2013年12月12日

久々に見てしまった!

マンデラ元大統領が亡くなった。

そのお葬式の中継を見ていると、ウワッ!ヤヤジャメ大統領が!!!

大統領とは握手したことあるし、2文章くらい交わしたことがあるし、空港へのお迎えとかパーティーでモノホンを見ている。

しかし、なんといっても、国の新聞や街中のポスターで見過ぎていたかもしれません。
マンデラ氏の葬式で映し出された彼を見て、少し懐かしく感じた自分がおかしかった。

最近ニュースで見たガンビア関連ニュースは、英連邦からの脱退と、台湾との国交断絶。
あの国の人々が本当に自分の人生を生きられる日はいつ来るのかな?

2010年11月21日

政治扇動家(デマゴーグ)

閉塞した時代状況の中、不安と不満がたまって「何かに対して怒っている人」は政治扇動家に操作されやすい。

まさしくガ国のような国ではそう。
だから、大統領関連のイベントの類では、大統領の周りで踊り狂う「踊り隊」がいる。
エイズは祈りとハーブで治せないと外部者がいえば、大統領が怒り、その周辺の者たちも怒り狂う。

私がマリで殺されかけたのも、ちょうどワールドカップ予選でマリが負けた日だった。負けて残念がっている人々のドサクサに紛れ込んで、町中を放火して強盗した若者たち。噂によると、裏で扇動していた人々がいる。日頃のうっぷんがたまっている若者のガス抜きを行っているのだ。

なぜ日本が海外に援助しなければいけないんだ?って言う人いるけど、貧富の格差が広がれば広がるほど、一部の狂人に扇動されメチャメチャな行動をする人々が増える。うっぷんがたまれば、理屈抜きで爆発する人が増える。
世界において一人勝ちは許されない。

国際援助って世の中の公正性を追求する仕事だし、チャリティーじゃないんだよ。

2010年10月09日

OMG, ギニアビサウ!

ガ時代はRadio Afriqueを聞いていたが、今は毎日BBCニュースを聞いている。

で、久々に聞く国名。ギニアビサウ

4年前までは毎日聞いていた国名ではあったが、、、

なんと、ギニアビサウは麻薬大国になっているというではないか!
確かに私がその周辺に住んでいた頃も、ブラジルから航路で麻薬を運んだら、すぐにギニアビサウに着くと聞いて、地図をみたら、確かに近い!と思ったことを思い出した。


笑ってはいけないんだけど、このニュースを読んで笑ってしまった。

1.国内の警察がコンピューターも持っていないのに、ドラッグを取り扱っているチンピラ達は衛星電話、ジェット機、スピードボートを持っているそうな。

2.軍も麻薬取引に絡んでいるそうだが、「証拠があるなら出してみろ」との態度だそうな。

3.たとえ、犯罪者を捕まえたとしても、牢屋がないらしい。

ちなみに、私が5年前に、ギニアビサウに住むアメリカ人から聞いた話。

ある団体の経理が大金を横領して豪邸を建てた。
いきなり豪邸が建ったのを不審に思った社長が調べたら、その団体のお金を盗んでいたことが発覚。
しかし、その豪邸に買い手は現れないは、牢屋がないから、その盗人はその豪邸に住んでいるとのことであった。

笑えるけど、その当時、隣国に住んでた私は本当に本当に暗い気持ちになった。法律とかが存在しない国。。。。

興味がある方はhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/7129409.stm を読んで下さい。

コロンビアからの麻薬がギニアビサウを通ってヨーロッパに運ばれているらしい。

2010年05月01日

またもや国外退去

前上司から聞いた話の中で最もショッキングだったのはユニセフ代表が国外退去になったこと。ネットで調べたら国外退去になったのは2月中旬。
いやぁ、ビックラしました。ビックラしたことの一つには、彼女と友人であったこと。そして彼女にはインドで購入した家具やら何やらを売ったこと。国外退去にあったということ即ち、着のみ着ままで国から脱出したということは、あの家具たちは、ガ○ビアの豪邸に埋もれるってことね。って、そんなことはどうでもいいか。
ネットで新聞を読むと、退去理由は記されておらず、とにかく24時間以内に国外退去しろとの大統領命令だったそうな。。。
ネットで分かったことは、彼女は子供の権利を守る仕事やら、女性性器切除の禁止活動に力を入れていたそうな。まぁ、ユニセフの使命を遂げているのだが、確かに、人権とか女性性器切除の問題は既存の権力構造を壊すから難しい。はぁ。
私の滞在中も国連代表がエイズを治療できると公言する大統領にとても外交的な言葉で彼の行動についてのコメントで国外退去になった。

母親に「ひどいことすると思わない?」って言うと、
「そんな国に援助する必要あんの?」と正論で返された。

確かに、、、、でもその体制下で苦しむ国民を放っておいていいのか?っちゅうところに行き着くよね。




2010年04月30日

ガ国の某機関の所長と再会

ガ国時代の上司が会議でパナマにやってきた。

私は首都から250km 離れた所に住んでいるので、バスに3時間乗って、ホテルをとって、会いに。
約2年半ぶりに会う元上司はもう60歳近いと思うが、全く変わっておらず、若々しい。

ガ国の話を聞く。
ガ国には2年8ヶ月住んだが、ホント、好きになれなかった。滞在3年目に、もう1年異動なしと上司に告げられた時は、この国に4年もいたら気が狂うと思った。そんな思いの中、突然今所属している機関からニャマでの仕事のお誘い。これは神の救いだと飛びついた。

しかし、前上司には私の転職は全く理解不能らしく、私に本当にHappyなのかと聞いてきた。確かに「安定」を捨てたけど、私にとって「安定」は人生のプライオリティーに入ってない。転職先で失ったのは、多国籍の中で働くという知的刺激的な環境だな。

マイナス思考な考えだけど、あのまま、前任地に残ってたら、本当にヒドイ人間になっていたと思う。まぁ、今でも大した人間ではないが、、、

で、前任地の様子はヒドイの一言。あまりに酷すぎて書けない。
興味のある方は個人的に。(って一体誰が興味あるんだろ?)
前上司は「国民がかわいそうだ」と言っていた。

私もあの国で、初めて法が守られていない恐怖と銃を向けられることの恐怖を知った(大○領が大通りを通る度に、車の背後のトラックに乗っている軍人の銃が道沿いの人々に向けられている)。

前上司のすごい所は、メチャメチャの環境を良くしようと努力を継続できるところ。彼は、国際協力のプロで、30年ほど同じような仕事をしてきている。少なくとも、私が一緒に働いていた約1年間は体制に呆れてブーブー言ってたけど、常にその任地のことを考え、良くしようと新しい動きに着手したり、常に高いモチベーションを維持し続けていた。そして、今回会っても、異動したいと言いつつも、任地を良くしようというモチベーションは維持されていた。プロ中のプロ!

お別れの時、「Happyそうで良かった。前任地にいた時と全く変わっていない」ってさ。
いやぁ、年とったとじゃろうに〜〜 私もyou also look the same. As Young as always. って言おうかと思ったけど、60歳近い人にさすがにそれはないよなぁと思い、口をつぐんだ。

2009年01月03日

タカリとプチ汚職の根

つい先日「ガ」時代の上司で、今でも「ガ」で働いている上司にお年賀を出し、「Everyday Corruption and the State」をお勧めした。で、メール本文には「植民地化と国際機関がいかに汚職の増長を招いたかが書いてあって興味深いですよ」とコメントしたら「でも、マンゴ・パークの本を読むと、1700年代当時から喜んで泥棒していたみたいだから”泥棒”の文化はあったみたいだよ」との返事。ハハハ。さすが!

マンゴ・パークとは1771年生まれのスコットランド出身の冒険家。1795年にはガンビアに足を踏み入れている。

確かにこの上司は「ガ」に到着するにあたってマンゴ・パークの本を読んでいて、いかにその時代(1700代後半)から現在まで人の性質が変わっていないかということを力説していた。

うーむ、タカリ&プチ汚職文化の根は深い。


2008年12月30日

二人の英国人が投獄されたらしい

宗教の普及に来ていた夫婦が、ガ国の大○領を批判した手紙やメールを送っていたということで投獄されたらしい。

彼らは1年間ガ国の牢屋に入れられ、農作業、建築作業、薪集めなどの重労働を課せられるそうな。罰金は50万ダラシ。約9万ドル。

なんとも言えなくなるほど、暗く、重い気持になる、、、

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