである。で、この日が初のライブだった。


様々な楽器を使い、時には歌い、カラフルであり庶民的であり、同僚の人がそれまでやってた音楽とは違う趣だった(前のバンドはロック風味のインストだった)。いろいろな可能性を試す、というよりは、なんだろう、好奇心でもってあっちこっちを開けたりのぞいたりするような。そんな雰囲気のライブであった。わかりにくい。あるいは気のいい友人の家に遊びに行って、これもおいしいよ、それもおいしいよ、と、友人とっておきの料理をふるまわれているような気分だった。おいしくいただきました。

彼女の歌はそれまで聞いたことがなかったのだけど、いい声だった。偶然か、二階堂和美を思い出させるものがあった。そういえばなんか彼女、むかし二階堂和美に感銘を受けてたけど、影響があるんかな。いや影響と言うと悪い意味にとられるかもしれん。ちがうのや。二階堂和美という食材を見つけた彼女が、それをうまいこと調理して「こんなおいしいもの見つけてきたよ!」と皿に乗せて出してきた、みたいなそんなイメージ。

音楽を一つの町だとすると、グースーは、いつもは通らない路地を曲がってみたり、行ったことのない店に入ってみたりするような、そんなわくわくさせる音楽だった。例え話ばっかやで。いや、楽しかったのであります。


ふと、彼女と去年、festa de ramaに行ったことが思い出された。

帰り道、彼女は会場でとても魅力的な女の子に出会ったと話していた。「本当に素敵な子で、でも連絡先を聞かなかったんです。また会いたいですね」。僕は酔いも手伝い、「音楽を続けていれば、いつか会うことができるよ」と言った。まさにウンコみたいな台詞だったが、酒と雰囲気に酔っていたので、恥ずかしさはなかった。

グースーを見ていて、根拠は何もないのだが、きっと再会できるだろうとなんとなく思えた。また酔っていたのかもしれない。いや酔っていた。とにかく、彼女にはもっと世に出てもらいたいものであります。ところでグースーっていうのは、人数が2人だから「偶数」で「グースー」なのだろうか。


全力でほめたつもりだが、どうだろう。この日記は彼女も読んでいるらしいので、こうやってほめておけばポイントアップ疑いなしというもの。しめしめである。

  
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2008年06月07日

美容院、禿、麺。そして映画。


■昨日はいつものビヨウ院にて髪を切ってきた。さっぱりした。しかし鏡を見ると、やっぱり来てるなあと意識せざるを得ない。明るくハゲたい。

僕の好きな小説家である吉村昭もハゲだったらしく、「禿頭に癌なし」というエッセイを書いている。「頭髪が幾分(妻はかなりと言うが)淋しくなっているのだ」という自らを描写した一文が泣ける。内容は大体こんな具合だった。


『ハゲにガンは少ない、という説が世間に流布されていて、私もそれを(自己弁護もあって)信じている。そこに医学的な根拠は確認されていないが、こういった説の中には、海軍における脚気の例のように、もしかしたらガン治療におけるヒントが隠されているのかもしれない』


ハゲの哀愁が色濃く出たエッセイで、共感を覚えざるを得ない。しかし27歳にして共感はしたくなかったと言える(吉村昭がこのエッセイを書いたのは40代前半)。ううん。僕が意識しすぎてるだけだったらいいのだが…。

しかし美容院、学生のときからもう7年だか8年だか通っているけれど、美容師さんも年を食ったのが目に見えてわかる。ハゲはないが、耳からアゴにかけての皮膚にたるみが生じていた。時間が経ったんだなぁ。美容師さんも僕の頭髪を見て同じことを考えているのだろうか。



■その美容院の隣にはラーメン屋があるので、帰りに寄った。ちかごろ評判の店である。

美容師さんが「最近新しいメニュー『まぜそば』ができたから、それ食べてみるといいよ」と言っていたので、さっそくそれを注文してみたのだが、店員さんはすまなそうな顔でこんなことを言った。

「お客さん、恐れ入りますがうちに来られたのは初めてですか? それでしたら、できれば普通のラーメンか、つけめんから召し上がっていただきたいのですが…、なにしろまぜそばはジャンクというか、本来の味ではないもので」

本来の味を知ってほしい、と。僕がまぜそばを食って「こういう味」と思い、その話が巷間に広がるのを嫌っているということだろうか。なんというこだわり、そして自信。やるやないか。実際、以前に来たことがあったのだが別にどっちでもよかったので「じゃあ普通のラーメンで」と答えた。まあ味は何となくしか覚えてないし、いいや。これを弱気というのか。


出てきたラーメンは記憶にあるよりもずっとおいしかった。和風のスープに蕎麦みたいな麺。和風中華そばとでも言うのかな。後味もスッキリで、化学調味料を使ってない雰囲気。

そういえばここ、前に来たときは店員さんが客と何か素材のことについて話してたっけな。「なかなかこだわりの味だね」「でしょう?うちは素材から厳選してるんですよ」みたいな話だった。美味しんぼか、と思った。



■ところで吉村昭の短編が映画化された。京都だと二条で上映。今度行ってこようと思う。

休暇

最近は他にも見たい映画があんねんな。1人で映画に行くことはこれまで少なかったけど、今後はいろいろ見に行こうかと思う。外出したい。

ギララの逆襲

松竹の珍怪獣ギララまさかの復活。最初からB級狙いで、怪獣好き・みうらじゅんも出演。黒部進(ハヤタ隊員を演じた人)も出てる。もう観に行くしか。


  
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2008年05月29日

ドラえもんの声のこと、今さら


先日、ビレッジバンガードに行ったとき、ドラえもん関連の商品に「やっぱり俺たちのドラえもんは大山のぶ代。今のドラえもんはダメだよね」といったような売り文句が付けられているのを目にした。リニューアルからもう何年か経つのに、まだ認められていないのかと若干悲しくなった。

そういえば「ドラえもん好き」という同僚も、大山時代のドラえもんを「よかったころのドラえもん」と呼んでいた。ちょっと前に会ったその同僚の友達も藤子好きを自称していたけれど、今のドラえもんの声は否定する発言をしていた。批判意見ばっかやで。今の声優陣はがんばっていると思うのだが。

結局、どこに重きを置いてるかの問題なんだろうな。僕なんかは原作ファンなので、極端な話、アニメの声が変わっても大きな問題はないのである。なので、やんちゃな喋り方になった今のドラえもんは、僕が抱く原作のイメージに近く、すんなり受け入れることができている。けどアニメのドラが第一だった人(おそらく大半の人がそうだと思う)にとっては、声が変わるのは何より許せないことだったのだろう。ドラえもんはもはや「藤子Fが描いた作品」ではなくて、「大山のぶ代が声をあてるアニメのキャラ」だったわけだ。いわゆるキャラクターの一人歩きというヤツではなかろうか。

とはいえ大山ドラにしても、初期と後期では大幅に声・喋り方が違うのだけど。

初期
夢の町ノビタランド」(大山版第一話)
のろいのカメラ
作画すごい。

後期
ゴージャスライト
ドラえもんに休日を?!」(大山版最終話)

これを見ると、初期のドラえもんは後期よりもずっと張りのある声だし(二十数年以上の差があるので当たり前だが)、喋り方は子供っぽく、どちらかと言えば今の水田わさび演じるドラに近い。

僕個人は、アニメドラといえば初期の印象が強い。原作のイメージもあって、後期のおばあちゃんめいたやさしい喋り方には違和感を覚えていた(『ふぅふぅふぅ』という笑い声には正直言って反発さえ感じた)。なので、初期に立ち返りつつ、かつ大山さんの物真似に陥らない声を提示している今のドラえもんの声の方が僕は好きだ。

ドラえもんの声は変わったけれども、本質的にはもとの姿を取り戻している部分もあると僕は思うのである。視聴率が思わしくないらしいけれど、がんばってもらいたいもんだ。

  
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2008年04月15日

春らんまん


■会社の人を誘って渚音楽祭に行くことにした。晴れたらいいなあ。外で音楽を聴くのはもれなく楽しいと思う。

■そういえば先日の花見では、同僚が持ってきた小型スピーカーで好きな音楽をかけて、そりゃもう楽しかったのだけど、不覚にも「ベイビィポータブルロック」をかけるのを忘れてた。僕にとっては春を象徴するような曲なのに。花見をやり直したい。あと、はっぴいえんどの「春らんまん」をかければよかったと思う。向こうを行くのはお春じゃないか。

■ところで花見では、サバンナの八木氏が歩いてるのを目撃した。向こうを行くのは八木じゃないか、と同僚女子がキャーキャー騒いだが、八木氏は薄情な目つきで知らん顔だった(ただ聞こえてなかっただけだと思われる)。そして、そんな女子の様子を外人さんが珍しそうに写真に撮ってた。何なんやろう。

翌日、八木氏のブログを見たら、載ってたのでちょっと面白かった。やっぱりあれ本物の八木氏やったんやで。

http://savannayagi.seesaa.net/article/92877883.html

  
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2008年04月10日

母の強さと人類の叡智


昨日は会社の皆さんと円山公園にて花見した。盛りをすぎて葉桜になっていたけど、一日ずっとお酒を飲み続けてた。いい日ですな。同僚の人がi-podにつなげるスピーカーを持ってきてたので、音もあった。空と酒と音楽と人があれば大体楽しい、のではなかろうか。


僕は朝から場所とりしていたのだけど、待っている時間を持て余したので、先月子供を産んだおねーちゃんに電話してみた。まだメールしただけで、直接話をしていなかったからである。写真は見たけれど、こらまたかわいい赤ちゃんさんやった。その横に兄となった甥が寝てて、いとおしげに見てる写真やった。かわいすぎて死ぬ。

電話の向こうから「ハロー」と、姉の声が聞こえた。英語しか喋れない旦那さんが出るかと思って身構えていたので、少し安心した。

おめでたいですな、と僕が言うと、「よかったね、女の子だよ」と姉は言った。いやいやちょっと何それ、まるで僕が女の子にしか興味がないような言い方。姉はおそらく、僕がその子の芸能界入りを期待してると思っているのだろう。いや、芸能界に進出してほしいなどとは思ってない。ましてやハロプロなどには絶対入れない。姪が、何か面積の少ない服を着せられて、キモヲタどもの視線を浴びる姿などは想像したくもない。握手会などさせてたまるもんか。数多のキモヲタどもが姪の前に長蛇の列を作り、何がついているか知れない汗ばんだ手を伸ばしてきて、姪は笑顔でそれを握り返す…、もう言語道断としか。そいつらの腕をたたっ切ってやりたくなりますなあ。叔父さんは許しませんよ。芸能界なんてとこはキレイに見えて、その実、悪魔が跳梁跋扈しているんだから。お前のことはお母さんからよく頼まれてるんやから、そんなとこへお前をやるわけにはいきまへん。絶対あきまへん!

「合格しました、二次審査にお越しください」。そんな連絡を受けたのは、その一週間ほど後のことであった。姪は僕に黙って、オーディションを受けていたらしい。学刈おじさん黙っててゴメンナサイ。でも、わたしはどうしても女優になりたいの。姪の目は本気だった。僕がそれを許さないと言うのは簡単だ。しかし、そうすれば姪はこの家を出てしまうだろう。よろしい、その代わり途中で投げ出してはいけないよ。お母さんには僕から話しておこう。あああ。ああああ。飛び降りて死にたい。生きる。しかしこのキモ空想に僕自身の嫁さんや子供が出てこないのはどうしたことだろう…。泣ける。


* * * *


生後一ヶ月の姪がむずかる声が、電話の向こうから聞こえる。育児の真っ最中なのだなあ。しかし、子供のころから見てきた姉が、すでに2人も子供を産んでいるという事実が何か不思議だった。

姉は「赤ちゃんが普通に生まれるとは思わなかった」と感慨深げに言う。姉は、中学生になるまで、赤ちゃんは、お母さんのおなかがパカッと開いて、滑り台でパンパカパーンと降りてくるものだと思っていたそうである(何故かヤッターマンのメカが思い出された)。確かになあ。3キロの肉塊が、ちっさいとこから出てくんねんな。恐るべき出来事やで。「出産の痛みは、例えば上唇をひっぱって後頭部まで持っていくぐらいのものである」と何かで読んだことがあるが、本当にそんなのだとしたら、出産を終えるころには発狂してそうな気がする。

しかし姉は発狂していない。実にあっけらかんと、生命は不思議だと言う。これが母親の強さなのだろうか。


それにしても円山公園の桜を見ながら、地球の反対側にいる姉と話ができるなんて、今さらながら人類の叡智はすごいもんですな。

  
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