ポテ子のまいにち

音大と東大で学んだポテ子の日々をのんびり更新中。学士入学について「自分が知りたかったこと」もまとめています。旧「夢を叶える 東大学士入学」です。内容がだんだんと日々の記録になっているのでタイトルを変えました。

翻訳のお手伝いをしました。

卒業後、すっかり英語を読む機会もなくなっていたのですが、
今年の夏、突然、英文和訳のお手伝いをすることになりました

内容は心理学に関するもので、
私の専門ではないのですが…。


下訳といわれる、和文もすでにあったので、
和文と英文を見比べてチェックするようなお手伝いでした。

訳す順番や、訳語がこれで良いのかなと、
かなり細かく見ていきました

とても骨の折れる作業でしたが、
大切なのは、精読の力なのではないかなと思いました

「A of B」をつねに「BのA」と訳してしまうと、
わけわからなくなってしまいます。
これをどうやって訳すのかは、
新こだわって!国公立二次対策問題集英語の最初の方に載っています

そんなこともすっかり忘れていましたが、
忘れたつもりでちゃんと覚えているものですね。

精読、大切です






大学で講義をしました。2回目。

今月、母校の音大で2回目の講義をしました
コロナの影響により、今回はオンライン授業でした。

前回は進路を考えるための講義だったのですが、
今回は、「音楽学Ⅰ」という科目だったので、
アートマネジメントのお仕事紹介に加えて、
「音楽は誰のためのものか」といった、
ちょっと考える部分もつくりました

チケット買うお金がない人、
演奏会に行く時間がない人、
出かけるだけの健康がない人、
家族のお世話をしないといけない人。
このような人たちにとっての音楽や演奏会やコンサートホールの意味って何?と

私の授業は、一緒に考えるスタイルにしたいと思っています。
理由は簡単で、まずは私が学びたいし考えたいから
そして、みんなにも、「自分のための自分だけの発見」があってほしいから

一方的に私が喋ってしまうと、つまらないですよね。
だったら、ひとりで家で本を読んでいればいいので、
授業が無駄に感じ、「あー、はやく家で勉強したい」となりますよね。
私も受講者も。。。

なので、情報を提供する部分と、みんなで考える部分をつくりました。
オンライン授業で、しかも学生は顔出ししない、
やりとりはチャットのみ、という状況だったので、
なかなか難しいなと思うこともありました

でも、学生の皆さんから、とても面白い発想が出てきて、
とても楽しかったです。

学びは、発見ですよ。
自分で発見するから楽しいんですよね

学問とは何か。その4

まだ、続くの、この話題?
と思われた方もいるかもしれませんが。笑。


ここからは、ややスピリチュアル的な面白い話です


よく、私は何をしたら良いのかわからない、という悩みがありますね。
私も、これで悩みまくっていましたし、
今も、時々深みにはまりそうになります

それで、いろいろな本を読んでみたところ、
「自分の使命は自分の名前に表れている」と書いてあったのです。


それで、ポテ子の名前(本名の方の名前です)を
見てみたところ


なんと、なんと、なんと、
まさに美学にぴったりの名前なのです


私の名前をラテン語にすると、
ある大学紀要のタイトルになります。
もちろん、芸術関係の冊子です。


そう、フィロカリア、です




ポテ子の、美への探究は、まだまだ続きます。
ぜひ、自分の名前に注目してみてください。



学問とは何か。その3

実は、まだ続きがあります

この話題がしつこいのは、
入試の時の「書けない」というショック
未だに癒えていないということかもしれません。苦笑

昨日は、学問とは何か、について思ったことを書きました。
ですが、ブログをお読みの方も気付いていたかもしれませんが、
昨日書いたことは、「学問とは何か」ではなくて、
「学問の効果」でした

例えば、「勉強って何?」という質問に対して、
「勉強は将来のためのものだよ」と言う人がいたら、
「それは、勉強の目的であって、勉強の意味ではないよね」と返せます

「勉強というのは、読み書きそろばんのことだよ」と言う人がいたら、
「それは、勉強の具体例だよね」と返せます

かわいくない子どもです


それで、昨日のは「学問の効果」だったわけですが、
今日は、ポテ子が思う、「学問とは何か」を書きます





学問とは、何も持たずに、
空に向かって、ものを問うこと。



今現在のポテ子の心の辞書には、
このように書いてあります

そして、そのために必要なものは、
「自分」。以上。



誰の心の中にも、学問はある、絶対にある、と
ポテ子は思っています


だから、教育は、
ひとりひとりの心の中にある学問を、
絶対に奪ってはいけない

子どもも、大人も、
自分の心にある学問を
絶対に捨ててはいけない


「あれ、そんなものあるかな?」と
思った人がいたら、
胸に手をあてて、
自分に聞いてみれば良いのです。


「私は、何に疑問を感じていますか?」と。



どうして、太陽は美しいのかな。
どうして、こんなに毎日辛いのかな。
どうして、働かないといけないの?
どうして、空はきれいなの?
どうして、私はお花が好きなの?
どうして、・・・・・・?


これは、みんな学問ですよ


学問は心のなかにあるのだから、
それに向き合っていけばよいのだと思います。


ポテ子の心のなかには、
「美しいっていうのは、どういうことなんだろう」という
思いがいつでもあります


保育園に通っていたころ、朝露がキラキラしていて、
「わぁ、きれい。すごいなぁ」と感じたことや、
小学1年生の頃、トンボの翅を見て、
「わぁ、きれい。不思議」と感じたことなど、
いろいろな「美」が私の中の疑問となり、
東大で学んだ「美学」という学問にたどり着いたのだと思います。



あなたの心のなかにある学問を
ポテ子にも教えてください








学問とは何か。その2

昨日の続きです。

今月、仕事の帰り道に、
空から言葉が降ってきました

「学問は世界の光」

「平和の根底に学術振興がある」


ポテ子は、「ん???これは???」と思いました。
誰かが私に言っている?と感じるほど、
突然、このように思いました。


ただ、すぐには意味がわからず、
これは、どういうことなのだろうか、と
ふとした時に考えていました。
(ふとした時、というのは、
例えば、仕事の昼休みの歯磨きの後とか、
仕事の帰り道のバス停とか、そんなときです)


それで、わかってきました。


すなわち、学問の役割は、
1つめ「磁石」、2つめ「ザル」だな、と。


まず、学問は「磁石」のように砂鉄を集めるのです。
今ここにない、新たな言葉(概念、思想など)を
つくることで、その概念や思想に関わる出来事を
吸引していくのです。
磁石が、だだっ広い、何でもないような砂場から、
砂鉄だけを集めるように。

そして、学問は「ザル」のように物をすくうのです。
今ここにない、新たな言葉(概念、思想など)を
つくることで、その言葉に該当する人や出来事を
明るみに出すのです。
ザルが、だだっ広い、何でもないような海から、
へんてこな生き物をすくいあげるように。

日本語に変換します。笑。

言葉にならない苦しみや、
どこにも所属できない辛さや、
誰の目にも触れることのない問題。

そうしたものに、言葉を与えることで、
同じ仲間を集め、人の目に触れさせ、
救うことができるのです。

「そんなものがあったのか。それは大変」となれば、
そこからは、社会保障だったりのいろいろなシステムが
作られる方向に動いていきます。


これこそ、学問の力、平和の礎、世界の光。


そんなことを思った、仕事の帰り道でした

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